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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
外伝 〜次世代編〜
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04:スズマ、トワイライトの守人。


僕はスズマ。

ちょうど今、聖地の地下の泉から水をくんで、大水晶宮の最上階の大きな扉の前にやってきた。


「やあスズマ」


お出迎えしてくれた黒ずくめの男がいる。

背は高く、黒く長いローブ姿で、黒髪黒目。肌の色は白く、北の大陸の者の特徴をしている。

見た目は三十前後といった所か。


凄くトール兄さんに似ているけれど、違う。


「やあ、ノア。そろそろ聖水が無くなるかなと思って持って来たよ」


「頼むよ。聖水が無いと、あの木は実を落とす」


彼の名前はノア・トワイライト。

黒魔王の子孫として、北の大陸で名を馳せた一族の生き残りである。

そしてルスキア王国の顧問魔術師であり、魔導回路を司るシステムタワーの責任者。

僕とノアは前の戦争を知っている者の中で歳が近く、親友同士だ。


ノアは、滅多に開く事の無い大水晶宮の最上階にある、隠し大扉を開け、僕を中へと入れてくれた。

彼はこの扉の守人の役割を持っている。


「…………」


溢れる緑と、ドーム型に水晶を張り巡らされた天井。

扉の向こう側は、その水晶から差し込む陽光で、キラキラと輝く庭園があった。


綺麗に整えられた緑の小道を進むと、中心にはひっそりと植えられた美しい樹がある。


これは、大樹ヴァビロフォスの子だ。

雫型の不思議な青い実がなっているのが、聖地にあった大樹とは少し違う所だ。


「随分育ったなー。前にトール兄さんが、西の大陸から枝を持って帰った時は、本当にどうなるかと思ったけど、育つものだね」


「まあ普通の樹じゃないからね。それにここは聖地に近いし、こうやって司教が聖水を持って来てくれる訳だし。聖地の水があれば、成長が早い」


僕はさっそく、その大樹の子の木の根に、持っていた水瓶から水を撒いた。

特別変わった事が起きる訳ではないが、水はしっかり木の根もとに浸透する。


「…………」


すくすくと育つと良い。

前の時代の忘れ形見だ。


この樹は、兄弟がそれぞれの大陸に一本ずつある。

それらは国民に知らされる事無く、各メインタワーの最上階に植えられている。


すでに聖地に力は無く、大樹の恩恵はそれぞれの大陸に行き渡っているのだった。






「ところでノア、キキルナさんは?」


大樹の子のある庭を展望出来る、ルーベルタワーの管理室がある。

僕はそこでノアにお茶を出してもらっていた。

いつもはうるさいキキルナさんが居ないので、不思議に思う。

キキルナとは、ノアと同じトワイライトの生き残りで、ノアより一つか二つ年上の女性だ。


「ああ、キキルナは今日、朝からメンテナンスだ。体のあちこちが機械だからね」


「……まだメンテナンスが必要なの? もう魔道要塞を使う事なんて、ほとんど無いだろうに」


「キキルナは元々、魔道要塞のリスクを受けやすい体だったんだ。15年前の戦い以来、彼女が魔道要塞を使う事は無かったけれど、齧られた部分が戻ってくる訳じゃない。定期的なメンテナンスは必要なんだよ。まあ命に別状がある訳でもないし、長く付き合う持病のようなものだ」


