35:トール、オチに笑う。
(◯月26日:トール)
ほら、あと5日だろ?
しりとりでもしようぜ。
はい、マムシ。
(◯月27日:マキア)
シリコンバレー。
(◯月28日:トール)
カルテッドの学校が今日完成しました。
レタス。
(◯月29日:マキア)
だったら早く帰ってきてね(´;ω;`)
スクワット。
俺はトール
しりとりをしようといいだしたのは俺だ。
マキアが素直になったら正直勝てる気がしない。だからこそ、話を逸らしたのだ。
しかしまあ、あと少しの時に爆弾投下。
あれ、ちょっと何か可愛い。
懐かし可愛い顔文字。
マキア、あと少しだからな。
明日には終わるから。
さて、俺のカルテッド勤務最後の朝、ここ数日の騒ぎを聞きつけ様々な町から学校を見に来た訪問者が、新しい校門の前に並んでいた。
食堂開放制度と大胆な奨学金制度は、ガメット伯爵の私財も投じかなり力を入れたと言う事で、あちこちで話題になったのだ。
これこそがガメット伯爵の狙いかもしれないが、ここまの反響を予測していたなら本当に侮れない人だ。
「おっと、君がトール君かい? カルテッドの学校へ子供たちを導いたと言う?」
新聞記者なんかがうろうろしている表門を、目立たないように通り抜けようとした所、まあ俺の容姿が目立ちすぎるってのも問題か。すぐにバレました。
「い、いや……な、何なんですか?」
「ちょっとお話を聞かせてもらいたいと思ってね。あ、私王都新聞のコロネラと申します。王都新聞知ってる?」
「い、いや、まあ知ってますけど……うちの館は南ルスキア新聞なんで……」
「そうなの? こういう新聞つくってるんだけど。あ、良かったら今日の朝刊一つあげよう。王都の色んな情報、詳しく載ってるよ〜」
なんとも品の無さそうなひげ面の親父が丸い眼鏡を光らせて、いかにもマスコミ根性というような横暴さで、俺の手に強引に新聞を握らせる。
王都新聞はこのデリアフィールドまでなかなか届かない分貴重とは言えるが。
「王都は今、王位争いの話題で持ち切りさ。次の聖教祭のあと、三人の候補者の中から次期国王が本格的に選ばれるんじゃないかってね。色々な予想が載っているからちょっと面白いよ」
「は、はあ………」
「ところで、君は東の人間らしいけれど、今はオディリール伯爵の所にいるんだって? さぞかし有能なんだろうね〜。王都じゃ、反東派閥なんかの活動も盛んだけど、そう言うのどう考えている?」
「え……と」
何だろうこのおじさん。学校の事聞いてくるのかと思ったら、話題をずらしやがった。
反東派閥? なにそれ。
「いや、カルテッドは東の者を多く受け入れていますし、俺はそんな、不都合な状況に陥った事はあまり無いですけど……」
「ふーん、そうか〜。まあ、カルテッドは親東の土地だからね〜。今の王都は少し荒れてるよ〜東の大陸に近い分いろいろとあるからねえ〜」
「はあ……」
俺は少し気になって、もらった新聞をチラと垣間見た。
しかし、俺の目はある記事の写真に止まって、全てを持っていかれてしまったけれど。
「これ……!?」
その記事には、次期国王候補の三人の事が載っていた。
白黒の写真とは言え、その中の一人はどう考えても見た事のある面である。
「ま、まさか……ユ、ユリシス王子……って? え?」
三人の候補者で最も若く、落ち着いた微笑みを浮かべる彼は、どこからどう見ても俺たちと同じく三大魔王として名を馳せた白賢者、地球名・由利静の面影に他ならない。
なんということだ。このルスキアの王子として転生していたとは。
「ああ、ユリシス王子? 結構人気なんだよね〜、私は王位争いのダークホースだと思ってるけど、まあ継承権三位だから難しいかな〜。あ、でも面白い事知っているよ? ユリシス王子って、毒が効かないんだって。本当か嘘か知らないけどさ〜……あ、これは裏情報だから秘密にしといてね。うっかりうっかり」
「……」
あ、ガチだわ。
