96:『 1 』トール、円卓会議。
6話連続で更新しております。(4話目)
ご注意ください。
「さて、諸君。ここには、かつての魔王……各大陸の代表国の事情を知る王、もしくはその代理と言える者たちが集まっているのだが、今まさに混乱を極めるエルメデス連邦の今後について会議したい。旧ガイリア帝国の姫君と、その騎士も揃った事だしな」
シャトマ姫が本題に入った。
「……各国?」
タチアナ様の騎士、アレクセイは、さっそく疑問を抱いたようだ。
「失礼。お目にかかれて光栄に思います。麗しき藤姫様。私はアレクセイ・カフノスと申します」
「……堅苦しいのはよそう。して、何か疑問が?」
「各国の代表とは、いったいどういう事でしょう」
「……」
アレクセイは、ここに居る者たちが何者か分からない様だったが、ただならぬ空気を感じ取っているようだった。
イヴァンは完全に警戒して、この部屋の構造や、人物の配置を目で確認しているように思う。
「ふふ、言った通りだよ。妾こそが、“東の大陸”の代表国、フレジール王国の時期女王。そして、隣の金髪で無愛想な男が、カノン・イスケイル将軍」
「それは分かっている」
イヴァンはシャトマ姫相手に、ぶっきらぼうな物言いだ。
アレクセイに諌められていたが、強気に出ていなければと言う思惑も、分からなくは無い。
「ふふ……じゃあ、こちらの、全身白い感じのお方がどなたか分かるか?」
「白い感じって」
シャトマ姫はユリシスに視線を流した。
ユリシスはすかさずつっこんでいたが、マキアが「そうね、白いし薄いわね」と、男姿である事も忘れ女口調で乗る。
アレクセイは答えた。
「ええ、知っております。ユリシス・クラウディオ・レ・ルスキア殿下。ルスキア王国の第五王子であり、緑の巫女様の花婿としても名高い」
「その通り。流石にユリシス殿下の事は、ご存知か。“南の大陸”の大国ルスキア王国と、聖地を保護するヴァベル教国の代表と言って良い」
「……なるほど、そして、我らが姫タチアナ様が、北の大陸の代表、と……」
「まあまあ、待て。それはそうなのだが、もう一つ、重要な国家がある。なあ」
シャトマ姫は、俺とマキアの方を扇で指した。
アレクセイやイヴァンは、俺たちを見て、顔をしかめた。
「そこの二人が何者か、そなたたちは分かっていたか?」
「……いいや。トールと赤毛の怪人……フレジールから遣わされた、魔術師たちだとばかり思っていたが」
イヴァンは更に、眉間にしわを寄せた。
マキアは何だか愉快そうにしていたが、俺は変わらず無表情。
「まさか……赤毛の怪人、あなたはどこかの国の、王族の出だったのですか?」
「……いやまあ、貴族は貴族だけど」
俺の事はスルーされ、マキアがどこぞの国の代表と思われた。
俺は「ゔゔん」と咳払い。
それが面白かったのか、マキアが俺の腕を引いた。
「あっはははは。そりゃああんた、そんな質素な格好をしていたら、ここに居る各国代表たちとは同列に見てもらえないでしょうよ。ねえトール子ちゃん」
「うるさい。早くもとの姿に戻せマキオ」
「え? いいの、あんたそんな事したら、スカート姿の変質者になるわよ」
「ローブの中は男ものの格好に決まっているだろう! そのくらい準備済みだ!」
憤慨する俺に、マキアは容赦なく大笑いしながらも、パチンと指を鳴らした。
すると、途端に俺とマキアは、本来の姿に戻ったのだった。俺は男に、マキアは女に。
アレクセイも、イヴァンも、流石にあっけにとられていた。
「え……ト、トール、君は、“男”だったのか?」
「…………」
軽くショックを受けている風の二人。
ふふ、美少女な俺は、さぞかし麗しかったろう。
