06:サリア、背中合わせの双子。
「うん。ぴったりね」
母様は、鏡の前でドレスを着た私の肩に手を置いて、ニコリと笑った。
私、サリア・オディリールは明日開かれる王宮の舞踏会に着ていくドレスを試着しているのだった。
「サリアには真っ赤なドレスより、紺のドレスの方がよく似合うわ。赤毛が映えるもの」
艶のある紺地のシンプルなドレスだ。
肩の出た今流行の形で、襟や袖にある白いレースの飾りが可愛らしい。
雫型のサファイヤがくっついたチョーカーも、首元を華やかにしてくれる。
私自身も新しいドレスの出来には満足しているのだけれど……
「でも母様……私って本当に……はあ」
「どうしたのサリア」
「鏡を見ていると泣けてくるの。だって、私、どうして母様の娘なのにこんなに……はあ」
「だ、大丈夫よ! サリアだって歳相応の“胸”だわ!」
母様が私を慰めてくれた。
よしよしと頭を撫でて、ぎゅっと引き寄せる。
私、まだ詳しくは何も言ってなかったんだけど……
でも、そうなのよね。
私はグラマーな母様の娘のくせに、全体的に細っこくて、胸元も平均以下。
せっかく流行のドレスを着ていても、何かが物足りなく見えてしまう……
母様は熱心に語った。
「母様はねえ、小さな頃から沢山食べて沢山暴れて、また沢山食べてたから、割と早いうちに成長して今に至る訳で、サリアだって沢山食べればこれからよ!」
「ふーん」
「……聞いてないわね」
鏡に映る私自身は、我ながら光の無い死んだ様な目をしている……
「え、何? サリアちゃんの胸がなんだって?」
「ねえキース、どうしてそこに反応するの?」
窓辺のソファで分厚い本を読んでいたキースが、今の今まで私の着替えには全く興味を示さなかったにも関わらず、胸の話には飛びついた。
そして、本をほったらかしてこちらまでやってくる。
「別に良いじゃん。サリアちゃんは今のままで十分だよ。僕は巨乳はあんまり好きじゃないし……」
「なんであなたの好みを反映しなくちゃならないのよ。それに私が母様の遺伝子を受け継いでいながら、こんな貧相な胸元になっちゃったのは、多分ストレスフルな生活を毎日送っているからに違いないわよ。だいたいあなたのせいだからキース」
「そう?」
「そうに決まってるわ」
私はふんとそっぽ向いた。
キースは反論も反省もせずに、今更私のドレス姿をまじまじと見ている。
母様が後ろで私の髪型をどうしようかと、髪を持ち上げたり下ろしてみたり……何かと弄っていた。
「ねえサリア、あんたどんな髪型にしたいか考えた?」
「……ううん、何にも」
「サリアってば本当にオシャレに無頓着ね」
そして今度は私の髪型について、キースに尋ねた。
「ねえキース。サリアの髪型なんだけど、ハーフアップにするか大人っぽく結い上げるか、どっちが良いと思う?」
キースは母様の問いかけに、顎に手を当てて真剣に考えている。
「んー、僕的はハーフアップの方が好きかな。サリアちゃんの長い髪好きだし。というか僕はサリアちゃんの全てが好きだし」
「あんたって結構なシスコンのくせに、サリアに迷惑ばかりかけてるそれは何なの」
母様は慣れた様子で、我が双子の兄につっこみを入れていた。
そして「ほら次はあんたよ!」と言って、キースに舞踏会用の服を着させようとする。
「え、僕も着替えるの? めんどくさい!」
「何言ってんのよ! 新しいのなんだからサイズを確かめなきゃ」
「嫌だ嫌だ」
「またそんな子どもみたいなわがままを言って! 大人しくなさい」
「あああああ、母様のバカ! 若作りババア!!」
「それがあんたの母なのよ」
キースは母様の横暴な力によって床にねじ伏せられ、服をひんむかれていた。
うーん、15歳の兄のこの幼稚な姿よ……
流石のキースも母様の前では生まれたばかりの子鹿だ。
「おい、入ってもいいか?」
部屋のドアがノックされ、母様の「いいわよ」が出た所で、父様が入室してきた。
父様は部屋に入ってすぐ、私のドレス姿に気がつく。
「おお……サリア、新しいドレスが似合っているじゃないか。きっとどこのご令嬢にも負けない美しさだぞ」
父様は相変わらず私の事を良く褒める。
だけど私は小さくため息をついた。
「そんなこと無いわよ……私ってどこか地味なんだもの。華が無いの。私も母様みたいに、巻き髪で、もうちょっと胸があったら良かったのに……」
「そんな事は無い。母様は確かに派手な部類だったが、サリアには透明感がある」
「ちょっとトール、それどういう意味? 私は濁っていたと?」
