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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
397/408

28:マキア、神々の帰還。

3話連続で更新しております。ご注意ください。(3話目)



私はマキア。





終わった。


終わった。やっと。





もう、魔力は一滴も残っていなかったけれど、神器と、トールの支えだけを頼りに、最後の破壊を命じた。


意識は朦朧としていた。

だけど、目の前のオリジナルだけは、私が倒さなければと思っていた。


「大丈夫だマキア。足りない魔力は俺が補う。お前は、全力で命じろ」


「……トール………ありがとう」


トールだって、もう何の力も残っていないし、体ももうボロボロで、辛くて仕方が無いはずなのに、私を安心させる口調でそう言った。

温かな安心感の中で、私は神器を真っ赤に燃やした。


そこからの事は、本当にもう、曖昧だ。

トールの魔法が私たちを、あのオリジナルの所まで連れて行ってくれたのは分かる。

ユリシスが精霊魔法でサポートしてくれていたのは分かる。


あれを貫いた瞬間まで、何となく覚えている。

だけどもう、意識を保っていられない。


「…………マキア……マキア、よく頑張ったな」


そのトールの涙声を聞いたのを最後に、私は小さく笑って、そのまま気を失ってしまったのだった。


最後に目の端で捉えていたのは、燃えるような朝焼け。

それは決して、黄昏の色では無かったけれど、似たようで全然違う、何かの誕生を予感させる色。


最後まで響く、巨兵の断末魔の余韻さえ、何かの産声に聞こえたものだ。












黄金に染まる麦畑が、柔らかい風に揺れていた。


私はその中心に立ち、穏やかに流れる雲を見送っている。


風は全く冷たく無い。

むしろ、懐かしい程の良い匂いを運んでくれる。


少し遠くで、トールが私を見つめ、私の元へと向かって歩いていた。


もっと向こう側に、みんなが居た。

みんなとは、魔王たちだ。


ユリシスやペルセリス、シャトマや、エスカ……レナとイスタルテ……レピス……ソロモン……


カノン……


誰かと共に居たり、どこか遠くを見つめたり、歩んだりしている。


麦穂をかき分けて、誰もが、行くべき未来を……


彼らはやっと、帰還する。

そして、そこから、始めるのだ。







「……」



目が覚めた時、私はしばらく、自分が誰なのかも、今が何時なのかも、ここがどこなのかも、全く分からずに居た。

ぼんやりと白い天井を見つめてから、ああ、と思う。


私はマキアだ。


当たり前の事を、一瞬だけでも忘れていた。

長く曖昧な眠りの後は、良くある事でもある。


起き上がろうとして、体の痛みに震えた。

手のひらを見つめて、じっと目を凝らす。


「……あ、そっか…………私、世界の法則を壊して……それで……」


魔力はまだ全く戻っていない。

というか、戻る日は、もう来ないのかもしれない。


僅かでも戻れば、すぐにその魔力は、世界の法則の破壊に費やした分への支払いに回される。

とんだローンを組んでしまったものだ……


ゆっくりと起き上がり、辺りをキョロキョロと見回した。

誰もいない。


「……」


だけど、側のテーブルの上に、白い桔梗の花が一輪、飾られていた。

誰かが飾ってくれたのだろうか。


「あ……っ、トールは? カノンは……」


その花を見ていた途中、やっと思い出した者たちが居た。

私が心配できた範囲は、この二人までだった。

何しろ、記憶が曖昧で、はっきりと覚えているのは、カノンを奈落から連れていった所まで。


体が痛いのも気にせずに、ベッドの上の布団を剥ぎ捨てて、そこから飛び出した。

飛び出た所で転びかけたけれど、そのまま部屋の外へと出る。


「……! マキちゃん!?」


「ユリシス!」


出た所で、水桶を持ったユリシスとぶつかった。

おかげでお互い、水浸しだ。


「ユリシス! ユリシスだ!!」


だけど水浸しのまま、ユリシスに抱きついた。

ユリシスは最初こそ驚いていたけれど、水桶をその場に落としてでも、私を抱きしめ返してくれる。


「凄いね……マキちゃんは」


「……?」


「マキちゃんは凄い……」


それだけ言って、彼は私をゆっくりと離した。


「ねえユリシス、ここはどこなの?」


「ここは……フレジールだよ。フレジールの、レジス・オーバーツリーの内部にある療養施設だ。オーバーツリーの力を借りて、最先端の魔法療養が受けられるんだ。……フレジールはあの戦いの後でも、無事だったからね」


