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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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92:『 1 』イスタルテ、神話は繰り返される。


僕の名前は、イスタルテ・シル・ヴィス・エルメデス。

特に思い入れのない名だ。


現連邦総帥の男、ケイノス・シル・ヴィス・エルメデスと、しがない貴族の娘との間に産まれたのがこの僕だった。

今まで男として生きてきた僕が、なぜこの時代、女として生まれたのかは分からない。

僕は連邦総帥の男の、最後の子である。

なぜなら、奴は僕を生んだ事を、今では酷く後悔しているからだ。



僕が生まれた時、すでに総帥は巨兵研究に着手していた。

総帥はここ、旧ガイリアが秘密裏に保管していた巨兵のオリジナルを、宮殿の地下の隠し部屋で発見して以来、その古の兵器に魅入られている。


これこそが神話の時代の巨人であり、戦争の象徴だ。

何が何でも、この兵器を動かしてみせる。この兵器で、終わりの無い戦争に、決着を付けてみせる。

そう考えた総帥は、北の大陸の魔術師の名門、トワイライトの一族に巨兵研究を依頼した。


しかし、トワイライトの一族の長は、このオリジナルを一目見た時に、一般の魔術師が触れてはならぬ領域の産物であると悟ったのだろう。

依頼を断固として拒否した。どのような金品、立場を積まれても、決して引き受ける事は出来ない、と。


奴らはすでに気がついていた。これが、神話時代の、世界を焼いた巨兵であったと言う事に。

メイデーアに残るあちこちの、世界創造の痕跡を、彼らもまた調べていたからだ。

自ずと、巨兵について知る事もあったのだろう。一応なりにも、魔王クラスの子孫であり、一般の魔術師の中では、彼らは実に優秀であった。


当初総帥も、トワイライトの助言により、巨兵の研究を諦める方針でいた様だった。

その頃の総帥は、比較的まともな王であったからだ。

だが、この男を変えたのは、紛れも無く僕の存在だった。



総帥が幼い僕を連れて、地下に保管されていたオリジナルを見に行った事がある。

その頃の僕には、曖昧に一つ前の“銀の王”時代の記憶があっただけで、神話時代の記憶はすっかりどこかに忘れていたと言って良い。いや、自らのどこかに、隠されていただけなのかもしれないが。


「見てご覧、イスタルテ、美しかろう」


総帥が、どこか子供っぽく、僕にそう言ったのを覚えている。

その頃のこの男は、僕にとっては取るに足らない男だったが、それでもやはり、父だった。


だが、何かの歯車が動き出したのは、僕がオリジナルを直視してからすぐの事だ。


この時代に存在するのは、あり得ない金属の、そのさびた匂い。

手足がもがれ、あちこちのパーツの無い肢体。

眼球はくり抜かれ、それは真っ黒に焦げた骸骨の様でもあった。


体中を電撃が走ったかのように、巨兵の造形は衝撃的だった。

神話時代の全ての記憶を隠していた箱を、僕は一瞬でこじ開けたのだ。


途端に心を襲ったのは、遠い昔の、深く悲しい思いと、抑える事に出来ない憎しみだ。

大事なものを失った、奪われた、その記憶。


僕の子だ。僕の子を、こんな姿にしたのは、一体誰だ……?



「シェム・ハ・メフォラシュ」



無意識に、オリジナルを起動する為だけの、その禁じられた呪文を唱えていた。

僕はまだ、ほんの一歳足らずの幼子だったのに。


僕の言葉は、僕の魔力を通じ、目の前の巨兵に命を吹き込んだ。体内に沈んでいた無数の術式が、光を得て浮き彫りとなり、止まっていた心臓は動き始める。


誰もが、この破壊兵器の起動に、驚愕した。

これが、僕の存在が特殊な何かであると、総帥やその周辺の者たちに知らしめた事件である。

特に、総帥のお気に入りであった顧問魔術師ラスジーンは、すぐに僕を、魔王クラスであると断定し、興奮した。

僕もまた、かつての銀の王であると宣言した。


誰もが、かつての英雄の誕生に歓喜したが、父である総帥だけはそうではなかった。


奴は僕の存在を恐怖した。自分の立場が奪われる事を懸念した。

また、自らのものだと思っていた巨兵を、僕のような子供に、いとも簡単に起動させられた事に、言い知れぬ焦燥と、嫉妬を覚えたのかもしれない。

分からない。

だが、僕の存在が、オリジナルの起動が、総帥を狂乱の王へと変えていったのは、紛れも無い事実である。


オリジナルは、ただ動いただけでは、何の破壊の力も無い。

何もかもをリセットされた初期起動の状態で、この巨兵は知恵も無く、赤子も同然だった。


総帥は、このオリジナルを元に、戦争で利用する為の巨兵開発を再会する決定を下し、トワイライトの一族を強制的に連行し、この研究を進めるように命じる。

だが、断固として拒否したこの者たちに、総帥は卑劣な手段をもって、自らの命に従わせたのだった。


それは、トワイライトの子供たちを人質に取り、監禁し、身体的精神的に激しい苦痛を与え、強制的に巨兵開発の為の奴隷として働かせる事。

総帥は多くの惨い事を、この一族にやってのけた。

トワイライトの者たちも、当初はこの状態に激しく反発し、未来のある子供たちをなんとかこの地獄のような場所から逃がすため、多くの命を犠牲にして、度々反逆行動に出ていた。


