37:マキア、春と勲章とミルクティーと。
マキアです。
農耕地帯のデリアフィールドにとって、冬は沈黙の季節。
寒い日が続き、稀に雪が降って、広い枯れ草の大地が次の春を待っているのです。
「え、受賞? お父様が? トールが??」
「そうなんだよマキア。何とカルテッドの学校のシステムが評価を受けて、春の聖教祭で大司教様から勲章をいただける事になったんだ」
「……はい?」
お父様が小躍りしながら嬉しそうに話しかけてきたものだから、何事かと思いましたが、彼の語る内容は実に驚くべき事でした。
毎年聖教祭では、社会や文化へ貢献した者に“緑宝賞”として勲章を与える式典が催されます。
教国の大司教様がその賞を直に手渡しして下さり、その式典には王家の者も参列する大々的なもの。
とてつもなく名誉な賞である事は確か。
それをカルテッドの商業学校プロジェクトが受賞したと言うのです。
お父様はとてつもなく嬉しそう。
当然でしょうね。貴族とは言え“緑宝賞”を受賞出来る者はそうそういませんし、この勲章があるだけで貴族としての格が上がるとも言われていますから。
私とトールは顔を見合わせました。
「お父様、でしたら春の聖教祭、私たちは教国へ行けるのですか?」
「そう言う事だ。約一週間に及ぶ聖教祭の間、我々は王都で過ごそうと思っている。ビグレイツ公爵が別荘の一つを貸して下さると言う事だ。使用人たちをみんな連れていって、ぱーっとしよう。あの時期の王都は本当に華やかで、美しいぞ」
「まあ楽しそう」
私は両手をポンと合わせ、子供らしくそこらを飛び跳ね喜びます。
まあ実際に嬉しかったですからね。
前に一度、お父様に連れられて王都へ言った事があるけれど、その時は別に興味もありませんでしたけれど。
しかし、今の私たちにとって、王都へ行くと言う事がどれほど重要な意味を持っているでしょうか。
私はトールと目を合わせ、小さく頷きました。
これは約3ヶ月前の事。
「由利が………ルスキアの王子ですって!?」
カルテッドの仕事を終え私の元に戻って来たトールは、とても大きなお土産を持って帰っていました。
それは王都新聞の記事。
滅多に表に出てくる事の無い第五王子の写真が載っていたのです。
その顔は、実に良く知っている人でした。
「第五王子、ユリシス・クラウディオ・レ・ルスキア………。マキア、お前なら分かると思うが、どう考えても地球名・由利静とそっくりだ。顔もご覧の通りって感じだし」
「王子様に転生って、何ていうかあいつらしいわねえ」
「そう言うと思ったぜ。なんでこうも格差が……」
「あはは」
私は以前お忍びでカルテッドへ行ったときの事を思い出していました。
あの、貧しい身なりの子供たち。かつてトールもあの中にいたのだとしたら、同じ魔王でも煙突掃除夫と王子ならば大分差のある転生です。
「だったら、会いにいかないと。王都へ」
「どうやって……?」
「……」
さて、そこが一番の悩みどころでした。
なにしろデリアフィールドは王都から遠く、そう簡単に行ける距離でもないのです。
魔法で無理矢理行くっていう手もありますが、まあ由利ことユリシスが王子様ならそう簡単に会えるとも思えない。
しかるべき手順と言うものが必要な気がして、どうにも動けずにいたのです。
「聖教祭の授賞式典なら王家も参列するし、コンタクトがとれるかもしれないわね」
「何か凄くいいチャンスに恵まれたな。俺がカルテッドで仕事をするのも、何かの縁だったのか……」
「そうかもね」
トールは窓辺から、このデリアフィールドの広い枯れ草の大地を見ていました。
「聖教祭かあ……そう言えば、前に会ったおじさんが、聖教祭がどうとか言っていたわ」
「何? 何おじさん?」
「いや、こっちの話。ちょっといかがわしいただのおじさんよ………気にしないで」
私は温かいミルクティーを飲んで、体を温めます。
カルテッドの教会で出会ったメディテ卿の事を口にしたら、あの日トールを覗き見していた事がバレてしまいますから、そこは曖昧に濁して。
「……ふう」
温かい甘いミルクティーの色は、どこか懐かしい由利の面影が伺えます。
この甘みの似合う寒い冬が過ぎたら、春の芽吹きの季節にお祭りが催され、この国は盛大に祝うのでしょう。
由利、いえユリシス、あんたは私たちをまだ知らずにいるかもしれないわね。
でもやっと、あんたを見つける事が出来た。それが一番嬉しい。
私たちはヴァビロフォスの加護に導かれ、きっとその聖地で出会う事が出来るわ。