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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
392/408

23:マキア、災厄の分かれ道。

2話連続で更新しております。ご注意ください。(1話目)


私は取り返しのつかないミスをした。


「……」


その場にへたんと座り込み、前かがみになって、大地に伏せる。

目的は達成されたのに、私はこの結果が、受け入れられない。


嫌だ。嫌だ。

こんなのは嫌だ。


まだ何も聞いていない。

カノンの本当のことを、私は何一つ知らない。


あの人を、一刻も早く救いたいという思いが私の中にあった。

それが何なのかはわからない。

懺悔の思いにも似たものだった。


それなのに、最後まで助けられて、お礼も言わせないで、彼は救いのない場所へと落ちていった。

全部終わったら、話してみたいことが沢山あったのに……


「……シャトマ……あなたに、なんて言えば……っ」


大地に額をくっつけて、声を絞り出す。

カノンをあんなに大事に思っていたシャトマの事を、とっさに考えた。

彼女から、カノンを奪ってしまった。私がヘマをしたせいで。


こんなの、望んでいた結果じゃない。

これじゃあ、また私たちだけが救われた結果だ。


嫌だ……嫌だ、こんなのは……


「ごめん……ごめんなさい……カノン……っ」


懺悔の言葉が、次々に溢れた。

今までずっと体の中に溜め込んでいた言葉だ。


どうしてこんなに、あの人に謝りたくて仕方がないのだろう。

この思いは、どこからやってくるのだろう。


許されたいとは思っていない。

ただ、溢れてくる。


これはマキアとしての思いではなく、神話時代からずっと抱いてきたはずのものだ。


あの人に全部背負わせた。

剣を手渡して……重く苦しい、永遠の使命を……背負わせて……


正義の金色を、纏わせて……


じわじわと思い出されるのは、先ほど垣間見た断片的な神話のシーン。

私は神話を全て思い出す事は無かったが、何がどうなって、今があるのか、情報として察したのだった。


だけど、もう神話のことなんてどうでもいい。

拳をきつく握りしめ、どんどんと、大地を叩く。


私は、最後のカノンの表情を思い出していた。

いつも彼は、何かを言おうとしてやめて、私に見返りを求めることもなく、ただ救ってくれるのだ。


でも、そんなのはずるい。


今度は私が彼を救い出さなければならない。

それは決して、償いにはならないだろうけれど、カノンにはもう、暗い場所に居て欲しくない。

一人で居て欲しくない。


幸せになってほしい。

今の彼を救わなければ、もう誰も救われない。



魔力が一ミリも残っておらず、むしろマイナスの状況であるにもかかわらず、私は歯を食いしばって、立ち上がろうとしていた。


足が滑って転びそうになって、レピスに支えられる。

血を吐き、ガタガタの体を改めて認識するも、また立ち上がろうとする。


「無茶をなさらないでくださいマキア様。じきにここも崩れます……。逃げましょう」


「無理よ。カノンを置いて、逃げることなんてできないわ」


「……マキア様」


私はレピスに縋った。


「ねえ、さっきのあれは何なの? カノンはどうしたら助けられる?」


「……先ほどの“あれ”は、天のウゥラに違いありません」


「ウゥラ?」


「メイデーアの原初の時代から存在していた、概念の一つです。我々が叶う存在ではありません」


「……」


「大樹を破壊したことで、奈落の住人を怒らせてしまったのでしょう。カノン将軍は引き込まれてしまいました。奈落へ行くことができれば、あるいは……いや、無理です。かつて、奈落への穴はすっかり閉ざしてしまい、あちらへ赴く方法など、向こう側からのコンタクト以外には、ありません」


