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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
最終章 〜ゼロ・メイデーア〜
375/408

06:神話大系14 〜ギガスの終焉〜

3話連続で更新しております。(1話目)

ご注意ください。




黄昏戦争が始まって、たったふた月ほどで、メイデーアの人口は当初の二割まで減少した。

戦火はマギリーヴァの国だけでなく、エリスの国も、プシマの国も、トリタニアの国も焼いた。

何より厄介だったのは、アクロメイアの有する巨兵が放つ、魔導粒子砲による悪質なマギ粒子の蔓延であった。

これは大地を腐敗させ、生きるもの全てを死に追いやる、何より恐ろしい魔導兵器であったからだ。


デメテリスの国を支えるように存在していたユティスの国と、緑の幕を展開できるデメテリスの国、聖地ヴァベルだけが、人類最後の砦と言える状況にまで追い込まれる。


マギリーヴァはユティスの国を拠点に、神器を手に、数多くの巨兵を葬った。

だが、マギリーヴァにも破壊できなかった巨兵がある。


それこそが、現代で言うオリジナル。

この時、オリジナルに当る巨兵は二体あった。

アクロメイアの巨兵と、クロンドールの巨兵だ。

お互い性質は違ったが、神器を利用する事で再生するアクロメイアの巨兵と、魔道要塞が大半を占めるクロンドールの巨兵では、破壊してもいずれまた出現し、これがループし戦いが終わる事が無かった。


誰にももう、アクロメイアとクロンドールの戦いを止める事は出来ないのだと思わされた。






「もう、やめろ。マギリーヴァ」


戦いに赴くマギリーヴァの腕を取り、何度引き止めたか分からない。

この頃の俺は、地下に引きこもる事無く、頻繁に地上の様子を見に行き、現状を追っていたからだ。


「もう、いいじゃないか。戦いは止まらない。ヴァベルだけが最後の砦だ。皆、ここに集まっている。……アクロメイアとクロンドールの、どちらかが破れるまで、皆でここに居よう」


「……ハデフィス」


マギリーヴァは、俺が引き止めるといつも困ったように微笑んだ。

俺は彼女のその顔も、嫌だった。

本当はもっと感情的なはずなのに、感情を押し殺したような色味の無い目をしているからだ。


「時が過ぎるのを待とう、マギリーヴァ。お前が傷つきに行く必要は無い」


クロンドールに、マギリーヴァを止めるように言われていたからではない。

俺は本心から、マギリーヴァに戦いに行って欲しく無かった。

もうこの世界が滅んだって良い。それでも、マギリーヴァが、たった一人で自分から戦いに行くと言うのが、許せなかった。


「ハデフィス、あなたは本当に、純粋ね」


「……え?」


思いもがけない言葉だった。


「私たちの中で、あなただけが、ずっとずっと変わらない。私たちは欲しいものを手に入れる程、穢れ、変わってしまった。だけど、あなただけは……」


「何を言っている。俺は最も穢れた、死の王だぞ」


「……」


マギリーヴァは俺の腕をそっと、自分の腕から外した。

そして、俺に向き直る。


「ハデフィス、私は戦わなくてはいけないわ。それが、力を得た代償だもの」


「……」


「もうすぐ戦争は終わる。戦争が終わったら、あなたの力が何より必要になるわ」


「……なんだ、それは」


「あなただけが出来る事がある。私たちは、長く生きれば生きる程、人間からかけ離れた化け物になってしまった。目の前の命を、命とは思えず、ただ自分の欲望や、願いを叶えるためだけに、世界が存在しているのだと勘違いしてしまった。……メイデーアは、そんな世界じゃない。私たちのためにある、理想郷なんかじゃなかったのに」


「……」


始めてこの世界にやってきた時の、創造と発見の喜びを思い出した。

ただただ、希望や理想だけをこの世界に求めていた日々。


だけど、それだけを追い求めた結果が、今の戦争だ。

マギリーヴァの言葉で思い知る。


「本当は、私たちこそが、メイデーアを守らなければならなかったのに……みんな、仲間だったのに……アクロメイアだって……。彼を歪めたのは、私たちの罪だわ」


「……マギリーヴァ」


「結局長い年月が生んだ濁りは、大地を傷つけ、愛を奪い合い、混沌を生んだ。だけどハデフィス、あなただけは穢れてなんかいないわよ。最初からずっと、変わらない。変わったのは私たち。あなたはずっとずっと、綺麗だった」


