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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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91:『 1 』マキア、魔王たちのささやかな宴。



パチパチと、心地よい音が聞こえる。

暖炉の炎が燃え、揺れているのが分かる。


温かい。


お腹が空いたし、とても眠い。


「マキア……おい、マキア、しっかりしろ」


「ダメだよ、トール君。マキちゃんは本当に、体力を消耗しきっているんだ。大変な戦いだったんだよ」


トールとユリシスの声が、曖昧に聞こえる。

とても落ち着く。居心地が良くて、懐かしい空気の中に居る気がする。



かつて、欲しくて欲しくてたまらなかったものを、やっと手に入れた時代がある。

地球での事だ。


安心と、安定を、三人の関係に望んだ。

誰一人欠ける事無く、分かり合える、助け合える、そんな関係。


恋人でもないし、ただの友人でもない。

前世と罪、秘密の痛みを共有し合っていた、あの頃。

悪友と言うか、仲間と言うか、腐れ縁と言うか。

だけど、誰より信頼している。


そう、地球に居た頃に生み出した空気なんだ、これは。


「大丈夫なのか、マキアは……一体何があったんだ」


トールが焦っている。

ぐったりとしている私の頬に手を当て、心配しているようだった。


「とりあえず、ゆっくり寝かせてあげよう。魔力が尽きた訳じゃない。命に別状は無いよ」


「しかし……」


ユリシスは冷静だった。

トールは私を抱えて、温かい部屋のベッドに寝かせる。

これでもかというくらい布団をかけてくれた。ああ、あったかいあったかい。


「トール〜……ユリシス〜……」


唸るように名を呼ぶと、二人とも「何だ」とか「大丈夫かい」とか、声をかけてくれた。

それに安心して、私はふうと、息を吐く。

体はやっぱり動かない。


私の落ち着いた様子を見てから、トールとユリシスはお互い、暖炉の前の絨毯の上に座り込んだ様だった。

目をつむっていても、二人の会話は聞こえるし、様子は何となく分かる。


「しかしユリシス……お前、こんな所まで良く来たな。まさかあんな場所で出会えるとは思わなかったぞ」


「うん。ペルセリスがね、二人を助けにいくようにって、僕の背を押してくれたんだ。僕はずっと、南の大陸から出てはいけないと自分に言い聞かせていたけれど、エスカ義兄さんがペルセリスたちを守ってくれると言ってくれたから。今の僕には、味方が多い……嬉しい事にね」


「へえ……エスカはすっかり味方なんだな」


「エスカ義兄さんは最初からずっと味方だったんだと思うよ。凄い人だ……と思う。色々な意味で達観しているから、見えてくるものもあるようだ」


トールは暖炉の上の鉄棒に引っ掛けていた鍋でお湯を沸かし、ココアを作った様だった。

良い匂いが漂ってくる。


「あ、そう言えばお前、ペルセリスとの間に娘が生まれたんだろ? 元気に育っているのか? スズマはどうしてる?」


「娘はオペリアと言うんだ。スズマは元気にしているし、それこそエスカ義兄さんの弟子として、白魔術を学んでいる。才能のある子だよ。……ペルセリスは二人の我が子に囲まれて、幸せそうだ。子供だと思っていたけれど、母になると女性は強いね。彼女も随分としっかりしてきたし、僕の方が子供なんじゃないかと思わされる時もある。世界は不安定だけれども、南の大陸は完成された緑の幕のおかげで、今の所平和だよ」


「……そっか。みんな元気にしているんだな」


ココアを啜る音が聞こえる。

淡々とした男たちの会話よりも、私はココアの匂いの方が気になり始めた。


ああ、ココア……ココアが飲みたいのに、疲れていて体が動かない。


「しかし、お前が来てくれて助かった。俺とマキアでは、色々と不便な事も多くてな」


「良く言う。僕にマキちゃんの事を知らせてくれなかったくせに。一体、いつから君はマキちゃんの事を思い出して、一緒に居るんだい」


「えっ。あ、ああ……そう言えばそうだったな……俺がマキアの事を思い出したのは、西の大陸での事だ」


トールは簡単に、私とどこ出会い、西の大陸で何があったのかを説明していた。


「しかし、酷い話だと思わないかい。エスカ義兄さんだってマキちゃんの復活については知っていたのに」


「……すまん。時期じゃないと思ってな」


心底申し訳無さそうなトール。

私が口止めしていたのに、トールに謝らせちゃったわね……


「全く。どうせ、二人でいちゃいちゃしていて、僕の事なんてすっかり忘れていたんだろう。分かるよ。まるで慎ましやかな若い夫婦の為の部屋じゃないか。……ベッドに限っては一つしか無いし」


