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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
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22:マキア、世界の法則を破壊する。

2話連続で更新しております。ご注意ください。(2話目)



私が世界の法則を壊すということは、やはりとんでもないことなのだろう。

それは、この世界の多くの人々を巻き込む不幸を、この手で導き出す事なのかもしれない。


レピスの中、その向こう側のエリスがその判断をしたのであれば、それは間違い無いのだろうか。




「迷うな、マギリーヴァ」


カノン将軍は、私の事をマギリーヴァと呼んだ。

ハッと我に返る。


「何を厄災と、何を不幸と捉えるかで、結果は変わってくる。俺は、今を救わなければ、未来は無いと考えた」


「……今を救わなければ……?」


隣に立つカノン将軍の顔を見上げる。

彼は私とは違って、何一つ、迷ってはいなかった。


「遥か昔、俺たちはすべての間違いをなかったことにしたくて、世界を一からやり直した。しかし、それこそが間違いだったのだ」


「……」


「何もなくなってしまったのなら、悲しくとも、寂しくとも、そこから始めなくてはならなかった。リセットできてしまう世界に意味はない。神々が管理し導くお綺麗な世界にもまた、自由はない……。俺は、世界の法則の破壊を、災厄だとは思わない。希望であると判断する」


この世界を、ずっとずっと記録してきたカノン将軍だからこそ、出て来た言葉だった。

レピスはわずかに眉を動かす。


災厄と希望……それは相反する二つの意味合いを持つ言葉であるが、行き着いた場所が同じであることが、大きな意味を持っている気がした。


私は大きく深呼吸する。

覚悟を決めなければならないのは、私の方だ。


レピスもカノン将軍も、意思を固めて、ここに居る。

あとは私だけだ。


目の前の大樹の破壊を、拒むものは、結局のところ何もないのだ。

すべての戦いは、ここに至るためのものであり、本当は敵も味方も無かったのかもしれない……



そっと、大樹の側まで歩み寄り、その幹に触れた。


「……どこまでも、澄んでいるわね」


そのごわごわした幹の木肌は、長年生きてきた大樹の脈動を伝えてくれる。

そっと、幹に耳を押し当て、澄んだ魔力の流れを汲み取り、また、奥深くに眠っている神話時代の遺産を探った。


鎖にがんじがらめになった、その、形無いものを。


「……あったわ」


小さな声で呟いて、大樹から耳を離す。

ポタ……と、木の枝葉から、聖なる雫が溢れて、私のまつげに弾かれた。


今の私の魔力も、大樹の脈動に合わせる事で、どこまでも研ぎすまされたものになっていた。


レピスが側で、私を見守っている。

いつもと変わらない表情なのに、今ばかりは、レピスの中の揺れも簡単に読み取る事が出来る。

遠くで様子を見ている、カノンの事も……


分かっているわよ、レピス。

カノン……



「……戦女王の盟約……」


私は大樹から少しだけ離れ、それを見据え、手に持つ神器の力を解放した。

神器が本来の槍の姿を、より一層煌めかせて、厳かな姿を現した。


世界の法則を破壊するのだと意識した時、必要とされる魔力と私の血の量をなんとなく察知するのだけれど、それが今までの比ではないことに苦笑いが出てくる。


この世界で最高値の魔力数値を持つ私ですら、縮み上がるってもんだわ。

本当に、この数値ですら、世界の法則の破壊に必要な前金状態。

破壊の権利を得る為の、“最低限”の数値でしか無かったのだから。


「まあいいわ。……好きなだけ、もっていくといいわよ」


自らの血の薔薇を体にまとわせて、全身に傷を負う。

いばらから出てきた私は、血まみれで恐ろしい姿をしているでしょうね。

それこそ、人々に恐れられた紅魔女に相応しい。


表情だけはきつく引き締めて、私は神器を持つ手の震えを抑え込もうとした。


世界の法則の破壊とは、今までの私たちの生き方を否定することでもある。

悩み苦しみ、葛藤し、世界を導いてきた。それすら否定して、今、目の前の大樹を壊そうとしているのだ。