不可解だった。輝かしかったのは、俺以外の神々だ。

綺麗で、眩しくて、俺がずっと憧れていたのは、マギリーヴァの方だ。


思いは多々あったのに、言葉に詰まっていたら、マギリーヴァが俺の顔を覗き込んだ。


「私、なぜあなたの所に遊びに行っていたか分かる?」


「……一人で居る俺を、心配してくれていたんだろう」


「そりゃあ、あなたの事が心配だったのもあるけれど、一番の理由はあの場所が大好きだったからよ。死の国だって言うのにね。地上での目まぐるしい、競争にも似た日々が、あなたの居るあの場所だと忘れられた。安心できた。……みんなもそうよ。あなたを格下のように振る舞っていても、どこかで羨ましいと思っていたに違いないわ。あなただけが、特別ずっと純粋だったんだもの」


「違う。俺は逃げただけだ。力が無いから、みんなとは違うから……死を司る役目だけを担って、地上の輝きから目を背けたんだ。弱かっただけだ。……疲れていただけだ……っ」


俺はなぜか、今にも泣いてしまいそうだった。

自ら、自分の痛い所を口にしていたというのもあるけれど、マギリーヴァがずっと、俺のあの国を好ましく思ってくれていた事が嬉しかった。

だが同時に、彼女がどこか遠くを見ている気がして、自分の手の届かない場所へ行ってしまう気がしていた。


マギリーヴァはそんな俺の前髪を払い、幼子でもあやすように、頬に手を添えた。


「私たちは完璧じゃない。あなただけじゃなくて、九人みんなが、不完全な神様なの。そりゃあ、ダメな所だってあるわよ。……正しいと思って選んだ道が、間違っている事もある」


