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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
396/408

27:ユリシス、戦いの行方(下)

3話連続で更新しております。ご注意ください。(2話目)




「ペルセリス!! ……ペルセリス!!」


炎上する教国には、既に司教は一人として居なかった。

普通なら、何があろうと聖域を離れまいと考えそうな彼らだが、おそらく、エスカ義兄さんの指示で避難させられたのだ。


ここにはもう、崇めるべき大樹も無い……


ペルセリスは、きっと地下の聖地に居る。

大樹の無いあの場所を、はたして聖地を呼べるのかは定かではないが、僕はそう思った。

崩れた瓦礫をファンの風で吹き飛ばし、埋もれた黒い扉を開き、地下へと向かった。



「ペルセリス……!!」


地下の聖地も、無事だったとは言いがたい。

炎は回っていないが、天井が崩れ、天板があちこちに落ちている。


大樹のあった場所は開けた空き地となっているが、ぽつんと真っ白でまんまるの何かが見える。

まるで、白い卵が据えられているかのようだ。


神器・豊女王の殻がそこにあった。


「あ、パパだ」


その殻から、ひょっこりと顔を出したのはスズマだった。


「スズマ……君もここに居たのか」


「うん。ママとオペリアを守るように、お師匠様に言われていたからね!」


スズマは殻の周りに精霊宝壁を張って、その場を守っていたようだ。

スズマ、もう第八戒召喚を……


「み、みんな、無事かい?」


僕は急いで、殻に駆け寄った。

殻の中には、ちゃんとペルセリスが居る。

静かに座り、集中して緑の幕を操作している所だった。


ペルセリスは僕がやってきたことにやっと気がつき、顔を上げた。


「……ユリシス、ユリシス、ごめんなさい。私の力じゃ、教国すら守れなかったよ」


「ペルセリス」


ペルセリスは瞳を潤ませていた。

殻の内部では、八つの幕を操作する透明のモニターが浮かび上がっていた。


まるで、小さなコンピュータの内部のようだ。


「パパも乗る?」


暢気なスズマが、僕を殻の中に呼ぶ。

彼はすやすやと眠るオペリアをおんぶ紐でおぶっていた。


「だ……ダメだ。ここから逃げなくちゃ」


「そうね……もうここは、ダメかもしれない」


ペルセリスは項垂れた。


「早く、逃げよう。神器ももう、置いていくしか無い」


「……え?」


「早く!! そこから出るんだ!!」


僕が焦って叫ぶと、ペルセリスとスズマはきょとんとして、顔を見合わせた。

僕は何か、変な事を言ったのだろうか。


「あのねユリシス。逃げるのなら、もっと簡単に逃げる方法があるわ。だから、ユリシスもこの殻の中に入って?」


「……え? え?」


「早く。……あ、天井が揺れてる」


「ほらパパ早く!」


スズマに引っ張られ、僕は殻の中に頭から滑り込む。

直後、大地が大きく揺れ、天井にヒビが入って岩盤が崩れた。


「うわあっ」


地割れの大きな音が響く。

殻も当然揺れたが、スズマの精霊宝壁のおかげで、岩盤に押しつぶされる事は無かった。

ただ、結界の上に、幾重にも岩盤が乗っていて、視界が真っ暗になる。


流石のオペリアも起きてしまい、泣き出した。


「オ、オペリア……大丈夫だよ」


手探りで、スズマの背のオペリアに触れた。

温かな小さな命を感じ、ホッとする。


「殻を閉じて、飛び立つから」


「え?」


「見ててユリシス。私の神器って凄いのよ」


ペルセリスの得意げな言葉の後、球体の殻が少しだけ動いて、頭上に環を描く灯りが灯った。

おかげで周囲を良く見る事が出来たのだけれど、球体の殻はすでに天井を閉じていて、僕ら家族はまるでワンボックスカーにでも乗っているかのように、狭い空間を共有していた。


