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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
369/408

98:『 1 』トール、戦いの幕開け。



6話連続で更新しております。(6話目)

最初の投稿は 93:『 1 』イスタルテ、賽は投げられた。からとなります。

ご注意ください。

頭が痛い。

“それ”をオーバーツリーの管理室にある大モニターで見た時、こめかみの辺りにズキンと痛みが走った。


キルトレーデンの宮殿の上空が、ぴしりと割れて、そこから“何か”の巨大な真っ赤な瞳が、ギョロリと覗いていたのだ。

横に吹き付ける吹雪の向こう側でも、瞳はぼんやりとした光を放って、よく見える。


「はは……なんだこれ、ホラー映画かよ」


「……あれ、巨兵のオリジナルの瞳だわ」


「マキア」


マキアは、一度対峙した経験から、それがオリジナルであるとすぐに分かった様だった。

彼女の表情は、先ほどまでの笑顔とは打って変わって、引きつって見える。


「報告によりますと、イスタルテの謀反の結果……連邦に捕らえられていたトワイライトの魔術師たちは、全滅との事」


「な、何……!?」


俺にとっては、そちらの報告の方が衝撃的であった。

マキアも口元を押さえる。


トワイライトが全滅と言うのは、俺たちが今まで積み上げてきた救出のシナリオを、大きく歪める事実である。

じわじわと胸に込み上げる喪失感は、やはり大きい。


ユリシスだけは、淡々と聞き返した。


「それは、敵と相打ちになったと言う事でしょうか?」


「おそらく、総帥に逆らった結果でしょうね」


ふっと、シャトマ姫の隣に現れ、答えたのは、ソロモン・トワイライトだった。

彼の半分の表情はいつものものとは言いがたく、でも、なんと言って良いのか分からないものだった。


「こちらの得ていた情報によると、どうやらトワイライトの一族は、体内に死の呪いにも似た邪毒を抱えていたとの事。連邦が進めていた魔術と人体実験による魔導産物ですが、総帥は自らが死ぬと、その魔法が発動するように仕掛けていたのでしょう。故に、今まで謀反を起こす事が出来なかったのかと……」


「では、なぜ今」


ユリシスは至って冷静に尋ねていた。


「それは分かりません。……銀の王イスタルテの命令か、最初からそのつもりだったのか」


「……」


「分かりません。もう、何も」


ソロモンの声音は、沈みきっていた。

これ以上は、誰も、何も聞く事が出来ずに、静かな沈黙が流れる。


「おそらく、トワイライトの者たちが居なくなったせいで、オリジナルを有する幻想空間が不安定になっているのだ」


黙っていたカノン将軍が、いつも通りの口調で推測した。


「空間が割れ、奴が出てきたら、キルトレーデンはおろか、北の大陸は火の海となるだろう」


「そんな……」


「中央政府はもう機能していない。国民は混乱するだろうな」


まるで他人事のような口調だった。カノン将軍はただただ、モニターに映る赤い眼光を見ている。


最悪の状況だ。雪は強く、もし今災害にも似た巨兵の攻撃があったら、瞬く間に街は破壊され、ライフラインは止まる。

そうなれば、この寒さの中、生き残れる者は居ない。


「銀の王はどこへ行ったんだ」


尋ねると、答えてくれたのはアイリ将軍だった。


「報告によれば、議事堂を出てからは行方不明との事」


「……行方不明。あの野郎、もう連邦はどうでも良いのか」


俺もまた、モニターに映る、巨兵の真っ赤な瞳を見た。

一瞬ドキッとしたのは、その目が、俺をじっと見た気がしたからだ。


強く、鼓動の音がした。


「銀の王は……あの子は、最初から、あの国に未練は無かったのかも」


ぽつりと、マキアが呟いた。

そして、顔を上げる。彼女はしっかりとした、紅魔女の面持ちだ。


「レナは一体、どうなっちゃったの?」


「……それは、分かりません。報告がまだ……」


「……」


誰もが、この緊迫した状況に、何をどう優先して動けば良いのか分からずに居た。

最優先のトワイライト奪還の目的が、本当に、こちらの知り得ぬ場所で儚く消えてしまったという事実を、なかなか受け入れられずに居る。


だけど、現実は待ってはくれない。一秒たりとも。

シャトマ姫が、扇子を閉じる音が軽快に鳴った。


「ヴァルキュリア艦と輸送艦を全艦、北へと向けよう。まだ時間はある。キルトレーデンの市民を安全な場所へ移動させ、彼らを保護しなければならない。全ては無理かもしれないが……。あの巨兵がいつ出てきても良いように、三つのシステムタワーを繋ぎ、防衛ラインを形成する」