「……」


「だけど、絶望しないであげて……どうか、みんなを信じて、導いてあげて」


確実に、終わりは近づいていた。マギリーヴァも、それを分かっていた。

だから彼女は俺に、そんな話をしたのだ。


マギリーヴァはそれだけを言って、俺の頬から手を離し、ユティスの国、さらにその奥にあるヴァベルにまで及ぼうとしていた、大きな戦火のただ中に赴いた。

俺は彼女を追いかける事も、呼び止める事も出来なかった。


たとえ出来ていたとしても、結果は何も変わらなかっただろう。







マギリーヴァが戦場に赴いた後、ヴァベルに居た神々は大樹の身元で、全てが終わるのを待っていた。

今日こそが、メイデーア最後の日かもしれない、とユティスが言った。

緑の幕も、この幕を展開していたデメテリスも、限界に来ていた。

誰もがもう、デメテリスに無茶をさせられないと思っていた。


「ここまで無くなったら、僕らはどこへ行けば良いんだろうね」


「……死んで、みんなで仲良く死の国へ行くんだろ」


「ならハデフィスが、私たちの王様ってことになるのね」


「……」


ユティス、トリタニア、プシマが、半ば諦めている口調で、そんな話をしていた。

ユティスは自分の息子を抱えて、辛そうにしているデメテリスを抱き寄せて。


トリタニアはただただ、真っ赤な空を見上げていた。

プシマは逆に俯いている。

エリスはこの時、行方不明であった。


「ねえハデフィス、私たち神々も、死んだら死の国へ行けるの?」


「……さあ、分からない」


プシマに尋ねられたが、俺は別の事を考えていたのもあって、全うな返事が出来なかった。


ただ少し遅れて、その事を考えてみるも、そんなに簡単な話でもない気がしていた。

死の国とは、結局の所神々が創り出した命を、管理する場所に過ぎないのだから……


ならば死の概念がある今、俺たち神々が死んだら、一体どこへ行くのだろうか。


「おい、ハデフィス!」


そんな中、トリタニアに止められるのも無視して、俺はヴァベルから出て、争いの渦中へと飛び込んだ。

いてもたっても居られなかった。

今日が最後だと言うのなら、せめてマギリーヴァに伝えたい事がある……


飛び交う弾丸や光線をギリギリの所で避け、生きながらえながら、マギリーヴァを探した。

彼女がどこに居るのかは分からなかったが、見える巨兵のシルエットだけが、目印だ。

あれがある所に、彼女が居る。そう考えていた。


魔導粒子砲による大地の腐敗が、そこらにある命と言う命を、色の無いものに変えていた。

かろうじて、自分が神の身であるから、生きていられる……それでも、鼻をつく死体の匂い、視界を濁らせる悪質なマギ粒子は、死の国をも思わせた。

だけど、死の国よりずっと残酷な世界だ。



「……あれが……巨兵オリジナル


始めて巨兵オリジナルを真下から見た時の、言い様の無い恐怖に、俺は立ち止まる。


おぞましい造形の、無数の手足の生えた巨兵。

黒色の、メタリックな、洗練された細長い巨兵。


二体の巨兵が、向かい合い、お互いの魔法を無慈悲に展開し続けていた。

雨のように散る魔導粒子砲が、あちこちに飛散し、大地を抉り、焼いている。


世界を壊しきる力とは、これほどのものなのか。

円を描くように、巨兵が頭上の魔法陣から放った炎が、俺を囲む。


逃げ後れた親子と思われる死体が、足下に転がっていた。


死者は沢山見てきたのに、やるせない思いだけがこみ上げてくる。


「止めろ!!」


俺は叫んだ。

聞こえるはずも無いと分かっていたが、二体の巨兵に向って。

もくもくと身を包む、熱い煙に、咳き込みながらも、叫んだ。


「もう止めろ!! いい加減にしてくれ!!」


頼むから、もう終わってくれ。

こんな事に、何の意味がある。


俺たちは何のためにこの世界にやってきた。

それぞれ、元の世界の醜さから逃げたくて、美しくて優しい場所に行きたくて、この世界を願ったのではなかったのか。

なのに、なぜ壊そうとしている。争っている。

なぜ辛い事ばかりなんだ。


二体の巨兵の上には、アクロメイアとクロンドールが立って、お互いだけ睨んでいた。

この戦いに、愉悦を感じているかのようなアクロメイアと、ただただ冷たく睨んでいるクロンドール。

銀の光と、黒の歪みが、交錯していた。


俺は、憤りのまま自らの剣を抜き、落ちてくる流星のような砲撃を弾く。

だが、一撃を受け止めるだけで、今の俺の体では半端ではない負荷がかかる。


「!?」


二人はやっと、足下に居る俺の存在に、気がついた様だった。


「おやあ……? ハデフィスじゃないか。顔を見るのは何百年ぶりだろうね」


「……アクロメイア」


アクロメイアと顔を合わせるのは、本当に久しぶりだった。

ただ、俺は立っているだけで精一杯で、奴に立ち向かう力は無い。

業火に身を焼かれているかのように、熱い。


「あっははははは。お前は相変わらず、弱いなあハデフィス。神々を殺す剣を持っているのに、本当に宝の持ち腐れだな。お前ごときでは、僕らに辿り着けまい!」


