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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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82:『 1 』トール、結ばれぬ関係。



俺とマキアの住む隠れ家に、久々にやってきたのは、レピスだった。

彼女は基本的にあちこちに移動し、情報を収集する役割を持っている。


「タチアナ様がお会いしていたのは、連邦の重鎮である、グレッグ・ユロフスク議長の三男、ミハル・ユロフスク。ユロフスク家の長男は跡取りで、次男は連邦の軍に所属しております。当の三男、ミハル・ユロフスクはまだ学生で、三男と言う事もあり、ややおっとりした所があるようですが、秀才の様です。外区の生活に興味があるのか、良く外区へ赴く様で、家族も割と、この三男を放置しがちの様です」


「……なるほど。じゃあ、そのミハル・ユロフスクは外区でたまたまタチアナ様と出会ったと考えられる訳か。意図的にタチアナ様に接触したって感じじゃないんだな」


「そうですね。表向きは」


淡々と報告をしてくれたレピス。

俺とマキアは、顔を見合わせて、唸った。


俺たちは結局、タチアナ様とその貴族のお坊ちゃんの関係について、今後どうすべきか判断できずに居た。


「無理に引き離したくはないけれど、タチアナ様の護衛たちがこの事を知ったら、絶対にタチアナ様を監視して、あのバーの地下の隠れ家から出さないと思うのだけど」


マキアは飄々と言ってのける。


「そりゃあ、そうだろうな」


「どうするのよトール」


「……難しいな。実に難しい」


腕を組んで、ひたすらに悩んだ。


引き離すべきなのか。どのみち、あの二人は結ばれない……

そもそも、本気の恋なのだろうか?

恋に恋をして浮かれているとか、そういうものなんじゃないのか?


「やはり、タチアナ様の監視を強め、あの隠れ家から出さない事が優先されるのではないでしょうか?」


レピスは冷淡にも、正しい事を言う。

それはその通りだ。それが一番、何もかもに効率的である。


俺たちは戦争をしている。これからの争いに、色恋沙汰を持込むなんて実に甘い。

だが、マキアはどこか眉間にしわを寄せて、その考えには納得していない様だった。


「女の子って怖いわよ。障害の大きな恋であるほど、行動力を発揮したりして、予想外の展開になったりするんだから……」


「……」


マキアが言うと、どこか説得力がある気がして、俺もレピスも横目に見合って黙る。


「そう言えば、あのお坊ちゃん……ミハル・ユロフスクって、タチアナ様を仮面舞踏会に誘っていたな。あれは非常にマズいぞ」


月末に行われる、連邦王家主催の仮面舞踏会の事だ。

これは、貴族や平民も、招待状を持った者の同伴があれば気軽に参加できる舞踏会だが、主に貴族たちの社交場である。


この舞踏会は、俺たち旧王家の革命派にとっても、とある計画の実行日なのである。

しかし、そんな事は抜きにしても、タチアナ様が敵側に飛び込む事は、本当に危険な事だ。

それでなくとも、中央政府は赤毛の者を理不尽に目の敵にしている。


まあ、赤毛の怪人のおかげで、どちらかというと男性の方が狙われやすいが。


「あ、私、良い事を思いついたわ」


そんな時、マキアがポンと手を叩いた。


俺とレピスはマキアに呼ばれるまま、彼女の側によっていく。

マキアはごにょごにょと提案し、ドヤ顔をした。


その提案に、俺もレピスもしばらく「は?」と顔をしかめていたが、よくよく考えると、それしか方法が無い様な気もした。


とにかく俺は、主にタチアナ様の前に出て行く女の姿で支度をして、タチアナ様の元に急いだのであった。

確か、今日も同じ場所で、彼らは会うと約束をしていた。









俺は女姿に変化し、あの外区の崩れかけた劇場を覗いていた。


今日も、タチアナ様はここにやってきた。例の青年と落ち合ったのだ。

本当は東区の歓楽街の、革命家たちの隠れ家を見張っていたのだが、タチアナ様が出てくる気配も無く、そのうちにレピスに『タチアナ様が外区の劇場にやってきましたが』と通信を受け、慌てて転移したのだった。


