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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
402/408

fin+α:レナ、それは愛の物語。

5話連続で更新しております。ご注意ください。(5話目)

最新話は「fin1:マキア、トールと共に故郷へ帰る。」からとなります。











カツカツと、長い廊下を歩む靴の音が響く。

どうして学校の校舎って、人が居ない廊下だとこんなにも足音が響くのか。

特に古い、夕方の校舎は。




校庭では、いくつもの部活動が、それぞれ声を掛け合ったりしている。

野球部かしら。

カーンと、勢い良く弾が打たれる、清々しい音が聞こえた。

廊下の窓からは、夕暮れと、元気に活動するそんな学生たちの様子が観察できる。


それでも歩みを止める事無く、私は旧校舎のとある部屋へと向かっていた。


「……」


もうあまり使われていない、とある準備室の前で立ち止まった。

具合の悪い扉を開けて、中へ入る。


そこは埃っぽい、美術の為の道具が仕舞われた部屋だった。

埃被った石膏像や、牛骨、積み重なったイーゼルやデッサン椅子、美術の資料集などが、今でも眠っている。


本来は美術準備室なのだが、かつてここで、ひっそりと活動していた同好会がある。

たった三人だったから、部活にはなれなくて、同好会。


「……前世……懺悔同好会……」


私はその名を、ぽつりと呟いた。

この同好会の名に、反応をくれる声は無い。


ここには私だけで、誰もいないから。


閉め切ったカーテンを開くと、そこからはゆらゆらと揺れる柳の木が見えた。

その柳の木の揺れる様を見ていると、遠い何かを思い出しそうになる。


静寂の、この狭い部屋の中で、私はしばらく佇んでいた。

やがて美術の資料集などが無造作に詰め込まれた棚の方を見やる。


その棚には、とある活動の記録のノートが、誰に知られる事も無く、ひっそりと挟まっている。

私は迷う事無く、それを引き抜いた。


「前世懺悔ノート」


表にはそう書かれていた。

一ページを開いてみると、そこには、三つの名前が書かれている。



由利静

斉賀透

織田真紀子



「……」


これが、かつて私が憧れたあの魔王たちの、地球での名前……


このノートの存在を知ったのは、随分と昔の事である。

私は何度もこの名前を確かめては、彼らを思い出してた。


パラパラとページをめくると、書かれていたのは、彼らがかつて魔王としてやってきた事への反省と、愚痴と、どうでも良いような日常の事。

何も知らなければ、それはただの学生の、ちょっと恥ずかしい妄想の羅列のようにも思えるけれど、私はその世界を知っているからこそ、これらの文字から、あらゆる光景を鮮明に想像する事が出来た。



