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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
外伝 〜次世代編〜
403/408

01:スズマ、魔王の子どもたち。



かつて、このメイデーアという世界は、9人の魔王によって支配された箱庭の世界だった。

しかしそれは15年も前のお話。




大きな戦争によって、魔王たちは世界を手放すことを選んだ。

彼らは現在、最後の魔王としての人生を、このメイデーアという世界の次世代のために費やしている。


さて、そんな魔王の子とは、いったいどんな子どもたちだろう。

それは本当の子どもであったり、そうでなくとも我が子のように思っている者たちのことかもしれない。


かくいう僕も、決して魔王クラスの誰の子というわけではなくとも、かつての戦いを唯一知っている者として、彼らのそばに居続けている。


魔王たちはみんな、僕を我が子のように可愛がってくれたのだから。










「スズマ、スズマ!」


「…………」


僕は自分を呼ぶ声にハッとして、その少女に視線を向けた。

すぐ隣には、肩より少し長いくらいの薄緑色の髪を持つ少女が立って、僕の司教服の袖を握ってひっぱっていた。


「スズマったら、何をぼんやりとしているの? 何度声をかけても、こちらを見てくれないんだから」


今の、緑の巫女様だ。

巫女様はムッと頬を膨らませて怒っている。


「……すみません巫女様。はは、ちょっと考え事をしていて」


「こんな場所で?」


「ここは、かつて大樹のあった場所ですからね。……巫女様は覚えていないかもしれないけれど」


僕は、かつて大樹のあった聖域の、ぽっかりと穴の空いてしまった場所を見ていた。

そこには青く澄んだ美しい泉ができていて、15年前に大樹があったことなど嘘みたいだ。

かつて大樹を囲むように埋め込まれていた棺も、その中の遺骸も、この泉へと落とされた。


今の緑の巫女様が、本当に幼い赤子だった時のことだ。

巫女様は大樹がここにあったことなど、まるで覚えていないという。


オペリア。

隣にいる少女の名だ。

僕が両親と慕っている夫妻の実の娘であり、この教国にとって大切な緑の巫女様。


僕が司教としてお仕えしている方だ。

ずっと、妹のように思って側で見守っていたが、気がつけばすっかり大きくなっていた。


そりゃあそうだ。

僕ももういい歳だからな。


「あ、そうだ! スズマ、エスカが呼んでたよ。あいつどこ行きやがったーって」


「げ、お師匠様が……」


急がなきゃ、と僕は聖域の大樹跡地に背を向けて、司教帽を押さえながら、早歩きで立ち去ろうとした。

巫女様は花を摘みに来たみたいで、しばらくここにいるみたいだ。


そんな様子をもう一度だけ確認して、思わず表情をほころばせる。


「……っと、違う。お師匠様が呼んでるんだって」


僕は独り言を言って、また慌てた。

そして、今は教国の大司教である、エスカ師匠の元へと急いだのだった。









「遅いぞスズマ!」


おっと。やっぱり怒られた。


「今日は大事な話があるって言っただろうが!」


「そうでしたっけ。いつもの師匠の言い忘れじゃないですか?」


「とぼけやがって。……まあいい、さっさと座れ」


大司教室にて、荒々しい口調で僕を怒鳴りつけたのは、エスカ大司教だ。

この教国では一番立派な司教服を身にまとっている偉い人だが、あのずんだら長い衣服の下に大量の銃器が忍び込んでいることを、僕は知っている。

そして、彼は魔王クラスの一人だ。聖灰の大司教とも呼ばれている。


「まあまあ。スズマだって最近忙しかったんだから。義兄さんがなんでもスズマに任せてしまうから」


「うるせえ、バカ親は引っ込んでろ」


「あ、スズマ。お茶はあったかいのと冷たいの、どっちがいい?」


「……うーん、あったかいのかなあ」


大司教の嫌味を軽くスルーし、僕に優しくお茶を用意してくれたのは、ユリシス殿下だ。

殿下と言う事はこのルスキア王国の王子で、そんな人にお茶を用意させているのもかなりおかしいのだけど、僕にとってこの人は前世の父であると同時に、今も父だと思っている人である。


