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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
379/408

10:トール、戦いの前に。

2話連続で更新しております。ご注意ください。(2話目)



俺はトール・サガラーム。

かつて黒魔王と呼ばれた男だ。

神話名はパラ・クロンドールと言うらしい。



オリジナルの出現まで、残り10時間という所だった。

誰もが時間を無駄に出来ない中、俺たちはそれぞれの役割を果たすため、準備を整えている所だ。


シャトマ姫率いるヴァルキュリア第一艦隊、また第二、第三、第五艦隊がキルトレーデンの最前線で戦う。

また迷宮の瞳の右目を載せた第一艦隊にはユリシスも乗り、これを使ってオリジナルを海へと引きずり出し、中央海の中心まで誘導する。

被害を抑えるため海上を主戦場とし、システムタワーを連動させた魔導砲を放つ……という流れだ。


オリジナルは世界の法則によって守られていて、幾度となく再生するが、マキアが世界の法則を壊すまでの足止めにはなるだろう、という事だった。

何にしろ、どれだけ被害を抑えられるのかという話になる。


俺とマキアとカノン将軍は第七艦隊に乗り、中央海を横断してルスキア王国に近い場所に出現した幻想の島に降り立つ。

そこは世界が再構築される前のヴァベルであり、世界の法則が眠る地だ。


おそらく、この場所に銀の王、青の将軍も居ると考えられている。


出発は、カノン将軍の準備が整い次第と言う事だった。

俺もまた、自国のレイラインにシステムタワー経由で指示を出してきた所だ。


「準備はできたのかい、トール君」


「……ユリシス」


オーバーツリーの通信室から出た廊下で、ユリシスに出会った。


「まあな。レイラインに被害が及ばないとは限らない。あの土地はグランタワーで守られているが、俺がどうなるか分からないからな」


黒魔王であった時の事を思い出し、例え俺が居なくなってもやっていくように、アリスリーン、ライズの二人に言い聞かせたのだった。


「そんな事を言って、死ぬつもりはさらさらないだろう、トール君は」


「つもりはない。でも絶対は無い。……黒魔王の時だって、そうだった」


オーバーツリーの廊下の窓ガラスから、フレジールの穏やかな空を見た。

ここはこんなにも静かで美しいのに、世界は今、危機にさらされているんだよな。


「ユリシス、お前こそ気をつけろよ。正直、お前の方が危険な仕事だからな」


「あはは。分かっているよ。でも大丈夫だ。僕は君たちが無事に成功すると信じているから」


「……」


ユリシスもまた、俺の隣に立って、外を見ていた。

しかし彼の視線は、外界の景色に向けられていると言うよりは、遠い違う場所を見ているかのようだ。

いつも以上に穏やかな目をしている。


「僕は不思議なんだよ。かつて、あんなにもバラバラに、それぞれが孤独を抱えて戦っていたと言うのに……今はみんなで力を合わせて戦おうとしている」


「……ユリシス」


「出来る事ならば、みんな救われて欲しい。みんなで、幸せな未来を見据えたい。誰一人、欠けてはいけないと思うよ」


ユリシスはいつものような控えめの笑みを浮かべて、俺に向き直った。


「マキちゃんを頼んだよ、トール君。君が側にいれば、マキちゃんは大丈夫だ。彼女は大役を背負う事になってしまった……だけど、それを全うするだろう」


「……分かっている」


俺もまた、ユリシスに向き合う。

ユリシスは頷き、今度は真面目な表情になった。


「それともう一つ……僕が一番心配なのは、カノン将軍だ」


「……カノン?」


「ああ。彼は僕らにとって、憎むべき勇者だったけれど……でも今はもう、僕たちは彼を憎んじゃいないよね」


ユリシスに言われるまでもなく、それは俺もずっと考えていた事だった。


俺たちはもう勇者を憎んじゃいない。


それは本当に、いつの間にか消えていた感情。

回収者と言う想像を絶する役割を担ったあの男に対し、むしろ心のどこかにずっとあった負い目を、じわじわと思い出すかのようで……

分からない事は沢山あっても、彼を憎む事が、なぜだか出来なくなっていた。


「僕はね、今になって色々と思い出すんだよ。勇者であった“カヤ”と出会って、彼を必死に育てていた頃の事を。……ああ、彼のあの態度は、あの言葉は、全部、こういう意味だったのかなって、やっと繋がっていったんだ。背景が分かってしまえばこそ」