美少女が男になってしまった絶望をお前たちも味わうと良い……
「残念でしたー。そして私は女でしたー」
誰も聞いていないのに、マキアは自ら女であった事を公言する。
しかし、アレクセイもイヴァンも、マキアが女であった事は、「ああ」というくらいで、特別な衝撃は受けなかった様だった。
まあ、元々女顔の男だったしな。
俺は自分の名を名乗る。
「俺の名前は、トール・サガラーム。西の大陸に建国したばかりの、レイライン連国の王という立場だ」
「そして私は、何者でもないマキアよ」
「うるさいマキア、黙ってろ」
マキアが横から自己主張したので、頭を押さえた。
「レイライン……? 確か、フレジール主導で西の大陸に築いた魔族の国だと聞いたが、なぜ、トールが」
「……俺しか適任が居ないからな」
「……は?」
疑問は多くあったようだが、俺としても、これ以上はここで言うつもりは無い。
というか、言ってもどうせ理解できない。
着席し、会議を進めるように、シャトマ姫に目配せした。
タチアナ様も「トールって王様だったんだ」と、驚きの表情をしている。
「ふふ。分かっただろう? ここに居るのは、南のユリシス殿下に、東の妾、西のトール・サガラームに、北のタチアナ公女だ。ここからは本題になるが、タチアナ公女……そなたは、我々と肩を並べて、戦争の話をしたいか?」
「……え」
タチアナ公女は、途端に真っ青になった。
そりゃあ、今の今まで、あのような場所に閉じ込められたお姫様が、こんな各国の代表が居る場所で、戦争の話なんて出来るはずも無い。
「私、私、……女王になんて、なりたく無いわ」
そこでやっと、タチアナ様は、本心を語る。
これを聞いたイヴァンとアレクセイは、「タチアナ様!」と悲痛な声を上げる。
「タチアナ様……ガイリア帝国を憎き連邦から取り戻すには、タチアナ様に立っていただかなければ……」
だけど、タチアナ様も言い返す。
「それは何なの? 何も知らない私に、女王と言うお飾りの立場だけを求めていると言うの」
「……タチアナ様」
おそらく、革命家たちの本音は、そこであったのだろう。
旧ガイリア王家のタチアナ様であれば、革命の大義名分が揃い、国民の支持も得られる。
しかしタチアナ様の役割はそれだけ、ただの象徴と言うだけで、国のトップに立ったとしても、あとは言いなりのお飾りな女王だ。
「ねえ、あの人はどうなるの?」
「……ミハル・ユロフスクの事か?」
タチアナ様は、恋仲であったミハルについて、心配そうにしてシャトマ姫に尋ねた。
シャトマ姫は優しく答える。
「別室にて、待機させている。心配するな、何もしていないよ」
「……」
タチアナ様も、アレクセイも、イヴァンも、三人揃って黙り込んだ。
それぞれの事情が複雑に絡み合い、葛藤を生んでいる。
「……迷うのも無理は無いよ。王と言う責務は、非情を伴うものだ」
シャトマ姫は用意されていたお茶を一口飲んだ後、遠い昔の事でも思い出すように、語り始めた。
「妾だって、最初からこんなに逞しい姫だった訳ではない」
あ、この人自分で逞しいと言った……
でも、その通りなので、誰も何もつっこまない。
「か弱い、ただの少女であったのだ、妾だって。だが、ある恩人が、妾の未来を見据えて、世界を知る為の旅に連れていってくれた。世界の醜いものも、美しいものも、残酷なものも優しいものも、全部見た。自ずと、自分のやるべき事を悟ったよ……。だけど、王と言う立場は辛い。多くの者を救いたいから王となったのに、多くの者を救う為には、時には一部を犠牲にする事もある。多きも少なきも、平等の命であるのに」
「……」
