19:ユリシス、セント・トライアングル。
3話連続で更新しております。ご注意ください。(2話目)
僕はユリシス。
かつて、白賢者と呼ばれた男だ。
神話名は、パラ・ユティスというが、僕はその時代のことを一つも覚えていない。
オリジナルが、封印されていた空間を破ってこの世に出現する光景は、まるで、生命が硬い殻を破って生まれ落ちる瞬間のように神々しくも、禍々しい瞬間だった。
その造形は、一度見たオリジナルそのもの。
無数の手が木の枝のように大地を刺し、顔面は人のもののように表情を作る。
片目は潰れており、傷跡も残っていて、それがさらにおぞましい見た目に凄みをもたらしている。
オリジナルが降り立ち、最初に放った砲撃が、一直線にキルトレーデンを焼き海にまで届いた。
奴は待ってくれるつもりはないようだ。
オリジナルは一度咆哮した後、すぐに周囲を警戒するように頭部をぐるぐると動かして、やがてこちらの戦艦を見据えた。
じっと、片目で捉える。
ズシン、ズシンと、無数の足を動かして、キルトレーデンの街を踏みつぶしながら、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「きたか」
これは狙い通りだ。
オリジナルは片目のある、第一ヴァルキュリア艦に向かってくると、予想していた。
「シャトマ姫、オリジナルは予定どおり、こちらに向かってきているようですね」
『ああ。そのまま海に引きずり込めば、被害は最小限に抑えられる』
通信でシャトマ姫と確認しあって、またモニターに映るオリジナルを見た。
オリジナルの速度は凄まじく、キルトレーデンの街は、まるで角砂糖の城でも崩されたかのように、儚くなぎ倒され、潰されている。
だけど、ここは黙って見守り、じっくりと海の中心まで引き出さなければ。
僕は拳を握って、奴の動きを睨み続けた。
マキちゃんやトール君は頑張っているのだから、僕もここで、オリジナルを引き受けなければならない。
僕は神器を持って、戦艦のトップデッキに出ていた。
ここは中央海の中心となる場所。
周囲はどこまでも大海が続き、三つのタワーの連動魔法が通じやすい場所でもある。
オリジナルの動きを、ここで押さえ込んでおくのが目的だ。
ヴァルキュリア艦による一斉砲撃が始まった。
オリジナルは砲弾をひとしきり浴びた後、その長い腕を第一艦隊の方に鋭く差し向けた。
「第七戒・精霊の楔……第八戒・精霊宝壁……」
魔法陣を連ねて、精霊宝壁を築き、その中に精霊の楔を忍ばせた。
こちらの戦艦に向かって伸ばされた腕は、精霊宝壁に阻まれぐにゃりと折れながらも、その進行を緩めることはない。
それを、精霊壁に含まれた精霊の楔が、まるで輪のような錠を作って、腕を縛りつけた。
「第五戒・精霊乗算」
そこに、僕の元へ集っていた精霊の数を掛け合わせた、第五戒の精霊魔法による光のメテオを打ち込んだ。
太陽の精霊ジークレイムの魔法を神器に込め、放ったものだ。
空に現れた無数の魔法陣から、球体の光炎が降り注ぐ。
その力は、ヴァルキュリア艦の砲撃をはるかに凌駕する、神器あっての魔法だった。
「……」
もくもくと煙が立ち込める。
それでも、このオリジナルを倒すことはできていないのだと、僕には分かっている。
ごくりと息を飲んで、奴の動きに目を凝らした。
「!?」
オリジナルが見当たらない。
どうやら一度海の中に潜ったようで、僕は背後に気配を感じ取り、とっさに振り返った。
「……な」
オリジナルの片目と目が合った。
それはこの第一艦隊の背後に回り、首を伸ばして顔だけを海中から出して、僕をじっと見ていたのだった。
まるでピエロのようにおどけた表情に、背筋が凍った。
「賢者様!」
流星のような、紫色の光線が僕を横切り、そのオリジナルの顔面に放たれた。
シャトマ姫が飛んでこちらまでやってきたのだった。
「これより魔道要塞を展開し、セント・トライアングルを開始する。戦艦は上昇せよ!」
シャトマ姫は命令を出した。
オリジナルは顔面に攻撃を受け、戦艦から逃れ、無数の手で顔を覆っていた。
それを機に第一艦は上昇。
頭上よりオリジナルに再び砲撃を開始する。
連続的な爆音の中、うねるオリジナルを捕らえたのは、六つの六芒星だった。
それは首、両手、両足、胴体、に絡みついた六芒星は、その六点を正座のように結びつけ、立体的な呪縛を作り出していた。
また、海に道を作るように、複数の六芒星が三方向より連なっている。
まるで巨大な三本のホースのような魔力場ができていた。
「魔道要塞“六芒星の道標”……ソロモンの魔道要塞を、複数のトワイライトの魔術師たちがシステムタワーの魔力で構築している」
「……システムタワーと連動した魔道要塞ですか」
「ああ。トワイライト・ゾーン展開時にしか使えない。主に束縛と位置確定の役割を果たす。…………さあ、くるぞ」
キーンと、高鳴りのような耳障りな音がしたと思った。
三つの大陸に建つ三つのタワーが魔力を繋げた瞬間というのが、感覚的に理解できた。
ドクン、と一度心臓の鼓動が鳴った。
これは、タワーが発動し、魔道回路が展開された時に沸き起こる衝動だ。
今回は、それが強烈に感じられる。
