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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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83:『 1 』シャトマ、帰ってくる者。


妾の名前はシャトマ・ミレイヤ・フレジール。

フレジール王国の女王である。





「帰ってきたか、カノン」


「……」


長くフレジール王国を離れていたカノンが、フレジールに戻ってきた。


あまり表情に感情のでない奴だが、少しだけやつれた様に見える。

私は人を払った部屋で、我が国の蜜茶を飲みながら、カノンを待っていたのだった。


「魔族の国はどうなったかな?」


「……」


尋ねると、奴は僅かに顔をしかめ、目の前の椅子に座りながら報告をした。


「……連邦は、西の大陸でレイラインの存在感が高まる事を懸念している。故に、多くの巨兵がレイラインの周囲を囲っているが、グランタワーと魔導要塞の連携防衛で何とか防いでいる状況だ。だが、魔王クラスが居ないレイラインでは、巨兵を破壊する術は無く、防御で精一杯だ。……だがそれで良い」


「ふふ……一番簡単に落とせそうな要塞に、連邦は巨兵を集中させてくれているのだからな」


レイライン連国の誕生は、世界を驚かせた。

一番打撃を受けたのは、連邦に他ならない。


レイラインの現在の役目は、魔族をまとめる国である以上に、西の大陸を代表する国になる事だ。

世界で、西の大陸は魔族のものだという流れを作る事で、事実上西の大陸を握っていた連邦から、西の大陸を奪う事になる。


侵略に力を入れていた連邦から、土地を奪ったのだ。

これは、連邦の脅威に怯えていた各国の励みとなった。

例え魔族の国であれ、居場所の無かった魔族たちが、人間の入れない土地で彼らだけの国を手に入れたのだから、人間側にも不利益な事は、今の所無い。


むしろ、レイラインは今、連邦の戦力を一部受け止める役割を果たしている。

いくら巨大な連邦国とはいえ、その巨兵や軍隊には限りがあり、最近フレジールに対する攻撃の手は緩まっていると言える。

 

ぽっと湧いて出てきた魔族の国など、卑怯極まりないが、黒魔王の力があってこそと言える。


いや、さらに前の事を言えば、紅魔女が西の大陸を破壊した事で、出来上がった流れだ。

彼ら魔王の生きた二千年前も、魔族たちは人間に虐げられ、居場所の無い生物だったと聞く。

もし西の大陸が今後魔族たちだけの、隔離された理想郷となるのであれば、世界の流れは、今までの歴史とは違うものになるのかもしれない。


必然。

全ては魔王たちによる、無意識な世界創造。

多くの犠牲の上に成り立つ、無慈悲な改革。


絶対的な力を持つ9人が、それぞれバランスを取りながらも、ある者は独断的に、あるものは民意を重視し、ある者は愛する者の為に、あるものは自らの為に、世界を動かす。


無意味に見えた結果、悲劇的な結末も、全て後々に大きな意味を持ったりする。

計らずとも、そうやってメイデーアは出来てきた。


「そう言えば……カノン。お前は、一度異世界へ赴き、世界の境界線を経由して、フレジールに戻ってきたのだろう? 異世界はどうだった? 確か……地球と言ったか。日本だ」