「これは……」


「私、お兄ちゃんにこの神器の使い方《応用編》を、いざという時の為に聞いていたんだから」


「え? 応用編?」


「スズマ、もう精霊宝壁を解いてもいいよ。この殻の中は、どんな場所より安全だから」


「はーい」


スズマは元気よく返事をした。

直後、ガツンガツンと殻の上に岩盤が落ちてくる嫌な音がしたが、殻自体はびくともしない。

むしろ徐々に上昇しているのがわかる。


ペルセリスの座っている場所を覗き込むと、彼女の目の前には無数のモニターがあり、この周囲の様子はおろか、幕の内側、外側も全ての情報が記されている。


また、彼女は円盤のようなものをくるくると回しながら、この殻自体を操作し、動かしていた。


「す、凄い……凄いじゃないか、ペルセリス。神器の運転が出来るだなんて」


「えへへ。でしょう? さ、飛ばすよ〜〜〜」


「え」


ペルセリスは僕に褒められやる気を出したのか、円盤を猛烈にぐるぐると回して、飛ぶ殻のスピードを速めた。

僕は思わず前のめりになる。


どういった仕組みかは分からないが、殻は周囲に攻撃的な魔導波を放っているらしく、進行の邪魔になるものをガンガンに削り、弾き、飛ばしまくっていた。


なんと言う恐るべき守護系代表神器……


「うふふふふ! あははは!! 行く手を阻むものは全部ぶっとばしてやる〜〜!!」


「……」


人が変わったように殻を運転し、邪魔になるあれこれをぶっ飛ばす僕の妻。

あれ? いつももっとおしとやかで女の子らしくて、魔王クラスの中では飛び抜けてか弱く、虫も殺せないような優しい女の子のはず……

一瞬ペルセリスにエスカ義兄さんの面影を見た気がしたけど……気にしない。


思わずスズマとオペリアを抱き寄せた。


「あ、外に出たよ!!」


僕に身を寄せ小さくなっていたスズマが、顔を上げた。

それこそ、ポンと外に投げ出されるように、殻は教国の聖堂を抜け、空を飛んだ。

球体の神器は外に出た途端、側面が透明になる。周囲の様子が見えるようにモードチェンジしたのだった。


「……」


家族みんなが無事で居て、殻に乗って空を飛ぶ爽快感とは裏腹に、外部の景色は想像を絶するものだった。


「ミラドリードが……」


ミラドリードのあちこちには、巨大なクレーターが出来ていて、半壊状態だ。

ルーベルタワー自体は奇跡的に無事であったが、僕の生まれ育った王宮は半分失われている。

粒子砲の攻撃は収束していたが、オリジナルの頭部はまだ健在で、今まさに、次の為の力を溜め込むため、周囲に魔力波を纏わせていた。


殻は一度、教国の大聖堂の瓦礫の上に着陸する。


ヴァルキュリア艦が、もう一隻も見当たらない。

退避させられているのか、全て撃ち落とされたのかは分からない。


エスカ義兄さんやシャトマ姫の姿も、空に無い。

不安にかられたが、ペルセリスに「二人は浜辺に降りているわ」と教えられた。


豊女王の殻のモニターに、二人が映し出される。

二人は浜辺に倒れ込んでいた。


「二人とも、魔力も魔法陣も尽きちゃったんだわ……どうしよう、ユリシス」


「……悔しいけれど、僕ももう魔法陣が無い。システムタワーの予備も使い果たしたようだ。オリジナルは次の攻撃の為に沈黙しているけれど、もし次の攻撃が放たれたら、僕らにそれを防ぐ手だては無い……」


先ほどのあの粒子砲が最後だと思っていたが、まだ僅かにオリジナルは力を有している様だった。

むしろ、力尽きたのはこちら側と言える。


「……」


せっかく……せっかくマキちゃんが、世界の法則を破壊してくれたのに。

あと一度だけ、オリジナルを倒す事が出来れば、それで全てが終わるのに。


「ねえパパ」


そんな時、スズマがちょいちょいと僕のローブを引っ張った。


「ねえ、僕、魔法陣いっぱいもってるよ」


「……え?」


「お師匠様が、暇な時に作り溜めとけって言ってたから、ずっと作ってたんだ」


「……」


驚いて、スズマの手を握った。

彼の体内にある、驚く程の魔法陣のストック枚数に、また度肝を抜く。


「ええええっ!? 何で僕の三倍もの魔法陣をストックしてるの!!」


スズマはきょとんとした後、真顔で教えてくれた。


「……僕、魔王クラス程の魔力は無いみたいなんだけど、魔法陣をストックする容量は、誰より大きいんだって。お師匠様が言ってた」


「えええええええええ」


スズマ……スズマ恐ろしい子……っ!!


