プロローグ1「私の話を聞いて下さい」
私の話を聞いて下さい。
私の名前は織田真紀子。高校一年女子。
これでも前世では、異世界メイデーアで名を馳せた三大魔王の一人、“西の紅魔女”だったんです。
なかなかファンタジックな設定でしょう?
でも、本当の事なんです。この地球の日本に生を受け、ほんの16年しかたっていないけれど、メイデーアに居た頃は約200年生きていたのだから。
今、高校の別館の、使われていない美術準備室にいます。
ここは“前世懺悔同好会”の部室です。美術の授業に使っていた石膏像や、絵の具、牛骨なんかが、誰も来ないこの部屋で、埃被っています。それらを使用する事は無いけれど、同好会設立時にこの部屋しか与えられなかったので、私たちはいつもここに居るのです。
“前世懺悔同好会”とは、文字通り前世の事を振り返り、懺悔したり、反省したりするめちゃくちゃ痛々しい(色々な意味で)同好会。
『なぜ我々は勇者に殺されなければならなかったのか』
議題はいつだってこれ。
何度だって、この事について考えました。
そして、何に思い至っても、反省し、悔いる事は尽きないのです。
「反省すべき事なんて沢山あるわ。あの時勇者を道連れに自爆なんてしなければよかった。でもほら、勢いってあるじゃない。若気の至りってやつよね」
「若気の至りって、当時200歳越えのばばあの言う事かよ」
向かいの椅子に座って私の言う事に文句をつけているのは、前世の世界で“北の黒魔王”だった斉賀透です。
黒髪の短髪で、目つきの悪いのはそのまま前世から持って来ちゃった感じの不良風。
今じゃストイックな男を気取っているけど、前世ではあちこちの姫を攫ってはハーレムを築くようなヤンチャボーイでした。
「………簡単に勇者にやられてしまったあんたが言う事じゃないわね」
「うるせえな、俺はあいつにはめられたんだ。あんな卑怯者が世に言う勇者だったってことが、そもそもおかしいんだよ。てか、おい、これに関しては由利、何か言う事があるんじゃないのか」
透は、右側の椅子に座っているにこやかで端正な少年に促しました。
彼もまた前世の関係者で、かつては“東の白賢者”とか言われていたものです。
今は由利静という、女の子みたいな名前。
今丁度湯のみのお茶をすすっていた所でした。
「まあね、僕があんなやつを勇者に選んでしまったばかりに、僕ら三大魔王はとことん追いつめられ、卑怯な方法で殺されたよね。………だってあんなド鬼畜な奴だって知らなかったんだ、本当にすまなかった」
「今更謝られてもね、取り返しがつかないんだけど」
私は大きくため息をつきました。
まあ、今更こんなぼろっちい部屋で、過去すぎる過ちをぐちぐち言い合ったって意味が無い事くらい分かってます。
かつては敵対していた他の魔王たちと、何の因果か同じ世界に生まれました。
今じゃ唯一の理解者たちです。
そんな奴らと、生まれ変わっても覚え続けている長い長い昔の記憶を、ただ語り合って整理し、記録しているのです。
私たちのかつて居た世界、メイデーアは、四つの大陸に別れていた世界でした。
そのうちの三つの大陸で私たちはそれぞれ名を馳せ、規格外な能力のせいで人を超越する存在となり、やがて人々に恐れられる魔王となりました。
でも、そんなに悪い事をした覚えはありません。私に関しては、気に入らない美女をかえるに変えたり、国王を脅して永久豪遊保証を得たくらいのものです。
美姫を攫いまくっていた北の黒魔王に比べたら、本当可愛いものですよね。
私は北の黒魔王と良く喧嘩をしたものです。
まあ、喧嘩をする度に山が一つ二つ消えてしまって、多くの人に多大な迷惑をかけていましたから、やり過ぎたかなって今なら思うのですが。
それを見かねた東の白賢者が、どこかの村で有望な若者を見つけ、“勇者”にしてしまった事が、全ての始まりです。
今でもあの顔は忘れられません。
美しい金髪の美形勇者だというテンプレをぶら下げていながら、魔王たちですらドン引きするレベルのド鬼畜非道具合だったのですから。
最初に、恩師であるはずの東の白賢者が殺されました。
勇者は賢者の持っていた様々な契約を奪い、北の黒魔王討伐に赴くのです。
やり方は卑怯そのものでした。
まず、黒魔王が最も寵愛していた美しい姫を寝取ります。その姫を手のひらで操り、北の黒魔王を裏切らせます。
北の黒魔王は、自分の力をほとんど発揮する事無く勇者に殺されてしまいました。自分の愛した女のせいでね。
さて、西の紅魔女であった私は、この事に怒り狂います。
なぜなら、私は北の黒魔王と喧嘩する事が好きだったからです。
それ以外の楽しみが、あの世界に無かったと言うのもありますが。
お人好しの東の白賢者、バカな北の黒魔王と違って、私は勇者同様のたちの悪い魔女でしたから、そう簡単にやられたりしません。
最後の戦いは壮絶なものでした。
私は勇者と、西の大陸全てを巻き込んで自爆したのです。
なんて罪深い事でしょうね。
今はもう確かめる事のできない、懐かしい異世界メイデーア。
まだ戦火の爪痕が残っていますか?
「ねえマキちゃん、今日うちに夕飯食べにおいでって、母さんが」
「え、いいの? やったー久々においしいご飯が食べられる!!」
由利のおばさんはとても良い人です。
中学生の頃両親を亡くした私を気遣って、いつもご飯に呼んでくれます。寒い冬の下校途中、たった一人で住む小さいボロアパートに帰るよりよっぽど楽しそうです。おいしそうです。
「ねえ、透君もおいでよ。うちの妹、透君のファンだからさあ」
「何で俺が」
とは言いながらも、付いてくるのが透です。
私たちは前世にあった長い長い戦いのしがらみを、たった16年の歳月で緩やかなものにしました。
だって、生まれた時から持っていた記憶を、結局分かってくれるのはこの二人しか居なかったから。
今はただの高校生。
だけど前世は、異世界を震撼させた三人の魔王。
私たちを殺したのは、そう、勇者。
それだけが、沢山ある記憶の中で最も印象の強い、共通の“思い出”だったのです。