95:『 1 』トール、王の覚悟。
6話連続で更新しております。(3話目)
ご注意ください。
俺はトール。
かつて黒魔王と呼ばれた男だ。
俺とマキアは、ユリシスと再会した。
今までの事を語り、現状を確認し合う時間は一晩では足りそうに無かった。
本当は、もっとゆっくりと語り合いたかったのだが、俺たちには抱え込んでいる大きな爆弾がある。
そう。タチアナ公女と、その恋人ミハルについてだった。
二人は旧ガイリア王国の姫と、連邦政府の要人の息子と言う、相容れぬ存在でありながら、出会い、恋に落ちた。
若気の至りも相まって、二人は時間も忘れ中央区の温室公園へと赴いたようだが、そこで中央政府の軍人たちに見つかった。
間一髪でタチアナ公女たちを助け出したが、さあ、彼女たちはこれからどうなってしまうのか。
積み上げていた計画を台無しにして、タチアナ公女に危険をもたらした、足並みの揃っていない革命家たちにタチアナ公女を返すのも危険だと思った。
また、タチアナ公女がミハル・ユロフスクと離れたく無いと泣き喚いた。
俺の手に負える事ではない。
俺はこの二人を、一時的にフレジールへ転送し、そこで匿ってもらい、シャトマ姫に判断を仰いだのだった。
東区のバーは全焼し、今では近寄れる場所ではなくなった。
捕われた革命派の者たちも居たが、逃げ延びた者たちも居た。
こういう時の為に、外区にも集合場所が用意されている。
タチアナ様脱走事件兼、マキアの暴走事件兼、ユリシスとの再会の翌日、俺は一睡もせずにそこへと向かった。
やはり、この第二の隠れ家に、キルトレーデンに潜んでいた革命家たちが集結していた。
「どういうことだ、トール。タチアナ様をお救いしたのではないのか!! タチアナ様はどこに居る!!」
ほとんど寝ていない顔色の悪い俺(女姿)の胸ぐらを掴んだのは、タチアナ様付きの騎士イヴァンだった。
彼の苛立は、焦りからか。
複数の、殺気じみた革命家の男たちに囲まれながらも、俺は淡々とした態度を貫き、タチアナ様の現状を語った。
「どうもこうも無い。さっき説明した通りだ。タチアナ様は、ここ最近東区にあった隠れ家を抜け出し、外で連邦政府のユロフスク議長の息子ミハル・ユロフスクと会っていた。二人は恋人同士だ。しかし、計画を無視して独断的な行動をとったどこぞのテロリストのせいで、タチアナ様の存在が漏れ、二人は連邦政府に見つかり、追われていた。今は二人を保護し、とある場所で匿っている」
「……なんて事だ」
アレクセイは頭を抱えた。
一部の革命家たちの暴走、またタチアナ様の脱走、彼女の恋の相手に、混乱しているようだ。
何も知らずに居た自分たちを恥じているのか。
深い後悔と不安が、彼らの表情からにじみ出ている。
「連邦の議長の息子だと? 罠に違いない。タチアナ様は騙されておられるのだ」
「そうだ! 連邦の者など、許されるはずが無い」
「すぐのその男を殺せ! 見せしめにしろ」
「人質として中央政府に要求を突きつけろ。タチアナ様に正気を取り戻していただかなければ」
革命家の男たちは、口々にそんな野蛮な事を言って、焦りと憤りを滲ませていた。
分からなくは無いが、先が思いやられる。
革命家とは言え、やはりテロリストなのだ、こいつらは。
ため息をつきつつ、続けた。
「お前たちも、キルトレーデンから出た方が良いだろう。本日より、外区に強制的な調査が入るものと思われる。逃げ後れてしまえば、すぐに捕われるぞ。……タチアナ様の事は心配するな。彼女たちは、今フレジールのシャトマ姫様の元へと送った。彼女の思い人も、フレジールによって取り調べられている所だ。何にしろ、フレジールなら安全だ」
「……計画はどうなる」