「しかしシャトマ姫。我々だけで、オリジナルを倒す事は可能なのでしょうか」


ユリシスが、一度対峙した経験から、不安な様子で尋ねた。

シャトマ姫は首を振る。


「分からないな。妾では無理だった……だが、我々が力を合わせれば、あるいは」


「無理よ」


マキアが強く否定した。


「あれは、破壊すればどうにかなるものじゃないわ。世界の法則で、絶対再生が約束されている。イスタルテが言っていたわ」


「……世界の法則、で」


ピ……ピピ……

管理室の機材の音だけが、しばらく響いていた。


その沈黙を破ったのは、ユリシスだった。


「だけど、オリジナルも片目を失っている。迷宮の瞳が、オリジナルの核だ」


ユリシスは、マキアと共に戦い、オリジナルから奪った片目について、簡単に説明した。

すると、カノン将軍は少し俯き、何やら策を練っている様な表情になる。


「その右の目は、おとりとなる可能性がある」


「おとり?」


「厄介なのは、あれが北の大陸に長居する事だ。一瞬でキルトレーデンは焼き尽くされるだろう。大陸が燃えてなくなるのも時間の問題だ。だが、巨兵がその瞳の存在を察知し、そちらに気を引きつける事が出来れば、奴の行動をこちらで操作し、海にまで引きずり出す事が出来るかもしれない」