「ユリシス……」


「カノン将軍を信じてやって欲しい。そして、何かあったら、彼を救ってやって欲しい。“あの子”が救われなければ、きっと誰も救われない……」


自分より年上のカノン将軍を“あの子”と言ったユリシス。

きっとユリシスにとっては、カノン将軍はまだ、かつての勇者“カヤ”に思える時があるんだろうな。

自分の可愛い教え子だった頃に。


「でもあいつ、俺に助けられるの、嫌がりそうだぞ。……あいつ、俺の事が嫌いだからな」


「あはは。そこはさりげなく……さ」


何が面白かったのか、ユリシスは顔を背けて笑った。


「つーかユリシス、お前はペルセリスに連絡しなくていいのかよ。ペルセリスも大変になるんだろ。緑の幕を操作して、ルスキア王国と幻想の島を守らなきゃならない」


「勿論、連絡は済ませたさ。でも大丈夫。僕が居なくてもあちらにはエスカ義兄さんやスズマが居るからね。それに僕は、こんな戦いで死ぬつもりはさらさらない。僕が死んだら、ペルセリスもスズマも、オペリアも悲しむ」


「……」


「僕は家族みんなで幸せになる為に、今世を全うする為に、戦うんだよ」


ユリシスは力強く、断言した。

かつての経験から出てくる言葉もあるだろう。

迷いの無い目をしていて、体に纏う魔力はどこまでも澄み切っていた。


強くなったんだな、ユリシスは。


そう、感じずにはいられなかった。


「また会おう、ユリシス。何もかもを終わらせて、俺たちはみんな、故郷であるルスキア王国に帰るんだ」


「ああ。誰もがそれを望んでいる。誰もが君たちを待っている。……だからちゃんと、マキちゃんを連れて戻ってくるんだよ、トール君」


ユリシスは俺に手を差し出した。

俺もまた、彼の手を強く握る。


お互い、力強い眼差しをしていたに違いない。

戦いを直前にして、ユリシスと話せたのは良かった。

目まぐるしい展開の中でも、心を落ち着かせる事が出来た気がした。


やっぱりユリシスは、親友なんだ。俺にとっては。







マキアはフレジール王宮の一間で、十分に飯を食った後、フレジールが用意してくれた高品質な赤い軍服に身を包み、一人せっせと神器の槍を磨いていた。


マキアが武具を磨いている様は、何だかシュールだ。

いつもはかなり適当に扱っているくせに。


「おいマキア、カノン将軍の準備が整ったようだ。第七艦に乗り込むぞ」


「……ええ」


マキアはすくっと立ち上がり、一度側のテーブルに置いていた水さしから直接水を飲む不可解な行動をしてからこっちに来た。

動きも何だかガチガチだ。右手と右足が一緒に出ている。


なんてベタな。


「お前……もしかして緊張しているのか?」


「……」


マキアは不安そうな顔を上げ、小さく頷いた。

眉は八の字になっていて、唇はぎゅっと結ばれている。

両手で神器をキツく握る手は、どこか震えている。


「ふふ、情けないでしょう? 今までなんだってやらかしてきた紅魔女が、世界の法則を前にこのざまよ」


「……マキア」


マキアは苦笑して、自分の神器を指輪に変えて、そのまま指輪をはめている手を握りしめた。


当然と言えば、当然だ。

マキアがやろうとしている事は、今を救う為に、未来を壊す事とも言える。

マキアが重圧を感じない訳が無い。


今までも、彼女は世界を破壊しながら、多くの者に憎まれながらも、どこかで誰かを救ってきた。

今回も彼女は、破壊の女神としての役割を担う。


苦しい。なぜいつも、マキアばかりがこのような役目を負わなくてはならないのか。