「良く言う。マキア、あの頃のお前は血まみれだっただろうが。高笑いしてただろうが」
「…………」
母様は何も言えなくなったが、父様にべっと舌を出して「トールのバカ」と。
父様は母様の悪態にふっと笑って、再び私に向き直り続けた。
「だからなサリア、自信を持て。お前は父様に似て聡明な顔をしているし、スタイルも良い。男ってのはな、どちらかというと控えめで清楚な女性が好きなものだ。別にみんながみんな巨乳が好きな訳じゃないし……」
「それを父様が言うの?」
「あああ……サリアがこんなに可憐だから、あちこちからダンスのお誘いがあるかもしれない。結婚の申し込みとか……父様は遠くでそいつらを逐一チェックしてるからな。場合によっては排除する」
「父様こわい」
頭を抱え出した親バカ……というかバカ親の父様。
そんな父様のすぐ側に、いつのまにやらやってきていたキース。
父様の袖を引っ張って尋ねた。
「ねえねえ父様ー、俺は? 俺はきまってる?」
母様によって、無理やり着替えさせられたキースは、父様の真正面に立って、腰に手を当てドヤ顔をしている。
私とお揃いの、紺地の服。
貴族らしい白いスカーフを身につけると、いつもよりぐっと大人っぽく見える。
背も高いし見た目も華があるので、こう言う服をちゃんと着こなせば、舞踏会なんかでは目立つだろう。
隣でちょいちょいと、母様に髪の毛を耳にかけられたり、癖っけを整えられていた。
「んー、まあキースの場合、舞踏会ではとにかく大人しく品行方正にしてくれれば、特に言う事はないな。あとそのドヤ顔はやめろ」
「はあ? それどういう意味だよ父様」
「なんかもう、昔のマキアを彷彿とさせるというか……」
「…………」
並んでいたキースと母様は横目に見合って、お互い「げー」と嫌そうな顔をしていた。
そんな所までそっくりな二人。
並んでいると余計に、血のつながった親子だなあと思わされた。
多分私の隣に立っている父様も同じ事を考えている。
……と言う事は、キース&母様サイドから見たら、私&父様サイドは同じ様なやれやれ顔をしているように見えるのだろうか。
「しかし二人とも大きくなったな……つい最近まで赤ん坊だったのに」
「それつい最近じゃなくない?」
私とキースは二人揃って父様につっこむ。
私たちは時々シンクロするのだ。流石双子。
「でも、母様や父様からみたら、あんたたちの成長は一瞬だったのよ。もうすぐ私たちの元を離れて、学校へ行ってしまうのね……」
「サリアがオディリール家を出てお嫁に行くのもすぐの事なんだろうな……」
「きっとそうよ。もうすぐのことなんだわ。明日の舞踏会で運命の出会いなんかがあるのよっ」
母様と父様は何故か抱き合い、根拠の無い妄想を語り、ぐすぐす涙を流し始める。
なんだこの両親……
「大丈夫よ。私、男の人にはあんまり近寄られないの。私も興味無いから近寄らないし」
「……確かにお前はインドア派で、ずっと魔道要塞の設計やデザインばっかりしてたもんな……。うーん、でもそれはそれで心配と言うか……いつかはお嫁にいかなくちゃならないし……」
父様はやはり心配そうにしている。
なので、安心させるためにこう言った。
「大丈夫よ! 私、魔法学校を出たら王宮魔術師になる。魔導回路を組み込んだ世界中の建造を手がけるの。お嫁に行けなくても、一人で逞しく生きていける働く女になるわ」
私がこんな宣言すると、母様が慌てて父様と私の間に入る。
「ち、ちょっと待って! 確かにサリアならそれで全然大丈夫そうだけど……。ね、ねえサリア……サリアの好みの男性像ってあるの? 母様、ちょっと聞いておきたいかも」
「……え? 好み?」
母様が若い女子みたいに私の腕を取って、ねえねえと聞いてくる。
私が「うーん」と考え込む姿を見せると、父様とキースが揃って息を呑んだ。
「あんまり男の子に興味無いけど…………あえて言うのなら、カノン将軍みたいな人かな」
「…………」
「…………」
私のこの一言で、部屋の空気が固まった。
主に父様とキースの周囲。
「あー、なるほどね。あんた昔っから、カノンにはやけに懐いてたものね」
ただ母様だけが理解をしてくれる。
うんうんと頷き、「確かに大人って感じよねー努力家だしイケメンだし」と。
「ダメだっ!」
しかし父様とキースが声を張って否定する。
おお、この二人がシンクロするのは珍しい……
「ダメだダメだダメだ! カノン将軍だなんて、僕は絶対に認めないぞ!」
「……なんでキースに認められなきゃならないのよ」
