11:トール、幻想迷宮。
「あれが、幻想の島?」
「……みたいだな」
数時間の飛行の後、緑の幕を越えて幻想の島の真上にまでやってきた。
マキアは初めて見る島と、さらにすぐ側にまで見えている、ルスキア王国のある南の大陸に目を奪われていた。
ユリシスに話は聞いていたが、三つの大陸にあるシステムタワーが繋がる事によって出来た三角形のフィールドに、特殊な魔力のたまり場が出来て、残留魔導空間が見える形で出てきたのだとか。
聖地付近の残留魔導空間は、白賢者の息子シュマの件で散々調べてきたが、そう言えばメディテ卿も、あの辺りは神話時代の神々が遊びながらに創った空間が残っているとか、言っていた。
目下の幻想の島は再構築される前のヴァベルだと言う事だが、まだ実感は無い。
ヴァルキュリア艦から小型機を出して、幻想の島の沿岸部に降り立った。
島は静かだが、僅かな古代建造物の跡があり、不思議な空気に満ちている。
痛んだレンガの道の、ちょうどその入り口辺りにエスカが居た。
「うーわー、懐かしくも腹立たしい顔ぶれ」
「あんたが言うな」
エスカは俺たちに対して、開口一番皮肉を言うも、速攻でマキアに言い返されていた。
「おい。なんでエスカがいるんだ」
「はん。俺はここをずっと調べていた。道案内するなら俺が一番適役だってことだろ、なあ回収者」
「……」
カノン将軍は頷いた。特に何の異議も無いようだ。
「“中”への入り口はすでに見つけてある。こっちだぜ」
「中?」
「ああ。表向きは島の形をとっているが、ここはかつての聖地だ。特殊な空間がある」
エスカは俺たちを誘導した。
俺とマキア、カノン将軍とエスカという謎めいたメンツで長いレンガの道を歩む。
途中、不思議な像を四体発見するも、誰も何も言わずに、それを通り過ぎた。
「……不気味な像だったわね。あれ、何だったのかしら」
通り過ぎた所で、マキアがやっと、俺にこそこそと耳打ちした。
確かに、妙な像だった。
二つの像に頭部は無く、また残された二体の像も、人の姿とは言いがたく……でも何と説明して良いのかも分からない。
心が僅かにざわついた。
「ここだぜ」
エスカが案内したのは、そのレンガの道を進んだ場所にあった、巨大な岩の扉だった。
それは崖に面した場所に埋め込まれるようにしてあり、草に覆われていて、あやうく見失いそうになる程、ひっそりと存在しているのだった。
「魔王クラスであれば、この扉を開けられる仕組みになっているようだ。出現したのは、それこそさっきだ。俺は扉を開けただけで、まだ中へ入っちゃいない」
「エスカも行くのか?」
「はん。ダンジョンを攻略したいのは山々だが、俺は教国が心配だ。この場はお前たちに預けるぜ」
「ダンジョンねえ」
格好つけて側の壁に手を当てるエスカに、マキアは白々しい視線。
率先して行きたがるタイプかと思っていたが、やはりエスカの中では、もう大樹は無くとも教国が一番大事らしい。
「行くか」
俺はこの場の者たちを見回し、扉に手を置いた。
まるで、教国の一番奥にあった、あの大扉を見つけ、始めて開いた時のようだ。
今思えば、あの扉が、全ての始まりだったな。
この目の前の扉は、見た目の重々しさとは打って変わって、簡単に、そして軽々開いた。
重厚な軋む音だけは、よく響いた。
特に何かを言う事も無く、俺たちはその場にエスカを残して、順番に入る。
中は四角く整えられており、いかにも残留魔導空間だと言う、不自然な無機質さや、空間の綻びや、違和感がある。
無言のまま進む。
何の生命の気配もなく、嫌に緊張した。
「このまま進めば良いのか……?」
「……大樹を探せば良い。教国より失われた大樹が、きっと世界の法則の眠る場所にある」
「大樹、か」
カノン将軍は飄々と言ってのけたが、大樹を探すというのも曖昧だな。