革命家たちを中枢で仕切っていた、髭をたくわえたマクシオ・ローという大柄の男が、一番奥の椅子に座ったまま、低い声で俺に尋ねた。
まるで睨まれているかのように、厳しい瞳だ。
計画とは、月末の仮面舞踏会に忍び込み、集まった貴族たちを会場に閉じ込め人質とし、総帥の首を狙うものだった。
俺の力があれば、トワイライトの妨害があったとしても、サロン会場を閉鎖し、外部から切り離す事は可能だった。
しかし今回の件で、連邦は相当に警戒し、月末の舞踏会は中止となる可能性の方が大きい。
マキアが暴れたのもあって……それはもう……半端ない警戒具合だと思われる……
「中央政府を警戒させてしまった。もう予定通りに事は進まないだろう」
「諦めろと言うのか」
「いいや、我々でやる。もう、小細工をする時間は無い。本当は、タチアナ様自身が連邦を討つ選択をして、彼女が将来的に旧ガイリアの復興を誓う形式が、お前たちの理想だったのだろうが……彼女はそれを、酷く重荷に思っている。何にしろ、一度、ちゃんとこの事について、タチアナ様と話し合った方が良いだろう」
俺が淡々と言うと、イヴァンは疑わしげに眉を寄せ、さらに俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
一応女姿なんだけどな、俺。この焦り様、相当なもんだな。
「それは、フレジールに“元からあった”計画なんじゃないだろうな。こうやって俺たちの味方の振りをして、最後の最後に、全部自分たちのものにする。革命が成功しても、この国はフレジールのものになる算段なのだろう!」
「……」
「させないぞ! この国はガイリア帝国のものだ!!」
イヴァンに同調するように、あちこちから非難の声が飛んだ。
また、長いため息をついた。
こいつらが、長年連邦の中央政府から逃れ、旧ガイリアを思いタチアナ様を守ってきた事は、容易に想像ができる。
だが、俺には少々、気に入らない事があり、イヴァンの手を払った。
「ならば聞こう。それの何が悪い」
「……何?」
「お前たちは、革命を成功させ、ガイリア帝国を復活させる事を最大の目的としている。その為に、タチアナ公女をこのような危険な場所へと連れてきた。革命の象徴とする為だ。……だが、連邦を討った後の事を、お前たちはよく考えているのか? この膨大な国の、国民たちの事はどうなる。タチアナ様に、これだけの国をまとめる事が出来るのか? ここは確かに、かつてのガイリア帝国だった場所だが、エルメデス連邦は多くの国を集めた連邦国家だ。当然、かつてガイリア領では無かった国もある。そんな複雑な国の中枢を討ち滅ぼし、その後の混乱を、タチアナ様に押し付けると言うのか」
「……そ、それは、我々が彼女を支えて……」
アレクセイの反論に、俺はキッと彼を睨んだ。
「タチアナ様は、そもそも国のトップに立つ事を、望んでいるのか? 迷っている者には、とうていこの国をまとめる事は出来ない。甘いんだよ……お前たちは……」
ぐっと、俺は拳を握った。
何がこんなに、腹立たしかったのか。
俺も、一つの国を守っていた王だった過去があるし、今も、西の大陸に小さな魔族の国を持っている。
小さな国ですら、王と言う立場は、とてつもない責任がある。
メイデーア最大のエルメデス連邦が瓦解し、その後、いったい誰がこの国をまとめる事になるのか。
この国の国民を混乱に陥れる事無く、国家として再起させる事が出来るのか。
こいつらは、その後の事を何も考えちゃいない。