毒が効かないってことは、何かしら解毒魔法をかけているのだろう。
それよりも、毒が効かないと分かる状況がどういうものなのか知りたい。
俺は今すぐにでもデリアフィールドへ帰り、マキアに知らせたかったが、今日はカルテッドでの最後の仕事の日。
それを投げ出すとこの一ヶ月の全てが無駄になるような気がして、俺はかろうじて踏みとどまる。
早くマキアに伝えたい。
由利、いや、ユリシスか。
王子だなんて、実にお前らしい運の良さだな。
屋敷に帰って来たのは、既に日をまたごうとしている夜中。
俺は少しだけ緊張していた。
いや、もうこの時間なのだからマキアは寝ているだろう。
俺は今朝、扉にメモを貼っていかなかったから、今からメモだけ貼って明日会った方が無難かもしれない。
とは思っていても、いざ彼女の部屋の前に来ると、どうしても扉を開けたくなる。
だってもう、俺はカルテッドの仕事を終えた。
あいつが会わないと言ったのは、この仕事の間だけだ。
それに俺は、マキアにどうしても言わなきゃいけないことがある。
由利が見つかったかもしれないって。
「……」
少し呼吸を整え、俺は彼女の部屋の扉をノックした。
返事は無いが、何度かノックする。
「おい、マキア………夜中に悪いが、入るぞ」
一応断りはいれたからな。
恐る恐る扉を開け、暗い部屋の中をキョロキョロ覗く。
きっと寝ているか無視きめ込んでるんだろうと思っていたら、どうにも彼女が居ない。
「……あれ?」
俺は眉根を寄せ立ちほうけたが、その瞬間、扉を開けた事を若干後悔した。
右側の奥の方に、光る目が二つほどある。
「うわあ、怖っ!! 怖っああああっ!!!」
ちょっと、俺は天下の黒魔王。
何をそんなに怖かっているんだ全く。
でも、その瞬間のとんでもない殺気は、俺ですら飛び上がるほどだったのだ。
「な……マキアさん……?」
「あんた今朝、何のメモも残さなかったでしょ……全くカルテッドの学校だか何だか知らないけど、最後の日に無視するなんていい度胸じゃない………」
「違うって!! ほら!!」
暗がりから出てこない彼女は、闇に紛れ獲物を狙う恐ろしい紅魔女そのものだ。
俺は用意していたメモを彼女の前に出し、受け取らせた。
(◯月30日:トール)
トールです、ただいま
うわあ、お恥ずかしい。
誠に恥ずかしいですが、こうとしか書けませんでした。
いやまさか、手渡しするつもりなかったからね。
「全く、たかがメモだろう。今日で会えるんなら別に………」
「いーの。こういうのは、儀式みたいなものなんだから。ちゃんと最後までするのが大切なの。フフ」
そう言って、嬉しそうにメモを見るマキアの豹変っぷりったら無い。彼女の笑顔を、俺はいつぶりに見ただろうか。
ああ、マキアだなと思う。
彼女はそのメモをまじまじと読んだ後、何か思いついたようにそそくさと机に付いた。
側に置いてあったメモ帳を破って、かりかり何か書いている。
「お、おい。まさかまだやる気なのか?」
「だから儀式だって言ったでしょう? 最後のオチをつけなきゃ」
「……?」
彼女はくるりと軽快に立ち上がり、俺にそのメモを差し出した。
(◯月31日:マキア)
マキアです、おかえり
そこには、ただそれだけ書かれていた。
ちょうど今、日をまたぎ31日になった所。
「……オチたのか?」
「あんたね、気づいていなかったの? しりとりを続けたのよ。あんたが始めたんじゃない」
「……あ」
俺は、自分が「トールです、ただいま」と書いた紙の事を思い出した。
確かに最後の文字は“マ”だったけれど、なるほどこう続けた訳だ。
「たしかに、これでオチたな。ははは」
俺は、大して面白くもないこの茶番の結末に、何故か笑いが止まらなかった。
マキアは思っていた以上に、いつも通り。
いつもの彼女だ。不敵な笑みは相変わらず。
「おかえり、トール」
「あ、ああ………ただいま」
その言葉を聞いたら、ドッと疲れが出てきたよ。