「ル、ルスキア王国はどうなったの?」


「……ミラドリードは壊滅状態だけれど、被害者は少ないんだ。とは言え……復興には時間がかかるだろうからね。連邦のキルトレーデンもそうなんだけれど……」


「……」


「まあ、しばらく世界の中心は、フレジールになるだろうね。僕らも、ここでお世話になってるんだ」


「……私、何にも分かっていないのだけれど……」


ユリシスの説明を聞いてもきょとんとしている私の顔を見て、彼はクスクスと笑った。


「だろうね。そういう顔をしている」


「……」


「あの戦いから、一週間ほどしか経ってないよ」


「えっ! 一週間も経ってるの!?」


「何を言っているんだい。君たちは、最低でも一ヶ月は目覚めないだろうって言われてた程、力を消耗し負傷していたのに」


「……」


「マキちゃんはタフだね」


「……タフ……なの?」


そう言えば、それほどタフじゃない奴が居る……

不安げに口元で拳を作っていると、またユリシスが笑って、私に告げた。


「トール君は、一つ上の階に居るよ。まだ……リスクの支払いが終わっていない。目覚めるのは、大分先になるかもしれないけれど」


「ト、トトト、トール……!」


私は白い病人服姿のまま、また駆け出した。

考えるより先に、彼の顔を見たかったのもある。


「あっ、ねえ、カノンは無事で居る!? リリスはどうしているの!?」


だけど途中、気になった者たちが居て、立ち止まって振り返った。

ユリシスは少しだけ表情を複雑そうにした。


「リリスは……また眠ってしまったよ。今はトール君の空間から独立して、このタワーに残された、ソロモン・トワイライトの“黒の幕”の跡地に居る。時々起きて、このタワーの中をうろうろしているけれど、今は寝ているみたいだね。彼女に関しては、今後また、話し合われるだろう」


「……黒の幕……そう言えば、捕らえていたエリスの魂たちは……?」


「……奴らは、みんなどこかへ行ってしまった。ソロモンが連れて行ってしまったのかもしれない」


「……」


「だけど、あまり気にしなくても良いと、カノン将軍が言っていた。どういう意味だか分からないけれど……」


「……そう、なの」


青の将軍は憎らしいけれど、“エリス”に対する感情は、私にとって複雑なものだった。

だってその範囲には、レピスやソロモンも含まれていたから。

リリスの件も含め、トワイライトの一族……彼らに関しては、結局分からなかった事の方が多い。


この件に関しては、ユリシスもまた思う事があるようだ。

もしかしたら、私よりも知っている事があるのかもしれない。


だけど、これはさておきというように、彼はニコリと微笑んだ。


「カノン将軍の事は……まあ、行けば分かるよ」


「……?」


どこに行けば分かるのかも分からないのに、私は「分かった!」と返事をして、また走った。


タワーの周囲に作られた廊下は、環を描いて私を導く。

張り巡らされた窓ガラスからは、穏やかで活気のあるフレジールの大都市を一望できた。


見つけた階段を上る。

階段の途中、特に何の問題もなくいつも通りのエスカに出会った。


「あ、てめえ、マキア! お前やっと起きた……」


「ごめん、あんたは後ね!」


「……え」


しかし私は、エスカの相手をするのは後回しにして、やっぱり階段を上る。

エスカが後ろで何か喚いていたけれど、無視だ。


一つ上の階に出て、私はまたタワーの外を周る廊下に出た。


「……」


出た所で、立ち止まる。

カノンが、いつもの軍服姿とは違う、ラフな姿でガラス張りの窓から外を見ていた。


堅苦しい、きっちりした姿ばかり見ていたせいで、何だかとても新鮮な気がした。

いつものぴりっとした空気が、今の彼には無い。


「カノン……」


彼に駆け寄った。

私に気がついた彼は、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


「……マキア」


「あら……あんたが私の事を、そう呼んでくれるなんて、珍しいわね」


「もう……良いのか?」


「ええ。まだ足腰痛いけれど、おおむね大丈夫そうよ」


まるで以前からよく親しんだ仲間のような会話だと思った。

私は両手を上げて、元気をアピールする。


カノンは、ふっと小さな笑みを作った。

やっぱり、彼の雰囲気は何かが変わっている。


「……トールなら、後ろの部屋だ。あいつはまだ目覚めていないが、じきに良くなる。リスクの支払いは膨大だが、優秀な白魔術師がここには多いからな。さっきまで、エスカがトールを見ていた」