一度、複数の子供たちを、監禁していた場所から逃してしまう大きな事件があった。

この時に逃れた者たちが、今ではフレジールに保護され、敵国で活動しているトワイライトの者たちに他ならない。

この時、総帥は激しく激怒し、子供たちを逃した多くのトワイライトの魔術師たちを処刑した。


だが、これは僕にとって、何より腹立たしい出来事だった。

一国の王である総帥とは言え、トワイライトの一族は魔王クラスの子孫だ。

僕も良く知る、憎悪の対象でもあるパラ・クロンドールの子孫。


僕はかつての神々を軽んじてはいない。

トワイライトの一族は、その魔法を正しく受け継いでいた。ただの人間が、彼らの力を利用し、従わせようとし、簡単に殺し、愚かで浅はかな欲望を満たそうとしている事が、僕には許せなかった。


奴が父でなければ、もうとっくに葬っている所だ。

僕の最大の不幸は、まさに奴が父であった事だと言える。

僕の魔法は、創造と言うこの世の全てを作り出す、まさに神の頂点たる能力だ。

しかし、何かを生み出すには、何かを犠牲にしなければならない。

黒魔術はそれが顕著に出てくる魔法で、僕の場合、多くの誓約や対価に縛られるものだった。


創造魔術の第一のルールは、僕自身を生み出した存在を、決して裏切る事が出来ない。

これに尽きる。

これは最大の弱点でもある。

僕はちっぽけな、老いた愚かな総帥を、殺す事が出来ない。むしろ、彼の言いなりとなり、彼を守る事が、この魔法を維持する最大のルールだ。


また、この事実をどこで知ったのか、総帥はいつからかそれを了解していた。

自らの子供たちや妻を次々と殺し、唯一生かした娘である僕を息子のように扱い、母を人質に、自らの意思に従わせる。

この僕を、この神の王たる僕を、総帥は支配した。

僕はそれが不愉快で、憎らしくて、激しい殺意に身を焦がしたが、それでもこいつを裏切る事が出来なかった。


僕が政治の表に立つ事が出来たのは、7歳の頃からだ。

進まない巨兵の開発に苛立ちを覚えていた総帥に、僕が自らの魔法を利用し、成功させると約束する事で、その開発を全面的に任された。

この頃、トワイライトの一族の者たちの数も随分と減っていて、生き残っていた者たちに生気はなかった。

僕は彼らを自らの傘下に置いた。

そうする事で総帥の悪意から、逃れさせようとしていた。

トワイライトの能力は貴重だ。

それを、総帥は分かっていながら、自らの手ですりつぶしてきた。

恐怖と暴力で相手を屈服させる事は実に簡単だ。だが、そこに王としての資格も、品格は無い。



「僕こそが、銀の王である。僕は、黒魔王の血を引くお前たちの力を軽んじたりしない。……連邦が憎いだろうが、今は我慢してくれ」


そう言って、もう生きる希望も失っていたトワイライトの魔術師たちの命を保護し、巨兵の開発に集中させる環境を整えたのだった。



総帥は、それすらも気に食わなかった様だったが、今までと打って変わって進み始めた巨兵の開発には満足していたようで、それだけが、総帥の暴走を留める手段だったとも言える。