そして、この人もまた、魔王クラスの一人。

白賢者はメイデーアの史実上、とても有名な人物だ。


この二人の見た目は15年前からほとんど変わらない若々しさを保っているが……うーん、まあ少しだけ老けたかな。ほんと少しだけ。

だけど実年齢よりずっと若々しく見えるのが、魔王クラスの特徴だ。

見た目の年齢が止まっている訳ではないのだが、歳をとる速度がある時から格段に遅くなるのだ。


かつては二十代半ばくらいで、見た目の年齢が止まっていたらしいが、今世はゆっくり歳をとるという感じになりそうだと、前に二人がぼやいていた。

僕も準魔王クラスとか言われている部類だから、もしかしたら普通よりも長生きできるかもしれないが、彼らほどの若作りにはならないだろう……


「いや~、遅くなってすまないねえ」


当たり前のように遅れて大司教室に入ってきたのは、メディテ卿だった。


「はあ。魔導学校の新学期に向けて、色々と準備が必要でね……あ、煙草吸ってもいい?」


「ウルバヌスめ。そうやっていつもいつも遅刻しやがって……つーかタバコはダメだ! てめえここをどこだと思ってやがる。教国だぞ教国!」


メディテ卿は僕がこのルスキア王国にやってきた時から魔導学校の教師をしていたが、今はすでに教頭の身分である。

もう四十いくかいかないかくらいの年齢だが、なんかこの人もあんまり昔から変わってない気がするなあ……

特に胡散臭さは、昔から変わらない。


「はーあ。新しい大司教様は案外せっかちで気が小さいなあ。隠居された前の大司教様は、俺のわがままはそこそこ聞いてくれてたのに」


「なんだとてめえ! 誰が四十のおっさんのわがままなんか聞いてやるか!!」


「もううるさいよお兄ちゃん。早く話を進めましょうよ」


「………はい」


前・緑の巫女様であるペルセリス様。

というか母さんが、さすがにわめいてばかりいた師匠をたしなめた。

彼女の言葉には、大司教であっても何も言えない。たとえそれが、実の妹であっても。



さて、ここに教国の今後を決めるために、重要な面子が揃えられた。

大司教であるエスカ師匠。

ルスキア王国の王族でもある父さんと、前・緑の巫女である母さん。


「はあ。なんで俺の周りには時間にルーズな奴ばかりなんだ。これから大事な会議だっていうのに!」


「まあまあエスカ義兄さん。話し合いを始めましょうよ」


「……そうだ。大事な会議なんだ。今日はな」


エスカ師匠は大司教専用の大きな机に着くと、ゴホンと咳払いをして、その鋭い眼光を煌めかせた。



「さて、いよいよだ。……いよいよ、我らが巫女様の花婿を決めなければならない。これは今後のヴァベル教国にとって最重要案件だ」



ごくり、と誰もが息を呑んだ。

そう。現巫女様であるオペリア様ももう16歳。


そろそろ花婿候補を揃え、巫女様にとって一番良い旦那様を選定しなければならない。


「緑の巫女の花婿選び……毎度のごとく大司教となったものが頭を悩ませた案件だ。巫女様は何と言っても世間知らずで無垢であらせられる。そんな愛らしい巫女様をお守りできる、品位と品格、知性と力を兼ね備えた男でなければ、俺が許せない……っ!」


大司教はバンと机を叩いて豪語した。


「特に、力だ! 巫女様との相性はもちろんのこと、強くなければ混迷した今のメイデーアで、巫女様と教国を支え続けるなど出来る訳が無いからな! それこそ、この俺を倒すことのできるくらい、強い男じゃねーと!!」


