44:マキア、王都にくりだす。
私はマキア。
聖教祭のために、王都ミラドリードに来ているの。
ミラドリードの端にあるビグレイツ公爵家の別荘は、別荘と言うにはあまりに大きく、そしてあまりに見栄っ張りな外観でした。
「うわっ……流石は大貴族」
デリアフィールドにあるうちの屋敷より大きな別荘とはこれいかに。
手入れされ尽くしたバラの庭に、白い大理石の噴水がこれ見よがしに一、二、三………
「おっほほほほほ!! どうですうちの別荘は。素晴らしいでしょうマキア」
「いやまあ、ほとんど住んでいない別荘なのに、なんであんたの実家より派手なのか知りたいけど」
「あら嫌ですわ。これだから王都に別荘を持つ必要の無いおうちは。ここでは見栄を張ってなんぼですのよ」
マルギリアからの列車の旅で合流したスミルダ含むビグレイツ家。
私はさっきからスミルダの自慢話を聞かされ、親同士は別荘の中の部屋を見て回っています。
私たちは聖教祭の間、このビグレイツ家の別荘でお世話になるのです。
トールがさっきから馬車の荷物を他の使用人たちと共に運んでいます。
スミルダはそれを見ると、たちまち慌てたような表情になり駆け寄って行きました。
走る度に揺れる左右の大きな巻き毛。
「まあトールさんがそのような事なさらなくても。うちの使用人たちにお任せ下さいな」
「い、いえ……俺も使用人ですから」
トールは重い荷物を持ったまま立ち止まるはめになりました。
「そうよスミルダ。そいつだってうちの使用人なんだから、別に好きにさせてやりなさいよ」
「いいえ、マキア。トールさんは今回の緑宝賞の主役ですのよ!!」
いや、主役ではないけれどね。
受賞するメンバーの、限りなく脇のポジションだからね。
「ああ、そうですわ!! 舞踏会の為のドレスをいくつか揃えに行かなければ!! ふふん、三日目、王宮で行われる舞踏会におよばれされているのよ、わたくし」
「ああ、それなら私も行くよ。だってお父様が受賞したから……」
「……」
スミルダは片眉を上げ、何やら思う所ありげな表情をしています。
私はとりあえず、荷物を持ったまま立ちぼうけ状態にあるトールに「行っていいわよ」と言いました。
「ま、わたくしとあなたでは立場が違いますけれどね。何しろわたくしは将来、王の妃になる女……」
「うん。私は主に王宮の料理を食べまくるつもりだからそれでいいよ」
舞踏会とは言え、ダンスなんかやってられないと思わない?
目の前に料理があったら、そっちに行くでしょう?
「でも、スミルダも凄いわね。次期国王って、あのレイモンド卿が濃厚なんでしょう? おじさんじゃない」
「お、おじさんですって!? あの方はとても若々しい人よ!! マルギリアの屋敷に訪れる時だって、あの方は私にお土産を持って来て下さるの。素晴らしい人だわ」
「……」
それって完全に子供扱い……いえいえ、スミルダがそれでいいのなら良いのです。
歳の差カップルだろうとなんだろうと。
「メルビス!! メルビス居るかしら!!」
スミルダが手をポンポンと叩くと、どこからとも無くビグレイツ家の女騎士、メルビスが現れました。
「何でしょうスミルダ様」
「メルビス、私お買い物に行きたいの。ついてきて下さる?」
「勿論ですとも。では、主に確認してまいりますので」
短髪でキリッとした表情のメルビスは、一度私をちらりと見て頭を下げた後、すぐに居なくなりました。
何度か彼女を垣間見た事がありますが、なかなか良い魔力数値を示す魔女騎士です。
「ではマキア。私は町にくりだしますので。あなたも行ってみてはどう? ま、田舎者のあなたにはついていけない世界かもしれませんけどね」
スミルダは今日も絶好調です。
