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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第一章 〜幼少編〜
48/408

40:ユリシス、手を振り下ろす。




「……はあ」


全てが終わり、僕は逃げる様に食事会の会場を抜けました。

あのまま将軍に話しかけられたりでもしたら、僕は既に生きていないでしょう。

お前はすでに死んでいる、状態でしょうね。


「いやいや、何を弱気な」


お前は一応元三大魔王だろう。

マキちゃんを見習ってあいつを連れたまま自爆するくらいの気概を見せろ。


とは言え、今の僕ではあの勇者に勝てるものか、それはかなり博打に近いものがあります。

魔力数値マギベクトルが跳ね上がったとは言え、僕は白賢者であったころの契約をほぼ全て失っているからです。


最近になって、僕の魔力を感じ取ってか尋ねてくる精霊もいますが、それだけの少ない契約では戦いを挑むのは無謀かもしれません。

まあ、今の奴がどれほど力をもっているのか、という点が重要なのですが。


僕は王宮の長い廊下の壁に手をついて、一つ大きく息を吐き、高鳴る動悸を抑えようとしました。


その時です。

背後に殺気を感じ取った瞬間、僕を襲う魔力の波動がありました。


「……!?」


それは鉄色の糸。

鉄色の鋭い尖端を持つ糸が、音も無く忍び寄って僕を襲ったのです。

しかし、僕の側には風の精霊ファン・トロームが180度見渡す視界を持って守ってくれている為、その鋭い糸は疾風によって勢い良く弾き飛ばされました。


「……」


最初僕は、あの男ゆうしゃが僕の命を狙ってやって来たと思ったのですが、気配の感じからすぐに違うと分かりました。


「誰だい」


どこかに身を隠す魔術師がいる。

しんとした、誰もいない廊下と言うのも不自然だと思っていたのですが、僕は今そのことを気にする余裕が無かったのです。


「はは……本当だ。殿下、白魔術使えるんですね」


「君は」


斜め前の大理石の柱の裏から現れたのは、この王宮では有名な魔術師、トンマーゾ・エスタでした。

彼は正妃のお気に入りだったはず。


「……トンマーゾ。今更僕を殺しにきたのか? 正妃様の命令?」


「ふふ……アダルジーザ様はまだ諦めていませんからね」


「でも、僕を殺しても意味は無いと思うよ。次期国王は叔父上でほぼ決まりだ。僕は一枚噛む事も無いだろう………」


先ほどの食事会が、正妃様の機嫌を損ねたのだろうか。

僕は少し、いやかなり、この現状を煩わしく思いました。


全く。

今の僕はそれどころではないと言うのに。


「ふふ……殿下、白魔術を少しかじったくらいでいい気にならない方が良いですよ? 白魔術では敵国の軍事兵器に敵わないとか何とか言ったらしいですが、それならばこの魔術の恐ろしさ、身を持って感じていただきましょう。もっとも、それを教訓とする間もなくあなたは死んでしまうんですけれどね」


「………」


ああ、嫌だな。

腹が立つな。


トンマーゾの小物クサい台詞は聞こえているような聞いていないような。

僕はこの時少し苛立っていたのです。本当にトンマーゾには悪いと思うのですが、彼の事が憎かった訳ではないと言うのに。


全てはタイミングの問題です。

この時の僕の頭の中を、ほとんどカノン将軍(勇者)が占めていたとするならば、その隙間に気にも留める必要の無い蚊のような存在がいちいち割り込んでくる、みたいな。そういった煩わしさ。


「ねえ、悪いけど、僕は今それどころじゃないんだ」


ただ静かな、水面に落ちる一滴の雫が波紋を広げて行く様に、僕は魔力を開放しました。

今までは自分の存在を隠す為に情報を制限し、魔力を極力体内に留めていましたが、もう今はどうでもいい。

奴に見つかってしまったのだから、もうどうでもいいです。


トンマーゾは余裕な笑みをハッと変え、周囲の空気の変化に戸惑っています。

脅威と恐怖。

彼の頬に一筋の冷や汗が流れました。


「言ったよね。さっき、この魔術の本当の恐ろしさがどうのこうのって。そんなのとっくに知ってるんだ。全部……全部僕が……」


全部僕がつくったのだから。


僕はこの時、何が歯がゆくて、何に苛立っていたのか知っています。

ゆうしゃがここに居るのに、僕は。



「第一魔術陣………第二魔術陣………第三、第四魔術陣開放、継続……契約回路確保……第十戒召喚……現れよファン・トローム」


僕は右手をかざし、周囲に一瞬で無数の魔術陣を形成し、淡々と精霊を召喚しました。

それらの魔術陣は、今の段階で僕の持っている精霊への契約報償コストでもあります。


「な、なんだって……?」


普通の魔術師なら一つの精霊の召喚に費やせる魔術陣コストは一つか二つ。しかし、僕の魔術陣は一つの精霊にたいして10の魔術陣コストを費やしています。


こんなの、お目にかかった事が無いと言う表情です。


10の魔術陣は筒状に連なり、そこから召喚された精霊の神々しくも恐ろしい事。円還なだらかな魔力が、風の大精霊ファン・トロームを取り巻いています。

その精霊の姿は巨大で異形で、光と禍々しさを両方纏っているような姿。これが精霊の10段階目の姿。

彼の知っている精霊の姿ではありませんでした。


「ちなみに君の精霊は、金蜘蛛“タランテラ”だろう? 見た所ただの第一戒召喚って言った所かな? どうにも、今の白魔術師は精霊と契約しているだけで白魔術を理解したつもりでいるよね。知っているだろう? 精霊の十戒。精霊の召喚段階は十あるって」


「そ、それは……ええ………? でも、そんな事出来る者なんて……歴史上ただ一人しか………ただ一人し………っ」


トンマーゾの瞳には、きっと僕とファンが映っていたのでしょうが、その姿はいったいどんなものだったのでしょう。

僕はどこかからこみ上げる虚しい気持ちを押さえ込み、右手を少し上げました。


分かっていたのです。

僕は魔術を、精霊を、こんな風に利用する事が嫌いだった。


だからこそ、今まで王子としてこっそり使ってきた、“少しだけ便利で小細工の出来る魔術”が気に入っていた。

精霊たちの可愛らしい姿のまま、側にいてもらう事が好きだった。


白魔術はそれで良かった。

優しい魔術であって欲しかった。


でもこれからは、そうはいかないんだろう。また始まってしまうんだろう。

そう考えるのが歯がゆくて僕は、命令のために手を振り下ろしたのです。



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