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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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77:『 1 』トール、旧王家の生き残りたち。

2話連続で更新しております。ご注意ください。(2話目)

俺の名前はトール・サガラーム。


今、俺はとんでもない姿をしている。

何がどうとんでもないかと言うと、凄い美女姿なのである。

だが別に女装をしている訳ではないし、そんな趣味がある訳ではない。ユリシスじゃあるまいし。


「……」


“赤毛の怪人”であるマキアを転移した後、一人でぽつんと佇み、部屋の大鏡を見ていた。

長い黒髪の、涼しげな瞳の美女。レピスやキキルナ辺りを彷彿とさせるが、またちょっと違う。

丈の長い町娘風ワンピースの姿で、黒地のワンピースは可愛らしいが、俺自身が着ているのだと思うと非常に微妙な心地だ。


外側のヴィジュアルを作る際、本来のヴィジュアルを継承した形となった。

俺の場合は、本来の涼しげな美貌を損なわないながらも、少々の可憐さを帯びている。


マキアもまた、少し女顔の美少年姿になった。

だが内なるマキアさんの男前な部分のせいで、凄いイケメンに見える時がある。俺もびっくりな程。


だから俺は、マキアの男姿があまり好きではない。

普段のマキアのわがままは聞けても、男姿の低い声のマキアのわがままはどうしようもなくイラっとする時があるからだ。

男なら語尾を伸ばすな、と言いたい。


マキアは、そんな俺とは違って、俺の女姿を凄く気に入っているようだ。

いつも以上にべたべた触ってくるし、心無しか優しい。

元々、マキアは女に優しいからな。あいつは女友達が欲しくて欲しくて仕方が無かったのに、あまり居なかった歴代の前世の記憶のせいか、レピスやらペルセリスやらレナやらの女友達を、とても大事にしていた。


だけど、ならば俺とは一体なんだったのか……

女姿の方が大事にされているなんて。


むしろ、内側から男になってしまったマキアは妙に積極的で、こちらが身の危険を感じる程。

いや、これは俺の内側に女性的な何かが芽生えて、こう、身を守る体制になってしまっているのか……?


乙女化?


