08:狩野圭介、最後の地球。
三話連続で更新しております。(3話目)
ご注意ください。
俺の名前はカノン・イスケイル。
地球では、狩野圭介という名を長く使ってきた。
メイデーアと言う異世界の、パラ・ハデフィスという神の生まれ変わりである。
ここは地球。
地球の、拠点としている場所がある。
奥多摩の、人通りの少ない山奥の隠れ家だ。
俺は藤姫に許可を貰い、キルトレーデンにオリジナルの出現する瀬戸際の、時間の限られたこの状況で、メイデーアから地球へとやってきたのだった。
隠れ家の地下には、膨大なメイデーアの記録、異世界の研究データと、自分の体のストックが保管されている。
それらを今一度確認していた。
「愛の神話……か」
研究のデータの中で、一つ、言葉に出してしまった単語がある。
愛の神話、という単語だ。
メイデーア神話は、神話学的に『愛の神話』と呼ばれる事が多々ある。
それが意味するのは、神話の終焉のきっかけであった黄金の林檎=愛という所なのか、終盤の戦争を形作った複雑な愛憎模様を意味するのかは分からない。
『愛が無ければ、ギガント・マギリーヴァは引き起こされなかった』
ある時代に出会った神話学者はそう言っていた。
***
メイデーアという世界は、遥か昔、九人の子供たちが異世界より召喚されて創られてきた世界だ。
故に最初の九人は創世神と呼ばれる。
創世神はかつて、大きな戦争“巨人族との戦い”によって成熟したメイデーアを焼き、再構築した歴史がある。
神話の時代、この戦争は夕焼けのような真っ赤な空を象徴し、“黄昏戦争”と呼ばれていた。
この戦争には、今の俺でも分からない、不可解な点が多々残っている。
何しろ、記録は所詮俺の視点で残されたものばかりで、それぞれの登場人物の背景までには及ばない。
特にキーとなる者たちは、以下の五人だ。
アクロメイア(現イスタルテ)
クロンドール(現トール)
ヘレネイア(現レナ)
マギリーヴァ(現マキア)
エリス(現???)
ギガント・マギリーヴァに参戦していた、もしくは重要な役割を担っていた者たちである。
彼らには、彼らだけの記憶と、当時の心情と言うものがある。
それこそ、愛の神話と呼ばれる、真意だ。
また、彼らの背後には、それぞれ“元始神”がついていたものと思われる。
アクロメイアがヘレネイアと出会い、それに肉体を与えたように。
クロンドールに対し、何かが圧力をかけていたように。
マギリーヴァに、ガイアが力を与えたように。
俺たち創世神では、どうにもならない、四つの概念の働きかけもあったのだと思う。
これら裏の事情が揃わなければ、この戦争の本当の所を知る事は出来ないのだろう。
……だが、これらはもう、確認する必要すら無いのかもしれない。
あれは遠い昔の事。
俺だけが知っていれば良い。あいつらは、思い出さなくて良い。
マギリーヴァもクロンドールも、お互いの力と意思で、様々な障害を乗り越え、お互いの思いを通じ合わせ、今に至った。
もうあんな惨劇の記憶は、必要ない……
戦争後の展開は、おおむね網羅している。
神々は、“巨人族との戦い”のきっかけであった元始の女神パラ・α・へレネイアを異世界へ追放し、世界を再構築しようと審議を重ね、数多くの『世界の法則』を定めた。
神々は、千年事にランダムでこの世界に生まれ変わり、世界を導く。
しかし力が強すぎ、不死の王になりかねないため、“回収者”と呼ばれるものの手によって、大業を成した後に殺される。
殺された後は、聖地の棺に収められ、大樹を守る緑の幕を展開する魔力燃料となる。
メイデーアと言う世界を今度こそ守り抜く為に、自分たちでその法則を決めた。
異世界からやってくる存在を“救世主”と定めたのは、この世界の法則に、僅かながら疑問を持っていた神々の、最後の迷いの痕跡だ。
何かあった時の為に、異世界より現れしイレギュラーな存在“救世主”に、“魔王クラス”と同等の立ち位置を与える事を、世界の法則で定めていた。
そして、これらの法則を実際に定めたのは、その力のある創造の神パラ・アクロメイアだった。
その際、アクロメイアはこっそりと、世界の法則に一手間を加えていた。
追放されたヘレネイアが、“救世主”という抜け道で、再びこのメイデーアに戻れるように。
そして、忍ばせていた神殺しの力で、クロンドールやその他の神々を殺すように。
アクロメイアの嫉妬は、全てクロンドールに集約されていた。
自分より格下でありながら、誰からも尊敬され、愛する者も、愛してくれる者も居た。
自分が作り出したヘレネイアでさえ、クロンドールを愛した。
これが何より、アクロメイアには許せない事だったのだろう。
ヘレネイアがメイデーアに戻ってきた際は、クロンドールに出会える様、また思い合う様、法則に細工を施していた。
かつて、黒魔王がヘレネイアの転生の姿である“ヘレーナ”を愛し、殺された理由は、ここにある。