「……大変だなあ」


「まあでも、もうすぐ帰ってくると思うよ」


お互いテーブルに向かい合って座り、スッとお茶を飲んで、ついでに目の前の皿に置かれていたマドレーヌを食べる。

教国もエスカ師匠が大司教になって、掟や風習が緩和されたとは言え、王宮の高級な焼き菓子を食べることは滅多に無いので、ここぞとばかり……


うーん。濃厚なバターがたっぷり練り込まれたマドレーヌは、たまらなく美味しい。

贅沢は罪だなあ。


「あ、そうだ。せっかくだから巫女様にも……」


巫女様にもこの美味しい焼き菓子を食べさせてあげたい、と考えて……

少し青ざめた。

そう言えば先日、エスカ師匠と父さんに、「オペリアを頼む」などという無茶を振られたばかりだ。

こんな美味しいお菓子をオペリア様に持っていったら、きっとあのおっさん二人がニヤニヤしながら覗き見したり、僕を執拗に結婚に追い込もうとするに違いない。

巫女様にいらないことを吹き込んだり……


ほんと、何。あのおっさんたち……


「どうしたの? 青い顔をしているけど」


「いや、はは。はあ……ちょっと話を聞いてくれよ」


「え、何? まさかほんとに落ち込んでる? 君が?」


ぎょっとしているノア。

確かに僕は普段、我ながらあまり落ち込まないタイプだ。


ため息をつきつつ、ノアに先日の話をした。


「実は僕、巫女様の花婿第一候補になっちゃったんだ」


「ぶっ」


ノアは紅茶を吹き零しそうになるほど驚いていた。

黒い目を大きく見開く。


「えっと……」


「言いたい事分かってるから言わなくていいよ……でもエスカ師匠と父さん……殿下は本気だ」


「あのお二人が? 不思議だなあ。どう見ても、『娘は誰にもやらん!』って感じの二人なのに」


「まあでも、緑の巫女様の花婿選定は教国の決まりだし、いつか決めなきゃならない。でも知らない男なんかに取られたく無いのがあのおっさんたちの本音だ。なんてったって、家族みんなで大事に育ててきた大切な巫女様だ。そこで、僕にならって事になったんだ。なんてったって身内だ。だけど血縁関係は無い」


大司教様の一番弟子であり、司教になるまではユリシス殿下の養子だった。

今は養子の関係は無いが、親子としての絆はすでにある。


うん。我ながら、あの人たちの気持ちは良くわかる。

良くわかるけどさ……


「スズマは結婚したく無いの? 殿下とも本当の親子になれるのに」


「だってほら……年齢差が……」


「いや……うん、言いたい事は分かるけど。でもまさかだなあ。僕からしたら、もう緑の巫女の制度も、花婿選びの風習も無くなるものだと思っていたんだけど」


「それは無いよ。だって巫女様だけが、唯一教国の存在する象徴になってしまっているんだから。世界にはまだ緑の巫女が必要なんだ。信じる対象が無いと。……連邦は無くなっても、戦争は無くならなかった。北の大陸はあれからずっと混沌としている。連邦が崩壊した事で、かつての小国は独立する為に動くし、内戦も絶えない」


皮肉めいたため息をついて、ぐっと紅茶を飲みほした。


世界はまだまだ問題ばかり。

魔王たちが表立って世界を管理できる時間など、あと僅かだというのに……


「まあ、僕としては、巫女様には僕なんかよりもっと相応しい、高貴なお方が良いと思うのだけれどね。巫女様だってお年頃だ。ずっと一緒に育ってきた僕なんて、将来の旦那だと言われてもピンと来ないに決まっている。面白みも無いし」


「それなに? 僕らに対する嫌みなの?」


「え? あはは……そうだった……」


僕はすっかりその事を忘れていたが、一緒に育った者が夫婦になった例が目の前にある。


そう。ノアとキキルナだ。彼らは夫婦なのだった。

二人は幼い頃より、同じ一族の者として姉弟同然に育って来たが、今でもずっと一緒に居るし、結婚と言う道を選んだ。


式を挙げる事も無かったし、二人には子どもも居ないので、今でも何も変わらない姉弟の二人のように思ってしまう。

だけど結局彼らは、お互いの事を一番理解し合える者と、全てを分かち合い、支え合い、添い遂げる道を選んだのだ。


「あ! スズマが来てる!」


そんな時、噂のキキルナさんが戻って来た。

相変わらず黒いローブを纏っていて、小柄で細身で、生意気そうなつり目がチャームポイントではあるが、キキルナさんももう良い歳だ。

昔は黒髪をツインテールにしていたが、今は低い場所で緩く二つに結っていて、落ち着いた見た目になっている。


「あああ! 私が楽しみにしてたマドレーヌ、食べちゃったの!?」


しかしテンションは昔からあまり変わらない。

怒った顔をして、ノアに迫っている。


「ご、ごめんキキルナ。だって他にお茶菓子が無かったし……」


「ふーん、別に良いけど〜。あ、じゃあ後で、一階のフロアに出来たケーキ屋で、焼きプリンを買ってね。さっき通りがけに見たの。ノアのお小遣いで、だからね」


「分かったよ」


「あと今晩のご飯はノアが作ってよね。あとお風呂掃除も!」


「わ、分かったよ」


「きゃはは。やったー」


言ったもの勝ちと言うように、キキルナさんは両手を広げて喜び、そのままノアの首に抱きついた。

椅子の後ろから、ガバッと。


ついでに、ノア越しに最後の一つだったマドレーヌを摘んで食べる。


相変わらずノアは尻に敷かれてるな……見た目以外も、誰かさんにそっくりだ。


「キキルナさん、病院だったんだって? 体調は良い?」


「んー、まあ色々ガタが来てる所があるけど、ルスキア王国は治癒魔法が発達しているし、魔法薬も多種多様だし、調子はいいよ。まあもう若く無いからね―私も。昔のつけが出てくるのは仕方が無いよ」