「師匠ってばまた無茶ばかり言って……エスカ師匠を倒すことのできる男なんて、そうそういないと思うんですけど……」


さすがに僕がつっこんだ。

皆うんうんと頷く。


「私はオペリアが好きな人を選んでほしいな……こちらで勝手に決めるなんて、そんなのダメよ」


ペルセリス様は眉を寄せて、難しい顔をして言う。

自分で言っておきながら、それもなかなか難しいことを知っているからだ。


「やはり、まだ花婿なんて早いんじゃないでしょうか……オペリアはまだ16歳ですよ。もう誰かのお嫁さんになってしまうなんて僕が……僕がやりきれない……っ」


そもそも娘を別の男に取られたくないユリシス殿下は頭を抱え出した。

それを言ってしまったら会議は進まない。


「まあ前回の花婿選定の会議に出席している俺としては、めぼしいところをリストアップして、誰かに品定めさせるのが一番だと思うんだよね。ほら、前はさあ、ユリシス殿下をエスカが試してたじゃん? なんかすごい戦いに発展したわけだけど」


「ああ、例の白魔術合戦ですか」


メディテ卿の話に、僕は興味を抱いた。

ユリシス殿下とエスカ師匠の過去話は何度も聞いてきたが、何度聞いても飽きないので、もう一度メディテ卿から聴きたくなったのだ。

しかしエスカ師匠が「ストップストーップ!」と両手を振る。


「話し合いだ! お茶会にしてくれるな!!」


「わかってるってエスカ。だから俺が、君たち親目線ではなく、客観的にいい感じの物件揃えてきたわけだ」


メディテ卿が広い袖のローブの懐から、何やら束になった用紙を取り出した。

そこには数人の貴族のご子息の顔写真と、メディテ卿から見たポテンシャルなどがまとめられている。


「おお……お前、なんか教国の情報収集係っぽいことしてくれてるじゃないか」


「まあね〜」


エスカ師匠が少し感動している。

メディテ卿は得意げになった。


「ちなみに色々探ってくれたのはうちの可愛い息子であるアクレオスだから。さらにちなみに、花婿候補にうちのアクレオスも入れているから……超最良物件だから……!」


「ふざけんな。お前んとこの息子は胡散臭すぎて却下だ。この神聖な教国を毒しかねない」


「ああ、何ひとの息子の顔写真にバッテン書いてんの!!」


メディテ卿の若い頃にそっくりなご子息アクレオス・メディテの写真に大きくバツを描くエスカ師匠。

また密かに父さんもホッとしているのを、僕は見た。


アクレオス・メディテといえば、昨年魔導学校を首席で卒業し、現在はルスキア第一王子直属の王宮魔術師をしている優秀な青年だ。

生まれも教国と縁のあるメディテ家の嫡男であり、文面上では文句のない青年なのだが、何と言っても父譲りの食えない毒々しさがあり、それを幼い頃からよくよく知っている我々としては、無垢なオペリア様にはちょっと……となるのである。


「まあ、メディテ家の跡取りだからどのみち無理だけどね~。基準になったらなと思ってデータを持ってきただけだから」


「すみませんメディテ卿。アクレオス君は類まれな才能を持った優秀な魔術師ですよ」


「知ってますよユリシス殿下。あの子は俺を超える魔力数値と毒々しさを持っていて、なおかつ_“あの方”に名を与えてもらった特別な子供だ……むしろあの子の毒っ気に倒れてしまわない良いお嫁さんを見つけてあげなくちゃ……」


「…………」


親ばかな台詞の中に、毒っ気に倒れてしまわないとかあったけど、どういうことだ……

誰もが一瞬固まった。


「しかし、アクレオス君が基準となると、なかなかそれを超えてくる人材が見当たらないなあ」


僕はぼやいた。

エスカ師匠の希望が高すぎるというのがあれなのだけど、僕は資料をペラペラと見ながら、しっくりこないなという思いばかりを抱く。

こんな資料で決めてしまうわけではないのだが、いざその人柄、力を試してみたいと思えるような者もなかなか見つからないのだ。


家柄が全てではないが、出自の分からないものは巫女様の花婿としては選びにくいし……


魔法が天才的に得意でも性格に難ありと書かれていたりするし……


有望視されている騎士であっても、成り上がり根性たくましい者は巫女の花婿という立場をどう扱うかわかったものじゃないしな……


ユリシス殿下……父さんのような、もともと王族だが王位継承権を返上した者、というのは立場的に花婿に迎えやすい。

父さんはなるべくして母さんの花婿になったのだな。

前世のことがあったにしても、立場が難しければ、教国は受け入れてくれなかったかもしれないから。


「あ……」


誰もが、とある資料を前に、固まった。

その資料の少年は、赤毛で勝気な表情をしている。


「おっと……それは本命の“キース君”じゃないか」


メディテ卿は何が面白いのか、眉を八の字にしてニヤニヤとした。


「ほら、写真で見るだけでもすごい美少年だ。地方貴族オディリール家の長男であり、その魔法の才能はここ王都にまで届くほどで、まあ何と言っても……“あの二人”の息子だ。そう、かつてこのメイデーアを救った、マキア嬢とトール君の……」


