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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第一章 〜幼少編〜
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48:マキア、舞踏会へ。


私はマキア。

先ほど、今世ではじめて、勇者と再会したところ。



「おい、大丈夫か? 手……」


「……ああ、何てこと無いわよ。すぐ治るわ」


トールは私の両手をとって、何だか神妙な顔をしています。

こんな表面的な傷、私ならすぐに治るって知っているくせにね。


「治そうか?」


「いいわよ、わざわざあんたがしなくても。ほら、そろそろくっつき始めてる。勝手に治癒してくれるもの。私がいつも血を使って魔法を発動するの知ってるでしょう? 治癒魔法くらい体内で組み立ててるわよ」


「まあ……そうかもしれないが……」


「ユリシスが居たら、さくっと治せたでしょうけれど。私たちは所詮黒魔法。少しだけ時間がかかるわ……それはあんたも同じなんだから」


トールは胸ポケットから白いハンカチを取り出し、既にくっつき始めた傷に触れない様、私の手のひらの血を拭う。


「……あんた、ちゃんとハンカチとか持ち歩いてるんだ」


「お前……俺をなんだと」


トールは相変わらず神妙な顔をしています。眉根を寄せ、表情が硬い。

まあ、さっき勇者に会ったばかりですからね。


「悪かったな」


「何が」


「お前、俺を冷静にしようと思ったんだろ。わざわざ剣を素手で掴みやがって………」


「あら、一応自覚あったのね。頭に血が上ってるって」


「当たり前だ。……でも、仕方ないだろ。あいつの前じゃ、俺なんてこんなもんだ」


「……まあ、良いんじゃないの? あんたいつも格好つけだもの。あのくらい熱くなったって」


トールは私の両手の血をそれなりに拭き取って、「そうか?」と顔を上げました。

私は自分の手のひらを掲げ、その傷を確かめた。


表面は、もうくっつきはじめている。









聖教祭三日目の夕方。

オディリール家の面々とビグレイツ家の面々は、共に王宮のサロンへと向かいました。

今日は貴族たちの舞踏会。


舞踏会はきっと女の子の一生の憧れ。

キラキラしたシャンデリアと華やかなドレスの波が、目映いほど色鮮やかで、そこには夢に見るような美しいものばかりが揃っているのです。


私にとってそれは、目眩がしそうなほど美しくおいしそうな食べ物であった訳だけれど。


「もう、マキア。お料理なんか見てたらバカにされますわよ」


「ちょっとスミルダ、見てみなさいよ、これ。いったい何で作ったらこんな風においしそうな色と艶と匂いを……」


「あなたちょっと怖いわよ」


スミルダはコサージュの沢山ついた、今流行のドレスを着て、おすまし顔。

二つに結った巻き毛が動く度に揺れています。

私はレースのついた真っ赤なドレス。いつにもまして赤いですね、私。


「ねえねえマキア、あの方素敵じゃなくて? あ、あの方はミリヴァス家の若様よ」


「あんた後宮に入るんでしょう? あの王弟様や王子様だけ見ていれば良いじゃないのよ。それに私はあの手の優男風のヒョロ男より、もうちょっとワイルドな方が良いわね」


「まあ、トールさんの様な?」


「トールがワイルド〜……無い無い」


彼の煽られ耐性の無さを思い知った最近です。

私はさっそく会場の端の、お料理の並ぶコーナーに吸い込まれていきますが、スミルダがさっきから腕を引っ張るものですから、なかなか辿り着けないのです。


「ちょっと離しなさいよ」


「い、いやですわ。側に居て下さいなマキア。わたくし、お友達マキアしかいませんし」


「じゃあ一緒にお料理食べましょうよ。あっ、あれ見て見て!! おいしそうな肉のかたまりが……」


「や、やめてマキア!! 肉のかたまりだなんて言わないで!!」


流石のスミルダも、こうも大きな会場だと少々心寂しい様です。

あの図々しさはどこへやら。

いつもこんな風なら可愛いのになあと思いつつ、私はなかなかお料理にありつけないのが生殺しで辛い。



「あああ、君、マキア・オディリール嬢じゃないかね? いやいや久しぶり〜」


私を名指しで呼ぶ男は誰、と思いながらそちらを振り返ると、そこにはいつぞやの貴族の男がいました。

確か、カルテッドの教会で会った事があります。

あの片眼鏡は印象深いですから。


「あ、おじさん」


「嫌だな〜やっぱり君から見たら俺はおじさんか」


確かウルバヌス・メディテ。

魔力数値マギベクトルのやけに高い、謎多き人。


「マ、マキアってばメディテ卿とお知り合いですの……?」


「え。まあ、一回会った事があるだけだけど」


「……」


スミルダは何だか緊張しているよう。珍しい。


「そうそう、また君に会いたいと思ってたんだよね〜。マキア嬢、聖教祭の間はこっちにいるのかい?」