きゃはは、と昔から変わらない甲高い声で笑ったキキルナさん。

ただ、ノアはやっぱり少し心配そうだ。


「ふふ。でもお医者様は言ったわ。心身共に健やかであれば、特に何も問題は無いって」


「本当? キキルナ」


「ええ。無くなったものはもう取り戻せないけれど、今あるものを大事にしなさいって!」


キキルナさんは戯けた様子でノアの頭に顔をのせて、ノアの髪を弄ったり、頬をつついていた。

ノアは少しホッとした様子だ。キキルナさんの悪戯をすっかり受け入れている。


「まあ、私としては、ノアのリスクがほとんど無かった事が何より幸いと思っているんだよ。この子がトワイライトの中でも天才って言われてたのは、魔導要塞のリスクの低さもあったんだろうけど……」


しかも30歳近い男をいまだにこの子と言っているあたり、やはりキキルナさんは姉さん女房。


「でも……今思えば、あんなに小さな頃から、あの魔法を習得しなくちゃいけなかった状況って、やっぱりかなりおかしいよね。こんなに平和になっちゃうと……嘘みたいな日々だよ」


「……確かにね」


平和になった今でも、遠い日の魔王たちの戦いを忘れる事など出来ない。

僕らは幼くして、それに参加していた者たちだ。


特にトワイライトの二人は、あの戦いの、悪質で根本的な事情に、深く関わっていた。


「キキルナ、少し休んでいた方が良いよ。検査も大変だっただろうから」


ノアはキキルナさんの体を気遣い、休むように促す。

キキルナさんは素直に、側の階段を上って休憩室へと向かった。



「あ、そうだ。もうマキア姉さんとトール兄さんももう王都に来てるみたいだよ」


「トール様とは時々会うけど、マキア様は久々だなあ……会えるといいなあ……」


「会えるさ。だってしばらく、オディリール家は王都に居るんだから。それに例の双子が魔導学校へ入学する訳だし、王都は騒がしくなりそうだ」


そう言って立ち上がり、司教服を整え、帽子をかぶる。


「はあ。僕もそろそろ戻らなきゃ……明後日からの聖教祭のためにやらなきゃいけないことが山積みだ」


「この時期の司教様は大変だね」


ノアもまた、僕をお見送りするために立ち上がった。

ここへ入るのにも、出るのにも、守人が居なければ難しい。


最後にもう一度大樹の子の様子を見てから教国へ戻ろうかなと、ガラス張りの管理室から屋上庭園の様子をチラッと見た時のことだった。


「……ん?」


あれ、何か……誰か居る。

大樹の子の下に誰か居る。

教国の司教かなと思って、目をごしごし擦って今一度見る……


「……あ」


大樹の子の下に座り込んでいる少年。

僕はその子に見覚えがあった。


癖のある赤毛に、黒地のシンプルな貴族服。

まだ少年らしく黒いリボンタイをつけているところまでよくよく観察。

その少年は何かを齧りながら、管理室に居る僕の視線に気がつき、悠々とこちらに顔を向け不敵な笑みを浮かべていた。


僕は戦慄した。


「「ああああああああああ!!」」


同じように、隣から庭を見下ろしていたノアと共に絶叫する。


あれは……あれはキース・オディリール!

マキア姉さんとトール兄さんの息子!


しかも大樹の子の実を食ってるしっ!!


「ああああ、あああああああ〜〜」


言葉に鳴らない声を上げながら、僕らは管理室からバタバタと降りて、庭へと向かった。

まさかそんな、この場所にどうやって入ったって言うんだ。

ここはいくつもの結界と暗号を解いて、やっと入れる場所。守人が居てやっと入れる場所。

世間からは隠された秘密の箱庭だというのに。


しかも大事な大樹の子の実を、むしって食っているという……


こ、こんな事がエスカ師匠にバレたら殺される。

僕が! 殺される!!


「キース君!!」


庭への扉を開けた時、すでに彼は果実を食べてしまって、お上品にも胸ポケットからハンカチを取り出し、口を拭いている所だった。

最後に、ペッと果実の種を飛ばす。


「あ! スズマさんにノアさんじゃないですかー。お久しぶりでーーっす」


「…………」


「あれ? どうしたんですか〜〜? 二人とも怖い顔して〜〜」


まるで何も分かっていないと言うような、純粋な少年を気取ったわざとらしい声。


しかしそんな言葉とは裏腹に、浮かべているのは勝ち気な表情。


このクソガキは、まさに良い餌でも引っかかったと言うようにぺろりと唇を舐め、悪魔のような微笑を浮かべやがったのだった。



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