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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
352/408

81:『 1 』トール、マキアとデートする。(下)



「どうだ、満足かマキア」


「まだまだよ」


新しい服に身を包んだマキアだが、まだ満足していない様だった。

人の多い道を歩みながら、俺の前に回り込んで、俺の顔を覗き込む。


「美味しいものが食べたいって言ったでしょう?」


「さっきピロシキ食ったじゃん」


「あんなので、私が足りると本当に思っているの?」


「いや、全然、微塵も思ってないけど」


俺はどこでもない所を見ながら。

マキアがねえねえと腕を掴んで揺する。


仕方が無いので聞いてみた。


「何が食べたいんだよ」


「キルトレーデンの名物って何? 私、チーズフォンデュが食べたいんだけど」


「……別にそれ、キルトレーデンの名物でもなんでもないけど」


とはいえ、北の大陸の料理である事は間違いない。

チーズの店はここ外区にも多く立ち並んでいるし、チーズフォンデュはどの店にもある。


「でも、良いのか? せっかくだから、もっと良いコース料理でも良いんだぞ」


「私はチーズフォンデュが食べたいのよ。普通のお店で良いの!」


そう言って、マキアはその鼻が捕えた匂いに釣られながら、俺を引っ張ってごくごく普通な料理店に入って行った。

店はこじんまりとしていたが、割と綺麗で、雰囲気の良いレンガ造り。


まだ夕飯には少し早く、席は空いていた。温かい暖炉の側の席に通された。

マキアはどこかソワソワとしている。

一生懸命に、メニューを見ている。


「俺も酒でも飲むかな」


「……え? あんた、お酒が飲める年齢だっけ?」


「バカか。キルトレーデンは十八歳から飲酒可能だ。とは言え、お前は気がついていないかもしれないが、俺はもう二十歳を過ぎているぞ」


「……」


マキアはなぜかぽかんとした顔。


「地球では、飲酒は二十歳からって決まってたからなあ。感慨深い年齢だな」


遠く、懐かしい地を思い浮かべながら、俺は店員を呼んで、自分にはワインを、マキアには葡萄のジュースを頼んだ。

また、マキアが食べたいと言っていたチーズフォンデュと、羊肉のロースト、パイ焼きなど、様々な料理を頼んでしまう。


最初にやってきたのは、飲み物だった。

マキアは俺の持つワインのグラスをじっと見つめて、自分の葡萄ジュースを見下ろす。


「どうしたんだよ。ほら、乾杯しよう」


「……」


コツンとグラスで乾杯して、俺は一口ワインを飲んだ。

俺は酒の味にうるさい訳ではないが、これは至って普通のワイン。

飲みやすい安もの。

だけどこのくらいで良い。普通に美味い。


「何だか、あんたが先に大人になったみたいで、癪だわ」


「は?」


「地球では同じ歳だったのに……」


マキアはジュースをごくごく飲んでから、ぼやいた。


「ぶどうジュース美味しいけどさ」


「なら良いじゃないか。お前も酒が飲みたいのか?」


「そう言う事じゃ無いの。あんたが先に大人になったのが気に入らないの」


「何だそれ。お前、この世界じゃ基本、女子の方が成人年齢は早いんだぞ?」


「……」


マキアはバッと俺のワインを奪って、飲み干した。


「あっ、てめ」


「私は天下の紅魔女よ。年齢も法も知らないわ」


「……横暴な奴め」


得意げなマキアに、俺はため息をついた。

マキアの謎の行動や複雑な感情は、今でも良く分からない。乙女心は分からん。


「あ、チーズフォンデュきた!」


料理がやってきた頃には、コロッと態度を変えて、マキアはそれに夢中になる。

とろとろのチーズがたっぷり煮込まれた鍋からは、ほのかに白ワインの匂いが漂う。

一緒にやってきた具は、バケットを切ったものや、温野菜、ウィンナーなど。

マキアはそれを鉄串にさして、鍋の中のチーズにつけて、食べる。


「あふい」


熱かったのか、口をもごもごとさせて、上を向いた。


「気をつけろ。火傷するぞ」


「おいひいおいひい」


「そっか。そりゃあ、よかったな」


美味いものを食べ始めると、ニコニコと上機嫌になるマキア。

人の分まで食べ始める。


「ああ、久々の、まともなご飯だわ。前までこんな食事は当たり前だったのに。やれ旅をしたり、やれ貧乏な魔族の国に滞在したり、やれこんな場所で魚の缶詰ばかり食べていたせいで、すっかり忘れかけているかつての生活」


