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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
401/408

fin4:カノン、◯◯◯と会話する。


5話連続で更新しております。ご注意ください。(4話目)






ここはフレジール王国の南端の田舎ヨカメル。


俺は、シャトマ姫に促され、長期休暇をとっていた。




ヨカメルは南の大陸に近い、温暖で自然の多い土地だ。

俺はその山奥のコテージで、静かに日々を送っていた。


「……」


鳥の泣き声が、澄んだ空気の中、良く響いている。

さわさわと木々の枝葉の揺れる音を聞いていると、なぜか大樹を思い出す……


ウッドデッキに椅子を置いて、その椅子に座って、日がな一日を過ごしていた。

ここ最近、毎日こんな風にして過ごしている。

メイデーアの各国では、復興が急がれていると言うのに、俺はこんな所で何をしているんだか。


それでも、毎日毎日、整理したい思いや記憶があって、シャトマ姫の言う事に甘え、ここで静かに過ごしている。


『カノン……まだそこにいるつもりか? 早く帰ってこい、早く〜〜』


「……姫。なら、明日帰ろうか」


『い、いや。……いや、まだ休んでおれ』


「……いったいどっちなんだ」


ただシャトマ姫は毎日通信魔法で語りに来るのに、早く帰ってこいと言ったり、まだ休んでいろと言ったり。


彼女の複雑な思いは、俺にも分かっているつもりだ。

だから、あと少ししたら、フレジールに戻ろうと思っている。








「まるで、余生を過ごす老人の様ですねえ」



通信魔法を終えて、少しだけのんびりとしていたら、空から声がした。

見上げると、リリスがフワフワと浮いて、こちらを興味深そうに見ている。


「……なぜお前がここに居る、リリス」


「いいじゃないですか……“黒の幕”は何も無いつまらない場所ですし、暇ですからね」


「……」


嫌にはっきりとした口調だ。

そもそも、リリスはこのような喋り方をする娘ではなかった……


そして、ふと、思い至る。

今まで理解の出来なかった、あらゆる事が、繋がって行くように。


「ああ……なるほど。お前が……“本体”だったのか」


「……そうですね。正解です」


リリスは側に降りてきた。

探し求めていた宿敵の本体を前にしても、俺は特に面持ちを変えなかった。


なぜなら、こいつがもう、俺たちの敵ではない事を知っていたからだ。


「あなたは願いを叶えて、満足ですか……?」


「……そんな事を聞きにきたのか」


「私にとっては、重要な事です」


ニコリと微笑むリリス。テーブルの上にあった瓶の桃ジュースを開けて、勝手に飲んでいた。

その姿は、ただの幼い少女であるのに……これが、災厄のパンドラの箱か。


「あなたは、これからどうするおつもりです?」


「それは、こっちの台詞だ。お前は、これからどうするつもりなんだ」


「……特に、何も。私の役目は終わりましたから……」


「……」


リリスの口調は、青の将軍のあの嫌らしい敬語のようでもあり、ソロモンのようでも、レピスの様でもあった。

今思えば、皆、口調が似ていたなんだな。


リリスはジュースを飲み終わった後、穏やかな空を見上げた。


「メイデーアは神々を失いました。これ以上の災厄はありませんよ。……あとはもう、あなたと同じです。ふらふらとメイデーアを見て回りながら、面白おかしい事でも捜します」


「奈落へは帰らないのか?」


「あはは。奈落への入り口は再び閉じてしまいましたからね。今世、再びクロンドールが一度でも開かなければ、もう二度と開かれる事は無いでしょう」


「……」


奈落への道を作る事が出来るのは、トールと、このリリスだけだ。

リリスだけでは、あの場所へは行けないと言う事だろうか。


確かな事は、まだこの災厄は、地上にあり続けると言う事だけだ。


「というか……お前、マキアやトールたちの前で、可愛らしい幼女の演技をしていたのか?」


ふとそんな事が気になった。

リリスはしばらく真顔になった後、


「………………ふふ。……あははははっ」


リリスは桃ジュースの瓶を持ったまま、そこで笑い転げた。

笑いたいのはこっちだが、俺にはそんな気力も無かった。


「リリスはリリスですよ。結局の所、私に本体など無いのです。あったものは、本来の肉体と言うよりは、そのための主箱メインボックスですからね。リリスという少女は私のパンドラの箱だっただけです」