「これから行う戦争もそうだ。きっと、多くの者が死ぬ。彼らにも家族が居て、それぞれの信念がある。連邦を悪と決めつけ、討ち滅ぼすのが当然と考えているのなら、それは違う。……我々と何にも変わらない、対等な存在だ」
シャトマ姫の語る内容に、イヴァンは何かが腹立たしかったようで、強く拳を机に叩き付けた。
「しかし、連邦は……連邦はガイリア帝国を滅ぼした! 我々はその国を、取り戻さなければならないと言って、育てられてきたのだ!!」
「では、ガイリア帝国は、他国を侵略した事が無かったと言うのか……?」
俺は、ぼそっと口を出してしまった。
誰もが俺に注目する。
「ガイリア帝国は、かつて数多くの国を侵略し、乗っ取り、巨大になった国だ……シーデルムンド王国だって……」
イヴァンも、アレクセイも、言葉が出ない様だった。
俺は何を言っているんだろう。
しかし、黒魔王の祖国を思い出し、どうしても言わずにはいられなかった。
「歴史を見れば、どのような国も侵略と奪還を繰り返している。お前たちが革命の果てに、ガイリア帝国を取り戻したいと言うのも、分からなくは無い。だが、大事なのはその後だ……王の居なくなった国など、簡単に壊れるぞ」
これは、俺自身に言い聞かせている言葉なのかもしれない。
かつて黒魔王は、一個人の強力な力のみで、魔族の国アイズモアを作り上げた。
しかし、黒魔王が居なくなった後のアイズモアはどうであったか。
結局、魔族たちはその後、人間たちに害のある生物だと断定され、狩り尽くされ、歴史上絶滅にまで追いやられたのだ。
今の連邦も、協力な権力を持つ総帥の後釜が居なければ、結局国は滅びる。
いったい、誰があの国の頂点に立つと言うのか。
「私には無理だわ……」
タチアナ様は、涙目になって、一言それだけを言った。
「私は、ただの女の子になりたい。逃げたい。戦争の事も、何も考えなくていい場所で……。私、そんなに強く無いの」
彼女の望みは、ただそれだけだった。
ずっとそうだったのだろう。だけど、大事な人たちを前に、言えずに居たのだ。
アレクセイもイヴァンも、タチアナ様の泣きそうな表情を見ると、もう何も言えなくなる。
ずっと大事に守ってきた姫だ。彼女を悲しませたく無いと言う思いもあるのだろう。
保ち続けてきた何かがぷつんと切れたように、二人の騎士はその場で項垂れた。
「だけど、もう……もう遅い。革命家たちは、タチアナ様の自由を、許しはしないでしょう。それこそ、革命後の権力争いの火種にしかなりません」
アレクセイは、震える声で言った。
しかし、そこでシャトマ姫がニッと笑って、ピシャッと扇子を手のひらに打ち付けた後、力強い言葉をかける。
「結構だ。どんな結論でも、安心して下せ」
「シャトマ姫様」
「自分の意志で決めた事だけを、そなたたちは突き進めば良い。面倒な事は、全部我々が何とかしてやる。……我々は、魔王なのだから」
「……」
「……」
タチアナ様も、二人の騎士も、シャトマ姫の言葉の本当の意味を、きっと理解していない。
彼女の神々しさと、根拠の無い安心感だけが、そこにあるだけで。
だが、確かにそうだ。
人々にとっては高い壁だった様々な障害を、巨大な力で越える事が出来たから、我々は魔王であったのだ。
しばらく、タチアナ様と、アレクセイとイヴァンの三人だけにして、語り合いの場所を設ける事となった。
お役御免の俺たちは、ゾロゾロと会議室を出て行く。
あの三人が、どのような答えを出すのかは分からない。
だが、できれば己の意志で、自分たちの未来を切り開いてもらいたいと思う。
「トール、あんた、もしかしてガイリア帝国を恨んでいるの?」
「……?」
廊下で、マキアが顔を覗き込みながら、とても真剣な様子で俺に尋ねた。
俺は鼻で笑う。
「まさか……遠い昔の事だろう」