「何だお前。人の国を貧乏国とのたまいやがって。どうせ何食べても美味い美味いとしか言わないじゃ無いか。お前に高級な食事の必要性は無いんだよ」


「それはそれ。これはこれよ。……まあ確かに、普段質素な生活をしていると、たまの贅沢がとても幸せに思えるけれどね」


マキアはキノコと鶏肉のパイ包み焼きをつつきながら、ふっと微笑んで言った。

一応、仮にも貴族令嬢育ちのマキアだが、最近はそんな感じも全くしなくなったなあ。

諸々あって、野性味が増してしまったと言うか、あるがままのマキアというか。


「美味しいか?」


「うん!」


一瞬、とても幸せそうに頷いた。

まだまだ戦争は終わらないけれど、こういった瞬間がなければ、俺もやってられない。





しばらく、二人して楽しく食って、会話していた。


「……あれ?」


しかし、マキアがふと窓から外を見た時、何を見つけたのか首を傾げた。

そして、俺に向かって外を見るように促す。


「あの子……タチアナ様じゃない?」


「え?」


マキアの指差す方を見ると、窓ガラスの向こう側をうろうろする、茶色けの強いストレートの赤毛の少女が居た。


長いコートを着て、ファーの帽子を深くかぶっているが、俺には良く分かる。

あれは、ガイリア旧王家のタチアナ様だ。


「なぜ……外に」


慌てて、周囲を見てみるが、彼女の側に、いつもの二人の御付きは居ない。

彼女は一人でこの繁華街に出ているのだ。


オロオロとした様子はまるで迷子の様で頼りない。


「おい、マキア。追いかけるぞ」


「えっ。ごはんがー」


「また今度奢ってやる!」


名残惜しそうにするマキアだったが、事の重大さは良く分かっているようだった。

俺たちは急いで上着を着て、食事代を多めに払っておつりも貰わず、料理屋を出た。


彼女がもし、連邦の中央政府にでも見つかったら、全ての計画は水の泡になってしまうからだ。







マキアと共に、ガイリア王家の生き残りの公女である、タチアナ様を追った。

彼女が一人で居ることなどあり得ない。


「ねえ、私はあまりタチアナ様に会う事が無いから良くわかっていないのだけど、彼女って、二人の騎士に守られていて、一人では外出不可なのでしょう? なぜ、一人で居るのかしら」


「わからんな」


俺にもさっぱり分からない。

マキアは赤毛の怪人として、一度タチアナ様に会った事はあるが、マキアにも当然、タチアナの事情は分からない。


もうそろそろ日が暮れる。

こそこそと追うと、彼女は路地を通って、細い坂道を上って行った。


徐々にひと気が無くなり、辿り着いたのは、廃墟じみた空き家だった。

そこは巨大な劇場跡で、今にも崩れそうなほど古い建造物。


タチアナ様は周囲を気にした後、その中へと入っていく。

俺たちはこそこそとついていきながらも、廃墟の中へと入るのを躊躇った。


「どうしようか。あんな場所は危険だ。こそこそ後をつけるのはやめて、堂々と突入して、彼女を引き戻そうか」


「それは不味いわよ。タチアナ様にだって、事情があるかもしれないじゃない。それに、あの廃墟、他に誰かが居るんじゃないかしら?」


「誰かって誰だ。タチアナ様が、誰かと会っていると言いたいのか?」


「……あ、居たんじゃなくて、来たみたいだわ」


マキアは俺を引っ張って、劇場の裏側に隠れる。

こそっと身を乗り出してみると、これまた周囲を気にしながら廃墟にのりこむ男が一人。

長いロングコートを着ていて、柔らかいベージュの髪をした優男風の青年だった。


俺たちは、すぐに彼の後を追った。

もし奴がタチアナ様と接触し、何か危害を加えたなら……と心配だったが、マキアに「もう少し様子を見ましょう」と言われ、足音を消し、忍び足でつけたのだった。





入口の横に広い階段を上り、穴の空いた床を避けながら、俺たちは崩れた天井から淡く夕暮れの赤みが落ちる大ホールを覗いた。

丁度舞台となる場所に、タチアナ様と、先ほどの青年が並んで座っていた。


「……なんだあれ」


目にした光景に、小声でぼやいた。

どうも普通の雰囲気では無く、端から見れば、町娘と少しいいとこのお坊ちゃんが、二人きりになれる場所で逢い引きしている様な……


なんかもう、見てられない程初々しい空気かもしてる。

青年の方は、タチアナ様にしきりに語りかけている。

タチアナ様もまた、恥ずかしがりながら、話を聞いて何かと答えていた。


「あれは、どう見てもデートよね」


「……やっぱりそうなのか?」


「そうでしょ。会話を途切れさせたく無いのよ。なんか初々しくて可愛いじゃないのよ」


マキアもまた、遠くからじっと二人を見て、小声で断言する。

まあ確かに、口を開けば、息をするように嫌みを言い合う俺たちの関係とは何か違うよな。


「あのくっついてそうでくっついてない感じ。潤んだ瞳。夕焼けよりも赤い頬。微妙な俯き加減。男の方も何かすごくへたれそうで、さっきから手を取ろうか取るまいか迷っているあのじれったい感じ……」


「やめろ。口で説明されるとかゆい。それにうるさい」


とりあえずマキアの口を押さえて、再び二人を観察した。


しかし、恋人だと?

