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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
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13:神話大系16〜暗黒の天啓〜《sideクロンドール》

5話連続で更新しております。ご注意ください。(1話目)




パラ・クロンドール。

それが俺に与えられた、神話の名だった。


ああ、覚えている。

元の世界が滅ぶ瞬間を前に、大事な人を守れなかった絶望を抱きながら、この身をそのまま持って、このメイデーアへ召喚された。


大樹の木漏れ日が、とても柔らかくて、心地の良い。

ここはそんな優しい世界。


だけど、何かが狂い始めたのは、メイデーアの大地を分け、九人それぞれが国を治めてからだ。








「ねえ、クロンドールったら、聞いているの?」


俺の側で、俺の腕を引っ張っているのは、赤い絹のドレスを纏った赤毛の少女だ。

マキアの最初の姿であるパラ・マギリーヴァである。

椅子に座って国政のあれこれの資料に目を通していた時、彼女が俺の元までやってきて、アクロメイアの催した宴について、心配した様子で語っていたのだった。


当時俺たちは婚約者同士であった。戦争などが続き、後処理に追われて結婚には至っていなかった。

しかし俺はマギリーヴァを愛していたし、マギリーヴァもまた、俺に一途な愛情を注いでくれていた。

少々我が強く横暴な所があるが、マギリーヴァは決して強い女神ではなかったし、とにかく寂しがり屋で、何かと理由を付けては俺の側に居たがった。


メイデーアに召喚された頃から、そう言う所は変わらない。

そこがずっと、可愛いなと思っていたし、ずっとずっと、彼女を守る事が出来たらと思っていた。


「ねえ、聞いてるのって、聞いてるのよ。ねえクロンドール」


「ん? 聞いているよ。アクロメイアの開いた宴の事だろう。何か裏がありそうだが、もう長くあいつと話していないし、俺は行こうと思う」


「でもアクロメイアが宴を催したのよ。これってぜったいに罠だわ」


「確かに。それならば、お前は行かない方が良いかもしれないな。何があるか分からない」


「馬鹿言わないで。あんたが行くなら私も行くわよ!」


「……」


マギリーヴァは両手を上げて豪語した。

他の神々や、国民の前では堂々とした女神を演じるも、俺の前では少し子供っぽくなる所が、実におかしくて、愛らしい所だった。


俺は、自分の座っていた机の引き戸を引いて、あるものを確認した。

小さな木箱だった。


「なあ、マギリーヴァ……」


「何?」


マギリーヴァは俺の机の上にあった、手をつけていないブドウを摘みながら、小首を傾げる。


「いや……なんでも無い」


「何よクロンドール。あんたがもったいぶるなんて怪しいわね」


「いやいや」


俺はニヤニヤしながら、机の戸をゆっくりとしめた。

そこに仕舞われていた木箱には、マギリーヴァに渡す為の、金とルビーの施された首飾りが収められていた。

マギリーヴァに、結婚を申し込む為に作らせたものだ。


この頃の俺は、マギリーヴァにこれを渡したらどんな反応が返ってくるだろうか、とか、夫婦になったら新しい神殿を建てようとか、マギリーヴァが好きな食べ物を作れるように、農園や厨房を作ろうとか、色々な事を想像しながら、一人ニヤニヤとしていたのである。

我ながら、気持ちが悪かったと思う。


俺は、アクロメイアの宴の後にでも、すぐにプロポーズするつもりだったのだ。







「紹介しよう。彼女こそが僕の創り出した第十の女神、パラ・α・へレネイアだ」


アクロメイアが俺たちに、その女神を紹介したのは、まさにその宴の席での事だった。

ヘレネイアという女神を見た瞬間、俺は今までに無い程の衝撃を受ける。


なぜなら、ヘレネイアはかつての世界で俺が仕えていた主、ヘレーナ様に似ていたからだ。


そんな俺に、マギリーヴァは横腹をつねって「どうしたのよ」と、疑わしげな視線を送ってきたが、俺は言い訳をする余裕も無く、その時は動揺していた。

ヘレネイアもまた、俺をじっと見つめていた。


「あなた、始めて会った気がしませんわね」


俺の前に立ち、そう言ったヘレネイアの声もまた、ヘレーナ様にそっくりだった。


まさか、本当にヘレーナ様なのではないだろうか。

俺は淡い希望を抱いた。

もし、あの時この世界に召喚されたのが、俺だけではなかったのだとしたら。

時空を超えて、ここへ辿り着いたのだとしたら……


しかし、俺はこの時、懐かしさよりずっと、半端ではない違和感を、彼女に感じていた。

何だろう。この、黒く濁った、胸の内側に土足で忍び込んでくるような、巨大な圧力は……


「なあ、マギリーヴァ……」


「何よ」


「……いや」


マギリーヴァは、その違和感には気がついていない様だった。

ただ、アクロメイアが憎らしい笑みを浮かべて俺を見ていた。

こいつ、いったい何をしようとしているのだろう。


俺はこの場で取り乱すと、アクロメイアの思うつぼだと思ったのもあり、ここでは何も言わず、行動も起こさなかった。


俺は宴を後にして、しばらく自国に引きこもり、あの女神について、またアクロメイアの企みについてを、秘密裏に調べたのだった。

マギリーヴァの相手もあまり出来ずにいたから、彼女は酷く怒っていた。


また、死の国をメンテナンスしていた時、ハデフィスにも、ちょっと怒られた。

あまりマギリーヴァの気を煩わせるなと。


その通りだった。

しかし俺には、あの女神に関して、手遅れになる前に調査しなければと言う予感が、どうしても拭えなかったのだった。









「…………穴?」


ハデフィスの死者の国を作る為に通した、地下通路がある。

これはマギリーヴァの国にも繋がっており、俺はアクロメイアの国と隣接する、彼女の国の地下も調べていた。俺たちは同盟国であり、俺は彼女の国へ自由に出入りする事を許されていた。