「……そんな」


震えながら、長く息を吐く。


いや、まだだ。

まだ諦めてはいけない。


奈落へ行くことができるのならば、カノンを助け出せる可能性はあるのだろう。

それならば、行かなければならない。

メイデーアの闇と真相を全て引き受ける、奈落へ。



「まあそう焦らないでください、紅魔女。どうせあなたも、すぐに“奈落そこ”へ連れて行ってあげますから」



頭上から、聞き覚えのある嫌な口調を聞いた。

その言葉の終わりと同時に、私を支えていたレピスが口の端から血を流して、私に倒れかかる。


レピスの背後には、見覚えのある黒いローブの男がいた。


「……ナタン・トワイライト……」


ナタンが、レピスを刺したと言うのだろうか。

それ以前に、この男は……


ナタンの左の胸の上……私の目の奥に自動で浮かび上がったものは、今度こそ、あの憎らしい“青の将軍”の印である、禍々しい花模様だった。


「お久しぶりです、紅魔女。お会いしたかった」


「……あんた」


ナタンは右手に短剣を持っている。

それは、かつてレナの持っていたものだ。

嫌な想像を、いくつものパターンで想像してしまう。


ぐっと、そいつに浴びせかけたい罵声を我慢して、私はナタンに背中を貫かれたレピスに声をかけた。


「レピス、レピス……っ、しっかりして」


「マキア様。大丈夫です……その短剣では、私は死にません」


「レピス……っ」


レピスは黒いローブの袖で口を拭って、気丈に立ち上がると、背後のナタンを振り返った。


「ナタン叔父様……いえ、その様子では、あなたもまたエリスですね」


「いかにも。私はラスジーンの“エリス”を受け継いだもの……」


胸に手を当て、優雅に腰を折ったナタン。

その雰囲気は、以前までのナタンとは別物だ。

それこそいかにも、青の将軍といったような、胡散臭い雰囲気を纏っている。


「いったい何の悪ふざけでしょう……私を刺すなどと。本体マザーから、そのような指令でも出たとでも言うのですか」


「まさか。……これは私の独断の行動ですよレピス」


「……どういうことですか」


「私は、本体マザーの導き出した、メイデーアにとっての最悪の災厄を、否定します。なぜなら、すでに世界からは“イスタルテ”が失われ、世界の法則を破壊してもしなくても、再構築という道は失われたからです」


「……ならなおさら、世界の法則の破壊の、一択ではありませんか」


「それでは全く面白くない」


ナタンはオーバーに両手を広げて、断言した。


「そのような地味な結末、私は一切認めません。ゆえに、本体マザーに逆らってでも、私は独断で最悪の災厄を見出しました。……それは、魔王たち全員を、“奈落”へ突き落とすことです」


「……」


奈落へ……?


私は一瞬、奈落へ行けるのかもしれないという希望を抱いた。

それと同時に、誰かが奈落と言う場所を、酷く恐れていたことを思い出していた。

それは、私にとってとても大事なことだったはず。


心臓の鼓動が高鳴る。


大事な人が、私たちを奈落という場所に落とすまいと、たった一人で罪を背負って戦おうとした。


私の深く低い場所で、くぐもった鐘の音が響いていた。


「さあ、紅魔女……共に奈落へと落ちていきましょう。いきなり魔王を失ったメイデーアは、酷く迷走する事になるでしょう」


「……」


「奈落へと落ちた魔王たちは、孤独と寒さの中で狂い、地上への憎しみを燃やし、災厄の概念と成り果てて、メイデーアを逃げ場のない真の終焉へと導くのです。大地を割り、海に沈め、噴火をもたらし、雨を枯らす……それでも、救ってくれる地上の神は、もういない」


「……あんた、何を」


目の前の男が何を言っているのか、私にはわからない。

だけど、それがとんでもなく悪い結末であることは、分かっている。


「いけません! マキア様を奈落へ突き落とすなど、本体マザーは望んでいません」


レピスはこれを断固として拒否した。

ナタンに意見する。


「メイデーアはもう無神の世界です。何をしなくとも、ゆっくりと終焉へと向かう。この速度を速める必要はありません。……あとのことはメイデーアの人々の手に委ねるべきです!」


「レピス……お前はエリスの一部でありながら、どこまでも真面目で面白くない。我々は、メイデーアに災厄をもたらすことを役割としてきたはずだ。こんなぬるい結末……やはり面白くない」