いったい、どういう事だろう。


今日は、例の青年ミハルが先にここへ来て、本を読んでいた様だった。


「やあ」


「……こ、こんにちは」


二人は初々しい挨拶をした。

ミハルは本を脇に置いて、一輪の花を取り出す。


「見てごらん。この花、なんだか君の様だと思って……その、可憐で……」


「……え、私に? くれるの?」


「うん」


ミハルが手渡したオレンジ色の花は、確かにタチアナ様を思わせるダリアの花だった。

ちょっと女を口説き落とすには押しが弱い言葉だった気がするが、タチアナ様にはたまらないときめきのようだった。


俺は瓦礫の後ろで一人かゆい思いをしている。

他人の初々しいいちゃいちゃを見るのがこんなにも辛いものだとは思わなかった。


「素敵な花ね。でも、こんなに綺麗なお花、よく咲いていたわね」


「温室があるんだ。中央区の温室公園だよ。今から、一緒に見にいかないかい?」


「……」


 そう提案されて、タチアナ様は困った顔になり、頭を振った。


「ダメよ。中央区には行ってはいけないと言われているもの。……その、貴族様たちの住む場所だわ」


「行き来は制限されていないよ。僕が居れば、きっと大丈夫だ」


「……」


ミハルは、いかにも世間知らずのお坊ちゃんという感じだ。

確かに行き来の制限はされていないが、あのような場所に庶民が行けば、たちまち浮いてしまう。

ミハルもそれを悟ったのか、タチアナの困りきった表情に、強くは誘わなかった。


何だかもどかしい。

ミハルは何かしら、タチアナ様をデートに誘いたいのだろうが、貴族なりの遊びしかしらないから、うまく噛み合ない。


タチアナ様も、ミハルと会うのは我慢できずに、あの隠れ家を飛び出す程だが、そこから先の事は、自分勝手にできはないとちゃんと分かっている。

だが、いつ、何がきっかけで、二人がはめを外すか分からない……






劇場を出た所で、タチアナ様とミハルは別れた。

タチアナ様が、ダリアの花を持って、急いで隠れ家に帰ろうとひと気の無い坂道を下っていた時、俺は物陰から彼女の肩を掴んで、声をかけた。


「ト、トール!?」


タチアナ様は、知り合いである女姿の俺に大層驚かれて、すぐに、マズい、と言う様な顔をしていた。

年相応の娘の顔だったが、青ざめている様子は、自らの罪をちゃんとわかっているからか。


「タチアナ様……申し訳ありません。一部始終を見ておりました」


「……」


タチアナ様は少しだけ口を開いてから、目に涙を溜めて、俯いた。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」


そして、何度も謝った。


「わ、私、分かっていたのに……ダメだって、分かっていたのに……だって、あの人は、貴族の……でも、会いたくて……っ」


出てくる言葉は、おそらく彼女が、いままでに抱いた葛藤の数々だ。

詳しい事は、まだ何も分からないが、俺は彼女の肩に手を当てて、優しく微笑む。


「タチアナ様、ここでは何です。それにお寒いでしょう」


俺はタチアナ様を引き寄せて、周囲に誰もいない事を確認してから、転移魔法を使った。

俺たちが移動したのは、まさに俺とマキアが住む、俺たちの“隠れ家”だった。






タチアナ様は、何が起こったのか、分かっていない顔をしていた。

暖炉の炎で温められた、素っ気ない部屋の真ん中で立っている。


暖炉の前の椅子に座っていたのは、タチアナの赤毛よりもずっと鮮やかな色をした、同年代の少女。

その少女は立ち上がり、こちらを見ると、皮肉めいた表情でニッと微笑み、「ようこそ、タチアナ様」と言った。


「だ、だれ……?」


タチアナ様は慌て始めた。

俺を見上げて、この状況の説明を求める。


「どういうことなの、トール。ここは、どこ?」


「ここは、フレジールより派遣された我々の拠点です。寂しい部屋ではありますが、周囲には結界が張られ、安全は保障されております」


「……フレジールの?」


タチアナは、暖炉の前に立つ自分と同年代の少女をもう一度見てから、「この子も、フレジールの使者なの?」と尋ねた。


「そいつは、“赤毛の怪人”ですよ」


正直に伝えると、タチアナは「えっ」と飛び上がった。


「はじめまして、ではないのだけれどね。私はマキア。ただのマキアよ。タチアナ様」


「……女の子なの? でも、前にあった時は、絶対に、絶対に男の子だったと思うのだけど」


「……ふふっ」


マキアは笑って、俺に向かって言う。


「ほら、あんたも本当の姿を見せなさいよ、トール」


「……分かっているよ」


どのみち、マキアが本来の姿に戻っているのだから、俺の変化ももう続かない。

本来の、トール・サガラームの姿になった。男の姿だ。


「え……ええ!?」


俺が男の姿になった事で、タチアナは更に仰天する。無理も無い。

今まで女と思っていた奴が男で、男と思っていた奴が女だったのだから。


マキアがぺらぺらと喋り始めた。


「私たちは、フレジールから派遣された魔術師。それは、知っているわね。私たちはとっても優秀だから、変化の魔法で姿や性別を偽っていたのよ。当然、あなたの取り巻きである騎士様たちや革命家たちも、この事は知らないわ。敵を欺くには、まず味方からって言うでしょう?」