「メイデーア……」



文中で、何度も出てくる、異世界の名前だ。


あの世界は、はたして本当に、存在していたのだろうか。


長い年月を地球で過ごすうちに、私には時々、分からなくなる事がある。

あの世界は、本当にあったんだろうかと。

私は確かに、あの場所にいたのだろうか、と。


だけど、このノートを見ていたら、それは確かに私も知っている、この世のどこかに絶対にあり続ける世界だったと、思い出す事が出来るのだった。


何だか、視界が曇ってしまう。





「まーたここにいるのかい」



ふと、この準備室の入り口から声をかけられた。

そこには一人の少女が、何だか大人びた態度で壁に背をつけ、立っている。


長い髪を二つに結うリボンは、今朝も私が選んだものだ。


「……綺麗な夕焼けの日は、ここへ来たくなるわ」


「何がそんなに面白いんだか。そのノート、愚痴ばっかりじゃないか。……あいつらの育ちを疑うね」


「……ふふ。良いじゃないのよ。私は、あの人たちの地球での生活を想像できて、とても楽しいわ」


私はまた、そのノートをパラパラとめくった。


「……」


途中から、それまでの書き方とは違う、メイデーアでの記録が続く。

それは、彼らが地球を去って、メイデーアで転生を果たした、それ以降の事だ。


「……続きは……きっと、マキアが書いたんでしょうね」


「あの女、死んで一度地球を経由していたんだろう……あれは本当に、誤算だったよなあ」


ツインテールの少女はちょこちょこと寄ってきて、なんだかんだと言って興味深そうにノートを覗く。

私はクスクスと笑った。


「あら、あなただって、一度地球に転生し直しているでしょう? おかしなことなんて一つもないわ」


「……分かっているよ」


ふんと、少女は肩を上げた。


殴り書かれたマキアの筆跡は、やはり彼女が再びメイデーアに転移した所までで終わっている。

もう本当に、急いで書いたのだろうと分かる、めちゃくちゃな文字であったけれど、そこから私は、マキアの焦燥や覚悟を感じたものだ。


「……で、ここからは君が書いた、メイデーアでの記録、か」


「……」


少女は「君の方が字が綺麗だね」と、言った。


無邪気な彼女にため息をつきながらも、私は続きの文字を追った。


「そうよ。……意味があるのかは分からなかったけれど、私が分かる範囲で、続きを書いたのだわ。このノートを見つけた時……何となく、そうしたいなって思って」


ノートは足りなくなったから、もう一冊、同じノートを探してきて、貼付けた。

そして、長い長い、あの世界での物語の続きを綴ったのだった。


「でも……結末だけは、分からないままだったわね」


「……仕方が無い。僕らは、途中でこちらへ来たからね」


「みんな……幸せでいるかしら」


「……」


あの物語の結末を、私たちは知らない。

だけど、毎日考えている。


あの世界は、彼らは、いったいどうなったんだろうか……と。


数々の想像をしてみたけれど、やはりそれを知る事は無い。


「まあ、何だかんだと、バカ騒ぎしながら、幸せにしていると思うよ、僕は」


少女はもう、適当な様子で答えた。

今までも何度も何度も、私がそれを考えていたから。


「そうね…………彼らが幸せでないはずは無いわ」


そして、私も勝手に、答えを導く。


彼らが幸せでないはずは無い。

彼らが幸せにならない道理など無い。


幸せにならなければならない……幸せで、あって欲しい……



それは、遠すぎる世界に対する、儚い希望ではあったけれど、私はずっとずっと、祈り続けている。


きっと、死ぬまでずっと。



「さあ……もう帰ろうよ、レナ」


「……学校では先生って呼びなさいと言っているでしょう、伊織」


「じゃあ、お母さん」


「……学校では先生って呼びなさい」


私は二度同じ事を言って、我が子であり、教え子でもある、ツインテールの少女を叱った。

彼女は生意気にも、べっと舌を出してみて、足取り軽く、この埃っぽい部屋を出て行く。


「もうお腹が空いてしまったよ……今日の晩ご飯は何?」


「……うーん……今日は、何が良いかしらね。帰りにお肉とじゃがいもを買って、クリームシチューにしましょうか」


「パンも買って。長いバケット。あれをオーブンで焼いて、シチューと一緒に食べるのが好きだよ、僕は」


「……良いわよ。今日はお父さんも帰ってくるしね。ちょっと贅沢にしましょうか」



私は手に持っていた、そのボロボロの前世懺悔ノートを閉じ、再び棚に仕舞った。


マキアはこれを、もう一度ここに眠らせた。

私はこのノートが恋しくて仕方が無い時もあるけれど、これは、ずっとずっとここにあり続ける、誰も知らない物語で良いのだと思う。


持って帰る事は無い。


娘の伊織を追って、この準備室を一歩出た。

埃っぽい匂いから解放されると同時に、夕暮れも相まって、切ない気持ちになる。


だけど一度だけ振り返った。



「……」



みんな……


私は、この地球で、幸せに暮らしているわ。

大事な人を見つけて、かけがえの無いものを手に入れて、今、あなたたちの過ごした学び舎で、高校の教師をしているのよ。

国語の先生なの、私。



「おーい……早く早く。先に帰るよ」


「はいはい。ちょっと待ってちょうだい、伊織」



娘の伊織が、もう廊下の先の方まで行って、私を呼んでいる。


彼女は、イスタルテの生まれ変わりだ。

彼女は私の娘として、記憶を有しながらもこの地球に転生した。


夫は大人になって出会った、普通の会社員だけれど、今は単身赴任で他県へ行っている。

それでも毎週帰ってきてくれる、家庭思いの人で、娘にはとても甘い。


伊織は、どちらかというと私にべったりではある。

自他共に認めるマザコンではあるけれど、父の事もそこそこ好きだと言っていた。



救いってあるのね……


時にそう思う。


地球は平和で、伊織と過ごす日々は本当に楽しい。

大変な事があっても、乗り越えようとする勇気が、私たちにはある。

夫の事も、心から愛している。


私がこんなに幸せで良いのだろうか、と思う事もあるけれど、伊織が笑ってくれるのは私が幸せだからだと知っている。

私もまた、伊織が居て、彼女がとても楽しそうにしているから、幸せなのだ。




だけど、日々の現実を、目まぐるしく過ごしていると、やっぱりふと、あの世界が懐かしくなったりする。


まるで本の中の物語の世界。

地球には無い景色と、様々な魔法と、生命によって彩られた、ある九人の神様の箱庭の世界。


あまりに眩しくて、時にそれは、本当に、ただの物語の世界であるのではと思う事がある。



だけど、確かに彼らは存在していた。


私が覚えている限り。


伊織が覚えている限り。


あのノートが、この世に存在し続ける限り。


メイデーアという異世界の爪痕は、残り続ける。



「伊織……」


伊織に追いついた時、私はそっと、彼女に告げた。


「愛しているわ、伊織」


「……」


伊織は何だか恥ずかしそうにして、でも少しだけ嬉しそうにして「分かっている!」と言った。

廊下に差し込む夕焼けの色に照らされた彼女の頬は赤い。

今日も元気な証で、私は微笑んだ。



私たちはこの地球で生きていく。

あの世界での事を忘れる事は無いだろう。だけど、決して縋りつく事は無い。


地球ここは私と“イスタルテ”の安住の地。


限りある日々を、私たちは共に生きて行く。







これは、愛の物語。


私たちの物語は、これからだ。













最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

これにて、この物語は完結となります。


大事な作品の、大切なキャラクターたちを、最後まで書く事ができて幸せです。

読者様と、マキアたちに支えられた三年間でした。

この物語を書けなくなる事が、何より寂しい……



書きたい事は沢山あるのではありますが、思いの丈は後ほど活動報告の方で語らせていただきたいと思います。

ぜひ遊びにきていただければ嬉しいです。


よろしければ、どこかでご感想等、お聞かせ願えれば、今後の励みとさせていただきたいです。

個人的には、皆さんどのキャラクターとエピソードが好きだったのだろうか……などなど、気になっております……!




ではでは、お決まりではありますが……



俺たちの魔王はこれからだ!!






かっぱ同盟



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