「……」


「リリスの中には、ちゃんとリリスも居ます。リリスは私を、秘密の友達と思っていますよ。私は彼女と意識を共有しながら、たま〜にこうやって、顔を出すだけです」


暢気な事のように言って、彼女はひょいと飛んで机に座った。

視線が同じくらいになる。


「分魂たちはどうなった」


「ラスジーン系の……ああ、青の将軍と言った方が良いでしょうか。彼は私の中に吸収されました。ナタンを食べた時に、ですね。お父様ナタンは最初から、私がエリスだと知っていたので……裏の立役者と言いますか……私の為に、沢山の事をしてくれました」


足をぶらぶらとさせて、彼女は遠くを見ながら語った。


「レピスや、ソロモンも、です。あの二人にも、随分と頑張ってもらった。……なので、あの二人には自由を与えました」


「……ならば、黒の幕の中のエリスたちは、どこへ行った」


「あれらも、全部食べてしまいました。なので、レピスとソロモン以外の“エリス”は、全部この、リリスの中にあると言う事ですね」


「……」


なるほど、と、全てを納得できた訳ではないが、こいつの正体は原初の神ケイオスだ。

俺に理解できない事は、沢山あるのだろう。


「レピスとソロモン……あの二人が“エリス”であるのではないかと、疑った事が無かった訳じゃない」


「……でしょうね。まず先に、怪しく思うはずですから」


「でも、確信に至る為の証拠も無かった。俺は、結局最後まで騙されていた」


「……」


リリスは鼻に止まった蝶々をつつきながら、くすくすと笑う。


「まあ、あの二人は、青の将軍の要素を持たない、イレギュラーでしたからね。……あなた方の味方である様、徹したエリスです。味方であった事に変わりは無いのですから、疑っても、無意味だったかと」


「……」


はあと長い息を吐いて、また空を見上げた。

もう、あまり深くは考えたく無い。


揺れる木々の隙間から木漏れ日が落ちて、俺たちの上に光の斑点を作る。


ゆらゆら……ゆらゆら……


これらは、まるでゆっくりとした時間の中の、おとぎ話の様だ。

それで良いような気もする。


メイデーアに住む精霊たちの笑い声が聞こえてきそうで、俺は一度目を閉じた。


「あれ……? 寝てしまうんですか?」


「……」


「もう少しお話ししましょうよ。ねえ、ハデフィス」


「……俺はもう、ハデフィスじゃないぞ」


片目を開いて、隣の机に座るリリスを見た。

彼女は何がそんなに面白いのか、さっきからニコニコ、ニコニコと。


「……お前、先ほど俺に、尋ねたな。……願いを叶えて、満足か、と」


「ええ。……尋ねました」


「納得はしている。……これが答えだ」


そう言うと、リリスは首を傾げた。


「……はて。それはどういう事でしょうか。長い片思いが実る事が無かったから、満足ではない、と?」


「……ふっ。何だ、それは」


俺は鼻で笑った。

リリスは意味が分からないと言う様子だ。


「だって、あなたはマギリーヴァを愛していたのでしょう? 私だって、マギリーヴァは欲しくて仕方が無かったけれど……でも、あの人はやっぱり、クロンドールを選びました」