ユリシスのさりげない言葉に、トールはココアを吹き出してしまった様だった。


「お、お前、変な勘ぐりするなよ。あれはマキアは寒いって言うから、俺は湯たんぽに徹しようと思ってだなー……!」


「別に何も言って無いじゃないか。いいんだよ。君たちが二人でよろしくやっているのなら、それはそれで本望だ。僕もずっと望んでいた事だし……ちなみに、もう恋人同士なのかい?」


「……婚約者だ」


何故か絞り出すような声で言うトール。

なぜだ。なぜ、そんなに悔しそうな声で言うの、トール。

問いつめたいけれど体が動かないし、声も出ない。


「それは良かったよ。ならば、さっさと結婚してしまえば良いのに。結婚は良いよ。家庭は素晴らしい。子供が出来れば身が引き締まる思いだし、何と言っても我が子は可愛い」


「お前たちは結婚が早かったからなあ……。だが、今の状態じゃあ、すぐにって訳にはいかないだろ。俺はマキアをルスキア王国に連れていきたいし、その時は御館様に許可をもらいたい。確かに今のマキアは、かつてのマキア・オディリールじゃないけれど……でも、御館様に報告してから、結婚したいよ」


「相変わらず真面目だなトール君は。ハーレム魔王の言葉とは思えないね」


「……そんなかつての栄光を持ち出すなよな」


ずず……と、ばつの悪そうな様子でココアを啜るトール。


「あ、何か食うか? 腹減っただろ? お前は疲れてないのかよ」


「……疲れているよ。体の節々が痛い」


「じじくさいなあ」


トールが立ち上がり、日頃、私には絶対に触れさせない食料の戸棚を開けた音がした。


「パンにサラミを挟んで食おう」


「良いね。僕はもうすっかりお腹が空いてしまったよ」


「ドライフルーツもあるぞ。ピクルスも」


ごそごそと、何かを取り出す音。

私は生唾を飲んだ。良い匂いに、私の鼻が反応する。


あいつら……私の寝ている隙に、飲み食いするつもりなんだわ!!


居ても立っても居られず、私はうんうん唸り始めて、体内の自動治癒の魔法を急がせて、自力で体力を回復。

二人が絨毯の上に座り込んで、色々つまみ食いをしているのを恨めしく思って、ガバッと起き上がる。


「あ、こいつ起きやがった」


トールの、驚きつつも呆れた声。


「あんたたち、人が寝ている時に、なに勝手に食べているのよ! 私だってお腹が空いているのに」


「だってお前、酷く疲れてそうだったじゃないか。寝るか食べるかにしなさい」


まるで子供に言い聞かせるかのように、トールが側に寄ってきてまた私を横たえようとした。


「もう大丈夫だってば。私は食べるを選択するのよ」


「本当かよ。お前、見るからに結構ヤバい疲労具合だったぞ」


「そりゃあ、凄いのと戦ったんだもの」


よっとベッドから降りて、私は暖炉の前の絨毯の上に座り込んだ。


「これ、あげるよマキちゃん」


ユリシスが、まだ手をつけていない自分のサラミサンドを、私にくれた。

自らの食料を分け与えてくれるなんてまるでお母さんみたいな相変わらずのユリ。


「わーい」


それにかぶっとかぶりついて、私は溜まらない空腹を満たそうとしていた。

トールが温かいココアを鍋からついでくれた。いつものマグカップ。


「ゆっくり食べろよな」


「分かってる」


言いつつ、ピクルスも摘んで口に入れる。大根のピクルスだ。

こりこり噛み砕くと、口の中が甘酸っぱい味で一杯になる。それをココアで流しこむ。不思議な組み合わせ。


しかし、全然足りない。本当に、色々な力を消耗してしまった様だ。


「なんだか、マキちゃんが足りなさそうにしているよ」


「う、うーん……」


ユリシスがトールにさりげなく言ってくれた。

トールはしぶしぶ、戸棚に隠していた食料を全部持ってくる。


いつもちょっとずつ食べているロースト肉を、小刀で端からスライスし、お皿に盛ってくれた。

私は「わーいわーい」と喜んで、肉を頬張る。

また、残り物のミネストローネを温め直してくれた。


私は一通り食べてしまって、満足した。


「ふふ、変わらないねえ、マキちゃんは」


「……ユリシス」


私の食べっぷりを見て、ユリシスは感心するやら、懐かしむやら。


「ユリシス、あんたは何だか、変わったわね。ううん、変わっていないのだけれど、白賢者に少し近くなったかしら」


「そりゃあ、あれから何年経ったと思っているんだい」


ユリシスは憂いを帯びた様子で、微笑んだ。

そして、まじまじと私を見つめる。


「マキちゃん、君の髪の色は真っ赤だけれど、僕は君から、地球のマキちゃんを連想するよ。やっぱり、君は地球の肉体を持って、こちらにやってきたのかい?」


「……あんた、知っているの?」


「何となく、そうなんじゃないかなって考えていただけだよ。君が復活したと知った時、それを可能にできるのは、紛れも無く、あの回収者……カノン将軍に他ならないと思った。彼は僕らの死と、転生を、意図的に操作していたからね。それを考えた時、じゃあ僕らに、なぜ地球と言う全く別の世界での転生を経由させたのだろうかと、疑問を持った。……結局こういう時のため、だったのかな」