「ねえトール。私たちも町へ行きましょうよ」
「ええ〜。ここに来たばっかりなのに? お前元気だな〜」
「ちょっと買いたいものがあるのよ」
用意された寝室のテラスから、この王都ミラドリードが一望出来ます。ここはとても高い丘の上にあるの。
それでも華やかな町の活気が、こんな所にまで伝わってくる。
スミルダの様に、新しい派手なドレスを用意するつもりはありません。
舞踏会の為のドレスは、お母様が既に用意して下さっています。
「……」
私はトールの首もとに見える、鈍い金色の鎖を横目に見ました。
彼と両親の写真が入ったロケット。その鎖。
「実はね、今日お母様とお父様の、結婚記念日なのよ。だからほら、うちは聖教祭の前日からお料理が豪華になるでしょう?」
「ああ……そう言えば。クリスマス・イブみたいなものかと思っていたけど」
「違うわよ。結婚記念日なの。あの人たち親同士が決めた結婚だったらしいけれど、それでもあれだけ仲が良いのだから、素晴らしいわよね。お母様に子供が出来なくって、本当は色々言われていたらしいけれど、お父様ってば結局お母様だけだったもの。うちが基本的に聖教祭を王都で祝わないのは、あの人たちがデリアフィールドを、好きだからだと思うのよね」
「……」
二日前、トールが母親の見舞いに行ったあと、少しだけ思った事があります。
親が死んで悲しいとか悲しくないとか、私たちは色々な事に考えを至らせてしまうけれど、それならば今のうちに、出来る限りの親子らしい事をしてみようって。
私たちはきっと、そんな事をする事すら、僅かに抵抗があったのだろうから。
「でも、結婚記念日の贈り物って……どんなものが良いんだろうな」
「さあねえ。そもそも夫婦ってどういったものなのかしら。子供に贈り物されて嬉しいものってなにかしら。私、結婚した事無いし、子供も居なかったから分からないわあ」
「……」
トールは若干斜め下を見ています。
私はそんな彼の表情をジトッと見た後、わざとらしく続けます。
「そう言えばむかーしむかしのトールさんは、沢山女の人がいたしお子さんだっていらっしゃいましたよねえ。パパは娘にどんなものを貰ったら嬉しかったのかしらねえ」
「おい、お前な」
複雑そうなトールの顔が面白い。
「ま……そんなたいしたものをあげなくても良いんじゃないか」
「そりゃあ、お金だって沢山ある訳じゃないし、たいしたものはあげられないけれど……うーん」
王都の賑わいは、以前ここを訪れた時以上のものです。
流石は聖教祭を控えた前日。
あっちこっち目移りしてしまいそうなほど、華やかなお店、町並み、人々が揃っています。
雑貨屋、花屋、アクセサリー屋なんかをグルグル回って、色々なものを見ましたが、どうにもピンと来るものがありません。
最先端の流行商品が揃い、なんだって手に入るはずの王都ですが、こればかりは難しい。
特にアクセサリーショップなんかでは、宝石が高いのなんのって。
しかもトールが使用人に見えない様で、「お若いカップルですね」と言われる始末。
いやいや、どう見ても私、子供ですからね。まだ14歳ですよ、犯罪です。
そろそろ空の色も変わり始め、青色は白っぽいオレンジ色を帯び始めています。
結局色々な所を探したけれど、結婚記念日に良い品物は見つかりません。
「おい、そろそろ帰らないといけないぞ」
「……そうよねえ」
なんて、とぼとぼ路地裏を歩いていた時です。
何やらただならぬ黒い気配を漂わせる、怪しいお店の前で立ち止まってしまいました。
「……何このお店。魔法雑貨ミッドガルド」
「見るからに怪しいな」
どうにも占いや魔法のアイテムを売っているお店らしいのですが、この王都のきらびやかな空気からかなり浮いた存在の様で、誰一人近寄っていません。