かつて、カノンから聞いた事がある。

地球と言う異世界の話を。


そこは、カノンがみつけた、宿り木のような異世界だ。

カノンはメイデーアと地球を拠点として、回収者としての役目を全うしてきた。

メイデーアに置いておく事の出来ない彼の記憶を、地球に置いていると聞いた事がある。


「ああ。……西の大陸の、大樹の枝のある地下空間は、“世界の境界線”でもある。あの場所から、地球へ行き、フレジール国境の大砂漠にある“世界の境界線”で戻ってきた」


「ほお。この世界には、どれほどの世界の境界線があるのだろうな。恐ろしいものだ」


「……あとは、トール・サガラームが持っている残留魔導空間の中か」


「……」


カノンはおそらく、まだ数カ所、世界の境界線のありかを知っているのだろう。

そんな顔をしている気がした。


「地球で何をしてきたのだ?」


「……」


身を乗り出して、尋ねた。

妾は、カノンから地球という異世界の話を聞くのが楽しみだった。

カノンはそんな妾に対し、少しだけ呆れたため息を漏らす。


「別に。……拠点で、記憶を整理していただけだ」


「何だ。楽しい事はしていないのか?」


「……楽しい事とは何だ」


「そりゃあ、観光したり、遊んだり。買い物をしたり、美味しいものを食べたり!」


「……」


まあ、カノンがそんな事を好き好んでやっているとは思わないが、ちょっと言ってみた。

カノンはやはり、こちらに冷ややかな視線を向けて、黙り込む。


「まさか……俺が居ない間に、好き勝手に遊び、飲み食いをしていた訳ではないだろうな? 姫」


「え?」


そして、逆にこちらに鋭い質問を投げた。

な、なんのことだ……? と妾は冷や汗を流す。


当然、妾がこの様な状況で遊びまくっていた訳が無い。

だが、美味しいお菓子くらいなら、少しは齧った様な……


カノンが見ていないからって、少しだけ多めに……食べた様な……


「……」


妾の表情の変化を、カノンの様な目敏い男はすぐに気がつく。

まじまじと妾の顔を見てから、顔をしかめた。


「少し……顔が丸くなったか?」


「え!!」


カノンが遠慮もなくはっきりとそう言った。

なんて男だ。花の乙女に向かって!

私は頬を両手で包んで、何とかこのプニプニのほっぺを隠そうとした。


自分でも分かる程、妾は目が泳いでいる。


「な、何をそんなアホみたいな事を……わ、妾は別に……お菓子なんてそんなに食べて……」


「……」


鋭い、鷹みたいな瞳が妾をじっと見ていたが、彼はため息をついた後、懐からあるものを取り出し、テーブルの上に置くと、妾のほうに押して差し出した。

それは、小さな本だった。


「それは?」


「これは、かつての女神、パラ・プシマの記録をまとめたものだ。俺の視点から見たものしか無いが、事件などは時系列で分かる様になっている」


「…………やっと、持って帰ったか、メイデーアに」


なぜか、ふうと長い息を漏らした。


それは、カノンが地球と言う異世界に逃がし、一度封じた記憶と記録だ。

神話の歴史だ。

もう誰もが忘れていて、カノンが一人で管理し続けたものだ。


「その時その時のプシマの感情などは……俺には良く分からないがな」


「かまわない。それは、妾が思いだすべき事だ。これは……妾が貰っても良いのか?」


「ああ。姫自身が判断し、それを受け入れるも良いし、また封じるのも良い……。できれば、遠い昔の物語だと、客観的に見る方が良い」


「……」


妾は、テーブルの上の本を、そっと持ち上げた。


かつての記憶が、気にならなかったと言ったら嘘になる。

それは、どのような魔王クラスも、皆そうだろう。


カノンは、やっとそれを、妾に持って帰ってくれたのだった。


「他の者たちにも、渡すのか」


問うと、カノンは少しだけ考え込むような表情をした。


「分からない。あいつらが必要と思えば……だが、俺は……」


「……」


その先の言葉を、彼は戸惑った。


妾は、カノンが持って帰ったその本を、膝の上で握りしめた。

カノンが、妾に記憶の記録を持って帰ってくれたのは、妾がずっと、それを知りたいと言っていたのもあるし、妾がぼんやりと記憶を覚えていたからだ。


曖昧よりは、はっきりと分かる方が良いだろうと、やっとカノンが手渡してくれた。


それを受け止める覚悟を、カノンの側に居ることで、少しずつ築いていったのだ。


だが、カノンは本来、その記憶を別の者たちに知ってもらいたいとは思っていない。

いや、どこかで共有したいと思っているのかもしれないが、それがどれほどの重い鎖であるのかを、嫌と言うほど分かっているからかもしれない。


本当は、妾に渡すのも、躊躇われたのだろう。

今まで、あまり語らなかった事だから。


「だが、カノン。かつての我々がどれほどの子供だったのかは知らないが、我々だって、長い時の中で、少なからず成長はするものだ。我々はそれほど、弱くはないよ」


「……」


カノンは俯きがちだった顔を上げた。

妾は密茶を飲んで、ほっと息を吐く。


「全てを忘れる前に、妾は知りたかった。大丈夫だ、後悔はしない。……何もかもは、もうすぐ終わらせる」


「……姫」


「皆が、あちこちで頑張っている。……カノン、外のあれを見たか?」


「ああ」


妾は本を再びテーブルに起き、立ち上がり、窓辺に寄って行って外を覗いた。

カノンも妾の側までやってきて、同じ物を見る。


それは、レジス・オーバーツリーの上空に停滞する連邦の巨兵。

群青色のエイのような巨兵が突如上空から現れ、グランタワーの周囲を覆う結界に張り付いているのだった。


直前で、巨兵の襲来をグランタワーが察知し、強力な結界を広げる事が出来たのだが、相手側の転移魔法も相当な精巧さをもっている。


向こう側のトワイライトの技術者たちも、様々な空間魔法を開発している様だ。


「……あれが妙な魔導波を発生させるせいで、オーバーツリーの利用が混乱している。とは言え、今こそが我が国への進軍のチャンスであるのに、連邦は何かに手間取っているな。最近、攻撃が見え空いていて、鈍い所がある。……なぜだろうな?」