「……ま、まあ良い」


俺は長い黒髪を払った。深い事はあまり考えない。

男女とは永遠に分かり合えない生物であると、どこかの偉い人が言ったような言わなかったような気もするけれど、そう言った神秘を解き明かす機会だと思えば良い。

期間限定だし、きっと大丈夫だ。


悶々と考えながら、俺は腰に神器の剣をつるし、また長いローブを羽織る。

外出する為だ。


この隠れ家は、外区の丘の上にある、寂れた教会の裏にある。

俺たちは、革命家や旧王家を支援している、ここの神父によって匿われているのだった。






北の大陸は寒い。

この肌を刺すような寒さと、そろそろ雪が降りそうだと言う匂いは、懐かしい北の大陸のものだ。


キルトレーデンは北の大陸の中では比較的気候の暖かな土地にあり、メイデーア規模で考えればフレジール以上の近代的な雰囲気がある。


確か、ここ百年で一気に産業革命が起こり、発展した国だ。

それでも、人々の容姿や服装、町の雰囲気や建造物からは、昔から受け継がれる独特の文化を感じる。

工業化の波のせいで、社会や経済のありようは変わったが、それらの置いて行かれた者たちはまだ多く居るようだ。



「赤毛の怪人が来てるんですって」


「中央広場よ」


町娘たちが色めき立ち、坂道を下って、噂の赤毛の怪人を見に行こうとしている。

それだけではない。

貧しい者たちは皆、この噂を聞きつけ、中央広場へと向かっている。


「赤毛の怪人が、警備兵ともめてるんですってよ」


「また捕まってしまうのだろうか」


「でもあの方はとても強いのよ。華麗な魔法を遣うんですって」


「きっと逃げ切るわよ」


「分からないよ。中央政府は、赤毛の怪人を捕らえようと躍起になっているようだし」


そんな噂話が聞こえてきた。

俺は頭を抑えつつ、急ぎ足で中央広場へと向かったのだった。






「なんで私が、お前たちに連行されないといけないの……いけないんだ!」


「いいから来い! お前は総帥様より逮捕状が出ている」


「私が何をしたって言う……んだ!」


中央広場は騒然としていた。

複数の連邦政府の警備兵は、謎の赤毛の怪人を捕らえようとしていた。

要するに男姿のマキアと、この国の警備兵がもめて、言い合っている。

俺は路地から、それを見ていた。


連邦は、庶民に人気のある英雄気取りの“赤毛の怪人”を危険視しているのだろう。

革命家の一人と考えているのかもしれない。


複数人でマキアを捕らえようと奮闘している。


「ちょっと! 赤毛の怪人様に何をしているのよ!!」


「そうよそうよ、怪人様やっちゃって!!」


「きゃああっ、怪人様、今日も素敵ー!」


女子達の黄色い声援が聞こえる中、マキアは気分を良くして、指輪に変えていた神器を細身の剣に変えて、警備兵を蹴散らす。

魔法鎧を身に着けていた兵士たちも、マキアの力に敵うはずも無く。


「あっははははははは! ばーかめ、私に敵うはずも無いでしょ……だろうに」


だが、口調が未だに女言葉まじりで、マキアもいまいち決まらない。

楽しんでいるのだけは分かるけど。


ここらで「さらば!」と空になった白い袋を持って逃げるのが赤毛の怪人だ。

兵士たちをあざ笑い、マントを翻して、とにかく走る。


兵士たちはマキアを追うのだが、マキアの逃げ足は速く、おそらく簡単に撒くだろう。


「ふう……」


それを確認してから、俺はまだ騒々しい中央広場を横切り、一般居住区を突っ切って、貴族や裕福層の住む中央区と、一般市民の住む外区の間にある、キルトレーデン最大の歓楽街“東区”へ向かうのだった。