だけど、迷ってはいけない。

何一つ、恐れるな。


「マキア・オディリールの名の元に命令する。………………メイデーアを支配する、全ての“世界の法則”を破壊せよ! これで、何もかも終わりだわ!!」


心は落ち着いている気もしたし、とても高揚している気もした。

自分でも、この時の心持ちは、良くわからない。


何が起こってしまうのだろう。

未知なる破壊だったけれど、私は迷わず、その槍を大樹に向かって突き出したのだった。


途端に、サークル状の光が走り、それが私の持つ槍先を中心に集約され、細く真っ赤な一直線のレーザー光を放つ。

遅れて、槍が木の根のわずかな隙間に触れた。

そのすぐ後に、まるでその隙間から泡があふれたように、大樹がボコボコと波打って、弾けて飛んだ。


「きゃあっ!」


あまりの眩い煌めきに目を閉じ、大樹が弾け飛ぶ衝撃で、私もまた吹き飛ばされた。

そんな私の背を受け止めてくれたのはカノン将軍だった。


爆音はまるで聞こえない。

無音と、無色の爆発に巻き揉まれ、ただ激しい衝撃を体に感じる。

わずかに開けた瞼の隙間から、レピスが微動だにせず、光の中で細かな粒子となって吹き飛んだ大樹を見つめている横顔を見た。


何を考えているのだろう。

災厄エリスはこれを、心から願っていたのだろうか。

レピスは……


遅れて、弾けて飛んだ金属のぶつかり合うような高らかな音と、パイプオルガンの不協和音に近い、悲劇を連想させるような嫌な音が響いた。

正反対の音は大樹を見送るレクイエムだ。


私の魔法のせいだと思うけれど、大樹のあった場所を中心に、地面の水が赤く染まっていった。

まるで大樹から溢れた、鮮血のようだ。



「……はあ………はあ……っ」


「大丈夫か」


「ええ」


やっと、息ができるようになった。

私が大樹を破壊して、今まで、一秒ほどの出来事だったはすなのに、とても長く感じたのはなぜか。

きっと一生で一番、忘れられない一秒であるのだろう。


「……」


呼吸を整えながら、涙がこぼれた。


だけど、顔を上げる。

決して顔を背けてはいけないその光景を、私は潤んだ瞳に焼き付ける。


乱れた髪の隙間から、黒く焦げた木の根の残骸だけが積み上がっていたのが見えた。

だがそれらも粉粒となって大地に溶け始めている。

後から、パラパラと降ってくる木の葉と枝。だがそれらは地上に落ちる前に、泡となって消えていた。

まるで花火みたいだ。


「……これで……終わりなの?」


「……そのはずだ」


しばらく、大樹が朽ちていく様を見つめていたが、私はやっとカノン将軍に問いかけた。

体に力が入らないのは、魔力を全部使い切ってしまったからだ。


今までの疲労とはわけが違う。

何かを食べて戻るようなものではなく、一生、支払い続けるべき対価があるような気もした。


青ざめた表情でその場で膝をついていると、レピスが駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか、マキア様。ご立派でした」


「……レピス」


「あなたのおかげで、私もまた、役目から解放されたのです」


「……」


震える手で、戸惑いながらも私の手を取るレピス。

彼女だって、恐れていたのだろう。この瞬間と言うのを。


やっぱり、レピスはレピスだ。

私はその手をぎゅっと握った。


「ねえレピス……あなたはこれからどうするのよ」


「……」


「一緒にルスキアへ帰りましょうよ」


儚げなレピスを見ていると不安で仕方がなくなって、私は彼女の今後を尋ねた。


「いいえ……それはできないでしょう」


ただ、レピスの答えは予想通りだった。


「私はエリスです。常に災厄を求めるもの。……神々の力が薄れても、エリスの罪も目的も消えたりしません。……ですが“本体”は、大樹の破壊が済んだら、私たちを自由にしてくれると約束してくれました。私たちはやっと、無数の役割から解き放たれ、自由になるのです。それは、あなた方魔王から、離れ行くと言うことです」


「……」


「お優しいマキア様。あなたは、私が寂しくないか、辛くないかと心配してくださっているのでしょうけれど、大丈夫です。……私には、今後を一緒に歩んでくれる大事な人がいますから」


