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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
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26:ユリシス、戦いの行方(上)

3話連続で更新しております。ご注意ください。(1話目)



僕はユリシス。

かつて、白賢者と呼ばれた男だ。



オリジナルは、幻想の島の目前まで来ていた。

それを阻止すべく、オリジナルの動きを先回りし攻撃を仕掛けていたが、奴は進行を止めたりはしない。


既に真夜中である。


今、ヴァルキュリア艦がまた一隻海に落とされた。

僕らは落ち行く巨大な火を、上空で見つめていた。


「くそ……っ、くそ……!!」


討つ手だてが無く、シャトマ姫にも徐々に焦りが見え始めていた。

神器を、足下の魔法陣に打ち付け、憤りを露にしている。


「……」


南の大陸は、もう見えている。

幻想の島も。


オリジナルが、ガツンと透明の壁に阻まれ、その動きを止めた。

南の大陸にとっては、まさに最後の砦とも言える最硬防御の防御幕……緑の幕だった。


オリジナルは緑の幕にしがみつき、喚き声を上げながら、頭突きを繰り返す。

その度に海が揺れた。


いくら、完成された緑の幕とは言え、大樹の恩恵の無い今、オリジナルを前にして全てを守りきるのは難しいだろう……


厄介なのは、魔導粒子砲だ。

あれは、きっと緑の幕を貫く。


予感と言うよりは、確信だった。あれを完全に防御できるものは、この世に存在しないのだろう。

もし緑の幕を、あの粒子砲が貫いたのなら、ペルセリスには相当な負担がかかる……

いや、それ以前に、教国が無事である保証は無い。


「ここを突破される訳にはいかない……シャトマ姫、ソロモン・トワイライトの“黄昏の時間帯トワイライト・ゾーン”を展開する事は可能でしょうか」


「賢者様……何か案があるのか」


「今のままでは、視界が悪すぎて、魔法陣の無駄な消費に繋がります。この周囲にトワイライト・ゾーンを敷く事で、一時的にではありますが、こちら側の全ての魔法の威力が上がるのと同時に、視界が鮮明になるかと」