寂れたものです。
「ちょ、ちょっと覗かない?」
「ええ〜マジで?」
「この黒い感じは無視出来ないでしょう」
目に見えるほどの黒い妖気が、何だかわくわくさせてくれます。
やはり私たちは魔王だったのだから。
「……いらっしゃい」
中には、絵に描いたような凄みのある老魔女が、ヒッヒッと笑いながら、その目をくわっと見開き私たちを見ています。
しかし片目は眼帯をしていて、それがいっそう恐ろしい。
「おや、珍しいお客さんだね」
「……こんにちは」
お店の中はとことん薄暗く、埃臭い。
どうにも怪しい品物を並べていて、鼻につく香りが充満しています。
でもなんか、この匂い、どこかで嗅いだ事がある気もするのですが。
「おばあさんって魔女なんですか? だったら、夫婦円満のアイテムとかって売ってないかしら」
「……おやびっくりだ〜。あんたがたお若い夫婦だね〜。ヒッヒッヒ」
「違いますから」
すかさずトールが突っ込む。
老婆の魔女は目をギョロギョロさせて、私とトールを見た後、カウンターの奥の戸棚から一つの小箱を取り出した。
「これなんて如何だろうね。枯れない花の入った水晶さ。青と赤の二つで一つ。枯れないって言うのがポイントだねえ。ヒッヒ」
「……まあ」
小箱の中には、二つのクリスタルブローチが入っていました。
赤い花と青い花が、水晶の中で永遠の姿を保っています。
「どんな魔法を使っているの?」
「たいした事は無い。一生枯れない魔法薬を使っているだけの事。ヒッヒ」
老婆は懐から煙管を取り出し、この埃っぽい店内でふかし始めます。
ますます息苦しくなって、トールは少し咽せ込んでいました。
「分かったわ。それをいただきましょう」
そう言うと、老魔女は「まいど」と、胡散臭い不気味な笑みを私に向けました。
そろそろ夕暮れも本格的になり、急いでビグレイツの別荘に向かって馬車を走らせている丘の途中、さっきまでは気にする事の無かった王宮のシルエットが、私はどうしても気になってしまいました。
「ねえ………あの王宮に、由利いるのかな」
「……」
王都で圧倒的に高さのある王宮は、まるで夕暮れの中の巨人みたい。
その向こう側に、教国の大聖堂のドーム型の屋根のシルエットがぼんやり見えます。
更にその向こう側は中央海。私たちにとっては懐かしい他の大陸は少しも見えないだろうけれど。
「明日になったら分かる事だ。授賞式は王家が参列するんだし、お前にいたっては舞踏会に参加出来るんだから」
「早く会いたいなあ……だって何年ぶりだと思う?」
トールは無言でしたが、視線は同じ王宮の方にありました。
黒い、立ちぼうけの巨人のシルエット。
「け、結婚記念日、おめでとう……」
その日の夜、私は思いの外照れくさくなりながら、お父様とお母様にそれぞれ結婚記念日のプレセントを渡しました。
両親にこう言ったものをあげた事が無いので少し心配でしたが、私からの贈り物に二人とも喜んでくれたみたい。
「まあマキア。なんて美しいお花のブローチかしら」
「王都で自分の好きなものを買えば良いと言うのに、お前と来たら……私は……私は………っ。明日の授賞式はこのブローチをスカーフに付けて行こうかな!!」
「ええ、わたくしもそういたしましょう」
お父様もお母様も、もう良い歳だと言うのにはしゃぐものだから、私も少し嬉しくなります。
一生懸命探してよかったなって。
そんな安っぽいブローチ付けて行ったら、またオディリール伯爵はって言われてしまうかもしれないのに。
「……」
何だかとてもむずがゆくて、私はさっきから汗ばんだ手でドレスのスカートを握ったり離したり。
長年の記憶の中でも、覚えの無い感覚でした。