女の姿でこのような場所に来るもんじゃないな……


そう思えるくらい、道行く男たちの視線の数が凄い。

幅の広い大通りに軒を連ねる派手な店の周りで、煌々と光る電飾が、妖艶な女たちを飾り、男たちを誘っている。


化粧と酒と、何か良くわからない甘い匂いが否応無く襲いくる、いかにも歓楽街と言う賑わいを見せる特区で、存外高貴な身の者たちも多い。女も男も。


こういう場所はどこの国にもあるな……


そんな風に思って、よそ見をしていたせいで、目の前からやってきたゴテゴテした成金風の男とぶつかった。


「す、すみません……」


慌てて謝る。

すると、男は俺を下から上まで嫌らしい視線で見て言う。


「君、いったいどこの店の娘かね?」


「……」


苦笑いしか出てこない。遅れて悪寒。

まあこんな所に居るのだから、勘違いされるのも仕方が無いかもしれないが。


「失礼します」


俺は逃げるようにして人ごみに紛れ、寂れたバーの中へ急いだ。


「……ったく、娼婦じゃねーよ」


何となく文句が出る。

この姿だと、他人の視線が嫌に気になるものだ。

女の視線は数々受け止めてきたが、男にじろじろ見られる事がこんなに身震いする事だとは思わなかったな。


バーのマスターに視線を投げると、奥の部屋へ行くようにと指差される。

店の中には、数人の客が居たが、俺はおかまい無しで、関係者以外立ち入り禁止の奥の部屋へ向かった。






奥の部屋へ入ると、そこはただの書斎となっている。

ただ、一番大きな本棚を動かすと扉があり、扉を開けた奥には物置部屋ほどの狭い空間があった。

床のカーペットをめくると、地下へと続く鉄の扉があり、その扉は登録されている関係者以外を通す事の無い魔法扉となっている。


俺は難なくその鉄の扉を開き、地下への階段を下りて行く。

暗い地下への階段だが、降りきると薄暗い通路があり、そこを更に進むと、またしても扉があった。


「失礼します。トールです」


重い扉をコンコンと叩くと、それは向こう側から開かれた。

武骨な印象を受ける男が出てきた。頬に傷のある、大柄な男だ。


「入れ」


男の名前はイヴァンと言う。

俺はそいつの前を通って、地下の秘密の部屋に踏み入る。


そこは、先ほどまでのじめじめした地下通路とは打って変わって、美しく整えられた内装だった。

北の大陸の、少し古めの王宮仕様で、俺としては少々懐かしい印象を受ける。

おまけに広々としており、奥には複数の部屋があるようだ。


室内は温かく、俺はローブを脱いだ。


「トール!」


俺が来るを心待ちにしていた少女が居たようで、彼女は隣の部屋から勢い良く扉を開けて出てきた。

マキア程ではないが、少し赤みのある茶色の、ストレートの髪を持つ少女だ。


「タチアナ様」


彼女の名前はタチアナ・レイクサンディロ・ガイリア。確か16歳。

実は、旧ガイリア帝国王家の直系に当る、誰にも知られていない秘密の公女様だ。


「早く来ないかなって思っていたの。ねえ、一緒にカードゲームをしましょう」


彼女は、最近この場所に来るようになった俺の事を本当に女だと思っていて、仲良くしようと様々な遊びに誘うのだった。

おそらく身近に、同じ年頃の女性の居ない状況のせいだ。


「タチアナ様、今日は重要な話し合いがありますので」


「えー。でもトールが参加する必要はないでは? あなたは私と変わらない年頃の女の子なのに」


「……いえ、その。一応これでも、フレジールの使者ですので」


タチアナは無邪気な様子で、俺の腕を引っ張る。

当然、女の子同士と思っているから、スキンシップも半端ない。


「タチアナ様、トールを困らせてはいけません」


彼女の後から出てきたのは、プラチナブロンドの青年だ。


「ア、アレクセイ……だって、せっかくの女の子のお友達なのに」


「タチアナ様」


「は、はあーい」


タチアナ様は頬を掻きながら、残念と言うように大人しくなる。

公女様とは言え、素直で聞き分けの良い娘だ。


アレクセイと呼ばれた青年は、タチアナ様付きの従者だ。俺をこの場所に入れてくれたイヴァンも、同じ。

二人とも亡国の騎士階級の血筋で、もうずっと一族ぐるみで旧王家の者たちを守っているのだとか。


連邦からその存在を隠されているお姫様の、二人の騎士と言う訳だ。

なかなかロマンがあるよな。


「すまないな、トール。君にも外は危険だろうに」


「いや……フレジールから伝達があった。それを伝えに」


アレクセイの言葉に、俺は淡々と答える。

ガイリア王家と、その側近の生き残りである彼らは、革命勢力の中核である。

特にタチアナ様は革命の象徴として、後々持ち上げられる事になるだろう。本人にその自覚は、まだ無いのかもしれないが。


マキアが赤毛の怪人として外であれこれ騒ぎを起こしているのも、革命軍の計画を進めやすくする上で、連邦の注目を逸らす役目がある。

元々、大陸の端の田舎に隠れていた彼らが、この東区へ移動する際、赤毛の怪人が警備兵を翻弄していたので目くらましになった。


俺もまた、トールという本名のまま、フレジールの遣わした魔術師として、彼ら革命家たちと行動や計画を共にしている。

だが、彼らもまた、俺が男であると言う事は知らない。ましてや、かつての黒魔王だなんて。

きっと、普通の女魔術師だと思っているのだろう。



「……ガイリア、か」


この部屋のあちこちにある、ガイリア帝国の紋章。

俺にとってガイリア帝国とは、前世の黒魔王であるトルク・シーデルムンドの故国シーデルムンド王国を滅ぼした侵略国に他ならない。


あの紋章を見ると、少しだけ複雑な気持ちになるものだ。


「どうした、トール」


頬に傷のある男イヴァンが、俺の様子に気がついたのだろう。

俺は少しだけ視線を落とし、「いや、何でも無い」とだけ、素っ気なく答えた。


あれから2000年経ったのだ。

世界は、予想もつかない方向へと変わっているよ、トルク・シーデルムンド。

俺は自らの祖国を滅ぼした国の王家を、今は守っている。


だが、やはり歴史は繋がっているのだな、という思いが一番大きく、今更憎らしいとは思わない。

皮肉な笑みが、出ただけだった。




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