「あ、ああ、それでエスカが……」


さっき会ったけど、スルーしちゃった。

後でお礼を言わなくちゃいけないかも……


「あんたは、もう大丈夫なの?」


「……俺は特別、負傷していた訳じゃない。奈落の瘴気にやられていたが、それでも、お前たち程の負傷ではなかったからな。二日で目が覚めたよ」


「あら、あんたも大概タフねえ」


「……そうでもないさ」


「……」


カノンには、確かにかつて、憎んだ勇者の面影があるのに……

まるであれは夢物語であったのではなかろうかと思う程、現実味が無い。


昨日の敵は今日の友、なんて言うけれど、それとも何かが違う気がした。


「ほら……トールを見舞ってやれ。お前が居れば、あいつも目覚めるかもしれないぞ」


「……ああ、そうだわ。トールよ」


カノンに促され、トールを再び心配した。


「ありがとうカノン。落ち着いたら、あんたとはもうちょっとゆっくり話したいわね」


「……」


お礼を言って、私はいそいそと、トールの眠る部屋の扉まで向かう。

ドアノブに手を掛けた時、カノンが「マキア」と、また私の名を呼んだ。


「………ありがとう、マキア。世界の法則を壊してくれて」


「……」


「ありがとう」


一度振り返った。

彼の表情はどこまでも穏やかで、本当にらしく無い。


彼にお礼を言われる日が来るなんて、思わなかった。


こみ上げるものはあったが、私は満面の笑みを浮かべ「どうってことないわ」と答えた。









簡素な部屋の中には、トールの眠るベッドがあった。


彼は無数の魔導機材に囲まれていた。

リスクの多い魔道要塞を繰り返し使い、最後の最後まで、私を支えてくれたトール。


「……」


私は今でも、神話時代の事を、しっかりとは思い出せない。

文字として、まるで歴史の教科書を読んだ後のような、淡白な情報だけを理解している。

ただそれだけ……


トールは私に、何度も謝っていた。

彼が私に抱いたものは、きっととても根深い闇だ。


「……トール」


私はトールの眠るベッドの端に腰掛けて、彼の前髪を払った。

いつになく、彼に対する愛おしい気持ちがこみ上げてくる。


私はずっと彼に恋をしていた。

それは、今でも、そうだ。


多分、トールが私を好きな気持ちよりずっと、私の方がトールを好きだと思う。

そういう自信がある。トールは「バカマキア」と言うかもしれないけど。


「何で、こんな男が好きなのかしら……」


改めて考えると、とても奇妙な感情だ。

人を好きになると言うのは、理屈ではどうしようもない感情なんだろう。


クロンドール……トルク……透……トール……


全部の彼の面影を追って、私はここに至った。


目が覚めたら、もう、今までの負い目なんて何一つ引きずらないで、いつも通りの元気なトールで居て欲しい。

口やかましい、でも世話焼きなトール。

また彼と、喧嘩したいし、もっともっと一緒に居たい。


「……」


眠る彼の顔はあどけない。

その頬を撫で、顔を近づけて、そっと彼の唇に、自分の唇を重ねた。


「早く……元気になってね……トール」


彼の頭を優しく抱いて、その場に横たわった。


めそめそと泣き始めた私は、本当に涙もろい。

世界の法則をぶっ壊した、メイデーア史上最悪の魔女であっても、一応女の子だからね。


ずっと我慢していた様々な感情が、今、溢れてしまっていた……


「……う……」


「?」


う〜ん……ゔ〜ん……