アクロメイアの言う通りだった。

神を簡単に殺せる剣を持っていても、俺にはこれを扱う力が無かった。

これを、奴らに届かせる力が無かった。


「死の国に引きこもっていれば、こんな所で、蟻の様な死に方をする事は無かっただろうに」


アクロメイアは招かれざる客である俺に皮肉を言ったが、クロンドールは心底驚いた表情で叫んだ。


「ハデフィス……こんな所に居ちゃ行けない!!」


クロンドールの焦り様を見て、アクロメイアはニヤリと笑みを作り、巨兵の無数の腕のうちの一つを、俺に向けさせた。

俺は巨兵の手に捕らえられ、宙に持ち上げられたままキツく握り締められる。


「……っ」


「おい、止めろアクロメイア!! ハデフィスは関係ないだろう!!」


クロンドールの声が聞こえる。


だが、俺にはどうする事も出来ない。

力も無いのに、安全な場所を飛び出し、こんな所に来てしまったばかりに。


マギリーヴァは、一人でこのような化け物や、狂神に立ち向かっていたのだろうか……

ぼんやりとそんな事を考えてしまった。



「戦女王の盟約」



意識が朦朧とする中、俺の背後から迫り来るような、真っ赤な光線が地上を走った。

それは俺を通り過ぎた所で二つの光線に分かれ、二体の巨兵を直撃する。


「……」


気がつけば、マギリーヴァが俺の側に立っていた。

彼女は神器を手に、真っ赤なドレスをなびかせて、荒れる炎の中勇ましく巨兵を睨んでいた。


「大丈夫? ハデフィス」


「……マギリーヴァ」


マギリーヴァは倒れる俺の手を引いて、立ち上がらせてくれた。

目の前の二体の巨兵は、戦女王の盟約の攻撃を浴びて、その動きを一時的に停止させている。


だがマギリーヴァは安心しておらず、足下に巨大な魔法陣を描き、血の茨で周囲に防御壁を築いて次なる攻撃に供えている。


「なんで来ちゃったのよ、ハデフィス……」


「お、お前を捜しにきたんだ」


「……」


マギリーヴァは俺の顔を見て、ふふっと笑った。

最近では、一番素直な笑顔だった。

悲しさも、苦しさも、見受けられない、俺の好きだったマギリーヴァの笑顔だ。


こみ上げるものがあり、俺はマギリーヴァの肩を掴んで、訴えた。


「マギリーヴァ、帰ろう。ここから逃げよう!」


「……ハデフィス」


「俺は……俺はお前の事が……っ」


泣くように叫びながら、俺はその先の言葉を、言ってしまいたかった。

今まで、自分ですら否定してきた思いを、ぶちまけたかった。


マギリーヴァはクロンドールしか見ていない。そんな事は分かっている。

それでも良い。だけど、一度だけで良い。

応えてくれなくても良いから、言ってしまいたい。


だけど、その先の言葉は、天を貫く雷鳴のような音にかき消される。

上空には、光り輝く無数の魔法陣が連ねられ、魔導粒子砲の準備が始まっている。


「マギリーヴァめ……また僕の邪魔をしにきたのか……!」


アクロメイアは、随分と腹を立てていた。

今まで散々邪魔されてきたアクロメイアは、マギリーヴァに対し相当な憎しみを抱いていたようだ。


それに伴い、クロンドールの巨兵も、ブラックホールのような空間の歪みをいくつも作り上げ、攻撃に備えている。


「ハデフィス!」


マギリーヴァは急ぎ俺の手を取って「これをあなたに」と自らの神器を握らせた。

真っ赤な槍だ。


「これは……戦女王の盟約……」


「おそらく、もう私には必要が無いわ。これは、あなたが“正義”を貫く為の力。私たちを正しく導く為の、黄金の神器よ」


マギリーヴァがそう言った時、彼女が俺に握らせた真っ赤な槍が、金色の光に包まれて、姿形を変えた。

黄金の剣。見た事も無い程に煌びやかな、立派な剣だった。


「これがあなたを、ずっとずっと守ってくれるわ。あなたを、正義の象徴に格上げしてくれる」


「……マギリーヴァ、何をするつもりなんだ」


マギリーヴァが何を考えているのか、俺にはさっぱり分からなかった。

剣を預けられた驚きより、ずっと大きな不安がこみ上げてくる。

だって、この神器が無ければ、マギリーヴァはどうやってあの二人の神、巨兵と戦うと言うのか。


「ごめんなさい、ハデフィス。あなたに全てを任せてしまって。だけどどうか、絶望しないで。ずっとずっと先の事になるかもしれないけれど、遠い道の先に終わりがあるのなら……私たちはまた、巡り会えるわ」


マギリーヴァはそれだけ言って、俺から手を離し、俺の体を強く押した。

俺は倒れる瞬間、マギリーヴァの強い意志を秘めた瞳を見る。彼女はもう、俺の方は振り返らずに、最後の砲撃を放った巨兵の元へと消えた。

その、光の中へと。


1秒程遅れて、無慈悲な粒子砲の穢れを全て吹き飛ばすような、清らかでいて、ただただ美しい、真っ赤な光がメイデーアを包んだのだった。


この間、俺は瞬きすら出来なかった。




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