僕が素っ頓狂な声を上げるのとは裏腹に、スズマはとても落ち着いた様子で、僕に言った。


「ねえ、だから僕の魔法陣を使ってよ、パパ」


「……いいのかい?」


「いいよ。僕、パパと一緒に戦いたい」


「……」


準魔王クラスと言う特別な立場であるスズマだが、まさかここで、我が子の魔法陣の力を借りる事になるとは思わなかった。


しかし、驚きの直後、涙ぐむ。

もうダメかもしれないと言うこの局面で、成長した我が子の力強い言葉に励まされ、感動してしまったのだった。


「分かった。分かったよ……一緒に行こう、スズマ」


「うん!」


スズマは背負っていたオペリアを、ペルセリスに託した。

ペルセリスはオペリアを抱き上げ、スズマの側に腰を下ろして、優しく彼の頬に口づけた。


「しっかり、お父さんをサポートするのよ」


「うん!!」


無邪気なスズマは、どこか嬉しそうだ。

こんな状況下でも。


それは、少なからず僕にも希望を感じさせてくれる。


スズマの手を取り、彼の魔法陣を借りて、僕は再びファンを呼び出した。

ファンの背にスズマを乗せて、自分も乗る。

スズマは僕の腰にしがみつく。


「しっかりね、ユリシス」


「……うん、待ってて。ペルセリス」


僕はペルセリスに差し伸べられた手をぎゅっと握り、名残惜しむように、そっと離した。

そしてもう、前だけを向いて、飛び立つ。


先ほどまで気持ちが弱くなってしまっていたが、もう何があっても大丈夫だ。

ここまで来たら、あいつを倒すしかない。


ミラドリードも教国もボロボロだけど、全てが終われば、きっと立ち直る。

生きてさえ居れば。


「あ! 見て、パパ」


風をきって上昇する中、スズマがより高い場所を指差した。


「……?」


魔導粒子砲によって濁った空。

そこにぽっかりと穴が開いて、何かがキラキラと零れ、流れ出ていた。

まるで、煌めく赤い砂のような……


「!?」


しかし、直後に、そのキラキラした砂の中から一直線に落ちてくるものを見た。

見た瞬間に、それが何なのか理解する。


「マキちゃんたちだ……!」


落ちてくるシルエットは三つ。

トール君、マキちゃん、カノン将軍に違いない。


「トール君、マキちゃん!!」


落下する三人の元へと急いだ。

回転していたオリジナルの頭部が、彼らを見つけてしまったのか、大きな口を開けて炎弾を放つ。


僕はスズマ経由で魔法陣を展開し、三人の手前で精霊宝壁を張った。

炎弾は弾かれる。


「ユリシス! カノンを頼む!!」


トール君は僕の存在に気がつき、叫んだ。

僕は言われるがまま、真っ先に落下していたカノン将軍を、拾う。


カノン将軍は気を失っていて、酷く冷たい体をしていた。


「……二人は……っ」


僕は、拾う事の出来なかったトール君とマキちゃんを捜した。

トール君は落下の途中、浮足場を造り、マキちゃんを支えながら宙に立っていた。

彼は僕に向かってニッと笑った。


マキちゃんはあまりに疲れている様だった。


それでも生きている。

ああ……あの二人が帰ってきたんだ。


トール君とマキちゃんは、戦女王の盟約を二人で支え、その先端をオリジナルの頭部に向けていた。

何をするのかは、おおよそ察しがつく。


オリジナルもまた、自分に向けられた敵意に敏感に反応し、その両目を爛々と光らせて、周囲にバチバチと魔導粒子砲の為の魔力球を形成する。


「パパ、あのでっかい攻撃が来るよ!! 流星群だよ!!」


「させない……っ」


スズマの魔法陣を全て貰い受け、僕は第七戒・精霊の楔を召喚し、それに自らの精霊の力を全て上乗せする精霊乗算を掛けて、オリジナルの頭部に放った。


細長く、真っ白な楔は、四方八方からオリジナルの頭部に突き刺さり、表情をいびつな形に変形させる。

魔導粒子砲の歪んだ魔力が、この時少し小さくなった。


トール君とマキちゃんは、この隙を見逃さない。

二人は神器の槍を握り、高速で宙を移動した。

それは、真っ赤な一筋の流星となり、今、オリジナルの頭部を貫く。


迷宮の瞳は、破壊を得意とする紅魔女であるマキちゃんの力を前に粉々に砕けちり、空間を操る黒魔王であるトール君によって、その一欠片も残さず、空間の歪みに消し去られた。


オリジナルは最後に、幾重にも重なる断末魔を上げて、やがて力尽きる。

機械と様々な命から出来たその肉塊を、バラバラと海へと零しながら。


再生を繰り返し、絶対に死なないと言われていた神話の兵器は、やっと死に至ったのだった。


僕は、役目を終え海に落ちていく精霊の楔を見送りながら、長く息を吐く。

よく頑張ったね。精霊たちみんな……



「パパ……パパ。真っ赤だねえ」


カノン将軍を、後ろで懸命に支えているスズマが、僕に向かって、そんな感想を漏らした。


何の事だろうかと思っていたが、周囲に目を向けると、濁った空気はすっかり晴れ、代わりに真っ赤な朝焼けが広がっていた。


それは、メイデーアの夜明け。


「……」


太陽が昇り、水平戦上に光の筋を描いた、美しいこの世界の夜明けだった。




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