18:トール、誰かの救世主。
3話連続で更新しております。ご注意ください。(1話目)
何もかもが終わった訳ではない。
だが、全ては本当に、全部終わったんじゃないかと思わされる程、世界の境界線の閉じた後のこの場は澄んだ静けさの中にある。
俺は、ただただ立ちすくんでいた。
「あれは……世界の境界線、か」
何にも視界を妨げられることのない、どこまでも続く美しい青空と、それを鏡のように映す水平線。
あの場所を俺は知っていたし、初めて訪れた訳ではなかったのに、今もまだ、幻想世界にいたような夢心地だ。
「…………レナ」
レナが、イスタルテを連れて、この世界を発った。
それはレナが望んで選んだことで、願った魔法だった。
レナは最後の最後に、その肩書きの通り、“救世主”となったのだ。
それはイスタルテにとっての救世主でもあり、メイデーアにとっての救世主でもあるのかもしれない。
アクロメイアというメイデーアの主神が、叶えたくとも叶えられない願いを、彼女は叶えてしまったんだから、本当にすごい。
かつての俺にも、できなかった魔法だ。
マギリーヴァも、レナも、使ってのけたのだ。
ただただ、宙を舞う細かなマギ粒子を見送った。
0を1にする厳かな魔法の名残を肌に感じながら、俺は一度穴の空いた天井を仰ぎ、すぐに周囲に気を配った。
「……」
誰もいない。
すでにナタンの姿の青の将軍はいない。
どこへ行ってしまったのだろう。
点々と血の道が出来ている。魔道要塞が強制終了したことにより、その対価を支払い、体を負傷したのだ。
ナタンの姿をしたあれは、おそらく本体ではなく分体だ。
魔王クラスほどの魔力が無いのなら、リスクは大きいだろう。
「奴は、レナの短剣を持って行った。……マキアたちが危ない」
だが、現状の問題は厄介だ。
言葉にしてみると、焦りが増す。
あの神殺しの短剣があれば、魔王クラスといえども簡単に死に至るからだ。
それをエリスが持っているということが、何より恐ろしい。
一歩あゆむと、ズキンと体に痛みが走った。目眩がして、ふらつく。
剣先を地面について、息を整えた。
イスタルテとの戦いで負った傷だろうか。
気がつけば傷だらけで、疲労も大きいようではあったが、ここで足を止めているわけにはいかない。
マキアの元へ急がなければならない。
必ず行く、と言った。
「……マキア」
歩むたびに、無意識に涙がこぼれた。
今やっと、俺は神話時代の思いに、ただただ打ちひしがれることができたからだ。
なぜ、俺はいつもいつも、あんなにマキアを傷つけてしまうのだろうか。
マギリーヴァへの思いも誓いも忘れて、いつもいつも“彼女”を選ばず、“彼女”を守れないでいるのだろうか。
それが世界の法則なのだと、仕組みはわかっていても、俺は俺自身が許せない。
自己嫌悪と後悔で、身も心も潰れてしまいそうだ。
だって、マキアはいつも俺を思っていた。
どんなに時代が変わろうとも。俺が、彼女を選ばない時だって。
なぜマキアは、今でも俺が好きで、ずっとずっと好きで、ただただ側にいてくれるのだろう。
たどり着いてくれるのだろうか。
傷ついても傷ついても、健気に、一途に、俺の事を愛してくれるのだろうか。
カノンが、俺を嫌っていたのも、無理はない。
あいつは全てを見てきた男だ。
彼自身がマギリーヴァを愛していたのに、自分の思いを殺してまで、俺たちをただ見守り続けてきた男だ。
今ならわかる。
あいつが行なってきたこと全てが、俺たち二人の為……いや、マキアの幸せを願っての事だった。
俺たちが、世界の法則にも、魔王としての役割にも邪魔されず、安住の地で結ばれるように。
神話時代から成就されることのなかった恋を、叶えることができるように。
世界の崩壊を前にして、そんなことと、誰もが思うのかもしれない。
だがそれは、カノンにとって、世界より大事な事だった。
彼にとって、何を犠牲にしてでも叶えたかった願いだったのだ。
何も知らなかった俺たちは、カノンを、勇者を、まるで鬼畜な天敵のように思っていた。
本当は、誰より純粋で、一途で、どこまでもまっすぐな男だったのに。
俺なんて、一つも敵わない。
俺なんて……
「……っ」
膝が崩れ、俺はその場に倒れた。
なぜ、ここまで体にダメージを負っているのだろうか。
これは、あの時と似ている。
かつて、マキアを見送った世界の境界線……
あの場所から戻ってきたときも、俺は激しく負傷して、しばらくはずっと寝込んでいた。
レナの願った世界の境界線の出現には、俺の空間魔法も、多少なりとも力を与えたのかもしれない。
今回は以前ほどのリスクではないが、体内の内臓を、かなりかじられたようだ。
自動治癒が間に合っていない……
いや、それならそれで良い。
レナとイスタルテは、自分たちの幸せのための選択をしたに過ぎない。
それだけのために、願った。
何を犠牲にしてでも、大事なものを守るために、強く願った。
そして、メイデーアに縛られていたその強固な鎖を断ち切り、この世界を去った。
今度は俺の番だ。
誰もが、自分たちの願いのために、戦っている。
難しいことは考えるな。
立ち上がって、再び歩みだした。
剣をまるで杖にようにして、何度も地面を付き、痛む体に奥歯を噛み締めながら。
俺自身の足が止まらないことが、唯一嬉しい。
俺は、俺自身の為に選択をして、マキアの元へ向かっている。
俺の願いは、やはり彼女の元にあるからだ。