僕はシャトマ姫に提案した。


白魔術に使う魔法陣も無限にある訳ではない。

これは、三つのタワーにストックされている魔法陣で補う事ができるが、これもまた、無限ではない。

かなりの長期戦となっていて、今既にタワーの魔法陣に頼っている状態だ。

これが尽きる事が一番怖い。


夜になった事で、周囲に灯りを灯す為の魔法をも展開しなければならず、それが魔法陣の消費に繋がっていた。

トワイライト・ゾーンは本来黒魔術のリスク軽減が目的の魔道要塞だったが、今ばかりは、周囲の時間帯をいじる為に使う事ができればと思っていた。


「ソロモン、聞こえているか」


シャトマ姫は通信モニター越しに、ソロモン・トワイライトに指示を出していた。


「……ソロモン?」


しかし、シャトマ姫の声音が変わる。彼女は繰り返しソロモンに問いかけたが、やがて、沈黙する。

ソロモンが乗っていたはずの戦艦を見つめ、瞬きも出来ずにいた。


「……シャトマ姫?」


声をかけても、彼女は微動だにしない。

ただただ、驚愕の表情をして、その場から動こうとしない。


彼女は一体、どうしてしまったのだろうか。

ソロモンに、何かあったということだろうか……

僕の中にも、じわりと不安がこみ上げていた。


この隙をオリジナルが見つけてしまったのか、奴の標的が一時的にこちらに変わる。

その瞬間と言うのは、空気の流れで分かった。


「!?」


僕は自らの背後に迫るものに気がつく。

オリジナルの首がぐんぐんと伸び、僕を飲み込もうとその口を大きく開いていたのだった。


周囲に複数の精霊宝壁を張り、角の多いいびつな空洞空間を作った。

またオリジナルに飲み込まれる寸前、それが盾となり僕の身を守った。

ギザギザの歯が僕を守る壁に食い込み、強く圧力を感じたが、更に噛み砕けない程の強度を追加する。


「……っ」


しかし、それでも両目を取り戻したオリジナルの、圧倒的な力を前に、精霊宝壁にヒビが入った。

そんな僕を銜えたまま、オリジナルはその腕を、ぼんやりとして固まってしまっているシャトマ姫に向け伸ばした。


「シャトマ姫!!」


僕に名を呼ばれ、シャトマ姫はやっと、ハッと我に返った。

神器の力を解放し、囲まれた腕に六方のレーザー光を放つ。


素早く飛び交い、オリジナルの攻撃を回避するも、オリジナルが指先から放った丸い炎弾を精霊宝壁では防ぎきる事が出来ず、撃ち落とされた。


僕は自分の精霊宝壁にかけていた力を緩め、噛み砕かれる瞬間、オリジナルの口の中にわざと入り込み、精霊宝具の大剣を召喚し喉を搔き切って出た。


「シャトマ姫……っ!」


彼女を追おうととしたが、オリジナルは逃しはしないと無数の腕で僕に掴み掛かる。


まずい。

そう察した直後、オリジナルの首も、僕を掴んでいた腕も、真横から弾け飛ぶ。

オリジナルは頭部を海に落とした。


「全く、間抜けな賢者が居たものだ。敵に背中を見せるとは、教国の花婿のくせに甘すぎるってもんだぜ……」


立ち上る水しぶきの隙間から、顔色の悪い男の、ぎざぎざの歯が見えた。


「エ……エスカ義兄さん……!?」


オリジナルの首を真横からバズーカで撃ち落としたのは、エスカ義兄さんだった。

彼は赤鳥フェニキシスに乗り、片方の腕でシャトマ姫を抱えている。


「シャトマ姫……よくぞご無事で!」


「ああ。大司教様が、海に落ちる寸前で助けてくれた……」


大怪我を負っていたようだが、シャトマ姫は無事でいた。

エスカ義兄さんはそんなシャトマ姫に甲斐甲斐しく治癒魔法を施しながらも、僕に対し文句を言った。


「つーかてめー、シャトマ姫様をお守りも出来ずにとんだ役立たずだな!」


「エスカ義兄さんだって、来るの遅いですよ……何してたんですか、ルスキアも教国も目の前だって言うのに」


「う、うるせーな、巫女様の豊女王の殻をちょこっといじってたんだよ!!」


空中で足踏みし、喚くエスカ義兄さん。

シャトマ姫に「喧嘩している場合じゃないぞ!」とたしなめられ、黙った。


「……見てみろ。巨兵の胴体が、不自然だぞ」


「……え?」


シャトマ姫に促され、首を失った巨兵の動きを見守った。

不自然な事はすぐに分かった。巨兵の再生が始まらない。


しかも、再生が始まらないだけではなく頭部を失ったオリジナルの巨大な体が、徐々に朽ち始めたのだった。


「もしかして……俺が止めをさしたんじゃ……」


エスカ義兄さんが驚愕しつつも、淡い期待を抱いていたが、僕は「いやそれは違うと思います」と速攻で返した。

僕は察する。


ああ、きっとマキちゃんが、世界の法則を壊したんだ……


そんな予感が、体を駆け巡る。

巨兵の再生が始まらないと言う事は、世界の法則に加わっていた、オリジナルの自動再生が無効となったと言う事だ。