「……っ。ナタン叔父様の姿で、ふざけた主義を語らないでください。そんな姿の叔父様を見るくらいなら、あなたを殺します」


歯を食いしばり、レピスらしからぬ殺意に満ちた表情で、彼女は耳元に触れて長い大鎌を手にした。


私の前に立ち、背を向けたまま語る。


「マキア様……お逃げください」


「な、何を言っているの、それならあなたが逃げてちょうだい、レピス!」


「ダメです。それではあいつの思うツボです。奴は本体の命令を無視し、自身の欲望に目覚めました。我々の決めた最終災厄を否定し、メイデーアの終焉の速度を速めるつもりです。……あなた方魔王を、奈落へと突き落として」


「……メイデーアの終焉の速度を、速める……?」


「そうなってしまったら、メイデーアは本当に道標を失うことになります。魔王たちの役割は、まだあるのです。これから先、魔王が居なくとも……人々がやっていけるよう、指標を残していくこと……」


レピスは傷を負った体で、ナタンへ向かって飛び出し、大鎌を振りかざした。

ナタンはそれを、腰の剣を引き抜く勢いで受け止める。

連続的な転移魔法を駆使して、空を飛び交い、鎌と剣の交わされる音が響く。


ポタポタと、レピスの血が降ってくる。

それを頬で受け止め、彼女たちの戦いを目で追う。


それしかできない。

全然、体が動かないの。


魔法を使おうと思っても、魔力が無い。

さっきからずっと、戻った魔力がマイナスの分の支払いに回されて、連続的な魔力不足に見舞われている。

これはトールの、膨大なリスクの後払いに近い。


それだけ大きなものを、私は破壊したのだ。

もしかしたら、今後一生、魔力の支払いを要求され、実質魔法は使えない体になってしまったのかもしれない……


「どうしたらいいの……っ」


今、レピスがナタンの剣に貫かれ、そのまま地上に体を叩きつけられた。

剣で大地に縫い付けられるように、レピスは血の泉に沈む。


「レピス……っ!!」


私は這って、地に落ちたレピスに近寄ろうとした。

彼女に手を伸ばすも、ナタンが嫌な笑みを浮かべて、レピスと私の間に降り立ち、私の手を踏みつける。


「……っ」


激しい痛みに、表情を歪める。

そんな私を、ナタンは満足そうにして見下ろしていた。


「紅魔女……いえ、マギリーヴァ。あなたは本当に、血が似合う」


すっと、彼は屈んで、神殺しの短剣の刃の側面で、私の顎を持ち上げた。

ひんやりと喉に迫る刃の冷たさに、息を呑む。


「ふふ……これがあなたののど元を搔き切れば、あなたは簡単に死んでしまう」


「……また私を殺したいって言うの」


「いいえ。殺したいとは思っていませんよ。……前だって、あなたを殺したかった訳じゃない。ただ、あなたが欲しかっただけだ」


口元に意味深な笑みを浮かべ、奴は顔を近づけ、視線を合わせた。

トールとそっくりな顔なのに、背筋が凍るような眼差しだ。


「私の中には、“青の将軍”の時に芽生えた願望が強く存在しています。私は千年前に、荒廃した西の大陸へ赴いた時、激しく紅魔女という存在に憧れ、あなたの力に恋い焦がれた。あなたは、私の想像を遥かに上回る、私よりずっと“災厄”を背負う存在……」


「……」


「そして今世、私はあなたを手に入れようとした。だがあなたは私の支配を逃れ、死を選び、再びこの世界に舞い戻った……どれもこれも、エキセントリックで、刺激的で、面白い結果だ」


「あんた…………相当、狂ってるわね」


「はは。褒め言葉ですね」


このくらいの嫌みしか、口から出てこなかった。

吐き捨てるように言ったものの、それすら、目の前の男を喜ばせるだけのようだ。


「今度こそ、私はあなたの肉体を手に入れ、本体マザーすら越える“災厄”の象徴になってみせましょう。……マギリーヴァ、あなただって、奈落へ行きたいのでしょう? だったら、ここで大人しくしておいてください」


ナタンは私から短剣を離し、立ち上がった。

今度はレピスを足蹴にして、彼女の肩を貫いていた剣を、思い切り引き抜いた。


レピスは下唇を噛み、痛みに耐えている。


「元々、目障りだったんですよね。同じものから生み出された存在だったとはいえ、別の意思を持って邪魔されるというのは……」


「……ナ、ナタン叔父様……」


ナタンは血に染まった長剣を掲げ、刃の側面に映る自分の姿を見て鼻で笑った。


「最後の最後に、敬愛する叔父上に殺されることを、喜んでほしいものですねえ」


「……」


そして、思い切りその長剣を振り上げる。


「やめて! やめなさい!!」


叫び、目を見開いて、私は思い切りレピスの方に血まみれの手を伸ばした。

目一杯に開かれた手。指と指の隙間から、どうしても届かないレピスの、力なく倒れる姿が覗く。


レピス…………!