「当然だ。彼女がそうしない訳が無い」


そんなことは、遠い昔から、ずっとずっと分かっていた。

分かっていて、俺は追い続けたのだ。


「…………俺は別に、報われたくて、願い続けた訳ではない」


「……」


「俺は、ただ幸せになりたかった。……最後に行き着いた答えは、これだ。マギリーヴァの幸せを願ったのは、当然……大好きだった人にも、幸せになって欲しかったからだ」


漏らす言葉は、始めて他人に言う思いでもあった。

いつも一人で抱き続けていたのに……なぜ、天敵であったこいつに、言えてしまうのだろうか。

リリスは少しの間、黙っていた。


「……そういうものですか? 普通、愛した人が自分を見てくれなかった時、何が何でも自分のものにしたくて、殺意すら湧いてきません?」


「……そんな感情は、知らないな」


「あなた……本当に、純粋なんですねえ」


「……」


横目にリリスを見た。

彼女は俺に、興味津々と言う表情で、機械の小さな耳をピコピコと動かしている。


純粋だとか、そんな事を、こいつに言われたくは無い。

愛らしい幼女の姿をしているくせに、混沌を抱くこいつに。


「でも、面白いと思いませんか? 純粋なあなた、混沌の私…………メイデーアを救おうとしたあなた、メイデーアに災厄をもたらそうとした私…………希望を語ったあなた、絶望を語った私………行き着いた先が、同じ場所だったなんて」


「……」


「私はねえ……世界の法則の破壊を、あんなに望んでいながら……今更、少しだけ寂しく思っている事があるんですよ」


そして、彼女は足をぶらぶらさせるのをやめて、虚空を見つめた。

笑みは消えて、無表情である。


「神話時代から幾度となく転生を繰り返してきたあなたたちを、苦しめ、苦しめ、苦しめてきた私ですけれど……私はね、楽しかったですよ」


「……」


「何も無かったメイデーアに、突然召喚された子供たち……彼らに興味があって、父であるウゥラを裏切って、奈落の掟を破ってまで地上に出てきた。……そのかいがあったと言うものです」