うっすらと夜が開け始めた。

早朝の清々しい空気がまた、僕に胸騒ぎをもたらした。


「!!?」


しかし、安心も束の間、下方の海が猛烈に荒れ始め、ある一部分が真っ赤に染まった。


「な、なんだ、あれ」


「……まだだ。まだ、オリジナルは死んでない……」


シャトマ姫は息を整え、エスカ義兄さんに「もう大丈夫だ」と言って、自立する。


轟々と、海が渦巻きをつくり、やがて割れる。

そこから現れたのは、オリジナルの頭部だ。


迷宮の瞳を煌々と光らせ、この夜明けの空に昇り行く。


その頭部は、ゆっくりと回転しながら僕らを見て、ニヤリと微笑んだ。


ある場所で上昇するのを止め、オリジナルは最後の力を全て、その魔法に込めるつもりの様だった。

頭部の周囲に、魔力の凝縮された球体が出現し、それらがバチバチと不安定な火花を散らし、光の糸で繋がる。


「く……くるぞ! 魔導粒子砲だ!!」


威力は、放たれる前から既に理解できる。

言ってしまえば、火事場の馬鹿力だ。


上空に展開された魔導粒子砲の魔法陣の規模は、今までに無く大きかった。


「これが通れば……緑の幕はひとたまりも無いぞ……」


流石のエスカ義兄さんも息を呑んだ。

僕はとっさに、魔導宝壁を展開する。


もう、策も何も無い。


守り通す他無い。

自分の魔力が尽きようとも、この一撃を防ぐのだ。


魔法陣を全て、緑の幕を更に覆う為の防御に回した。

それを見て、エスカ義兄さんもシャトマ姫も、自分の魔法陣を全て精霊宝壁に費やした。


緑の幕を全て越えて、内側にも精霊宝壁を張る。

間に合わせる時間はもうほとんど無かったが、限界まで張り続けた。



夜明けの近い空が、もう一度だけ濃い闇色を抱いた。

直後、流星群と言って良い程の光が、オリジナルの頭部を中心に撒き散らされる。


銀色の雨と称されたそれは、今回ばかりは、雨と言うよりは、無慈悲な隕石の様だった。


「……ぐっ……」


精霊宝壁が次々に割れていくのが、体を走る衝撃で分かった。

また、一幕、二幕と、緑の幕が突破されていくのも、目前に迫る流星群を見て分かる。


「……あ……」


今、一幕と二幕の間にあった幻想の島に、魔導粒子砲がいくつか落ちた。

あの島には、マキちゃんとトール君、カノン将軍がまだ……


「怯むな! あいつらは大丈夫だ。あのくらいで死ぬタマじゃない!!」


「……エスカ義兄さん」


「ふん。あのくらいで死んでもらっちゃ困る……」


彼らしく無い言葉だと思った。

だけど、エスカ義兄さんでさえ、彼らは大丈夫だと思っているのだ。


ならきっと、無事で居る。

そう願った。


「これさえ……これさえ防ぐ事が出来れば……」


精霊宝壁に手を押し当て、その防御に魔力を送り続けるシャトマ姫。

次々に緑の幕を突破する流星群を睨む。


数は随分と間引かれたが、それでも、いち早く第九幕を突破した砲撃が、今、僕らを通り過ぎてルスキア王国のミラドリードに降り注いだ。


「!?」


大事な街が燃え上がっている。

住民は事前に避難させているものの、燃えるルスキアなど見たくは無かった。


「おい、教国が……!!」


その時、エスカ義兄さんが叫ぶ。

魔導粒子砲の一つが、教国に直撃したのだった。


「教国には、まだ巫女様が居る。巫女様は最後までこの大陸を守ろうと、あの場所に残っておられるのだ」


「な……っ」


僕は振り返り、教国から上がる炎を見つめた。

あの場所にペルセリスが居る。そう思ったら、居てもたっても居られなくなった。


「行け、白賢者。ここは俺たちに任せろ」


「し、しかし、エスカ義兄さん……!」


「大司教様の言う通りだ。賢者様は、教国へ急げ。緑の巫女の元へ……」


「……」


エスカ義兄さんとシャトマ姫は、僕を教国へと促した。

まだ全ての攻撃を防ぎきった訳ではないし、防いだとして、オリジナルは生きている……


ここを二人で守りきるなど……


「行け!!」


迷う僕に、エスカ義兄さんは叫んだ。


「また巫女様を不幸にしてみろ!! 世界が救われようとも、俺はお前をぶっ殺すからな!!」


彼の言葉は、痛く僕の心に響いた。

それは説得と言うよりは脅しで、いかにもエスカ義兄さんらしい言葉だったけれど、僕にはどんな言葉より強く説得力を帯びていた。


「分かりました……どうか、ご無事で」


それだけ言って、僕はシャトマ姫とエスカ義兄さんをその場に残し、防御に徹する役割を放棄した。

僕の乗る風の精霊ファン・トロームに、炎上する教国へと向かうよう、指示を出したのだった。



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