かれこれ丸二日くらい、巨兵はあの場所に停滞しているだろうか。

カノンはじっと巨兵の様子を見てから、言う。


「連邦の戦力が分散しつつあるのも大きいが、国内の問題が表面化しつつあるせいで、そちらの対応に追われているのだろう。……なにより、巨兵開発の全権を握る銀の王、イスタルテの意志が見えて来ない。おそらく、銀の王はレナを確保した事で、連邦へ力を尽くす事から、別の事へと、計画をシフトしつつあるのかもしれない」


「……別の事、か〜。それが分からんな〜」


妾はどこからともなく扇を取り出し、口元に当て、クスクスと笑った。

カノンは横目に妾を見る。


「だが、それが本当であるのなら、連邦を討つのは今が最大のチャンスと言って良い。キルトレーデンに居る黒魔王と紅魔女には、大いに頑張ってもらわなくてはな〜」


「旧王家たちを担ぎ上げた革命、か」


「そうだ」


妾は、パチンと扇を手に打つ。


「連邦は少しやり過ぎた。今の戦争は、かつての西の大陸の爆発から続く、移民と現地民との戦いから発展したものだったが、いまや、連邦の総帥による、独裁的な侵略戦争だ。ガイリア帝国がエルメデスに吸収されたのはほんの60年前の事だ。まだガイリア帝国の民というのは存在している。旧王家を崇拝し、現状に不満を持った民は多いのだろう」


旧王家に裏で手を貸し、匿う者たちには、かつてからの繋がりのある大貴族や、地方の富豪など、案外多い。

やはりガイリアというかつての巨大な帝国の歴史の長さは、偉大なものだ。

まだまだ連邦も敵わない部分が多くあるのだなと思わされる。

 

むしろ、そういったものすら覆す力があるものは、魔王クラスに他ならない。

連邦の総帥は、その地位を銀の王イスタルテに譲らない限り、ただの人間の身でありながら、魔王たちに対峙している事になるのだった。


「……しかし、イスタルテはなぜ、力ずくでも、総帥からその椅子を奪わないのだろうか。妾と似た立場ではあるが、あやつの動きは、妙に制限されている気がする」


「……」


それは、カノンも不思議に思っている事の様だった。

この段階で、銀の王は総帥から全権を奪って、連邦のトップに立つであろうと言うのが、妾とカノンの読みだった。


しかし、ここにきて銀の王は、その存在感を薄めている。

 

レナを手に入れて、満足してしまったのか……?


いや、そんなはずは無い。

銀の王がそんなことで、この世界を諦めたりしない。

だが、銀の王には、我々も知らない何かがあるのかもしれない。


「シャトマ姉様!」


そんな時、部屋に我が妹アイリが、いつもながらに激しくドアを開けた。


「姉様、エルマール海峡に突如巨兵が出現致しました。我が艦隊を出撃させましょう!」


アイリは張り切っていた。カノンがいつの間にやら戻ってきている事を知ると、ビシッと敬礼して「カノン将軍、お帰りなさいませ」と、少しだけ緊張している。


「アイリ、将軍たちを大会議室に集めろ。海峡の巨兵の出現と、オーバーツリーの結界に張り付く巨兵の関連性を確かめる。他国のタワーに報告し、必要ならば協力を仰ぐ。叩くのは同時だ」


「了解致しました」


アイリは再び敬礼し、部屋から出て行った。

慌ただしい奴だ。

眉間のしわはいつもながらに深いが、最近は妾に積極的に関わってくれる様になった。

 


「……」


世界が動こうとしている時に、我が国の防衛に務めるしかない妾は、もどかしい部分もあるが、身軽に動ける奴らにしか出来ない事もあるし、妾にしか出来ない事もある。


彼らの帰ってくる場所を、守るだけだ。



カノンから受け取った、かつての記録の本を再び手に取り、妾は部屋を出たのだった。



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