あれ、何かうなり声が聞こえ始めた。

どこからかしらと耳をそばだてる。


思わずトールの頭をぐっと抱きしめてしまった。

直後、私の腕をとんとんと叩くものあり。


「ぐ……ぐるじい……」


「え? あれ、もしかしてトール?」


「ギブアップ……」


鈍い声がトールの方から聞こえた。

私は慌てて、彼から手を離す。


ああ……私ってば、感極まって、思わずトールの首を絞めていたらしい……


「トール、トール、元気になったの!?」


「いや……今、危うくお前に殺されかけたんだけど……」


「トール、元気になった〜〜!!」


「い、いや…………まあいいや……」


わっと号泣して、またトールにしがみつく。

まだ体のあちこちを負傷しているトールは「ぐふ」と唸って痛みに耐えていたが、それでも私を抱きとめてくれた。


「何だよマキア。泣くなよ……別に、俺がリスクの支払いでぶっ倒れるなんて、良くある事じゃないか」


「……良くあってもダメよ。もう二度とあったらダメな事なのに」


「意味分からん……」


「うう〜〜……トール〜〜〜トール〜〜〜」


「おいおい……。つーかお前は、大丈夫なのか? 何か当たり前のように元気で居るけど、俺よりよっぽど……」


「私はあんたよりずっとタフよ。さっき目が覚めたんだけど、もう元気だもの」


「……流石、マキアさん流石……」


トールは私の背を撫でながら、ゆっくりではあるがいつものような会話をしてくれた。

それでやっと安心感を得る。


トールはもっともっと寝ていなきゃダメなのに、きっと私を心配させまいとして、起きてくれたんだわ。

私は彼から体を離して、顔を見つめて、またぐずついていた。


「トール、トール、早く元気になって……」


「何だよ。眉を八の字にして……しおらしいなんて、お前らしく無いな」


トールは起き上がり、くくっと笑って、私の目元の涙を拭った。

何だかとても、トールが逞しく見える。


そんなトールがやっぱり愛おしくて、私は彼にまた抱きつこうとした。

しかし、それは予期せず、トールに阻止される。


私が抱きつくより先に、彼が私を抱きしめた。

勢いのまま、私はトールに押し倒される。


「……トール?」


「マキア……」


私を見下ろすトールの目は優しく、またとても男らしく、私は激しく心乱された。

胸の鼓動が落ち着かないうちに、トールは私に口づけ、また首筋にキスをした。


トールの体重がわずかに感じられる程、彼の体が密着し、私は全身をベッドに押し付けられ、身動きがとれない。


これじゃあ、私の胸の鼓動が、全部トールに伝わってしまいそうだ。


「ま、待って……っ、待って、トール」


訳も分からず、待ってと口走った。

胸が苦しくて、頭が沸騰しそうで、何だかもう、本当にどうにかなっちゃいそうだった。


「待たない。俺はずっと待ってた……」


「で、でも……でも私……あ……あの……っ」


「……」


「私……何も分かんない……から……っ」


戸惑いと困惑に声が震えた。

顔と体が熱くて仕方が無い。

意味不明な事を口走り、目をぐるぐると回している。


トールは真剣な表情だ。こちらが目を逸らしたくなる程、熱い眼差しでいる。


な、何これ……胸が痛い。

これがいわゆる大人の階段で、本来の恋人のあり方で、私が今まで一度たりとも経験してこなかったタイプの、身に迫る危機なんだろうか。


ちょ、ちょっと待ってトール……

私、多分一週間くらいお風呂に入ってない……!!