この法則があったせいで、クロンドールもマギリーヴァも、かつての恋人同士でありながら、転生後に結ばれる事は無かった。
彼らは世界の法則によって翻弄され、それに打ち勝つ事が、常に出来なかったのである。
俺は、神々を殺す役割を持った“回収者”として、これらの歴史を見守った。
心を殺し、任務をこなした。
大業を成した神々を討ち、その亡骸を回収し、聖地の棺に収めるという任務だ。
俺の失敗が連鎖的に歴史を狂わせていったのは、三千年前からだった。
―――
『私が、醜いお前たちの創造主である。………いいから黙って金の王を殺せえええええええええ!!!』
(『声』銀の王より)
今から三千年前は“金の王”として、アクロメイアの転生の姿である“銀の王”と対峙した。
俺が金の王と呼ばれたのは、金髪と言うのもあったのだろうが、マギリーヴァが預けてくれた黄金の剣“女神の加護”があったからに他ならない。
銀の王は、回収者である俺に殺されるのを拒んだ。
お互いが王として治める国が敵同士だった事もあり、戦争をすることになる。
この時代、存在した魔王クラスは銀の王だけだったが、奴はやはり、かつての主神だっただけあり、記憶を有し、創造の魔法を使った。
銀の王は錬金術の研究を行い、俺を討つ為に、“魔族”という新たな生命体を生み出した。
これを阻止できなかった事が、第一のミスと言える。
『……これが……世界の境界線……』(『声』金の王より)
またこの時代に、俺は世界の境界線を初めて発見した。
メイデーアの再構築の際、世界の境界線を全て閉じたはずだったが、やはりほころびはあったのだ。
俺は世界の境界線を秘密裏に調査し、やがて最も近い場所にあった異世界“地球”を、第二の拠点とする。
メイデーアと地球を行き来し、転生を繰り返す事で、肉体のストックを保有し、様々な条件でも対応できる様、魔王クラスの現れる時代を待っていた。
その中で、俺は“ある計画”を思いつく。
地球を経由した計画だ。
―――
『………俺が勇者になって、この世界を救います。必ず魔王を討ってみせましょう』(『声』伝説の勇者より)
二千年前は“伝説の勇者”として、地球より召喚された。
地球を経由しこの世界に召喚された事で、“救世主”としての世界の法則が働き、勇者として、三大魔王を討つ立場となったのだ。
二千年前は非常に複雑な時代だったと言える。
クロンドールの転生した“黒魔王”、マギリーヴァの転生した“紅魔女”、ユティスの転生した“白賢者”、デメテリスの転生した“緑の巫女”が一同に揃い、なおかつヘレネイアが“救世主”として召喚された。
俺が召喚された時、黒魔王、紅魔女、白賢者の三大魔王は既に二百年近くを生きていた。
厄介な三人が揃い、俺の知らない所で関係を築いていた。それは、神話時代とは違った関係であった。
魔王クラスを全員討つには、順番をミスする事、失敗する事は、絶対に許されなかった。
なのに俺は、自分の中にあった複雑な思いや甘さに負け、黒魔王の前に討つべきだった紅魔女に手をかける事ができず、先に黒魔王から討ってしまった。
これが俺の、第二のミス。
結果として、紅魔女は勇者である俺を討つ為に、その破壊の魔法をもって西の大陸を焼き滅ぼしたのだった。
この大事件が、メイデーアの歴史を一気に加速させ、神話の時代に近づくきっかけを作ってしまう事となる。
ただこの時代、俺は三大魔王を地球を経由した転生に成功させる。
これが、かねてより計画していた、俺にとっての希望への道となる。
―――
千年前は、いっさいのミスが許されない、逃げ場の無い俺にとっての、唯一の救いと、今までに無い絶望を知った時代だ。
この時代、俺に特別な肩書きは無かったが、一番最初に出会ったのはトリタニアの生まれ変わりである“聖灰の大司教”だった。
彼は聖域の司教として、聖地と大樹を一目のつかない地下に移動させ、教国を設立した聖者だった。
すでに魔王クラスとして、人々を導く一人格が出来上がっており、聖域の情報に通じていた事から、回収者である俺の存在も知っていた。
いずれ俺に殺される事を知っていながら、聖灰は俺の事情を良く理解してくれていた。
遠い時代の事を覚えている訳でもなかったのに、まるで旧友であるかのように、俺に対し親しく接したのだった。
ひょうきんで裏の無い奴だったが、トリタニアは元々、がさつで口の悪い所もあった。
しかしこの時代の聖灰は、育った環境のせいか随分と落ち着いた、人を疑う事の無い聖人であった。
魔王クラスに対しては無感情であろうと思っていたが、俺もまた聖灰に対しては、かつての懐かしさと、お互いの事情を理解している事もあり、それぞれの利益の為に何かと協力し合う仲となったのだった。
この時代、次に出会ったのは、プシマの生まれ変わりである“藤姫”だった。
出会った当初、彼女はまだ幼い姫であった。
また魔法の魔の字も知らないうちから、命の危機にさらされていた姫だった。