「なら、何がそんなに寂しいんだ」


「だってもう……あなたたちとは遊べないじゃないですか。あなたたちは、今世限りの、終わりのある魔王だ」


「……」


「生まれ変わったら、もうただの人です。……私の事を憎らしく思ってくれる人は、いなくなるでしょう?」


リリスは机の上からぴょんと飛び降りて、スカートを叩いた。

長い髪はリボンで結われていても、床に着く程だった。


先ほどまでの無表情をやめて、彼女はくるっと回って笑顔を作った。


「さあ、もう行きましょう。ノアたちが、タワーの捜索魔法を駆使して、私を捜していますから」


ぴょこぴょこと歩いて、彼女はコテージの階段を下りた。

俺は椅子から降りる事も無く、彼女の背中を見ていた。


「少しだけ、聞きたい」


「……?」


「奈落で、原初の神々が何もしてこなかったのは、お前が居たからだろう。……俺を引き込んだウゥラでさえ、地上へ戻る事を許したくらいだからな」


「……さあ、それはどうでしょうね」


戯けた顔をしたリリス。


だが、多分俺の推測は正しいと思う。

あの場に居て、原初の神々をどうにかできたのは、同じ原初の神であるこいつだけだ。


リリスが、何かしらの働きかけをしたに違いない。


「…………リリス」


「はい?」


「また、気が向いたら、俺の所に来ると良い」


「……」


リリスはこちらを振り返り、俺を見つめた。

その瞳の色は、巨兵であり、魔道要塞でもある彼女の、人形の瞳ようなきらめきとは裏腹に、ぞくっとする程の感情的な冷たさを帯びている気がした。


「……ふふ」


そして、彼女は口持ちに手をあて、意味深に笑う。


「また……何かしでかすかもしれませんよ……私」


「……」


「私は災厄を求め続ける、混沌の概念です。あなたたちの幸せな姿を見ているのに飽きたら、また苦しみを与えてしまうかも」


悪意に満ちた表情は、まさにエリスと言った所か。

しかし俺は、穏やかな笑みを作ったまま、やはり木々の枝葉の揺らめきを見ていた。

のどかな空気が変わる事は無い。


「何を言っている。この世界から、災厄おまえが居なくなる事など、そもそもあり得ない」


「……」


「受けて立つさ。魔王おれたちは……人々は、そこまで弱く無い」


少しだけ強い風がふいて、俺の金髪も、リリスの長い黒髪をも、気ままに揺らした。


「誰にだって、頑張っても頑張っても、報われない事はあるだろう。……辛く悲しい出来事に見舞われる事だってある。弱さ故に、人はそれに嘆いて、苦しみもがくのだろう。足を止めてしまったり、過ちをおかす事もあるかもしれない。……俺がそうだったように」


長い記憶を背負い、かつての仲間たちを殺す役目は、辛く険しいものだった。

あまりの、長く惨い人生に嫌気がさして、生きる事に疲れてしまった時もある。

全てを、諦めそうになった事だって……


「だけど、俺は……ギリギリの所で、絶対に諦めなかった。俺だけではない。マキアも、トールも……ユリシスもシャトマも、エスカもペルセリスも……レナも、イスタルテも……皆、自分の幸せを諦めなかった」


「……」


「諦めなければ、希望はある。…………絶望はしない」


希望はある。

俺はその言葉を、自分自身に言い聞かせた。


「……あなたが……希望論を語る事になるとは、思ってもみませんでした。これは誤算ですね」


「そうだろうか。……お前だって、希望を持っているんだぞ?」


「はい?」


「パンドラの箱から飛び出たのは、確かに災厄だ。だが……最後に残ったのは希望だと言われている。……地球ではな」


「……」


「……ふふ」


歪んだ表情のリリスが愉快だ。

最後の最後に、こいつにこういう顔をさせる事ができて、何だか嬉しい。


「要するに、希望も災厄も、裏表でしかないと言う事だ。……ちょうど、俺とお前が、正反対のものを目指して、同じ場所にたどり着いたように」


「……」


リリスはしばらく黙っていたが、そのうちに背中の羽を出して、宙を飛ぶ。

そして、もう一度問いかけた。


「あなた、これからどうするんですか?」


「……俺は、自分なりの幸せを考えてみるよ。何が幸せで、どうしたら幸せになれるのか、そんな事は一つも分からないがな」


「あなたには不幸がお似合いですのに」


リリスもやはり、最後に言ってくれる。

だが自分でも、そうだろうな……と思ってしまったり。


だけど、それではダメだ。

幸せを諦めないと、彼女マギリーヴァと約束したのだから。


「まあ、良いでしょう。……せいぜい頑張る事です」


「……」


「さよなら、カノン。また会いましょう」


「……ああ、さようなら。……リリス」


そして、リリスは空高く飛び、すぐに見えなくなってしまった。


彼女がこれからどこへ向かうのかは分からない。

もしかしたら、マキアやトールの所へ行くのかもしれない。

いや、すぐに帰ってしまうのかもしれない。


だが、まあ良い。


もう誰もが自由だ。

お互いを咎めるものなど何も無い。



昼下がりの温かい陽気の下。

俺は、囁くような眠気に襲われた。


俺は今まで、あまりに眠る事が嫌いな男だった。

眠ると、抱えていた膨大な記憶が映像となり、再びこの身に降り掛かる。

そんな恐ろしい事が、多々あったからだ。


だが、最近、遠い昔の記憶を夢に見る事は無くなった。


眠りは、本当にただの安息の為のもので、俺はそれが気に入っている。



「……」



お疲れさま……

ゆっくりとおやすみ。



そう言ってくれたのは、誰だったのだろう。


遠く、懐かしい古の匂いが、鼻をかすめて通り過ぎて行く。

俺は今、誰かに手を取って引かれるように、深い眠りに誘われたのだった。



そして、手を引いた誰かが、眠る直前に、耳元で優しく囁いた。







君の物語は、まだまだこれからだ。







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