震えと共に溢れる言葉は、レピスの本望であったのだろう。

この時をずっと待っていたのは、カノンだけではなく、レピスもそうであったのかもしれない。



「……?」


ずっと側で、私とレピスの様子を見守っていたカノン将軍が、ふいに、大樹のあった方を見た。

その場所には、赤くじんわりと、まだ私の魔法の名残がある。


しんと静まり返った旧ヴァベル。

だがその静寂を意識してしまうと、なんだか怖いと感じる。


やがて、じわじわとこみ上げてくる嫌な予感と共に、空気が震えた。



『 許 さ ナ イ 』



耳元で囁かれた言葉は、確かにそう言っていた。

ゾクッと体が震え、その声の主を探そうにも、徐々に大地が強く揺れ始めて、体の自由がきかなくなる。


ただ私は、先ほど大樹のあった場所の、その赤く染まった大地から、ただならぬ気配を感じ、顔を上げた。

その場所は、色を赤から黒に転換し、無数の光を散りばめていて、不安定な魔力場を形成し始めた。


「……な……っ」


そこから、歪んだ黒い大樹の根の様なものが、無数に伸び出したのだった。


「マギリーヴァ!!」


勢いよく私たちに絡みつこうとした大樹の根を、カノン将軍が剣で切り裂いた。

それでも後から絶えることなく伸びる根が、私の手足に絡みつき、あの黒く澱んだ沼へと引きずり込もうとしたのだった。


「マキア様!」


レピスが私の名を呼び、手を掴んだが、すぐに他の木の根によって引き離される。


まるで銀河のような、キラキラとした星を抱く、混沌の沼。

そこに足が触れた途端、今まで触れた事の無いような恐怖と悪寒を感じ取った。


「……いや……」


そこへは、行きたくない。

それなのに、体がまったく動かない。


「……いやだ……っ」


黒い沼に足が漬かってしまい、そこから真っ黒なシミが、体を侵食していく。

永久に溶けない氷に飲まれ、足が蝕まれてしまったかのようだ。


「……あ……」


あまりの寒さに、意識が飛びそうになる中、脳裏に思い出される遠く彼方の記憶があった。


血と、痛みと、追いかけ続けたある男の背中……


これは、神話時代の記憶?


いやだ。

それは…………その記憶は、思い出したくない。


「マギリーヴァ!!」


拒否する記憶が、まさに私を飲み込みそうになった瞬間、沼から体が引き上げられた。

ぶちぶちと、体に絡みついた大樹の根が引きちぎれ、私はその寒さと記憶の浸食から逃れる事が出来たのだった。

脳裏を駆けていた神話時代の記憶の映像が、途中データが破損したかのように、砂嵐となって中断される。


現実に引き戻されると同時に、強い黄金の煌めきを見た。

私が沼から引き上げられた時、入れ替わるように、その金色の美しい髪が横を通り過ぎ、黒い沼に引き込まれていく。


目を見開き、手を伸ばす。


「……っ、カノン将軍!!」


叫んだ時には、もう遅かった。

私を助けた代わりに、カノン将軍は大樹の根に絡め取られ、沼に引きずり込まれてしまったのだった。


体を半分、沼に埋めたカノン将軍はすでに諦めたような、穏やかな表情でいた。

どんなに手を伸ばしても、彼が私の手を取る事は無い。


私を見つめる彼の青い瞳は、いつもの冷淡なものとは違い、遠く懐かしい、憧れを追う、儚げな灯火を抱いたものだった。


「マギリーヴァ……俺は……」


そこまで言って、彼はやはり苦笑して首を振り、そのまま、全てを受け入れるように全身を沼に飲み込まれる。


「カ……ッ、カノン……」


光の粒を渦まき、銀河を描く黒い沼に手を突っ込んでしまおうとしたが、レピスに体を引かれて、止められる。


「ダメです、マキア様」


「でも、でもカノンが!!」


「いけません。その先は“奈落”です。カノン将軍は、もうこちらへは戻ってこれないでしょう」


「……奈落? な、何よそれ……何よそれ……っ!!」


黒い沼は渦を描いて、縮小して、ぷつんと音を立てて消失する。


旧ヴァベルは、不穏な空気を一転させ、やがて穏やかな森に戻った。

大樹が無いというだけの森だ。


ここはもう、本当にただそれだけの、残留魔道空間であるのだ。




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