「……どういうことなの」


「マキア、待て。タチアナ様がまだ混乱しているようだ」


タチアナ様がついて行けていないのを察して、俺はとにかく、タチアナ様をソファに座らせ、落ち着かせたのだった。




甘いジャムを落とした紅茶を、この場に居るマキアと、俺と、タチアナ様の三人分いれた。


「……」


それを一口すすって、タチアナ様は一つ息をはいた。


「そっか。トールは本当は男の人だったのね。私、てっきり同年代の女の子だと思って、恥ずかしいこと、いっぱい言っちゃったかも」


「え、大丈夫よ大丈夫、こいつ自体とっても恥ずかしい奴だから、全然」


「おいマキア。お前にだけは言われたくないな」


少しだけ落ち込みかけたタチアナ様を、マキアは笑ってフォローしていた。

だが、タチアナ様は不思議そうにしている。


「でも……姿を隠していたと言う事は、そうしなければならなかったと言う事でしょう? なぜ私に、あなたたちの本当の姿を教えてくれたの?」


実に鋭い質問だ。

マキアは小首を傾げて、意味深に微笑んだ。


「だって、あなたの秘密を知ってしまったから。タチアナ様、あなた、好きになってはいけない人を、好きになってしまったのでしょう?」


「……」


「私もトールも、見てしまったのよ。あなたが、憎き中央政府の偉い人の息子と、逢い引きしている所を」


「あ、あいび……」


タチアナ様は、少しだけ赤面した。しかし、すぐに真面目な顔になる。


「い、言わないで。アレクセイや、イヴァンには……」


「……しかし、タチアナ様。あなたのお立場を考えますと、現状はとても難しいものです。革命の準備は着々と進んでおりますが、あなたの行動一つで、あなたを守ってきた者たちが皆、犠牲になる事もあり得るのです」


俺は少しだけ厳しい言葉を口にした。

タチアナ様はハッとして、すぐに悲しそうな表情になる。


「分かっているわ。……だけど、好きなものは好きなんだもの」


指を弄りながら、素直にそう言う。

少しだけ、沈黙が続いた。俺とマキアは、タチアナ様の言葉を待つ。


そのうちにタチアナ様が、うちに秘めていたものをぽつぽつと語り始めた。


「私、今の生活が、耐えられなかったの。前までは、もっと田舎の自由な場所に居て、あまり贅沢は出来なかったけれど、みんなで仲良く暮らしていたの。だけど、もともと私たちを匿ってくれていた人たちが、エルメデスからガイリアを取り戻そうって、革命の話をし始めた。最初は何の事だか分からなかったけれど、段々と、それはとても怖い事なのではって、思い始めて……」


「……」


タチアナ様の素直な性格からみるに、幼い頃から、本当に大事に、まっすぐに育てられたのだろう。

そして、生活はもっと気楽なものだったに違いない。


連邦とフレジールの戦争が激化し、巨兵を用いた戦争が始まってから、世界の動きは加速し始めた。

それに伴い、連邦でも息を潜めていた旧王家派や革命家たちが秘密裏に集まり、旧王家のタチアナ様を担ぎ出したのだ。


ここに来て、連邦の力とフレジール及びルスキア、レイラインの同盟国が拮抗した争いを見せ始め、最近では我々同盟国の方が優勢と言う見られ方もする。


革命の時は今しかないと、旧王家派も焦っているようだった。

それが、何も知らずに担ぎ出されたタチアナ様をどうしようもなく不安にさせているのだった。


彼女にはまだ、自覚も覚悟も無い。


「キルトレーデンにやってきてからは、本当に窮屈な毎日よ。だから、私、秘密の編み物をしているって嘘を言って、部屋に引きこもるの。実はね、私の部屋には、いざと言うときの為の抜け道が沢山あって、それを使って、様々な場所に出るのよ。メイドのカーリーに協力してもらって、私が戻ってくるまで、部屋から出られない言い訳をしてもらうの」