ここで空間魔法を展開し、俺はアクロメイアの国の方を探っていた。

結果、アクロメイアの国の地下に、巨大な穴があると知ったのだった。


それは本当の巨大な穴で、死の国よりずっと深い場所まで続いていた。

俺はこっそりと地下からその穴に出て、そこを降りてみる事にしたのだった。




「……」


そこは、黒い太陽が常に地平線上に存在する、闇夜よりずっと恐ろしい闇を抱いた世界だった。

死の国でもない。

何だここは……


アクロメイアの創り出した女神、ヘレネイアを見た時の、ゾッとした怖気に似ている。


また、地上の、何も無かった頃のメイデーアにも似ている気がした。

言ってしまえば、無の地上を反転させた世界であり、色違いと言うような。


ただ、大樹のあった場所には、天井から降りてくるような樹の根がはびこっていて、それがこの暗黒の大地にとけ込んでいる。

まるで、あの大樹はここから養分を吸い取っているかのようだ。


地上では美しいと思える大樹も、この無数の木の根を暗黒の沼に突き刺す造形を見ると、畏怖のようなものを感じる。


「なんだ……これ。ここはいったい」


何が何だか分からなかった。

俺たち創世神にも、知らない世界があったとは。


大樹の根以外に、ここにあるものと言えば、暗黒の太陽くらいのもので、空は濁った赤い色と黒い色の気体に覆われていて、俺が出てきた穴だけがぽっかりと口を広げている。


しばらく木の根の周囲を歩いていた。

木の根に痛んだ場所があり、ぐずぐずと黒い液体が垂れていたから、何だろうかと思ってそれに触れる。


「!?」


直後、俺は背後に襲い来る、巨大な恐れに気がついた。

刹那的に、死よりも恐ろしい永遠の孤独と、痛みを脳内にイメージさせる程の、絶対的な何か。

俺たちでは太刀打ちできない何かだった。



『……許 サ な い……』



それは、怨念じみた言葉を、俺に伝える。



『 キさま が アイ を ツレ て イッ タ の カ 』



金縛りに会ったような感覚から解かれ、恐る恐る振り返るが、そこには誰もいない。

しかし、何かが確実に俺に向って、敵意と憎悪を向けていた。


「な、何の事だ。俺は空間と時空の神クロンドール。お前はいったい……何だ」


『 テ ン 』


「……は?」


『 ソし て ナラク 』


「……奈落?」


『 コの メイデーア の おおイなル 父 で あル』


そいつは自らを、テンと言った。

俺はすぐに、こいつが原初の概念の一つであると悟った。

そういうものがあるのだと知っていた訳ではないが、世界を想像する上で、メイデーアに最初から存在する要素があるのだと言う事は薄々気がついていた。


これは、俺たち創世神より更に上位に位置するもの。

触れてはならなかった領域のもの。


天の概念、名をパラ・α・ウゥラ。


メイデーアの最端たる場所を意味する“天”と“奈落”を意味する概念。

地母神ガイアと対を成すようにして存在する、天父神であった。







俺はこれに出会った事で、何もかもを狂わせてしまう。


ウゥラは創世神に大きな怒りと憎悪を抱いていた。

なぜなら、アクロメイアがウゥラの最愛の娘へレネイアを、この奈落から連れて行ってしまったからだ。


ウゥラは娘ヘレネイアを連れ戻したがっていたが、ヘレネイアには既に肉体があり、それが地上に留める檻となってしまっているらしい。


だからこそ、ウゥラは俺に言った。


アクロメイアを殺せ。ヘレネイアを奴から引き離せ。

そしてお前が新たな主神となり、世界を治めよ。


さもなくば、地上の創世神共を皆奈落へと突き落としてやる。


奈落は死も再生も無い。

永遠の闇の中で、孤独と寒さと痛みを抱き、魂が概念として彷徨う。


地上にお前たちはもう必要ない。また、新たな子供たちの召喚を待つ。


メイデーアとはそう言う世界だ。

原初神を退屈させ、怒らせたならば、創世神に地上の世界創造の権利は無い。




俺は嫌という程思い知らされた。

俺たちをこの世界に召喚した存在は、無条件に俺たちの味方である訳ではないと言う事を。


そして、察した。

一刻も早く、俺がこの状況を何とかしなければ。

アクロメイアをこの手で殺し、ヘレネイアをウゥラの元へ返し、何事も無かったかのように奈落への穴を塞がなければ。


そうでなければ皆、ここへ落とされる。

マギリーヴァも……


死は、最悪ではない。

地上で死んでも、まだ転生のチャンスはある。


だが奈落に落ちてしまえば、俺たちの魂は永遠にこの場所に縛られる。

人としての姿は失われ、やがて人であった事も忘れ、この闇にとけ込んでしまう。

出会ってしまった、“こいつ”のようになってしまう。


それだけは何としてでも避けなければならない……




耳元で語り続けられる、ウゥラの脅しにも似た囁き。

俺は震え、顔を手のひらで覆って、寒さと恐れの中で考えた。


これから、どうすれば良いのか。

どうすれば最低限の被害で、この状況を収める事ができるのか。


戦争は避けられないだろう。

誰かに助けを求めるべきだろうか。


いや、誰も巻き込むわけにはいかない。


俺が止めなければならない。俺が殺さなければならない。

アクロメイアに対抗できるのは俺だけなのだから。



自分が絶対に敵わないものに、大事な人の首元にナイフを当てられている。

そんな心地だった。




暗黒の天啓は、俺に絶対服従を誓わせて、アクロメイアとの戦いに必要な力を与えたのだ。




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