「そうかしら。とても根に持っていそうな顔をしていたわよ」
マキアは俺のほっぺたをつついて、そのままびっと摘んで引っ張る。
「いてーよ」
「……大丈夫?」
「何が?」
「ううん……」
何がそんなに気になっているのだろうか。
マキアは意味も無く俺の腕を引っ張った。
何となく、ぽんぽんとマキアの頭を撫でた。マキアはちょっと喜んでいる。
だけど、ふっと視線を落としたマキアの表情が、気になった。
どこか、影がある気がする。
「君たち、本当に仲良くなっているんだね〜」
ふいに、後ろから抑揚の無い声が届いた。
振り向くと、ユリシスがじとーっと、ニヤニヤとした嫌な視線でこちらを見ている。
「あんなに、中途半端な関係だったくせに」
「何だよ中途半端って」
しかし言い得て妙だ。
今になると、なぜ昔の俺は、マキアとともに居る事を自ら選びながらも、中途半端な距離感を保っていたのだろう……
そんなやり取りをしていた時、先を進んでいたシャトマ姫が振り返った。
おーいと、俺たちに声をかける。
「マキア、トール、ユリシス殿下……三人は今すぐ休養をとれ」
「……え?」
この局面で、シャトマ姫は何を言っているんだ……三人揃って、俺たちは目を点にする。
しかし彼女は至って真面目だ。
「これから、お前たちの力が大いに必要になる事は確かだ。しかしマキア、お前は昨日あのオリジナルと対峙して、疲れているだろう? 力がまだ戻りきっていない状態だ」
マキアは「んー」と顔を上げ、「そうね」と頷く。
「今から再び計画を練り直す。今は中央政府に忍び込んでいる諜報員からの情報を待っている状態だ。のちのち大きな争いとなる。それまでに、しっかりと体を休めているように」
シャトマ姫はそれだけ言うと俺たちにきびすを返して、カノン将軍を引き連れて去っていった。
「どういうつもりだろう……シャトマ姫」
「……それだけ、僕らの力を必要としていると言う事だよ」
ユリシスはこの状況に一つも疑問を抱いていないようだ。
「特に、マキちゃんの魔力が回復していなければ、オリジナルはどうにもできない。トール君、君もだ」
「……マキアは分かる。でも、俺は」
俺は全然動けるぞ、と言いかけたが、ユリシスに困ったように笑われた。
あ、これは、俺に「何も分かってないなあ」と言いたげな顔だ。
「なら、マキちゃんがゆっくり休めるように、しっかり尽くすと良いよ。さあ、二人とも部屋に戻って。あ、僕はオリジナルの事で、ちょっとだけシャトマ姫に話があるから、これで」
「は?」
「ほら、マキちゃんもう眠そうだよ。昨日からあんまり寝てないから」
ユリシスはふらふらしているマキアを俺に押し付けて、そそくさとシャトマ姫を追った。
俺は仕方が無く、マキアの顔をのぞく。
「おい、大丈夫か? やっぱり、疲れているのか? 何か、さっきから元気が無いぞ」
「……え? うーん……どうかしら。ちょっとだけ?」
マキアは曖昧に答える。怪しいな。
「シャトマ姫がせっかく時間をくれたんだ。戦いの前に、食って寝た方が良い。腹が減っては戦は出来ぬと、昔から言うしな」
「……うん。トールも?」
「いや、俺は……」
否定しかけて、止めた。
マキアが少しだけ寂しそうにしている。
何かがやはり、不安な様だった。
饅頭を食っていた時は笑顔だったのに、テンションが安定してないな……これは完全に、燃料切れ寸前のマキアだ。
「分かったよ。シャトマ姫の言葉に甘えて、今日は一緒に休もう。食って、寝て、好きな時間に起きて、だらだらするとしよう」
「……うん!」
マキアはさっきまでのしおらしさはどこへやらという様子で、俺の手を引いて、部屋へともどる廊下を早歩きで歩いた。