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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
368/408

97:『 1 』トール、束の間の休息。

6話連続で更新しております。(5話目)

ご注意ください。



部屋に戻ると、マキアはまず風呂に入った。

その間に、豪華な食事が用意され、部屋のテーブルに並べられる。

豚の丸焼きがどんと真ん中に置かれ、周囲を大量の料理が囲っている。点心やら、揚げ物やら炒め物やら。


「わああああああ、凄い」


風呂上がりのマキアが口元に指を当て、目を輝かせている。


「やっと貧乏生活からおさらばってか」


俺も随分と腹が減っていた事もあり、二人座って、夢中で食べた。

東の大陸の料理は久々で、やはり宮廷料理人の豪華な食事となるとたまらないな。


あれこれ取り分けてやったら、マキアが次々に平らげていく。


「どうだマキア。美味いか」


「うん! やっぱり、美味しい料理は心を潤すわね〜」


「何だよ。さっきまで疲れたとか言っていたくせに、食う元気はあるんだな」


「食ったら寝るわ」


「マジかよ。胃に悪いぞ。太るぞ」


「私の胃は頑丈に出来ているの。それに私は太らない体質なの」


勝ち誇ったように言うマキア。

マキアは確かに、食っても食っても太らない。

食って寝て食って寝てを繰り返しても太らない。

それを羨ましいと思っている女子はどれくらい居るのだろうか。


「まあいいや……たんと食え」


とは言え、今までよく質素な生活に耐えたのだし、マキアの食いっぷりは見ている分には気持ちが良い。

今は十分に食べて、十分に休んでもらいたい。マキアの力は、これから絶対に必要になるのだから。


「何よトール、今日は私の事、甘やかしてくれるの? 珍し〜」


マキアが不思議そうにしている。点心をもぐもぐ食いながら。


「失敬だな。いつも甘やかしてるだろ」


「そうかしら」


「何だよ。だったら今日は、何だって言う事を聞いてやるよ」


自分で言った後に、あ、と思ったが、マキアは小悪魔みたいな笑みを浮かべている。


「ほんと?」


「…………なんだよ、何させる気だよ」


「うーん、そうねえ。だったら、あとで一緒に寝てちょうだい」


「……え?」


それっていつもの事じゃん、と思った。

だけどマキアは、俺がやましい事でも考えているのだと思ったらしい。

あからさまにキツめの視線を投げた。


「あんた、変なことを考えるんじゃないわよ。私はお昼寝するんだから、あんたはいつもみたいに抱き枕になっていればいいの。喋る抱き枕よ。私とお話しして?」


「……子供かよ」


「良いでしょう良いでしょう〜、あんた、何でも言う事聞くって言ったじゃない。私は甘えているのに、あんたったら、いつまでもクールぶって、格好付けなんだから」


食いながらじたばたするマキア。

昔から横暴な所はあったが、ここ最近は尖った部分が丸まって、甘えん坊になっているな。

元々こういう奴だったんだろうけれど、今までは存分に甘えられる恋人も居なかったのかもしれないと思うと、何だか哀れでとても甘やかしたくなる。

いや……全部俺のせいなんだけどさ……


「分かったよ。俺も昨日から寝てないし、良いんじゃないのか」


「……ふふ」


マキアは意味深に笑った。


それにしても、マキアは本当に眠たそうだった。

