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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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90:『 1 』マキア、ユリシスとの共闘。


この、言い様の無い安心感は何だろう。

私は何度も名を口にしていた。


「ユリ……ユリシス……」


「久しぶり、マキちゃん。本当に」


「いったい、どうして」


戸惑う私に、ユリシスはニコリと微笑んだ後、すぐに真面目な顔になって、目の前にオリジナルに顔を向けた。


「まだ懐かしさに浸る事は出来ない。まずは、こいつをどうにかしないとね」


「ユリシス、でも、こいつ、世界の理で守られているの。絶対に、破壊できないのよ。盾の力で、再生されてしまうの」


私は慌てて説明した。

例えユリシスが助けてくれても、私たちの力では、こいつをどうにも出来ない。


「……なるほどね」


ユリシスは、この心もとない説明で、ある程度納得してくれた様だった。杖を持ち直す。

巨兵はユリシスに斬られた腕を再生しながら、再び体勢を整えようとしていた。


「チッ……パラ・ユティス……白賢者か」


イスタルテは苛立を隠そうとはしなかった。


「どういう事かなあ。この空間は、ナタンが管理している。白魔術師であるお前が入って来れるものでもないだろうに。ああ……でも前にも居たなあ、白魔術師のくせにこの空間へ割って入ってきた馬鹿な奴が。思い出すだけでも腹立たしい出来事だ」


イスタルテの言葉に、ユリシスはクスッと笑う。


「確かに、僕の白魔術では、本来この空間へ侵入する事は不可能だ。だけど、空間破壊の力のある者なら可能……ここで、その力のある者は、マキちゃんに他ならない。彼女は内側から、空間にヒビを開けていた。ヒビがあれば、僕はマキちゃんの魔力を追って、ここへ辿り着く事は出来る」