タチアナ様に恋人が居たなんて、俺は聞いていないぞ。


もしかして、タチアナ様付きの、アレクセイやイヴァン……あの二人の騎士も知らない事なんじゃないだろうか?


「相手の男は何者だ?」


俺としては、そこが一番気になる。


あの身なり、どう見ても外区の人間じゃない。おそらく、貴族階級の人間だ。

そんなお坊ちゃんが、タチアナ様とどこで知り合い、あのような仲になったのか。

もしや、タチアナ様の事を探っている、中央政府の人間なんじゃ……


「ん、ん」


俺があれこれ想像を巡らせていた時、マキアが俺の腕を叩いた。

ずっと、口を押さえていたからか。パッと離す。


「あんた、私を窒息死させる気なの?」


「すまん」


適当に謝りつつ、俺とマキアは黙り込み、再びタチアナ様と青年の方を注視した。




「今日も、君の名前は聞けないのかな……」


「……ごめんなさい」


青年がタチアナ様に名前を聞いて、タチアナ様が謝った。

そのやりとりだけで、タチアナ様が、あの青年にまだ名を名乗っていない事が分かる。


「次、いつ会える。明日は、会えるかな」


「……」


タチアナ様は少し迷ってから、うんと頷いた。


「ここで、いつもと同じ時間に」


「分かった」


二人は、単純なやりとりで、次に会う日程を決めていた。

他愛も無い言葉ばかりであるが、二人には、言葉を交わせるだけで嬉しい様に見える。


聞いている分には微笑ましいが、俺は居ても経ってもいたれない。

更に、あるやりとりを聞いて、眉をひそめた。


「今月末、王宮で仮面舞踏会があるんだけど、知ってる?」


「……知らないわ。私、庶民だもの」


「僕、君を連れて行きたいな。同伴なら、庶民でも連れて行けるんだよ」


「だ、ダメよ。……怒られちゃうわ」


「家の人に?」


「そ、そう。それに、私、舞踏会に着ていけるようなドレスを持っていないもの」


「……そっか」


そんなやりとりだ。

仮面舞踏会……確かに月末、王宮ではそのような舞踏会が催される。

大々的な舞踏会で、皆仮面を身につける事で、身分や素性を隠し、その日限りの出会いを楽しむものである。


実の所、その日はある計画の実行日でもあった。

故に、俺は眉をひそめたのだった。


タチアナ様は、この青年と舞踏会に行く事は出来ないだろう。

彼女も重々、承知の様だ。

何度か誘われていたが、懸命に断っていた。







その後、タチアナ様は青年と別れて、また一人、繁華街の方へと出て行った。

俺たちは彼女が無事に帰宅するまで、こそこそつけて、見守る。


しくしくと涙をこぼしていたから、やはりタチアナ様は、あの青年の事が……


「どうすんのよ、トール」


旧王家の拠点となっているバーの裏口から、中へと入っていくタチアナ様を見守りながら、マキアは俺に尋ねた。


「タチアナ様の事、革命家たちに言うの? あのお坊ちゃん、きっと貴族よ。金色の飾り紐を身につけていたから、それも相当地位のある貴族よ」


「……分かっている。少し、探りを入れてみる必要があるな。いったい、どこで出会ったって言うのだろう」


青年の素性を、まず知らなければならない。

そして、タチアナ様がなぜ隠れ家を出て、あの青年と出会うに至ったのか。


何より、彼らはやはり、惹かれ合った恋人であるのかどうか。


「そんな事、あの旧王家の革命家たちが知ったら、どう思うかしらね……あのお坊ちゃん、殺されちゃうんじゃないかしら」


マキアは複雑そうな顔をしていた。

俺たちは当然、革命家との協力関係にある為、彼らの意向は大事にしなければならないが、かといって、もし本当に若いタチアナ様が恋をしているのであれば、それを、仕方の無いことだから諦めろと言えるのだろうか。



この、俺やマキアに……?



とても難しい。

その思いは、どうしようもないものだと知っている限り。




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