「おい! マキアが目覚めたって本当か!?」


そんな時、ノックもしないでガチャッとドアを開け、この光景を目の当たりにした人物が居た。


シャトマだった。


「……」


「……」


「……ほお。妾が心配してやってきたというのに、とんだお邪魔虫だったようだ……」


シャトマは持ってきていたお饅頭の菓子折りをぼとっと落として、ぶるぶると震えていた。

私とトールはワンテンポ遅れて、お互いにわさわさしながら離れる。


「トール……何が一ヶ月程目覚めないだろう……だ。目覚めてるじゃないか。色々な意味で」


「あ、いや、その」


「元気なものだなあ。こちとらそなたを元通りにする為、夜な夜な交代で治癒魔法を施していたと言うのに……」


「あ、あ、ありがとうございますありがとうございます女王陛下」


トールは慌てて、へこへこと謝った。

なんかもう、本当に元気そうだ。


「あれ? どうしたの?」


そこへ、おんぶ紐で赤子を背負ったペルセリスが、シャトマ姫の背後からひょこっと顔を出す。


「あ、マキアとトール、二人とも目覚めてる!」


ペルセリスはタタッとこちらに駆けてきて、変わらず愛くるしい笑顔で語りかけた。


「良かった、二人ともちゃんと元気になって」


「……ペルセリス」


「でも私、心配していたけれど、心配は要らないって思っていたのよ? 二人なら、すぐに元気になるって」


「……ペ、ペルセリス……っ」


ペルセリスの顔を久しぶりに見た。

ここにペルセリスが居ると言う事が不思議でもあったが、私はあまりに懐かしい彼女を前に、ぼろぼろと涙をこぼした。


「わ、わあ、マキア」


ペルセリスはどこからともなく取り出した綿布のハンカチで、私の顔を拭う。

まるでお母さんみたいだ。


「これ……オペリア用のハンカチだったんだけどな……」


「……オペリア?」


「私とユリシスの娘よ」


きょとんとしている私の前に、ペルセリスは背負っていた赤子を支えながら、おんぶ紐を緩めた。

手際良く赤子を抱き上げ、私に紹介してくれる。


「オペリアって言うの」


「わ、わああ、わああああ」


すやすや寝ている愛らしい赤子を前に、私はおかしな声を上げた。

トールも赤子を覗き込んで、「ペルセリス似だな」と冷静に分析。


「可愛い……可愛いわね、赤ちゃん!」


「ふふ。次の緑の巫女になる子よ……って言っても、これから聖地がどうなるのか、まだ分かんないけどね」


「……」


眠る赤子の頬に、戸惑いながら触れてみた。

柔らかくて、温かい。


赤子は私に触れられたせいか、ぱちっと目を開いた。

そして、「あーうー」と声を発する。


「あ、お、起きちゃった……」


「きっとマキアたちに、初めましてって言ってるんだわ」


そうか。ペルセリスはもうお母さんなんだな。

前まで、自分よりずっと幼い少女だと思っていたのに、今の私を見る彼女の瞳は、私よりずっと落ち着いた、慈愛に満ちたものだった。


「…………可愛いなあ」


先ほどの一幕などすっかり忘れて、私はもう、オペリアに夢中だった。


確かにペリセリスに似ているけれど、口元が少しユリシス似かしら。

この薄くて小さな唇の感じとか……


「トールとマキアも、早く結婚するべきだよ。二人の子供が出来たら、オペリアと一緒に遊んであげて。私、凄く楽しみ」


「……」


「……」


ペルセリスの無邪気な言葉は、一瞬何の事だか分からなかったが、私とトールはお互い顔を見合わせる。

トールはニヤリと意味深な笑みを浮かべていたが、私はさっきの事を思い出してとたんにボフッと赤面する。


照れ隠しに俯いて、いじいじとベッドの白いシーツを指で弄ったのだった。


「おい……妾の事を忘れて、何幸せな家庭を描いてくれている……」


「そうだぞ!! シャトマ姫様を放置して子作り計画とはけしからん……っ!! 絶対に許さん!!」


その場に放置されたシャトマはともかく、いつの間にやらエスカまでこの部屋に来ていた。


「大丈夫だよシャトマ。シャトマにもきっと、いつか良い人が現れるよ!」


喚くエスカを完璧にスルーし、ペルセリス大先輩の悪意無き一言が、シャトマに突き刺さる。

シャトマはあからさまにふらついた。


「ああっ、シャトマ姫様……!」


それをエスカがなんとか支えた。


「いいんだ……妾は国と結婚した身……永遠の聖少女……」


「素晴らしい。それでこそ藤姫様だ! 俺も永遠の聖なる大司教であるからして……」


「……」


そんな二人の独り身コントを尻目に、ちょこちょこと部屋に入ってきたのはスズマだった。

スズマは手に水差しを持っている。


「あ、マキお姉ちゃんだ!」


「スズマ!!」


私はベッドを飛び降りて、久々に会ったスズマに抱きついた。

こんな所でスズマに会えるとは思わなかった……!


「スズマ、元気にしてた?」


「うん。僕はずっと元気だったよ。マキお姉ちゃんの方がずっと大変だったよ」


「……もしかして、看ていてくれたの?」


「うん。僕も白魔術を使えるからね。パパと一緒に、マキお姉ちゃんの治癒を担っていたんだよ」


「……」


何だかもう、始めて会った時よりずっとずっと逞しいスズマの顔つき。

いや、始めて会った時も、彼は随分としっかりしていたけれど。


「僕ね、マキお姉ちゃんにお礼がしたかったんだ」


「……え?」


「僕、今がとても楽しいんだ。パパが居て、ママが居て、オペリアがいるでしょう? それに、お師匠様と一緒に魔法の勉強をしている。全部、マキお姉ちゃんが、僕を助けてくれたおかげなんだよ」


