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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
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12:トール、黒vs銀。




「……っ」


地面に打ち付けた体の激痛を、瞬間的に魔法で和らげた。

すぐに立ち上がり、体勢を整える。周囲に気を張り巡らせた。


「はは、流石はクロンドールだね」


不気味なイスタルテの声が響いた。

そこは、ほんのりと明るい、薄く水の張った、広々とした空間だった。


天井を確認すると、俺たちが落ちてきた穴がぽっかりと開いている。

ただ、一番驚いたのは、天井を縫うように、木の根がびっしりと這っていた事だった。


「あれはね、大樹の根だよ」


俺の前に現れたイスタルテ。

彼女が水を踏むと、舞い上がっていた砂埃が、スッと引いていく。

まるで王を前に、平伏すかのように。


俺は彼女を真正面にとらえ、睨んだ。


「大樹がこの島に転移して、まだ一日も経ってないのに……樹の根だと? 根が張るものなのか」


「……さあ。自然の摂理が通じる場所じゃないからねえ。大樹は結局の所、四つの元始神の象徴のようなものだからね」


「……」


元始神。

度々、聞いてきた単語だ。それを聞くと、胸の内がざわつく。


「はは、でもどうでも良い事だ。……と言うか、相変わらずお前は、細かい所にいちいちうるさいな」


「……」


俺って昔からそういうキャラなのか……


「さあて、邪魔者は居なくなった。決着をつけようか、クロンドール」


「良いのかよ。こんな事をしているうちに、マキアは世界の法則を破壊するぞ」


「ふふ。それは願ったりだよ」


「……何?」


「破壊してもらわないと困る。再構築するには、その段階が必要だ。……僕では破壊は出来ないからね」


イスタルテは、やれやれと肩をすくめた。


「お前、わざとマキアを行かせたのか」


「まあ、それもある。だけど僕はね、お前と決着を付けるこの日を、ずっと待ち望んでいたんだ。神話時代に決着をつける事は出来なかったからね。……巨兵同士の戦いでないのは残念だけど」


クスクス笑って、イスタルテは細身の剣を顔の前で構える。

左の腕には、白銀の盾が備わっている。奴の神器だ。


「ふふ、この姿では、戦いにくいかいクロンドール」


「……何だと?」


「なぜ僕は、少女の姿でいるのだろうね。お前は、神話時代からほとんど変わらない見た目をしているのに」


「……」


そんな事は知るか、と言いたかった。

だが、イスタルテが自分よりずっと年下の、幼い少女の見た目をしているのは、確かに戦いにくい。

俺に、神話の時代の記憶があれば、奴に対する感情はもっと違ったものだったのかもしれないが。


「相変わらず、女には甘いんだな、クロンドールは」


「……は?」


「そんな事だから、お前は神話の時代、僕の娘を奪い、マギリーヴァを失う結果となったのだ」


イスタルテの言葉に、目を見開いた。


マギリーヴァを、失った……?


「それは、どういう事だ」


「はっ。神話時代の記憶の無いお前に何を言っても無駄だ。僕とお前は神話時代に、あの憎きマギリーヴァによって止められた戦いの決着を付ける。それだけで十分だ!!」


イスタルテは狂気じみた表情で、一瞬にして俺の懐へと飛び込んだ。

銀の盾によって体を押され、足場を崩して一度倒れるも、振り落とされた銀の剣を避けるように右方へと体を背ける。

イスタルテの足を払うようにして身を起こし、お互いに体勢を整えた後、迷う事無く剣を振った。

二つの剣がぶつかり合う瞬間、巨大な魔力の重なりによる、強い魔力波が広がった。

まるで円を描くようなその波は、周囲に届いたと分かる程、壁に激しい裂傷を生んでいた。

それでも打ち交わされる剣の攻防は止む事が無く、イスタルテも俺も、容赦のない魔力を、一撃一撃に込めていた。


「ははっ。楽しいなあ、クロンドール! お前が僕に向って来てくれることを、心底嬉しく思うよ」


「お前……なぜそこまで、俺との戦いにこだわる。なぜ決着を付けたがる!」


ピッと、彼女の剣が俺の腕をかすめた。

魔力を込めた剣による怪我は、実際の数倍は大きな負傷となってしまう。

少しかすめただけでも、かなりの痛みを伴うが、俺はただ問いただした。


「なぜだって? そんな事は決まっている。僕の気が晴れないからさ」


「……気が晴れない?」


「お前は全部忘れていて良いねえ。僕は、神話時代の激しい憎悪のせいで、幼い頃に神であった頃の記憶を思い出してしまったよ。何もかもをお前に奪われた憎しみを……!」


高い、金属音の響きが、この空間に鳴り渡った。

ギリギリと、お互いの剣が交わされたまま、イスタルテは語った。


「僕はねえ、ギガント・マギリーヴァの前の戦争であるログ・ヴェーダが終わった時、クロンドールに打ち勝つ為の、次なる兵器を生み出す事に執念を燃やしていた。ゴーレムを応用した巨兵の制作にね。……その為には、今以上の力が必要だった。僕はあても無く、ゴーレムに大地を掘り返させたよ。地下の死の国をも越えて行く程に、ずっと、ずっとね」


「大地を? なぜだ……っ」


「なぜって、この世界に元々あったのは、天と地、大樹くらいだったからさ。僕はそこに、まだ見ぬ可能性を求めていたんだ。大地の奥には、僕の知らない何かがあるんじゃないかってね!」