「「却下だ!!」」


エスカ師匠はメディテ卿が全ての言葉を言う前に、否定の言葉を被せた。

ほぼ同時に父さんまで……


僕はその赤毛の少年の写真に目を向けた。


彼はキース・オディリール。

あの二人、マキア姉さんとトール兄さんの血を引く息子で、今年15歳になる。

父譲りの魔導要塞の才能と、母譲りの赤毛と強大な魔力パワーを秘めた恐るべき少年だ。

巫女様の一つ年下で、年齢的にはすぐに花婿になることができないが、幼馴染でもあるため巫女様とは仲が良い。

というか巫女様は確か、キース君に密かな憧れを抱いていたはず。

メディテ卿が本命と言ったのも頷ける。


でもエスカ師匠と父さんは青ざめ、首をひたすらに振っていた。


「あいつはダメだってっ!! キースは確かに魔法に関しちゃ魔王クラスも顔負けの天才だ。しかしだな、あいつはまるっとマキアの性格を受け継いでやがる!!」


ドン、と拳を机に叩きつけた大司教エスカ。


「というかマキちゃんも手に負えないって言ってた、はちゃめちゃな子だよ。え? 親友の子供なのにって? そりゃあキース君はあの二人にそっくりだから可愛いさ。でもね、オペリアの花婿候補だというのなら僕は……僕は……」


まるで白賢者であったときのことなど忘れているがごとく、ただの15歳の少年に恐れを抱いている父さん。


「でもオペリアはキース君のこと、気になっているみたいだよ? もうすぐ魔導学校に入学するために、王都へ来るし……こっちで勝手に候補から外さないで、少し見守ってあげたら……?」


「…………」


焦る二人のおじさんを前に、聖母のごとく落ち着いた態度でいる母さん。

しかし少しの沈黙のあと、


「いや、やっぱりダメだ」


と言って、エスカ師匠がでかでかとキース君の写真の上にばってんを描いた。

かつての仲間の息子でも容赦ないな……

というかまあ、キース君にも選ぶ権利があるから……


「せめてなあ、あいつの双子の妹のサリアが男だったらな」


エスカ師匠は、いよいよこんなことを言い出した。


「確かに、サリアちゃんはトール君の神経質な性格と世話焼きな体質を受け継いだ、落ち着いた子ですからね」


父さんまでそんな。

この場に居ない者たちだからって、失礼極まりないなこの人たち……


サリアちゃんとは、キース君の双子の妹に当たる、オディリール家の美しきご令嬢のことだ。

幼い頃はキース君と同様に落ち着きのないいたずらっ子なところもあったが、最近ではかなり落ち着いた令嬢になっていて、むしろキース君に振り回されて相当大変そうな印象を受ける。

まっすぐな赤毛はマキア姉さんの印象とは少し違うけれど、彼女の凜とした佇まいにはよく似合っている。


「いや、それでもやっぱりダメだ。トールの野郎の性格を受け継いだ男なんて、巫女様が幸せになれる未来が見えない」


「……ですね」


だけどやっぱりあの二人の子供というだけで、巫女様の花婿候補には上がってこないらしい。


まあでも、そっちの方がいいのだろうな。

あの二人の子供たちが、教国のような内向きな場所に留まる器とは思えない。


彼らはきっと、世界をまたにかけて活躍する子供たちになる。

エスカ師匠も父さんも、結局はそのことをわかっているのだろう。


「だけどそうなってくると……うーん、なかなか良い花婿候補が見つからないねえ」


「確かにな。……もうこの際、家柄はどうでもいい。巫女様のことを第一に考えられるやつで、巫女様も気に入りそうなやつで、強いやつだ。候補として絞るならそこを重視すべきだ」