「トール、あんたの空間魔法で、どうにかならないの?」
「……大樹をか? まあ、巨大な魔力を秘めた木だからな……それを探るのもありかもしれない」
ちょうど、円形のドームになるような広い空間に出た。
分かれ道がいくつもあり、進み道に迷う。
立ち止まり、俺は立体魔法陣を手の甲に造り出した。
「これ、トールのナビゲーションなの」
マキアが意味も無く俺の立体魔法陣を指差し、カノン将軍に説明していた。
カノン将軍はとっくに知っていると言いたげな表情だった。
「島全体の残留魔導空間を網羅。サーチ……」
いつもの通り、この島をすっぽり覆う程の、広範囲の魔導波を展開する。
大樹と思われる巨大な魔力源はすぐに分かった。
元々俺に大樹のデータがあったのと、大樹に僅かに、かつての魔王たちの魔力が残っていた事もあり、特定は簡単だ。
それは、向かって左手の道をまっすぐに進んだ先の、空間の歪みを越えた場所に存在した。
「あの道の奥だな……」
案外簡単に見つかった。
そう思ったのも束の間、俺は別の魔力を感知する。
「……!?」
立体魔法陣に、時間差で現れた複数の赤い光に目を見開き、俺はすぐ叫んだ。
「伏せろ!!」
俺の声より先に、向って右側の通路先から、鋭い銀色の光の矢が飛んできて、俺たちを襲った。
マキアがとっさに、血の茨でそれらを弾いたが、暗い通路の奥から滲む銀の悪意は、まるで俺たちを逃がしはしないと言うように、こちらに向かってくる。
「アクロメイア……」
カノン将軍が目を細めて、その名を呟いた。
カツカツとブーツの音を鳴らし、暗い通路の向こう側から現れたのは、まさにその名の者……銀の王、イスタルテだった。
イスタルテの表情には影があり、いつもの狂ったような笑みを浮かべている訳ではない。
彼女は何を言う訳でもなく、腰の剣を抜き。攻撃をしかけてきた。
その殺気は凄まじいものがあり、俺もまた剣を抜き、迎え撃つ体勢を作る。
マキアはまた血の茨を放ったが、イスタルテはそれらを避けるように高く跳躍し、円形の天井に巨大な魔法陣を展開し、それを蹴って弾丸のように飛んできた。
「シェム・ハ・アウロ」
降るような銀色の矢は、まるで巨兵の魔導粒子砲を彷彿とさせる。
それは俺たちを貫くと言うよりは、周囲の地面を隕石のように打ち壊したのだった。
「ふふ」
イスタルテの不気味な笑みが、俺には聞き取る事が出来た。
やばい、と思った時には、足下がぐらつき、俺たちはそのまま、崩れた足下から落下しそうになった。
とっさにマキアを、カノン将軍に押し付けた。
カノン将軍はマキアを引くようにして、後ろに跳躍し、落下を回避した。
俺もまた、落下を回避する為に空中で使う浮足場を作ったが、させまいというように、イスタルテが俺の懐に飛び込んで、そのまま押し落とす。
「ふふ、ダメだよ。お前は僕と一緒に落ちるんだ」
「……!?」
転移魔法を使おうとしたが、別の空間魔法によって阻害される。
イスタルテの他に誰か居るのか。
おそらくトワイライトの者だ……
転移魔法においてはトワイライトの魔法の方が研究が進んでいる。
「トール!! トール!!」
カノン将軍に止められながらも、手を伸ばすマキアは、蒼白な表情で必死に俺の名を呼んだ。
「カノン!! マキアを頼んだぞ!!」
だが俺はカノンに向って叫ぶ。彼とは、一度視線が交差した。
落ちながらでは格好もつかないが、イスタルテが俺との決着を望んでいるように、こいつは誰かが引き受けなければならない。
マキアたちの歩みを止める訳にはいかない。世界の法則を邪魔される訳にもいかない。
時間は無い。
「マキア……必ず行く!!」
最後にマキアを見つめ、その言葉だけ届けて、俺はイスタルテの意思のまま落ちて行った。
最後の戦いが待ち受ける場所へ。