「……」


「だから、マキお姉ちゃんを助ける事が出来て、本当に良かった」


ニコリと笑って、彼は素直な言葉を、私に伝えた。

子供だからこそ、恥ずかしげもなく、本当にストレートに、思いを伝えてくれる。


二千年前、私が西の大陸を焼いたせいで、スズマの前世であるシュマは、この世を去らなければならなくなった。


私の中にあった、あの子への罪悪感が、癒され、溶かされていく。

そんなスズマの笑顔だった。


「ほら。ここは病室だよ……みんな、あまり騒がないで」


パンパンと手を打って部屋に入ってきたのは、ユリシスだった。

ユリシスの後ろには、カノンが居る。


「カノン、カノン〜〜、こいつらが妾を虐める! もうやだもうやだ。私お父様と結婚する〜〜〜」


「姫……落ち着け。化けの皮が剥がれているぞ」


いつもの藤姫的な口調が徐々に崩れ、歳相応の女の子みたいに、カノンに縋るシャトマ。

え、あ、と立場の無くなるエスカ。御愁傷様……


「もう、お兄ちゃんってばいつもいつも……押しが一つ足りないからねえ……」


そんな兄を、悟った目で見つめるペルセリス。

あくびをしたオペリア。


「いや、義兄さんの場合、まだ自覚無しなんじゃないかな……」


そんな妻に、苦笑して耳打ちしたユリシス……


優しい風が、窓から流れ込んで、私たちの髪を揺らした。


ふと、気がつく。

ここには仲間たちが揃っていると言う事に。


今まで、こんなに穏やかな空気の中で、みんなと一緒に居る事は無かった。


不思議でいて、どこか懐かしい。

トールを横目に見た。彼もまた、似たような事を考えている表情だった。


「トール君、目が覚めた所悪いけれど、そろそろリスクの支払いの時間がやってくる」


「げ」


「マキちゃん、君はそろそろ、お腹が空いてくる頃だ」


「……あ」


ユリシスに指摘されて、私は自分が、とてつもない空腹状態である事に気がついた。


「お姉ちゃん、向こうの部屋に、沢山のお料理が用意されているよ。行こう?」


スズマに手を引かれて、立ち上がった。


「お、お料理……お料理……」


お料理を求めてふらつく私はまるでゾンビ。


「お、おい。俺は? 俺も腹が減ってるんだけど」


「トール君はこれからリスクの支払いの為の治療があるから、もうちょっと待ってね。ねえ、エスカ義兄さん、これから大事ですよねえ」


「そうそう。トール、お前のせいで、俺たち白魔術師も大変だ。ねえシャトマ姫様」


「リスクによる身体の欠損を随時修正しなければならないからな。あれは肩が凝る」


ユリシスとエスカとシャトマ姫が、ここぞとトールを脅して、トールに恩を着せ込んで、彼のベッドを囲んだ。

白魔術師たちによる治癒魔法も気になったけれど、その時既に、私の頭の中はお料理でいっぱい。


「トール、頑張ってね〜」


「え! マキア〜〜!」


「また後でね。ちゃんと先生たちの言う事聞くのよ」


そう言って手を振って、トールをこの場に置いて出た。

トールの長い悲鳴が聞こえたのはすぐ後だった。


「ふふ……」


それでも、自然と笑みがこぼれた。


みんながここに居て、それぞれが支え合っている。

待ち望んだ関係は、すぐそこまで来ていたのだ。



「……」


お料理の待つ部屋へ行く途中、ふと廊下のガラス張りの窓から外を見た。


ここに居ないのは、レナと、レピスたちだ。

それに気がついて、少しだけ切なくなった。


それぞれの未来の為に、彼らは私たちから離れていった。

どこかで、元気に、穏やかに暮らしていてくれたら嬉しい。

安住の地を、見つけてくれたら……


「……お姉ちゃん?」


立ち止まった私に驚き、スズマが振り返る。


「いいえ。そうよね……みんな、夢見た場所へ、帰っていったんだわ」


それは確かな希望だった。


ここに居る者たち、居ない者たち、居なくなった者たちの事を思う。

幸せは、きっと誰もが願う奇跡であるが、それを追い求め戦った者たちにしか与えられない。


彼らは戦った。

それぞれの守りたいものの為に、それぞれの敵と戦った。


そして、次のステージへと至ったのだ。



それはとても素敵な結果であってほしい。

心から、そう願っている。







明日の投稿で、完結となります。

どうぞよろしくお願い致します。




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