「……カノン将軍は、肉体をストックする為だったと言っていたわ」


「肉体のストック……か」


トールは複雑そうだ。ユリシスも、顎に手を当てて、何やら考え込んでいる。


「あ、ちなみにあんたたちの肉体は、殺した後すぐに葬ったらしいから」


「マジかよ」


「じゃあ僕らは死ねないねえ」


あっさりと暴露した事に対し、二人は妙にショックを受けていた。

そりゃあ、そうか。


「でも良かったよ。……いや、マキちゃんが一度死んでしまった事に対して、僕は深い後悔を、今でも抱いている。だって君は、何も教えてくれなかったから。だけど、ダメだったのは僕らだ。君の異変に、気がつきもしなかった」


「……ユリ」


ユリシスはぽつりと、かつての思いを打ち明けた。

私は申し訳なく思う。いつだって、彼らは私を思ってくれていたのに、勝手に死を選んだ事を。

皆が、どれだけ苦しい思いをしたのかは、自分自身が彼らの立場になった時の事を想像するだけで、十分に理解できる。


「ごめんなさい、ユリシス」


素直に謝った。


「……それともう一つ。なぜこっちに戻ってきた時に、すぐに僕に教えてくれなかったんだい。酷いじゃないか」


「ご、ごめんなさい……っ」


ユリシスは笑顔だったけれど、静かでいて猛烈な怒りを感じる。

彼の背後に氷の阿修羅像が見える気がする!!


「ま、まあまあ」


「トール君もトール君だよ。二人で楽しくあっちこっち旅をしたんだって? 西の大陸? 魔族の国だっけ? 勝手に建国して王様になってさ。それならそれで、僕を呼んでくれたって良いじゃないか」


「……すまんかった」


トールもユリシスの言う事に、反論が出来ない。


「みんなして僕には何も教えてくれなかったんだから。エスカ義兄さんが単純だったおかげで、簡単に情報を漏らしてくれたから分かったけれど……」


エスカか。エスカがばらしたのか。あの野郎。


奴らしいと思いながらも、蒼白な私とトール。

ただ、ユリシスは本気で怒っているようでは無く、最後はクスッと笑う。


「ま、良いか。マキちゃんが戻ってきてくれただけで、十分だ。君たちが、僕の事や、ペルセリスや、南の大陸の事を思って言わずに居た事は、分かっているんだ。僕だって、あの大陸から出るのを、ずっと迷っていたのだから」


そして、彼は再び私を見つめた。

懐かしいような、でも、苦しい何かに耐えるような、でもやっぱり、嬉しいと言うような表情だ。


「おかえり、マキちゃん。ずっと君に、会いたかったよ」


「……」


そして、一筋涙をこぼしたユリシス。


思い知る。どれほど、私の死が彼を苦しめていたのかを。

置いていかれる者の苦しみを、私は十分に分かっていながら、彼には記憶も重いものも全部残して、死んでしまったのだ。


私はたまらなくなって、食べ物を全部そっちのけで、ユリシスに抱きついた。


「ごめんね、ごめんねユリシスっ」


涙があふれてくる。

ユリシスを泣かせてしまった。胸が苦しい。


「……マキちゃん」


「私もずっと会いたかったわ。あなたが幸せでいてくれることを、ずっと願っていたのよ」


「分かっているよ。僕だって、そうだ。君が生きているのなら、今度こそ、君の幸せを、全力で守るよ。君が僕たちを守ってくれたように……」


ぎゅっと、優しく包み込むように、抱きしめ返してくれたユリシス。


彼の優しさは、無限の安心感だ。

トールとも違う、他の誰とも違う、ユリシスだけのもの。

ユリシスだけの立ち位置と言うものが、私たちの中には絶対的に存在する。


トールもまた、同じような事を考えていただろうか。

私とユリシスの様子を、黙って見つめていた。





遠い昔、今より二千年も前の話。

北の大陸で三つ巴の争いを繰り返していた、三人の魔王が居た。


そして、今もここに居る。

死んでもなお、切れる事の無い絆というものが、私たちを再びこの地に集わせたのだ。




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