47:ペルセリス、その男が誰なのか知らない。
私はペルセリス。
教国の、緑の巫女。
「お兄さん、ここにへ入れる人なのね。びっくりした〜」
「………」
地下庭園へ続く石造りの階段を降りている途中に、その男の人はいた。
軍服を着た、見知らぬ金髪の人。
この国の神話を壁画にして記録しているフロアで、ただ一人佇んでいる。
私はその男の人の隣に立って、彼の視線を確かめた。
しかしその綺麗な青い瞳はどこか虚ろで、何を見ているのかさっぱり分からない。
「ここの壁画、見に来たの?」
男の人が立っている目前の壁画は、神話の中でも最終章に位置する物語。
「巨人族との戦い」
「……」
男の人がそう呟いて顔を歪めたから、私は壁画をじっくりと見てみた。
巨大な黒い生き物が、背中の羽を羽ばたかせ飛んでいる。
世界は混沌の中にあり、連なった高い塔や空を飛ぶ船が燃え、化け物に対抗する神々が描かれている。
一時それを見た後、男の人はそのフロアを抜け、また階段を降りて行った。
暗い空間が終わり、開けたみずみずしい空気が体を包む。
そこが聖地だった。私の大好きな“真理の墓”。
男の人は中央にある樹の根元まで、苔を踏みながら歩いて行く。
私もいつもの足取りでその土地を踏んで、水を弾く。
男の人はこの聖地に無数にある墓の中で、一つの水の棺の前で立ち止まり、見下ろした。
「……」
私が良く寄り添って眠る、幼い男の子の棺だった。
「お兄さん、この子、知っているの?」
「……」
「私が緑の巫女になる前からここにいたんだって。何で死んじゃったのかなあ……」
「……」
「私ね、この子の事全く知らないんだけど、でも知っている気もするの。……お兄さんは会った事あるの? この子が生きていたときの事、知ってる?」
「ああ」
「……」
あ、初めて返事をしてくれた。
しかし、その時の彼の表情は、私の口から何と言えば良いのか分からないもので、私は言葉を失った。
なぜかしら。
私の中に潜んでいる悲しみのような感情が、じわりとくすぐられた。
「すまない。この子供がここに居るのは、全て俺の責任だ」
「……?」
男の人はそう言うと、聖地の中心に背を向け、この場を去るようだった。
結局、この人は私を見る事は無かった。
けれど、私の知らないこの子供を知っていると言うだけで、親近感を抱いたものだから。
「あなた、お名前は? 私はペルセリス」
「……」
とりあえず聞いてみたけれど、やっぱり返事は無い。
そのまま彼はこの地を出て行った。
「……なんだったんだろう」
私は少し首を傾げた後、水の棺の隣でしゃがみ込み、またその少年の顔を覗き込んだ。
「……ねえ、誰なの?」
あの人は誰?
あなたは誰?
水の中に沈むその子に手を伸ばしたけれど、ガラスの蓋にコツンとぶつかって、どうしても届かない。