「マキア」


俺はマキアを包み込むように、強く抱きしめた。

彼女の小さな震えは良く伝わってくるし、彼女の体はいつものように熱くは無い。


「い、いたいいたい……トール」


マキアは戸惑っていたが、そのうちに、身を俺に委ねた。

彼女の体の力が抜けていくのが分かる。


「怖いのか、マキア」


「……そりゃあね。どこで誰が、傷つくのかも分からない。私が成功する保証も無い。失敗したら、メイデーアはまた……」


「落ち着け、マキア。大丈夫だ、俺が居る」


「……トール」


「まあ、俺が居て何になるのかって話だが……銀の王も青の将軍も、お前の前に立ちはだかるのなら俺が倒す。要するに俺はお前の騎士だ」


「……騎士」


騎士と言う言葉を繰り返すマキア。


俺もまた、初心にかえるような気持ちだった。

ずっと彼女の騎士として側に居た頃と、今の関係は何かが違っていたが、やっとまた同じ立ち位置に戻ってきたような心地だ。

それが嬉しいとさえ思う。マキアだけの騎士で居られるのなら。


マキアはその大きな猫目をさらに大きくさせて、何だか嬉しそうに頬を紅潮させる。


「そうよ。あんた私の騎士だったわね!」


「そうだぞ。お前もすっかり忘れていたみたいだが」


「ふふ。何だかいい気分だわ。そうね、素敵ね」


今度はマキアの方から、ぎゅっと俺に抱きついてきた。

マキアが喜んでいるのが嬉しい。だんだんと変わって行く環境、関係、想いというのは仕方が無い事もあるが、遠い昔の心地よい関係を、時に懐かしく思ったりもする。


「さっきユリシスとも話していたんだ。何もかも終わったら、ルスキア王国へ帰って、みんなで楽しく暮らそうって。いつも言ってるけどさ。……お前、ルスキア王国に戻ったら何が食べたい?」


「……レモンケーキ」


「だろうな」


マキアはずっと、その味を恋しく思っていたのだろう。

それは彼女の故郷、デリアフィールドの味だ。家族の味だ。


ユリシスくらい、気の利いた励ましの言葉が言えたら良かったのだが、頼みの綱がレモンケーキとは情けないが……


でも、できるだけ、温かなものを思い出させてあげたかった。

俺もあの土地の、緩やかな時間や、麦帆のなびく景色を。


「よし、頑張る」


「その意気だ。……さあ、行こう。ゆっくりしている時間は無い。カノン将軍が待っているようだから」


「そうね。レモンケーキの為に!」


「……」


もしこれで世界が救われたら、レモンケーキはルスキア王国の文化遺産級のお菓子にした方が良いだろう。








レジス・オーバーツリーの屋上の平たい場所には、ヴァルキュリア艦を連ねる空港がある。

第七艦に乗り込む入り口で、カノン将軍は待っていた。

いつもと変わらない、鷹のような、鋭くも冷淡な眼差し。


「……いくぞ」


カノン将軍はそれだけを言って、俺たちを中へと誘導した。

この状況も、今までの節目節目の戦いと、何ら変わらないとでも言うような態度だ。



『……あんた、ずっとこの瞬間を、待っていたのね。……長い時間を費やして』



カノン将軍から、世界の法則を破壊する事でオリジナルを倒す事が出来ると伝えられた後、マキアはこのような言葉を零した。


感情を押し殺す事が癖になっているこの男にとって、今この時というのは、何を意味するのだろうか。



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