現代の巨兵は、多くの犠牲と実験を経て、完成に至る。


僕にとっては、巨兵のその先にある、大きな戦争が、全ての目的であっただけだ。

黄金の林檎の再来。

巨人族との戦いギガント・マギリーヴァ……やがて揃う神々との戦い。


この時代、それは確かにやってくると、度々僕と協力関係にあった“パラ・エリス”は言っていた。

それだけが、僕にとっての、希望だった。









「チッ……あいつら、オリジナルの瞳を盗んでいった。許せない……っ」


息を切らし、体中に裂傷を抱えて、僕は再び現実世界へ戻る。

僕の大事なヘレネイアの部屋だ。


体が痛い。皮膚はただれ、自身の右目も左足も持っていかれた。

内蔵もいくつか欠けてしまっただろう。


「あっ、あなた、大丈夫なの……?」


ヘレネイアが僕の帰還に気がつき、慌てて側に寄ってきた。

彼女は先程まで苦しんでいたが、今はもう大丈夫みたいだ。


「どうして、どうしてどうしてそんな体に……っ」


ヘレネイアは酷く泣きそうな表情で、僕は不思議だった。

彼女は僕が嫌いなはずだ。そのくらい、僕にだって分かっている。


「別に、“あいつら”にやられた訳じゃないさ……まあ、間接的にはあいつらの仕業なんだけどさ」


ふっと、皮肉な笑みがこぼれた後、体の痛みに、表情を歪ませる。


この体の裂傷は、オリジナルの巨兵を幾度と無く“再生”させたがための対価だ。

あれの再生は転生に等しい。

オリジナルを封じているナタンの魔道要塞“黒い箱ブラック・ボックス”の中では、僕に対する再生の対価は後回しにされるよう設定されているが、盾があっても、対価は相応に求められる。

そのため、“黒い箱ブラック・ボックス”からはじき出されると、このように一気に請求に追われるのだった。


何かを生み出す黒魔術の対価は大きい。

ただの巨兵であるのなら、魔族を素材に作り出すものの、オリジナルではそう言う訳にはいかない。


オリジナルの素材は、僕自身と言って良い。

また、巨兵の右目を奪われた事で、再生の魔法が不完全となり、失敗と見なされた。

それも、体の負担となったか。


「イスタルテ様」


側に、ナタンが現れた。彼もまた、口から血を流している。

だが僕の体を抱えて、側のソファに横たえ、治療のためゴーレムたちに指示を出し、淡々とこの場を取り仕切った。


僕は、徐々に体の痛みが遠のいていくのを感じていた。

そろそろ、体内の治癒魔法が回り始めたか。


「イスタルテ……イスタルテ、あなた、そんな傷だらけで、死んでしまうわよ」


ヘレネイアがぼろぼろと泣きながら、僕を見守り、そんな事を言っていた。

それほどに、僕の様子がショッキングだったのだろうか。


「なぜ……君は、あいつらの事を聞かない?」


ふいに尋ねた。

ヘレネイアは少し目を見開いて、その後、妙に落ち込んだ表情をする。


「あいつらの方が、君には気になる存在だろう。ふふ……僕が言うのもなんだけれどね、あいつらは無事さ。まんまと、僕を出し抜いて、盗人甚だしい暴挙を働いて逃げて行ったよ」


「……私は」


何かを言おうとして、彼女はまた俯いた。

僕は小さく、呼吸を繰り返す。

動きにくい手を伸ばして、彼女に触れようとした。だが、躊躇ってしまう。


「ヘレネイア、どうして君は、逃げなかったんだい?」


そして、問う。マギリーヴァがヘレネイアを連れ去りに来た事は、明白だった。

なのに、ヘレネイアは逃げなかった。


「私にも……良くわからないわ」


ポロポロと涙をこぼしながら、子供のように泣きじゃくって、彼女は首を振った。

自らの愚かな行動を嘆いているのだろうか。


僕は天井を見つめた。

迷宮の瞳の“右”が奪われ、事が大きく動いてしまった。悠長にしている暇は無いだろう。


「ナタン……お前の魔導要塞は、もう保たないだろう」


「……」


「正直に言うと良い」


「……はい。パラ・マギリーヴァに破壊された空間を修正するのは、私では不可能に近いと言えます」


「やはり、あの女がトリガーか……」


僕は、まだ治癒しきっていない、血まみれの体を起こして、低い声で告げる。


「始めよう、ナタン」


「……本気ですか」


ナタンは、珍しく複雑そうな表情をしている。


「ああ……ふふっ、いや、何も早い事は無いよ。むしろ、やっとと言って良い。神々は既に揃っている。神話は繰り返される。世界は、再び生まれ変わるのだ」


立ち上がると、ヘレネイアが僕を支えようとした。


「大丈夫だ」


しっかりとそう言って、彼女を引き離す。

泣いていた彼女の涙を拭って、目を細めた。


ヘレネイアは、言い様の無い不安に、身を震わせている。


「いったい、何を始めようとしているの?」


「戦争だよ」


「戦争なら、とっくの昔に始まっているでしょう?」


「違うよ……神話の時代の戦争の続きだ。巨人族との戦いギガント・マギリーヴァだよ」


「…………え?」


戸惑う彼女の頭を撫でた。

自分より背の高い彼女を見上げて。


「今晩は疲れただろう。ゆっくりおやすみ」


そう言って、すぐに彼女に背を向け、前だけを見据え、僕はナタンを引き連れて部屋を出た。



長年の屈辱を晴らす時だ。

時間は無い。大切なものを取り戻す為に、その他の全てを犠牲にしてもかまわない。


神々は帰還し、神話は繰り返されるのだ。



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