身を弾くように、イスタルテは刃を薙いで後方へ飛んだ。

お互いに体勢を整える。


イスタルテは血の付いた剣を振るって、俺に問いかけた。


「ところでクロンドール……大地の下には、いったい何があったと思う?」


「……?」


そんな事は知らない。

死の国があった事すら、俺には記憶に無いのに。


「大地の下にあったのは、“奈落”だ。大樹の樹の根の終着点であり、元始神どもが住まう、世界を象る概念の集約される場所……」


「奈落……?」


その言葉を聞いた途端に、俺は心の奥にあったくすぶりが、一気にのど元まで這い上がってきたような感覚に見舞われた。

それは恐怖を伴う感情だった。


「僕は奈落で、愛の概念パラ・α・へレネイアと出会った。彼女は原初の四つの概念の一つであり、天と地の娘だった。姿形の無い、ただそこにあるだけの概念だったが、僕は何度となく奈落へと赴き、彼女と会った。会話などあるはずも無い、ただ“愛”というものとの遭遇だったのだけれど、僕は不思議と心地よかったんだ」


じわじわとした恐れを胸に抱いていた俺とはうって変わり、イスタルテは、懐かしさに浸るような表情だった。


「ある時、僕はヘレネイアを地上へ連れてきてしまった。彼女はずっと地上に出たかったらしく、ついてきてしまったんだ。僕はどうしとうかと思った。これは、いけないことなんじゃないかって……その時は少し、思ったけれどね」


「……」


「ヘレネイアの件をどこで知ったのか、パラ・エリスが僕の元へやってきた。エリスは数少ない僕の“協力者”だったからね。エリスは僕に、ヘレネイアに体を与えてはどうかと提案した。クロンドールが憎らしいのなら、彼が羨ましがる女神に仕立て上げると良いと。だから僕が、ゴーレムを作る要領で体を与えたんだ。第十の女神としての体を」


イスタルテは、まるで昨日の事でも語るような口調だ。

俺とは違い、沢山の事を覚えている。


イスタルテの話を聞いていると、何も覚えていない俺にも、引っかかる単語があり、心の内側が揺れる。

訳も分からず、乱される。


何なんだろう……この焦りは。


「本当はね、創り出した愛の女神を利用して、平和ボケした憎らしい神々の関係をめちゃくちゃにしてやろうって思っていた。ヘレネイアの魅力に踊らされる滑稽な神々を、順番に殺してやろうと思っていた。だから、ハデフィスの神器の形を奪って、ヘレネイアの体の素材にしたんだ。神器を持たせる事で、女神として確立させる必要もあったのだけど、本音を言えばやはり、神々を傷つける事が目的だったんだよね」


そこらをぶらぶらと歩み、イスタルテは続けた。


「でも僕はそのうちに、ヘレネイアが愛おしく思えるようになってしまった。可愛くて仕方が無くなった。愛の女神と言うだけあって、その魅力はその他神々の知る所だったけれど、ヘレネイアは本当に素直で良い子だったんだ」


「……まるで、自分の娘のように言うんだな」


「娘さ。僕はヘレネイアを、自分の生み出した可愛い我が子だと思ってしまったんだ。まさかそんな風に思うとは、僕だって最初は考えていなかったけれどね」


ヘレネイアとはレナの事だ。

だからイスタルテはレナを攫ったのだろうか。


こいつにも、そういう感情があったということか。


「でも、そうだ。ヘレネイアを自慢しようと思った宴で、僕は彼女に、酷く失望する事になる……」


突然、イスタルテの口調と表情に影が落ちる。


「ヘレネイアはこともあろうに、クロンドール、君に一目惚れをしてしまった。僕が一番憎らしいと思っていた君にね。……そして君に、攫われた!」


イスタルテはいきなり声を荒げた。

剣を振るって、迷い無く俺に向ってきた。


彼女が何を言っているのかさっぱり分からないのに、動悸が止まらない。

ただ攻撃を受ける訳にもいかず、再び俺たちは剣を交わす。


ズキンズキンと、痛いのは、頭だったのか。胸の内だったのか。

肩のような気もする。


分からない。色々な所が、あまりに痛くて、俺はふらついた。


「!?」


しかしその直後、ビリビリと体を駆け巡るような衝撃と共に、俺の視界は目映い光に包まれた。

ぶつかり合った、お互いの魔力が、何かに呼応してしまったのだ。



ドクン……


心臓の鼓動が繰り返され、血を送り出すように、俺の中に神話時代の記憶が巡った。

俺は、魂のずっとずっと奥の、俺自身も気がつかない程の隠れた場所に封印していた記憶の優先順位が、一番上に来てしまったのだった。




『お前たちには失望した。このままでは奈落の穴は広がり、お前たち地上の神々を永遠の闇へと突き落とす事になる……ああそうだ。再び、別の子供たちを召喚し、神々を据える事としようか。そうすれば、お前たちはもう、必要ない』




二度と思い出したく無かった、その声。

その声がまず、脳裏に響いた。


息が出来ない程の恐怖と、これ以上無い寒気。

日々追いつめられていた、あの頃の感覚。


やめてくれ。

もう終わらせてくれ。


ひたすらに願ったのに、誰にも助けを求められない。

凍てついた寒さに似た、孤独の記憶。

四方、八方と、逃げ場の無くなってしまう状況。



それを、思い出してしまった。


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