食ったあとだからかもしれないし、寝不足だからかもしれないし、やはりとても疲れているのかもしれない。


食った後は歯を磨き、彼女はずるずると引きずったように歩き、ベッドに潜り込む。


「ほら。トールも一緒に寝ましょうよ。そういう約束でしょう」


「まてまて。着替えるから」


マキアが布団から目だけを覗かせて、じっとこちらを見ている。

着替えにくいだろ、という視線を投げたが、効きゃしない。

まるで巣穴から外界の獲物を狙う動物の様な構えで、こちらを見ている。


「トール早くトール早くトール早く」


猫撫で声を出して俺を呼ぶ。

じたばたして、掛け布団がもうめちゃくちゃに蠢いている。


「お前元気じゃねーか」


「うるさい。私はもう眠くて仕方が無いのよ」


「眠いんだろうが。寝とけよ」


「トールの抱き枕が無いと眠れないし、寝たく無い」


「何なんだよ……」


訳が分からんなと首を傾げながら、ベッドに急いだ。


マキアは単純そうで複雑だからなあ。

俺の方がよほど単純だと思う時が多々ある。

例えば、マキアがこんな風にわがままを言っても、まあ可愛い奴めと思ったり素直に従ったりする辺り。


マキアは布団を這っていそいそと俺に寄ってきて、足を絡めて、なんかもう、これ以上無く抱きしめて、肩に顔を埋める。


何がとは言わないけど柔らかい。

シャンプーの良い匂いがダイレクトに鼻をかすめる。


これで、俺に何にもするなとのたまうマキアさん。

拷問が得意な最悪な魔女です。本当にありがとうございます。


「私が寝ている間は、どこにも行っちゃダメよ」


「何だよマキアさん。案外束縛系だな」


「捕まえとかないとあんたどっか行っちゃうでしょう」


「……」


マキアの物言いは不思議だ。

俺、どこかへ行った事があったっけ。


マキアは何が不安なのか、神妙な面持ちで、でもぎゅっと俺の腕を掴んでいる。


俺はマキアのほうに向き直り、ほれと胸を開けた。

マキアは何だか嬉しそうにして、わっと身を寄せ、俺をぎゅーと抱きしめる。


うーん…………可愛い。

マキアを素直に可愛いと思ってしまう自分が悔しい。


でも何だろう。

行動の一つ一つが、なんかこう、焦っていると言うか、必死と言うか……気がかりがありそうというか。


「お前……何か少し、おかしくないか?」


「何よそれ」


「気がかりな事があるような感じだな」


昨日はユリシスとの再会の喜びの方が優先されていたようだが、何だろう。ずっと、どこかおかしい。

元気な様子を見せていても何となくから元気と言うか、むしろずっと元気が無いと言うか。


マキアはしばらく黙っていたが、ふいに、問いかけた。


「ねえ……あんた、神話時代の事、まだ全然思い出せない?」


「え?」


思いがけぬ問いかけに、俺はマキアの顔を見つめる。だがマキアは顔を上げない。


「お前、もしかして、思い出したのか?」


「……銀の王との戦いで、少しだけね」


「それでずっと元気が無いのか?」


「元気が無いって思うの?」


マキアがやっと、顔を上げた。

俺はマキアの目を見て、頷く。


「思い出したと言っても、少しだけ覗いたって感じなの。状況は何も分からなかったけれど……」


「……」


「神話の時代、良い事があった訳ではないんだろうなって思っちゃった。ギガント・マギリーヴァなんて、単語で言われても、今までピンと来なかったのにね。でもやっぱり、酷い戦争だったのよ」