「……ほお」


厳重な地下の部屋だったのに、どうやって抜け出していたのか不思議だった。

タチアナ様の部屋にはそのような細工が施されているのか。


「とにかく、少しだけ町を歩いて、気分転換をしたら、すぐにあの地下の隠れ家に戻るはずだったのよ。だけど……あの廃墟の様な劇場で、あの人を見つけたの」


タチアナ様はその時の事を思い出したのか、小さく微笑んだ。


「あの人は、あの場所で本を読んでいたわ。寒くないのって、最初に聞いてみたの。それから、少しずつお話しする様になって……また会おうって事になって……」


「いつから会っていたの?」


マキアが尋ねた。


「ほんの、ひと月前からよ。……でも、抜け出せる日はいつでも会いに行くの。あの人はいつもあそこに来るから」


「あの人の名前、知っているの?」


「……知らないわ。でも、偉いお家柄だって言うのは、何となく気がついているの」


ため息をついてから、タチアナ様は自分の手を拳にして、握りしめた。


「私のやっている事は、最悪な事よね。アレクシスも、イヴァンも、家族だから大好きなのに、私は彼らを裏切っているんだもの。今頃きっと大騒ぎになっているわ。いつもより、帰宅する時間を大幅に越えているのだもの……カーリーが咎められるかもしれない」


「あら、その点は、大丈夫よ。ここでの時間は、とてもゆっくり流れる様になっているのよ。一分が一秒ほどにしかならないの」


マキアが、この部屋を覆う俺の魔導要塞の結界について、少しだけ触れた。

今だけは、この状況を考慮して、時間の流れる速度を遅らせる魔導要塞“時の回廊”を周囲に重複構築している。

当然、魔導要塞の事を知らないタチアナ様は「ん?」と不思議そうにしている。


「そんな魔法があるの? 使えるの?」


「このトールの魔法よ。凄いでしょ?」


「へえ……トールって、そんなに凄い魔法も使えるのね」


徐々に、表情を明るくさせたタチアナ様。キラキラした瞳で俺を見上げる。

俺はゴホンと咳払いして、話を戻した。


「タチアナ様。あなたをこちらに呼んだのは、あなたに少しだけお伝えしておきたい事があるからです」


「……あの人に、もう会うなって言いたいの? 分かっているわよ」


どこか投げやりになり、俯くタチアナ様。だが俺は首を振る。


「いいえ、俺たちはあなたの事情を否定したりはしません。あなたの護衛たちにも、何も伝えません。ですが、あなたに何かがあったら困りますので、できるだけあなたたちの状況を俺に知らせてください。ご相談ください」


「……え?」


タチアナ様は、驚いたように顔を上げた。


「あなたの秘密を守りますから、あなたも、俺とマキアの事は誰にも言わないでください。俺たちはまた、女のトール、赤毛の怪人として表に出るのですから」


俺は自らの口に人差し指を添え、意味ありげに微笑んだ。


マキアが提案したのは、まさに、この事だった。


「全て知っている」と言って、俺とマキアの正体を教える事で、タチアナ様の事情を聞き出す。

それは秘密の共有だ。

その上で、事情を知る権利を得る。


俺は女姿のトールとして、タチアナ様の側で、彼女の相談を聞きながら動向を管理できる。

そうなると、また、こっそりと側で見張る事も可能だ。


本当は、タチアナ様を隔離して、一切外に出さない方が、何もかもの面で安全なのだろう。

しかし、それが行き過ぎてタチアナ様が疲れてしまい、革命の意欲を失ってしまったら困る。そもそも、今でこそ立場への意識は薄いのに。



タチアナ様の話から分かった様に、タチアナ様とミハルは、お互いの立場を知らないのだろう。

今はただ、名前も知らない相手に、淡い憧れを抱いているのだ。


しかし、彼らを無理に引き離したり、彼らの関係を否定したりすれば、何かがどこかでもつれ、間違って……彼らはお互いの立場を捨て、追いつめられた決断をするかもしれない。

駆け落ちでもするかもしれない。


いや、男の方がタチアナ様を裏切り、俺たち革命軍に大打撃を与える可能性もある。

どのみち、結ばれないと思われる恋だが、だからこそ危ういのだ。



俺とマキアは、二人に不干渉でありながら、監視の立場を選んだ。

彼らの状況を外から理解し、このキルトレーデン全ての動きを知る。



とは言え、敵同士の若者の恋が、あの二人の関係が、新たな不安のタネである事に代わりは無い。




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