「なるほど。大三角の中心に連れてくるのか」


シャトマ姫はすぐに、カノン将軍の策を察した。


「三つのタワーの中心……中央海の中心であれば、魔導回路を繋げた大規模魔導砲を撃ち込む事も可能だ。それに、被害を最小限に押さえられる」


彼の意見に、シャトマ姫はこの管理室のテーブルに描かれたメイデーアの地図を覗き始めた。


「これは……策を練らねばならないな。トール・サガラーム、あの空間は、あとどれくらい保ちそうか」


「……見た所、一日と言った所だろう。いや、一日保てば良いほうだと」


「まずいな……」


全てを救うには、時間が全然足りない。

それは、この場に居る全員が分かっている事だ。ならば何を優先的に進めるべきなのか。


「でも結局、真に巨兵を討つ事が出来なければ、この世界はまた燃えてしまうのではないの……?」


マキアが口を挟んだ。

確かにその通りだ。巨兵が再生するのであれば、例え海に引きずり出した所で、いたずらに攻撃を繰り返すだけで、勝ち目など無い。

オリジナルがこちらに出てきた時点で、我々の負けだ。


「姫様!」


その時、システム管理室で作業をしていた者が声を上げた。

今度は何事だ、と皆そちらを向く。


「ヴァベル教国の……大樹ヴァビロフォスが……ロストしました」


「なっ、何!?」


「ルーベルタワーより通信です」


俺には、その一言では何が起こったのかは理解できなかった。

だがすぐに展開される通信魔法によって、ルスキア王国のルーベルタワーの管理室の映像が映る。


そこには、青ざめたノアと、憤慨したエスカが映っていた。


「おい! どういう事だ、教国の大樹が根こそぎ消えてしまったぞ!!」


エスカは開口一番、どのように息巻いた。彼の大声とドアップはキツいものがある……

でもすぐに「あ、シャトマ姫様、ご機嫌麗しく…」ともじもじ声。


「ねえ、どういう事なの。大樹が無くなったって事?」


最初にマキアが聞き返した。

だが、予想外の展開に驚きを隠せない俺たちと違い、カノン将軍は、これは予想内よいうように落ち着いていた。モニターの向こう側のエスカに確認する。


「教国の被害は特に無いか」


「ああ……ロストする瞬間はぐらぐらと地震みたいな揺れはあったが、幸い巫女様たちは無事だ。豊女王の殻もこちらに残っている。ただ……中央海、がだな」


「……」


「島だ。おい白賢者、以前、魔王クラスにだけ見えていた幻想の島があっただろう」


「え? ええ……僕は、残留魔導空間だと思っていたのですが」


「あれが、今じゃ数倍の大きさとなって、誰もが見える形で存在している。おそらく、大樹が消えた同時刻に、あの島が現実のものとなったのだろう」


「……島?」


俺とマキアが顔を見合わせる。当然、知らない事象だったからだ。


様々な事が、まるで響き合うように展開され、この世を酷く混乱させようとしている。

そんな気がした。


「……おそらく、その島は、かつての“ヴァベル”だ」


カノン将軍はしばらく考えた後、自分自身が確かめるように、その名を口にした。


「かつてのヴァベル?」


「かつて、と言うのは、神話時代の事だ。このメイデーアがギガント・マギリーヴァによって破壊され、再構築される“以前”の聖地ヴァベル。世界の法則が、真に眠る場所」


「……世界の法則が?」


「ああ」


それがどのような形で存在しているのか、想像もつかない。

だが、オリジナルがこの世に現れようとしている事、大樹が教国から消えた事、中央海に新たな島が出現した事……これら全ては関連していて、全てに意味はあるのだろう。


「オリジナルは破壊できない。それは、先ほど紅魔女が言った通りだ」


カノン将軍は続けた。


「だが、再構築前のヴァベルが現れたと言う事であれば、オリジナルを破壊する手だてはある」


「……え?」


誰もが、彼の続きの言葉を待った。

カノン将軍は目を細め、少しの間つむり、一息ついて告げる。



「それは、このメイデーアが再構築されてからずっと、この世界を導いてきた、“世界の法則”を“破壊”する事だ」


「……」


そんな事、出来るのか?

誰もが思ったに違いない。


「世界の法則の破壊が出来るのは、紅魔女……お前だけだ」


だが、カノン将軍はマキアに向き直り、淡々と告げた。

マキアもまた、驚きの表情をすぐに持ち直し、堂々と彼に向き合った。

彼女の中で、何か理解できた事があった様だった。


「その為の、地球だったの?」


「……ああ」


「だから、私の魔力数値を跳ね上げたの?」


「そうだ。今のお前は、魔王クラス最大の魔力数値を保持している。また、“異世界より召喚された救世主”という立場が、魔王クラスという立場と平行して適応される。これが、世界の法則の破壊に意味をもたらし、不可能を可能にする、唯一の状況だ」


マキアとカノン将軍のやり取りは、淡々と続いた。

二人にしか分かり得ない、何かがある。


引き締めていた表情を、マキアは少しだけ、苦しそうに歪めた。


「……あんた、ずっとこの瞬間を、待っていたのね。……長い時間を費やして」


「……」


マキアは強く、頷いた。

それだけが、自分に出来る事だと言うように。





世界の法則の破壊。


それの意味する事は、いくつあるのだろう。


カノン将軍は、それがどのような事かを、後に淡々と説明した。


例えば、“解放”。

魔王クラスを縛る転生の仕組みを終わらせ、俺たちの因縁じみた永久の絆を、あの棺に繋がった鎖を、断ち切ると言う事。

だが、俺たちが今世息絶え、次の転生を果たしたとしても、今までのような魔王クラスの力、記憶や繋がりは無くなり、普通の人間となる。

それは魔王クラスの解放と言える。



例えば、“黄昏”。

メイデーアは魔王クラスのたぐいまれな力によって、均衡を保ってきた世界だ。

魔王クラスによる導き、または破壊と再構築が無くなれば、この世界はやっとの自由を手に入れた事になると同時に、ゆっくりと、終焉へと向う。



この世界は、今、二択を迫られているのだ。

自由を得て終わりを選ぶか、束縛を受け入れ永遠を願うか……


誰にも、正しい道は分からない。

だけど、決めなくてはならない。


決める役目を持つ者は、やはり魔王だけだった。

俺たちは今までに無く重い選択に、心を痛め、戸惑いながらも、世界の法則を破壊する道を選ぶ事になる。

迷っている暇など無かった。


そして、世界の法則を破壊できる唯一の存在は、魔王クラスを越えた魔王、マキアだけだ。

マキアもまた、この役割を引き受ける。


他の魔王に出来る事と言えば、マキアが世界の法則を破壊するまでの間、被害を最小限に抑える為、オリジナルの暴走を引き受ける事。

それぞれが大事に思っている人が居て、国がある。それを守る為に、戦う事だけだ。

たとえ、その命を削ったとしても。



ピシピシと、硝子が圧迫され、今にも割れてしまいそうな音が、世界中に響いていた。


カウントダウンは、ずっと前から始まっていた。

0になったら、それは幕開け。


ギガント・マギリーヴァの幕開け。




5……4……3……2…………1………… 0





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