俺は彼女を王宮から連れ出し、世界を旅し、魔法を教えた。
プシマは元々素直な女神だったし、俺もそれを知っていたからこそ、彼女なら、立派な王になると思って成長を見守っていた。
最初こそ、いつか殺さなくてはならないのだからと、淡々と接していたが、藤姫は俺に何の疑いを持つ事も無く、まるで本当の父のように慕ってくれた。
俺もまた、藤姫に対して、娘のような感情を抱く事になる。
『見つけた……これが巨人だ!! はははははは!!! あっはははははは!!!』(『声』青の将軍より)
この時代、最悪な事と言えば、それまで警戒していなかったエリスが、青の将軍として俺たちを翻弄した事だった。
奴は神話の時代より隠し続けたその分魂の能力と、自らの悪意を、この時代になってやっと表に出したのだった。
そこでやっと、俺はこの男が、“エリス”が、何より最も厄介な存在だったと思い知る。
神話の時代の、あらゆる不自然な事象にも、合点がいったのだった。
奴は悪だ。
アクロメイアの様な、分かりやすい行動で世界に力を押し付けるのでは無く、奴は裏でこそこそと動き、自らに被害が無いよう立ち振る舞い、全てのものを乱し、混沌へと誘う。
それを可能にする能力が、もうずっと前からあったのだ。
エリスは千年前のこの時代、かつて婚約者でもあった藤姫に呪いをかけた。
神話の時代から変わらず、藤姫の存在を馬鹿にでもするように、謀り、死に追いやった。
これが俺の、第三のミス。
手をかけたのは、実際には俺だ。
藤姫の意向もあったが、彼女の死を、決して無駄なものにはしたく無かった。
故に、藤姫に無実の罪を着せ、処刑に追い込んだのだった。
藤姫の最後は、今でも良く覚えている。
彼女の首が落ちる瞬間も。
彼女は最後まで俺を恨む事も無く、俺に最大の救いを教えてくれた。
抱いてはいけなかった、抱くつもりも無かった愛情のせいで、俺はこの時、酷く苦しみ、傷つき、悔やむ事となる。
この時程、“回収者”としての役割を辛いと思った事は無かった。
『お前はとても可哀想だ。何もかも覚えていながら、自分の全てを忘れている……。なら私が名を与えよう。その存在を認めよう』(『声』藤姫より)
藤姫が最後に与えてくれた“カノン”という名は、唯一無二の特別な名だった。
カノン・イスケイル。
現代のメイデーアでは、千年前、藤姫に貰った名をそのまま使い続けている。
***
「……」
この日が来るのを待っていたのか、この日が来るのを恐れていたのかは分からない。
もう少しで、オリジナルはメイデーアに降り立つ。
あれは、かつてもメイデーアを焼き払った、最悪の兵器だ。
あれが大地を焼き、メイデーアが積み上げた文明や歴史を、全て無に帰す前に、俺たちは『世界の法則』を破壊しなければならない。
大事なのは、世界の法則の破壊後、主導権をこちらが握る事だ。
銀の王が『世界の法則』を作り直し、メイデーアを再構築に持ち運ぶ前に。
俺たちが選ぶのは、再構築をしないままのメイデーア。
これは、俺にとって、長い長い流浪の旅の終わり。
そして、メイデーアの黄昏を意味する。
俺たちが世界の法則を破壊する事で、魔王としての転生は終わりを告げる。
棺システムも必要なくなるだろう。
神々、また魔王として、その役割を全うしてきた九人は、今世を最後にただの人となり、来世では魔力も一般の人間並みとなる。
当然、記憶を引き継ぐ事も無い。
俺たちは、それぞれを忘れ、それぞれを結びつけていた「法則」という因縁と絆を失い、生まれ変わる時代も徐々にズレていくだろう。
巡り会う事は、もう無くなる。
「だから、もうここは要らない……“記憶”ももう、いらない」
俺は、地球に、最後の別れの為にやってきた。
地下の研究室にある、メイデーアのいっさいの情報を、この手で消し去る。
保管していた俺の肉体のストックの全ての維持装置を停止させ、この場に灯油をまき、火を放った。
「……」
オレンジ色の炎は、パチパチと心地よく弾けて、冷えきったこの部屋を温かく照らした。
燃え上がる炎を瞳に映しながら、俺はただただ、喜びと同じくらいの悲しみに、打ち拉がれていた。
世界の法則の破壊とは、目の前の肉体の維持装置を停止させたのと同じで、メイデーアを維持する力を、停止させると言う事だ。
あとはもう、ゆっくりと、腐っていく。
滅んでいく。
それでも俺が、何を犠牲にしてでも守りたかったもの、叶えたかった願いは、ずっとずっとただ一つだけだった。
誰かに知られる必要も無い。
理解される必要も、一つも無い。
世界の法則を壊す事で、マギリーヴァが再び、クロンドールと並んで生きていく事が出来るのであれば、俺は迷わない。
マギリーヴァが幸せになるのなら、またあの笑顔で居られるのなら、それで良い。
今の二人に、かつての残酷な記憶は必要ない。
長い長い時間をかけてここに至った。
やっと俺は、貫き通してきた、ただ一つの願いを叶えるのだ。