「馬鹿野郎。死ぬのはお前だ、“青の将軍”」


その時、まるで疾風のような黒い影が、ナタンをレピスの元から弾き飛ばした。

何がどうなったのかは、詳しくは分からないが、ある者が突如としてナタンの側に現れ、彼を蹴り飛ばしたのだった。


そのままナタンは右方の木にぶつかり、さらにその奥の、岩壁に激突した。


「……」


私は、ナタンをレピスから引き離した者の正体を知る。

彼女の傍で、凛とした姿で構える、トールだった。


「……トール?」


トールは衝撃で立つ風に髪をなびかせながら、油断や隙を一切見せない表情でいる。

一度私の方を見て、彼は一度頷いた。


ああ、トールだ。

トールが、約束通り、私の元まで来てくれたんだ。

無事な姿とは言い難い。彼はもうボロボロで、見る限りリスクの支払いも終わっていない状態だ。


いったい何があったのか。

イスタルテはどうなったのか。


それを今すぐ問うことはできない。

だけど、トールが生きて、私の元まで来てくれたことが嬉しかった。


また、ここに訪れたのは、トールだけではなかった。

レピスの側で、彼女を抱き起こす者がいる。


「……ソロモン?」


それは、ソロモン・トワイライトだった。

ソロモンはフレジールの顧問魔術師で、今は対オリジナルの任務についているはずだったのに……


「……ソロモン……お兄様……」


「レピス、よく頑張ったね。ガドが、私の元へ知らせを寄こしたのだ」


「……」


レピスは、力の入らない手を懸命に持ち上げ、ソロモンの頬に触れた。

ソロモンもまた、レピスの手に自分の手を添える。


「私……私、もう……疲れました。お兄様」


「ああ。もう十分だ。私たちの役目は終わった……もう、エリスにも、トワイライトにも、縛られる必要は無いよ」


「……私たちに安住の地はあるのでしょうか」


「きっとある。……さあ、ガドが準備をして待っている。三人で、全てから逃れよう」


顔の半分を鉄の仮面で覆うソロモンの表情は柔らかい。

優しい笑みを浮かべて、レピスを抱きしめる。


まるで、同じ存在だとは思えない。

やっぱり、この二人は、確かに二つの意識を持った、兄と妹だ。

私の知っている二人に違いない。今までも、これからも……


「レピス、ソロモン、行ってちょうだい……!」


私は声を振り絞って、二人に向かって叫んだ。

何処へでも良い。逃げてほしい。

エリスからも、今後、二人に問われるかもしれない災厄としての罪からも。

二人が何者にも邪魔されずに、穏やかな場所で生きていけるように。


彼女たちの全てを理解した訳ではない。

だけど、そんな事はもう、どうでも良かった。


もう十分じゃないか。

エリスでも、トワイライトでも、もうなんでも良い。

私が二人を、ただのレピスであって、ソロモンであるのだと知っている。


これが、災厄を解き放つことだったとしても、私は二人を信じている。


「……マキア様」


ソロモンは私の目を見て、私の意思を汲み取ったのか、深くお辞儀をした。

そして、すぐにレピスを抱きかかえて、転移魔法を展開し、この場から一瞬で消え去った。


最後、レピスと一瞬だけ視線を交わすことができた。

彼女は泣いていた。


「……また、どこかで会いましょう……レピス」


今ばかりは、ずっとずっと、私やトールを支えてくれたレピスという少女のこれからのことだけを祈って、私は彼女たちの消えた場所を見つめ、言葉を贈ったのだった。




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