ギイギイと嫌な音を奏で、オリジナルが自らを縛る六芒星を取り外そうと暴れているが、片目を失って力を半減させているため、この束縛はギリギリのところで保たれている。
遠く彼方から、こちらに向かってくる巨大な魔力の塊を感じた。
「あれは」
「あれこそが、人類の最新兵器であり最終兵器であろう。聖なる大三角だ」
「……」
「くるぞ! 賢者様、防御の体制を」
レジス・オーバーツリー、ルーベルタワー、グランタワーの三つのタワーから放たれた超魔道砲が、六芒星の道を通って、オリジナルを三方向より貫いた。
貫いたというのが正しいだろう。
高らかな音がメイデーアの中央で鳴り響く。
それは三つの力が重なり合った、重奏の音色だ。
三色の光はオリジナルを中心にぶつかって、なお通り過ぎていく。
魔道要塞に縛られたオリジナルを中心に、大爆発が何度か起こり、巨大な光の柱が空を切った。
これがオリジナルを全て覆い、焼く。
僕とシャトマ姫はそれを上空から見守っていた。
これで、終わりだとは思わない。
だがあまりの熱量に、オリジナルが塵になったのではと、淡い期待も抱いた。
「……ダメか」
しかし、シャトマ姫の判断は早かった。
神器を構えて、オリジナルを見据える。
砲撃が収まり、立つ煙の隙間に目をこらす。
オリジナルは真っ白になって、腕も皮膚も燃えかすのようになっていた。
ガラガラと体が崩れる音が響く。
だが、死んでいない。
真っ赤な片目が鈍い光を抱き、こちらを睨んでいた。
直後、耳の鼓膜を破る断末魔のような咆哮が、海の波を荒立てた。
僕はとっさに耳を押さえたが、わずかにひるむ。
オリジナルはこの隙を見て、無数の手を再生すると同時にそれを宙に伸ばして、第一艦をがんじがらめに抱き寄せた。
「な……っ」
これはまずい。
そう思って、シャトマ姫も僕も、すぐに巨兵への攻撃を仕掛けた。
しかし第一艦を胸に抱いた巨兵への攻撃は、そのまま第一艦にも及ぶ。
巨兵は第一艦を海上で引き裂くようにして、二つに割り、首を伸ばして片目を探した。
「させない!」
戦艦を掴むオリジナルの腕を切り落とし、片目から引き離そうとしたが、オリジナルは目的を見つけてしまったようで、一心不乱にそれを求めた。
切った腕はすぐに再生し、再び戦艦を掴む。
自らの頭上にバチバチと荒立つ光の球体をいくつも展開した。
それは、魔道粒子砲の準備であった。
ぞくっと背筋が凍ったのは、その魔法は僕らにも決して避けることのできない、凶悪なものだと分かっていたからだ。
「シャトマ姫!」
僕は、第一戦艦を助けたい思いと、その粒子砲から逃げねばという判断の狭間で迷うシャトマ姫の前に立ち、精霊宝壁を無数に形成した。
直後、銀色の雨が唸り声をあげてオリジナルの頭上より放出される。
足元から痺れるような、強く恐ろしい魔力に打たれながらも、僕は精霊宝壁の割れる音に敏感になりながらも、シャトマ姫を守ろうとした。
ただ、片目のオリジナルの魔道粒子砲は、以前魔道要塞内で受けた攻撃よりは緩く感じた。
今の攻撃に関しては、僕やシャトマ姫に被害はない。
だが第一戦艦は、まるで蜂の巣のように穴だらけで、そこから蝋が溶け出しているかのように形状を失い、見るも無残な姿となっていた。
オリジナルはそれを鈍色の空に掲げて、どろっと生み落とされた深紅の球体を飲み込んだ。
その瞬間は、見ているだけでもおぞましい、だが絵になるような象徴的光景のようにも感じられた。
オリジナルは再び両目を手に入れたのだった。
僕らにあれを守り通すことは、できなかった。
溶けた第一戦艦は海に沈んだ。
その時に飛んだ飛沫が、ここまで飛んできて、宝壁を打った。
「た……体制を整えろ。第一戦艦が沈んでも、まだ諦めてはいけない」
シャトマ姫は動揺を表情に滲ませながらも、声音にそれを表すことなく、すぐに他戦艦に指示を出した。
オリジナルはまだ海の中心にいる。
魔道粒子砲の被害も、大陸には及んでいない。
奴は次にあの粒子砲を撃つために準備をするだろうが、わずかに時間がかかる。
まだ諦めてはいけない。時間を稼がなければ……
しかし、我々の予想外にも、オリジナルは一度空を仰いだ後、導かれるようにどこかへ進み始めた。
「……え?」
それは確かな目的の場所を持って、移動しているように思える。
まるで何かの呼び声に応えているかのようだ。
「ま、まずい。オリジナルはどこかへ向かうつもりだ」
「……方向は……」
シャトマ姫はすぐに確認した。
トワイライトに指示を出し、目の前にモニターを展開させる。
「……これは、この方向は……幻想の島だ」
「……幻想の島」
そこは、マキちゃんやトール君、カノン将軍が、世界の法則を破壊するために赴いた場所だ。
そして、その側には、僕らの故郷であるルスキア王国がある。
僕にとっては、大事な人たちが沢山いる場所だ。
両目を取り戻したオリジナルがそこへ向かっているのは、最悪の展開だ。
可能性としては予想されていたことの一つであっても、焦りを消すことはできない。
あれから、あの化け物から、全てを守らなくては。
僕らは拳をきつく握りしめ、オリジナルの進行方向を睨んだ。
身震いする体を、心を、なんとか持ち直さなければならない。
一つとして、ミスは許されない。