「……マキア」


彼女はそれだけを言うと、そのままスウと眠りについた。


ポンとマキアの背中に手を当てて、長く息を吐く。

いったい、どういう事だろう。


神話時代の事なんて、何一つ覚えていない。

気にならない訳ではないが、そんな遠い昔の記憶を思い出せる気もしなかった。


だが、マキアが何かを気にしていると言う事が、俺は気になる。


あの時代、一体何があったのだろう。

何がマキアを、不安にさせているのだろう。


とりとめも無い予感と言うのは、胸の奥にある。

やはり俺は、その時代の事を、知るべきなのかもしれない。










寝ていると、夢の中で声がした。

俺を呼ぶ声だった。


誰かが、俺の持つ空間の中を、うろうろとしているの様だった。



「あ……リリスか」


すぐに、それが誰なのかが分かった。


トワイライトの一族の娘であり、巨兵に改造されたナタンの娘、リリス。

彼女は一時期黒い箱の中で眠らせていたのだが、目を覚まして、布団を引きずって、俺が彼女を封じた空間の中をうろついている。


そこは子供の為の、玩具と遊具に満ちた夢の国のような空間だった。


「おいおい、どうしたんだリリス。目を覚ましちゃったのか?」


「……」


リリスはべそをかいている。

どうしたのだろう。寂しかったのか、俺の姿が見えると、駆け寄って、足に抱きついた。


「どうしたんだ、リリス」


「……おとーしゃん……おとーしゃんが……」


「……?」


訳が分からない。

彼女を抱き上げて、泣き止むまであやしていた。


一緒に遊具で遊んであげたり、空間を移動してお菓子をあげたりした。


それでも、リリスの表情は暗く、穏やかではなかった。

常に、べそをかいて、寂しそうに俺に抱きつく。


「リリス、大丈夫だって。もうすぐ、お前のお父さんも、お前の仲間も、みんな助けてやる。そしたら、お前も巨兵ではなく、ただの女の子に戻してあげられる」


「……」


リリスは人差し指を口にくわえていた。こらこら、タコができるぞと、口から離しても、すぐに人差し指を吸う。


「……無くなっちゃった……」


「え?」


リリスが、いつもとは少し違った透き通った口調で、呟いた。



「0」



カチ…………


何かが、どこかに綺麗にはまるような……もしくは、時計の針が一つ大きく動くような……

そんな音がした。






三時間くらい寝て、俺は目を覚ました。

部屋は薄暗く、夕方であるのだと分かる。


リリスはもう大人しく、黒い箱の中で眠りについたようだった。

なぜ今、目を覚ましてきたのだろう……

リリスは俺に、何を伝えたかったんだろう。


静寂が嫌に気になる。寝起きだと言うのに、妙な胸騒ぎがする。

窓から見える赤焼けが怖い。


隣のマキアの顔を覗いた。マキアはまだ寝ている。


「もう少し寝かせてやるか」


腹が減ったら起きるだろうと思って、ベッドから出ようとするも、マキアががっしりと腕を掴んでいて、出られない。


額を抑えながらため息をついた。

そろっと腕を外して、体をよじりながら、ベッドから抜け出る。

背伸びをしてから、風呂へ向かった。


俺たちの部屋は上等な客室だ。

フレジールの風呂は掛け流しで、薬草の匂いが立ちこめる浴室は落ち着く。


しばらくお湯につかって、そのぬるま湯に身を委ね、ぼんやりとしていた。

考えなければならない事は沢山ある。さっきの夢にしても、マキアの様子にしても、神話時代のことにしてもそうだ。


タチアナ様やあの二人の騎士も、どんな事を語り合い、どんな決断をしたのだろうか……


レナは、どうしているのだろう。

マキアの話によれば、マキアと共に来る事を拒んだと言う事だったが。


「トール!!!」


しかし、その時だ。

風呂場の扉が勢い良く開かれ、俺はぎょっとした。


「トール! あんた、居なくなっちゃダメって言ってたのに、どこに行ったかと思ったわよ」


「な、なな、何だよマキア。風呂に入ってるだけだって……っ」


流石の俺も、いきなり風呂を覗かれて、慌てて身を隠す体勢になる。

お湯は濁った薬草の色をしているんだけど。


「緊急事態だって。もうゆっくりしていられないわよ」


「……は?」


マキアは思いのほか、真面目な表情をしていた。

俺もまた、先ほどからずっと続いている、言い様の無い胸騒ぎを思い出して、マキアを浴場から退出させて、急いで着替えた。







「お取り込み中の所、申し訳ありません。緊急事態です」


シャトマ姫の妹である、アイリ将軍が俺たちを呼びにきたのだった。

俺はまだ髪が乾いていない状態だったが、アイリ将軍の白魔術で、一瞬で乾かしてもらう。

やっぱり白魔術は便利だな……


そんな悠長な事を考えていたが、アイリ将軍はさっきからずっと、奥歯を噛んだような厳しい表情だ。


「……どうしたんだ、いったい」


「オーバーツリーを経由し、キルトレーデンの諜報員からの緊急の通信が届きました。……連邦総帥が、“殺された”との事です」


「何っ!?」


突然の知らせに、俺は目を見開き、それ以上言葉が出なかった。

どういう事だと言う驚きが大きすぎて。


「どうやら、“銀の王”イスタルテと、連邦に捕われていたトワイライトの魔術師による謀反との事。中央政府の中核である議会を襲撃し、議員を一人残らず惨殺したと」


「銀の王が? ……なぜ、この局面なんだ」


「……あの子、何かを始める気なのかしら」


俺とマキアは顔を見合わせた。


「そ、それと、キルトレーデンの上空に……とにかく、ここには映像がございませんので、オーバーツリーへお越し下さい」


アイリ将軍はとにかく青ざめていて、焦りの表情を見せていた。


俺たちの中にあったとりとめも無い予感に、答えが出るのかもしれない。

心に一雫が垂らされ、波紋が広がっていくような……嫌な不安だ。


とにかく急いで、俺とマキアはオーバーツリーへと向かったのだった。



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