「国を取り戻すと言う事に、とらわれては居ないか。革命を成功させ、満足するつもりじゃないのか。国民にとって、大事なのは次の日からの衣食住だ。特にこの国は、自然の猛威に晒されている。ここ連日、雪も降り続いているし、ちょっと暖が切れただけで、死者は多く出るだろう。連邦の総帥は残虐な王だが、巨大すぎる国家をまとめ、国家を維持するには、それなりの機関と、毅然とした規律が必要なのだ。お前たちに、それらを引き継ぎ、維持する覚悟があるのか。……覚悟も無いタチアナ様が、ポンと上に立ってみろ。国が不安定になってみろ。……国民は思う。かつての連邦の方が、よっぽどましだった。フレジールに占領された方が、幸せだったかもしれない、と」
「き、貴様……っ、我々を愚弄する気か!!」
一人の男が、剣を振るって、俺に切りかかってきた。
俺はその攻撃を空間の壁で防ぎ、弾く。
鋭い視線で、周囲を見渡す。男たちは沈黙し、ごくりと息を呑んだ。
「タチアナ様が悪いのではない。当然、皆連邦の総帥に怯え、日々を暮らしている。王が変わって欲しいと望まれている。だからこそ、間違ってはいけないと言う事だ。タチアナ様に、次の王となる意思があるのか無いのか、しっかり確認した事があったのか? お前たちは、ただ理想を彼女に押し付けていたのではないのか。自分もそうだ……彼女の本心や望みを、もう少ししっかりと、理解してあげるべきだった」
「……」
「まだ若い少女だ。現状に不安があって、自分の事を何も知らない青年に惹かれた理由が何だったのか……少し考えるだけで分かるのに。このまま革命が成し遂げられたとしても、巨大な国をまとめる力は、今のタチアナ様には無い。そうなれば、結局フレジールに頼るしか無くなる。お前たちはフレジールを疑う前に、まず何が国民にとって、タチアナ様にとって大切な事なのかを、考えてあげなければならないのだろう」
「……トール、お前」
襟元を直しながら、俺は自分の姿が女である事も忘れて、ずけずけと言ってしまった。
何なのだろう。
黒魔王の祖国を滅ぼしたガイリア帝国に対する、言い様の無い複雑な思いのせいだろうか。
ガイリア帝国だって、滅ぼしてきた国があったじゃないか、と心のどこかで思っている。
それとも、王としての立場を、経験した身であるからだろうか。
王の居なくなった国の危うさを知っているからだろうか。
色々な思いを飲み込むように、俺は拳を握りしめ、またゆっくりと解いた。
「イヴァン、アレクセイ。お前たち二人をフレジールに連れて行く。タチアナ様の事は、お前たちが一番良くわかっているのだろうから。……タチアナ様と、今後の事をよくよく語り合ってくれ」
「……」
ため息まじりの捨て台詞を言って、俺はイヴァンとアレクセイを連れて、この隠された集合場を出た。
その間際に、俺は一度、革命家たちのボスであるマクシオ・ローに目配せした。
こいつは話の分かる男だ。勝手な事をしてくれるなよ、と無言で訴えた。
イヴァンとアレクセイはまだ俺を警戒しているし、腰の剣に手を当てて何が起こっても良いように身構えている。それでも黙ってついてくる。
地下通路を渡り、階段を上って、四角い隠し扉を開き、出た。
出たと思ったら、もうそこは、フレジールのメインタワー。
レジス・オーバーツリーの天辺にある、真っ白で滑らかな床に巨大な魔法陣の描かれた転移場だった。
「ここは……」
「もうフレジール王国だ」
「……」
二人は、あっけにとられていた。
窓ガラスから見える下界を見渡し、ここがフレジール王国であるのだと確認する。
信じられないと言う表情だったが、認めずにはいられないものが目の前にある。
雪国の曇った空ではない。晴天のうららかな空。
その空を行き来する、ヴァルキュリア戦艦だ。
「これが、転移魔法と言うやつか」
「ああ……フレジールが開発した魔導回路のシステムタワーだ。ルスキア王国のルーベルタワーと、レイライン連国のグランタワー、そしてフレジールのレジス・オーバーツリーの三つのタワーが線ではなく三角形の面を描くように繋がり、広範囲で長距離の転移魔法を可能にしている」