「カ、カノンは……確かにその、凄い奴なんだが、と、父様としてはもうちょっと歳の近いやつが良い様な気がするっていうか……あいつああ見えて結構歳いってるっていうか……あの、その、独身だけど女王が……その」
「父様落ち着いて。私別に、好みを言っただけで結婚したいって言った訳じゃないから。そこまで身の程知らずじゃないわ」
慌てる男共を宥める。
カノン将軍は大国の将軍様だし、何より今まで独身で居る事が、女王への忠誠の証であるのだと言われている。
そう言う姿が素敵よねって意味だったのに。
母様は「情けない男共」と首を振っている。
「分かるわよ、サリア。要するにああいう落ち着いた人がいいって事よね」
「そうそう。やかましい奴がずっと側に居たからね」
「サリアにも憧れの男性像があって、母様少しホッとしたわ」
母様がぎゅっと私を抱きしめた。
温かくて落ち着く。そしてなんか可愛い。
私は娘のはずなんだけど、ちょっとだけ小さな母様の頭をナデナデしてみた。
「サーリアちゃん」
夜、私が早々にベッドに入って眠ろうと思った時、いつの間にやらベッドの側にキースが佇んでいた。
転移魔法で自分の部屋からやってきたのだろう。
「何よキース」
「一緒に寝て良い? ちょっと話そうよ」
「嫌よ、キースってば寝相が悪いんだもの。それに私たち、もう子どもじゃないのよ」
「そんな事言わないでよ。学校が始まったら、男女は別々の寮に入れられる。一緒に寝られなくなるよ」
「あなたと一緒に寝なくて良くなるんだから、私にとっては最高の話だわ」
「よいしょっと」
「……もう」
キースは小さな頃からずっとそうだったように、私の隣に潜り込んだ。
「ねえサリアちゃん、今日の事なんだけど」
「……絶対それだと思ったわ」
寝転がって、お互い顔を見合わせて会話をする。
「僕さ、あの木の実を食べて、少しだけ分かった事があるんだ」
「……もしかして解析したの?」
「うん。さっき本を読みながら、食べた実の魔力を探ってた。僕びっくりしたんだけどさ、少しだけ……あの実から奴らの魔力を感じ取ったんだ」
「奴らって?」
「魔王クラスだよ」
「……え」
キースはニヤリと意味深に笑った。
ベッドのすぐ後ろにある大きな窓から差し込む月明かりに、彼の瞳は照らされ、鈍く光る。
「そこに……父様と母様の魔力も含まれてた」
「…………」
私は思わず目を見開く。
この世界の人間であれば、少なからず魔力を持っているものだ。
しかし父様や母様の魔力はまた特別で、一般のものとはまるで違う。例えるならば、普通の人間の魔力が透明であるのなら、魔王クラスの魔力には鮮やかな色があると言うか……
私たち双子は、小さな頃から出会い、触れ合ってきた人間の魔力を、自分の体内にある検索用魔導要塞に登録している。
個人の魔力の情報を登録していれば、ナビを使って、その人の所に転移したりできるからね。
父様や母様の魔力も、勿論良く分かっているつもりだ。
誰よりずっと側で触れ、二人の魔力を探ってきた。
そして、彼らと同じ様な魔力を持つものを、今まで感知できた事は無い。
しかし、あの木の実にはそれがあったと……
「分かんない事だらけだよねえ。でも僕、少しだけわくわくしてるよ。やっぱり王都に居たら、色々と分かる気がする」
「……わくわくしてるの? 何だか怖いわ」
「サリアちゃんは案外臆病だからね。大丈夫だよ。何かあったら僕が守ってあげる。僕の双子の妹だもん」
「私が怖いって言ってるのは、あなたが好奇心を爆発させて、何かやらかさないかって意味よ。それにいきなり兄面されてもね……カッコイイ事言っても、あなたの言葉には説得力が無いのよ」
「あはは、そう?」
キースがへらへら笑ってたので、頬をつねって引っ張ってやった。
彼は「いたた」と頬を撫でつつ、私から目を逸らし、天井を見上げる。
「ま、こんな事が分かった所で、真実は何も見えてこないけどさ。あの実はそこそこ美味しかったよ。じゃあ、僕寝るから。なんか色々あって凄く眠いんだ」
「……あっそう。いったい何の話だったんだか」
「…………」
一方的に話を終えて、キースは一度長く息を吐くと、そのまま私に背を向けた。
私もまた、キースに背を向ける。
ベッドの中で、お互いの背中は僅かに触れ、そこに当たり前のように存在する片割れの温もりに安堵を覚える。
「おやすみ、サリアちゃん」
「……おやすみ……キース」
私たちは背中合わせの双子。
多分、生まれた時からずっとそうだった。