「……?」


彼の視線はどこか私を探っている様ですが、私にはそれがなぜなのか分かりません。この男の胡散臭さは良く分かるのですが。


「やあ、メディテ卿」


そろそろ優雅な音楽が流れ始めた会場の、人の波を割って出てきたのは、ビグレイツ公爵です。

スミルダは自分の父の方にそそくさと寄って行って、その腕を取って後ろに隠れてしまいました。


「久しぶりだね」


「やあ、ビクレイツ公爵。そちらは公爵のご令嬢でしたか。少し怖がらせてしまった様だ」


「まあ、君の雰囲気は若干違うからね……」


「……」


何だか、物々しい空気が両者の間にある様。

お互い十二大貴族という名家だけあって、色々とあるのでしょうか。謎です。


まあ、私には関係の無い事です。


「じゃあ私はこれで」


一言おいて、さっそく料理を、と思っていたら、


「待ちたまえマキア嬢。君にも紹介したい方がいる」


ビグレイツ公爵に、すぐに引き止められてしまいました。

私は泣く泣く振り返り、「何でしょう」と。


ビグレイツ公爵とメディテ卿の間から、こちら側にやってくる一人の男の人がいました。

歳は20代後半から30代前半と言った所でしょう。

胸の王家の紋章が、誰より高貴な身の上を証明しています。


「レイモンド卿!!」


スミルダが父の後ろからひょっこり嬉しそうな顔を覗かせました。

なるほど、この人が次の王様か……。


「やあ、ビグレイツ公爵!! スミルダ嬢、綺麗になったね〜。あ、メディテ卿も久しぶりー」


「……」


あれ、何かイメージと違う。

何て言うか、かなり若々しいな。

前にスミルダが「あの方は若々しい人」と言っていた意味が明確に理解出来ました。


レイモンド卿は一通りフレッシュな挨拶をした後、奥の方でポカンとしている私を見つけ、ニコリと。

ビグレイツ公爵は、彼を私に紹介します。


「マキア嬢、君も知っているだろうけれど、現国王の弟君でいらっしゃるレイモンド卿だ」


何で私にわざわざ紹介する必要があるのだろうと思いつつ、私はドレスに手を当て、決まり文句の挨拶をしました。


「お初にお目にかかりますレイモンド卿。マキア・オディリールと申します」


「やあ、はじめまして。そうか、君が……。君の話は色々と聞くよ。スミルダ嬢の一番の友人らしいし、あのオディリール伯爵の娘にしては頭のキレる子だと。あ、いやいや、私はオディリール伯爵のあの緩さが大好きだがね。わはははは」


「……」


色々と突っ込みどころはありますが、また今度にします。


ただ、何だろう。

何で私がこんな大物たちに囲まれなくてはならないのだろう。


しかしふと思い至りました。

ここにレイモンド卿がいると言う事は、すでにユリシスも会場に居るのではないだろうか。


私がそう考えた時会場は少しざわめいて、視線を上げると、この大物たちの隙間から一人の王子が見えたのです。


すぐにピンと来た。

彼のその白い容貌、佇まいと、洗練された身を取り巻く空気が、どこか特別なもので懐かしいものだったから。


「おっ、ユリシス殿下もやっと来たか。あんまりこういう場に出てこない人だから、みんなざわついてるなあ」


「お隣に居るのはフレジールの姫君ですかな、レイモンド卿」


「そうそう。あのお姫様、殿下を気に入っている様だから」


大人たちがそんな会話をしていましたが、私の耳には入ってきません。

ただまっすぐに、瞳に映る彼の姿だけが、今の私を捕えて離さない全てですから。


私は大人たちの間を一瞬の風の様に通り抜け、ただ瞳に映る彼の方へ向かいました。


「ユリ!!!!」


私は今の身分も、ここがどういった会場であるかも、全ておかまい無しで叫んでしまいました。

当然会場はしんとなって、優雅な音楽だけが宙を浮いています。


「……」


隣でどこぞのお姫様と話していた彼は、私の声にすぐ気がつきました。

そして、私を見つけると信じられないと言う様に瞳を見開き、私から目を逸らす事はありません。


「マ、マキ………ちゃん……?」


私たちにはこみ上げる様々な感情を、どうにも隠す事が出来ませんでした。

待って、待って、待ち望んだこの日を、私たちはお互いを見た瞬間に理解したのです。


ユリシスはグッとくる何かを抑えようと口元に手をあて、一歩一歩こちらへ近寄ってきました。私も同じ。


「ユリ!!」


「マキちゃん!!!」


私たちはお互い抱き合い、我慢出来ずに涙を流しました。

私の長い髪と、ユリシスの白いマントが、その勢いのまま揺れます。


きっと周りは何事かと思ったでしょう。ビグレイツ公爵も、レイモンド卿も、呆気にとられた表情でいます。

スミルダだって口元を両手で覆って、きっととても驚いているでしょうね。会場のどこかにいるお父様は、生きた心地がしないんじゃないかしら。会場の外に居るトールは、この空気を感じ取っているかしら。


私たちは人目を気にしませんでした。






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