「……さっぱり分からんな」
「だろうな」
説明しても、これらの技術に疎い北の者たちには、想像もつかないようだ。
魔法には疎い二人を連れて、俺は転移室を出て、硬質な廊下を歩いた。
「あれ、トールが戻ってきたー」
フレジール王宮に着くと、赤毛の怪人姿のマキアが、手に大きな蒸し饅頭を持って、それを頬張りながら中央階段を下りてきた。
「赤毛の怪人か?」
イヴァンとアレクセイが、マキアにも警戒の視線を投げた。
マキアが居たからタチアナ様が助かったと言うのに。
「あれ、あんたそいつら連れてきたの?」
だけどそんな事はおかまい無しで、べたっと、俺に覆い被さるマキア。
「やめろ、触るな。餡子がつくだろ」
「もう〜トールったらこの姿だと冷たいんだから〜」
俺のほっぺたをつつくマキア。
その姿で語尾を伸ばした女言葉は本当に止めてくれ気持ち悪い、と言いたい。
くねくねするな。
「みんな集まっているわよ。こっちよ」
「分かった、分かったから」
目の前の二人の騎士は、女言葉のマキア(男)に違和感を感じながらも、何も言わない。
奇妙なものでも見る目だ。
「タチアナ様はこちらだ。状況に酷く混乱して、落ち込んでいらっしゃる。シャトマ姫様が慰めている所だ」
俺は二人を連れて、中央階段を上って、長い廊下を歩いた先にある円卓の広間へと連れて行った。
その扉の前には、フレジールの二人の将軍が控えている。バジヤード将軍とアイリ将軍だ。
二人の将軍により扉は開かれ、広々とした部屋の真ん中に円卓があり、そこには事実上この国のトップであるシャトマ姫と、タチアナ公女、またカノン将軍、ユリシスが座っている。
自分たちより若い者ばかりだと言うのに、気圧されるイヴァンとアレクセイ。
「シャトマ姫ーお饅頭もう一つちょうだいー」
男姿のマキアが、不躾にも、この仰々しい空気の中饅頭を欲しがり、能天気な様子でシャトマ姫の元へと駆けていった。
あいつはアホだ。食べ物のことになるとすぐこれだ。
「ふふ、良いだろう。沢山食うが良い。妾は、今のそなたの姿は嫌いじゃないぞ?」
「でしょー、イケメンでしょう?」
「ああ。より食べ物を恵んでやりたくなる」
「じゃあ私シャトマ姫のヒモになるわ」
マキアとシャトマ姫が意味不明な会話をしていた。
それがまた、イヴァンとアレクセイを混乱させていた。
「ああ……良く来てくれたな、ガイリアの騎士たちよ。そう堅苦しい表情をするな。好きに腰を下ろせ」
「……」
「トール、ご苦労だったな」
「……ああ」
俺は頷き、ユリシスの隣に座ろうとした。しかしマキアが割って入り、俺とユリシスの間に座りたがったので、一席ズレる。謎のタイムロス。
イヴァンとアレクセイは、ちょうどシャトマ姫の真正面に並んで座った。
シャトマ姫は、持っていた扇をぴしゃりと閉じて、彼らに言う。
「妾こそが、シャトマ・ミレイヤ・フレジール。……次期フレジール王国女王“藤姫”である」
「……」
「……」
イヴァンとアレクセイは、しばらく挨拶も出来ぬ程に、目を奪われていた。
王として洗練された態度のシャトマ姫の姿に。
タチアナ様とは、ほとんど年齢の変わらないシャトマ姫だ。
同じような立場ではあるが、違いはその存在感とオーラで、ありありと分かるだろう。
シャトマ姫を巨大国家のトップとして輝かせているのは、膨大な魔力だけではない。
彼女だって、藤姫の最初は、ただのいたいけな少女だったはずだ。
彼女を毅然とさせるのは、覚悟。
綺麗な事ばかりをやって成り立つ訳はない、それでもやり遂げなければならない王としての責任だ。
選択を間違えれば、選択が遅れれば、それが数多くの者たちを犠牲にする事を、もう十分に知っているから、彼女は決して弱い所を見せないのだ。