「…………」


「…………」


エスカ師匠の基準で言う、“強い”ってのがなかなか難しいんだけどな……


そう思って資料をパラパラめくっていた。

しかしエスカ師匠と父さんが無言でいるのと、なんとも言えない視線がこちらに向けられているのが気になって、顔をあげる。


すると、目を丸くして、瞬きもしないでこちらを見ている二人が……


「……? なんですか、師匠、父さん」


「……てか、いるじゃん」


「は?」


「超最良物件いたああああああああああああ!!!!」


ビシッとこちらに指をさし、大声をあげるエスカ師匠。

流石に僕もビクッと肩を上げた。


「そうだよ。なんで今まで気がつかなかったんだ……」


「は?」


父さんまで立ち上がる。


「スズマ、スズマっ。真に本当の親子になろう。オペリアをよろしく……」


「はい?」


「おいスズマ。お前は俺の唯一の弟子であり、魔力に関しても魔法に関しても、体術に関してもそこらのへぼい男どもからは頭一つ抜けている。おまけに教国の仕組みもよく理解しているし、うん、考えれば考えるほど、良い物件に思えてきた……あまりに近くにいたから気がつかなかったぜ。灯台下暗しとはこのこと……」


「師匠、褒めてるようで褒めてないですから。というか師匠が僕を褒めている時点で、嫌な予感と悪寒しかしない……気持ち悪い……」


「お前、本当に可愛くない弟子だな」


父さんとエスカ師匠が、まるで僕を追い詰めるようにじりじりと寄ってくる。

流石に本気を感じて、僕は焦った。恐れた。


「ち、ちょっと待ってください。冗談じゃなくて、ですか? ありえないですよ。僕はいわゆる馬の骨です。生まれも分からないですし、異国の者ですし」


「そんなことはどうでもいい。教国の連中には俺が何も言わせない。というか俺が大司教だ。俺がルールだっ!!」


「師匠は横暴すぎますよ。というか、年齢差を考えてください。そりゃあ、父さんや師匠から見たら僕はまだまだ子供でしょうけど、実際もう20代後半のいい大人ですよ。まだ16歳の巫女様と僕では、ちょっと流石に……だって僕、巫女様のことは妹のように思って育ちましたし」


「いいや、そこも問題無い。何しろ、てめえが父と慕うそこの白賢者は、かつて自分が孫娘とかそこらへんに思っていた娘と、とんでもない年齢差婚をしたヤバいやつだ。正直俺もドン引きするレベルで変態だ。それに比べたら全然……」


「ちょ、ちょっと、スズマの前で人のことをヤバいやつとか変態とか言わないでくださいよ! あれは色々と理由があって!」


父さんは慌てて言い訳をしようとしていたが、エスカ師匠はふーんとそっぽ向いて取り合わない。


はあ……まあ、その話は教国の歴史で読んだし知ってるけど。


「それよりなんだ、スズマ。お前、実はすでにいい感じの女がいるのか?」


「そんなわけないですよ。だって僕司教だし」


「お前、そういうところはクソ真面目だな。別に今は、司教でも結婚は許されてるぞ」


「でもまだまだ修行の身だし……」


「まあいい。お前が空き物件であることはわかった。じゃ、何も問題無いな!」


エスカ師匠はわざわざ僕の前までやってきて、ポンと肩に手を置いた。

まるで、全てを任せたぞと言わんばかりの顔で。

こんな信頼感満載の表情で肩をポンとされたことなんて、数ある任務の内で一度も無かったのに……遠い目。


「いいじゃないかスズマ君。緑の巫女の花婿なんてすごい出世だよ。誰もが憧れる立場だよ〜」


「メディテ卿に言われると余計胡散臭いですね。それに、僕は出世したいなんて思ってませんから。何より巫女様の思いが一番大切でしょう……」


「出世より巫女様のことを考えられるのなら、大正解だよ。大本命だよ〜」


「……はめましたね、今」


ニヤリ、とそれぞれの思いを胸に秘めほくそ笑む大人たち。


「ちょっと待ってよ! 何を勝手に、スズマに全部を押し付けているの? そりゃあ、そうなってくれたら理想だけど……でも、私たちが勝手に決めるなんてダメだよ。スズマにだって、オペリアにだって、気持ちがあるんだから」