私は思い出していた。

神器により、巨兵を撃退せんとレーザー砲を撃った先ほどの事を。

あれは確かに、空を割り、空間を僅かに歪ませた。


「……ナタンめ。所詮はトワイライトか」


表情を歪ませつつ、イスタルテはオリジナルに命令した。


「もう一度だ。もう一度、あいつらに銀の雨をお見舞いしてやれ。血の一滴も残さず、このメイデーアから消し去ってやる!」


イスタルテには、言い様の無い焦りがあるようだった。

ユリシスがやってきたからといって、圧倒的にイスタルテの方が有利だと言うのに、彼女の様子は、この状況がとにかく気に食わず、早く消し去ってしまいたいかのようだ。


「マキちゃん……」


ユリシスはすぐに、私に耳打ちした。


「あいつを破壊できないのなら……」


「……え?」


彼の提案した計画に、私は思わず目を見開く。

ユリシスは本気なのだろうか。


「そんな事……出来るの?」


「それができれば上出来さ。大事なのは、今あれを破壊する事じゃない。……痛手を負わせる事だ」


ニッと小粋に笑うユリシス。

彼らしいと言うか、なんと言うか、やっぱり私には思い至らない事を、冷静に、かつとっさに思いつく。


闇雲に攻撃しても、奴はまた再生する。

今はまだ、破壊の時ではない。


私はユリシスを見て、頷いた。


「マキちゃん、行くよ」


ユリシスはその錫杖をかざし、白魔術の魔法陣を何枚も何枚も、オリジナルの周囲に環を描くように連ねる。


「何の小細工をしても無駄だ。お前たちはオリジナルの前に、成す術も無く死ぬんだ!」


イスタルテの号令を合図に、巨兵の周囲に、魔力を収縮させた球体がバチバチと音を鳴らして形成される。


私は神器を指輪に変え、指輪のはめられた手で、ユリシスの持つ錫杖を、同じように握る。

呼吸を整えた。


銀の雨が降り注ぐ宙をユリシスと共に見上げた。

ただただ、見つめるだけなら、とても美しい雨だ。


破壊の音が耳に届く。ユリシスの精霊宝壁が私たちだけを守るが、周囲の大地は抉られている。

連なっていた精霊宝壁はすぐに穴が開き、私たちはその身に雨を浴びた。

しかし、すぐにユリシスの準備していた治癒魔法が働く。


傷つきながらも、すぐに治る。

ユリシスの力があれば、治癒がギリギリ間に合う。私の魔力も、指輪を通じてユリシスの魔法に注がれる。


雨はやんだ。

その瞬間を待っていた。


「第七戒・精霊の楔」


もくもくと、抉られた大地の土ぼこりが舞う中、ユリシスの精霊魔法が発動する。

第七戒は精霊の楔。

オリジナルの周囲をグルグルと回っていた魔法陣が、ピタリと静止し、一斉に光の楔を放ち、オリジナルを大地に、この空間に縛り付けたのだ。


「何?」


イスタルテは、視界の悪い下界を警戒していたが、私はユリシスが打ち付けた白い鉄柱のような楔を上りながら、神器を槍の形に変えた。


巨兵の目前に飛び出し、槍をくるりと回して命じる。


「戦女神の盟約! 瞳を貫け!!」


槍は一直線に、オリジナルの右の瞳を貫いた。真っ赤な宝石のような瞳は、粉々に砕け散る。破壊の勢い余って、顔面の半分もちぎれるように飛散する。

イスタルテが私の存在に気がついたのは、そのすぐ後。


彼女はすぐに盾をかざして、「再生しろ!」と叫んだ。

途端に破壊は止まり、逆再生するように巨兵の顔が元に戻る。砕けた瞳も、鈍い光を放ちながら、徐々に元の球体に戻っていった。


私はそれを確かめ、地上に舞い落ちながら、ニヤリと笑みを作った。

イスタルテはそれに気がついていただろうか。


「第十戒……盗持の大精霊ネア・トレア召喚」


地上ではユリシスが、十枚の魔法陣を連ね、その時を待っていた。

青く柔らかい人の手が、まるで樹の枝のように伸びてきて、元に戻ったばかりの瞳を掬うようにして包む。


ネア・トレアは“盗む”という概念の百精霊。この精霊の手にかかれば、“掬い盗れ”ないものは無い。


オリジナルの右目は、ちょうど肉体から離れ、再生されたこのタイミングで、この大精霊の手によって盗まれた。


「な……っ」


ほぼ一瞬の出来事だった。

ネア・トレアの腕がしゅるしゅるとユリシスの足下の魔法陣に戻るのを、イスタルテは目で追ったが、彼女は巨兵の再生に力を注いでいるため、何も出来ない。


私はスタッと地上に降り立ったタイミングで、槍を大地に突きつけた。

血はそこかしこから流れている。


「空間を破壊しろ!」


その命令のまま、大地は鏡を割るように、高らかな音を響かせた。

ガラガラと足下が崩れていく。


振り返り、ユリシスに手を伸ばした。


彼は私の手をしっかりと取る。

落ちていく感覚に身を任せ、私はそのまま、彼を引き込んだ。


魔法の空間から現実へ移行する。

その節目を確かに意識して。








「……」


真っ白な雪の上に落ちたようだった。

あまりの寒さと、体の軋みに、鈍い声を上げた。


「大丈夫かい、マキちゃん」


私の顔を覗き込んだのはユリシスだった。

彼はしっかりと立っている。私を助けるようにして抱き上げ、「早く、ここから逃げないと」と、冷静に言う。


「ここは?」


「キルトレーデンの西の丘の上だ。変な所に落ちちゃったね」


「雪の上で良かったわ」


痛む体をゆっくりと動かした。

魔法を使いすぎた。あんなに、大規模な魔法を連続して使った事は、ここずっと無かった。


それでもあのオリジナルは倒せなかった。


「ユリシス……“瞳”は」


「大丈夫。ネア・トレアが盗んだ瞳は、保持の精霊ククル・チャクタがしっかりと管理している。僕がちゃんと持っている」


「……良かった」


ユリシスに助けられながら、一歩一歩足を動かす。

丘の上から、遠くキルトレーデンの町と、中央にそびえるエルメデス王宮を見つめた。


イスタルテとあのオリジナル……どうなったんだろうか。

レナは……


「王宮には、レナが居たの。結局、助けられなかったわ」


「……タイミングは、また巡ってくる。僕らは、もうあの場所に戻る力を残してはいない」


「……分かってる」


ゆっくり頷き、側にいるユリシスのローブを掴んだ。


ユリシスの顔を見上げる。

ユリシスは、以前の彼と変わらない端正で清涼な佇まいのまま、少し大人っぽく、そして男らしく精悍な面持ちになっていた。

落ち着き払った様子は、無条件で安心感を与えてくれる。

この数年感、彼に何があったのか、私には分からない。だけど、静かな覚悟のようなものを感じる。


彼に聞きたい事、言いたい事が沢山あるのに、どんどん気が遠のいていく。

やはり、随分と疲れている。


「マキちゃん……っ、大丈夫かい」


ふらつく私を、ユリシスは支えた。


「ごめんなさい……私、魔力だけは馬鹿でかいんだけど、それを使いこなすだけの体力が足りないのよ」


「ああ、マキちゃんらしいね……っ」


そんな、懐かしい感じのやり取りをしていた。極寒の、吹雪の中。



「いたぞ」


その時、私たちを囲むように、湧いて出来てた者たちが居た。3人程だろうか。

真っ白の軍服の上に、長いコートを羽織った者たち。


連邦の軍人だとすぐに分かったが、どこか空気が重い。転移魔法の痕跡がある。

こいつらは、魔術師たちだ。

おそらく、空間魔術師。トワイライトだ……あの、ガド・トワイライトも居る。


「賊め。逃げられると思うな」


ガド・トワイライトが声を張った。

同時に、空間の檻が私たちを囲い、拘束する。


しまった。捕らえられた。

逃げる方法を考えていた。いくつもあるのに、あまりに疲労していたからか、魔法がすぐに発動せずにいた、その時だ。


上空から黒い影が舞い降り、長い剣が敵とこちらの間雪を薙ぎ払う。

真っ白な雪煙が舞い、同時に、私たちを囲んでいた空間が、別の空間によって破裂させられた。


「逃げるぞ!」


私とユリシスを押すようにして、突如現れた真っ黒なそいつは、転移魔法を展開する。

聞き慣れた声だし、良く知る魔法。トールの魔法だ。

トールが私たちを見つけて、助けてくれたのだ。

私も、ユリシスも、トールも、一同に顔を見合わせる瞬間があった。


「……」


ああ、トールと、ユリシスだ。

私は当たり前の事だけを考えていた。そこに居るのは、トールとユリシスだ、と。


当たり前の事だったのに、今では遠い昔の事のように、懐かしい。

やっと、私たち三人がここに居る。


銀世界がパッと別の景色に変わる間際に、こみ上げる喜びを押さえられそうに無く、震える唇を強く噛んでいた。


でもこの喜びを二人に伝えるには、私はあまりに疲れていたのだった。




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