「母さん……」


突っ走る男たちを叱る母さん。

だけどちらちら僕を見て「でもスズマにだったらオペリアを任せられるんだけどな……」と言うのを忘れない。


僕はというと、さっきからずっと訳がわかっていない。

いや、訳はわかる。ここにいるバカ親たちが、血の繋がりのない僕と巫女様にそういう関係になって欲しいと望むのも、わからなくはない。


ただ、分からないのは自分自身が、このことに関してどう思っているか、だ。


嫌という気持ちもないし、だからといってすぐにお引き受けするほどの決意も無い。


確かに血の繋がりは無いが、家族だと言う思いはある。

前の戦いの時もオペリアと母さんのことを守りたいと思って、父さんと一緒に戦ったのだ。


あの戦いが終わった後、僕はエスカ師匠と大樹の枝葉を世界に分ける旅に出たため、しばらく巫女様や父さん母さんから離れていた期間がある。

帰ってきてからはオペリアと兄妹のように育てられたが、やはり僕が司教となれば、立場は変わった。

オペリアも緑の巫女となり、その関係は司教と巫女というわかりやすいものに変化した。


エスカ師匠もそうだったみたいだ。

いや、エスカ師匠の方がより徹底している。

エスカ師匠は母さんの実の兄だが、幼い頃から異国の調査の旅に出され、巫女様とは離されて育てられたらしいし、今でも母さんのことを、自らが仕える巫女様だと思って接している。兄と妹らしい関係とはいえない。


僕はどうなんだろう……

やっぱりオペリアを……巫女様を、今でも妹と思っているのかな。


「いやあ……わかんないなあ」


いよいよ出てきた言葉はこれだ。

仕えるべき人、守るべき人だという思いはあるが、正直花婿になりたいかと言われると、そんなこと全く考えたことがないから、これから考えてみたい、という結論だ。


「いい、それでいい。……というわけで、花婿の件が一つまとまったところで……」


「すでに決定したみたいな感じで言わないでください」


「次は聖教祭についてだ!」


エスカ師匠は僕のつっこみをまるで無視して、話を次に進めた。

そうだ。もうすぐ聖教祭の季節だ。


すでに準備は進められているが、今年はフレジールの王子が留学に来るということで、フレジール王家の賓客も多い。


それだけではない。


「そう。……奴らがいよいよやってくる」


「……いよいよ、ですね」


エスカ師匠と父さんが顔を見合わせ、ごくりと息を呑んだ。

まるでこの年、大魔王が空からおりてくる予言でもあるかのごとく、絶望感漂う表情だ。


「長い平穏は終わりだ。王都は再び混沌カオスに突き落とされるだろう。なんつったって、オディリール家の輩が王都へやってくるんだからな……」


「トール君、いよいよレイモンド王に呼び戻されたみたいだからね。西のレイラインの件が落ち着いてから、しばらくデリアフィールドで穏やかに暮らしてたけど……」


「双子も魔導学校に入学するから、しばらくは家族で王都に移住するみたいだな。田舎に引っ込んでた悪魔どもがやってくる……ああ、頭痛がするぜ」


「悪魔って……」



そうだ。

彼らが再び表の舞台に出てくる。


マキア姉さんと、トール兄さん。

今ではオディリール夫妻と呼ばれる彼らは、かつての、このメイデーアを救った英雄たちだ。


その子供たちである双子が、いよいよ王都の魔導学校に入学するということと、トール兄さんが王宮勤めになるということで、聖教祭に合わせて家族でこちらへやってくるのだ。


今年の聖教祭は、かつての英雄たちと、その力や意思を受け継いだ次代の子供たちが、ここルスキアの王都ミラドリードに集結する。




新しい時代の幕開けだ。


僕は、自分にさりげなく任された大層なお役目を気にしながらも、前の時代を知るただの人として、言いようのない予感にかられていたのだった。




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