76:『 1 』マキア、赤毛の怪人と黒髪の美女。
2話連続で更新しております。ご注意ください。(1話目)
私はマキア。
私とトールはレイラインを出て、既に北の大陸に居た。
エルメデス連邦の首都、キルトレーデンだ。もうひと月はここに居るだろうか。
キルトレーデンは上流階級が住む整った中央区を、迷路のような入り組んだ造りの外区が囲んでいる、旧ガイリア帝国の帝都をそのまま受け継いだ大都市だ。
私とトールは、その外区にある隠れ家でひっそりと暮らしながら、ある計画を進めていたのである。
「あー、寒い寒い」
トールが温かい隠れ家に戻ってきた。
地味なローブ姿で、手にはパンやら缶詰やらの食料の入った袋を持っている。
「お帰り! お腹が空いたわ!」
私はと言うと、パチパチと燃える暖炉の前の椅子に座っていて、体をよじらせ彼の方を向き、お腹が空いたアピール。
それはこっちの台詞だ、とトールに言われた。
椅子から立ち上がり、トールの側に寄っていく。
私はトールを“見下ろして”いるのだった。
トールは買い物袋から、新聞を取り出した。
「ほら、これを見ろよ。『赤毛の怪人、再びあらわる』だってよ」
「あら、私も有名になったものね〜怪人だって、怪人だって」
「その姿と声で、女言葉はやめろ」
「あんたこそ、そんな可愛らしい姿と声で、男くさい言葉遣いはやめてよね」
お互いの姿を確認するように、私たちの視線は部屋の大鏡に向かう。
そこには、赤毛の貴族風の出で立ちの男と、黒髪のローブ姿の女が写っていた。
さて、どういう事だと思う?
実のところ、私たちは今、本来の姿とは別の姿で行動するようにしている。
マキアとトール。
紅魔女と黒魔王。
私たちの正体や見た目の特徴は、エルメデス連邦の銀の王、また本体の分からない青の将軍にはバレてしまっている事から、この国では内々に“変化の魔法”を使って、姿は疎か、性別まで変更して行動するようにしているのだった。
変化の魔法は、そう言った力のある精霊との契約下で行う白魔術以外に、成せる術ではない。
あるいは、そう言った呪いが存在したとされるが、古くに絶滅した魔法だ。
だけど、私とトールはお互いの魔法を組み合わせる事で、その魔法を可能にしてみせたのだった。
これはトールの思いつきによる魔法だ。
ヴィジュアルというものを外側の空間をいじる事で操作し、また私の命令魔法により、内側の肉体を操作する。
私は体内に大量の血を抱え込んでいるので問題は無いが、トールの場合、私の血を定期的に摂取しなければならず、その効果が切れるリミットがある。
私の血を飲んで、まるで吸血鬼になったみたいだ、とトールはいつも顔をしかめている。
いつだったか、私の血を飲んで命を救われた事があるくせに。
私としては、毒にも近い私の血がトールの体にどう影響するのかが恐ろしく、またとても興味深く、日々彼(彼女)を観察しているのだが、今の所特に影響は無いようだ。
命令したら、トール、爆発しちゃうのかしら……
性別操作の魔法なんて、今まであまり考えた事も無かったし、考えた所で出来なかったと思うのだけど、これは神器の保有により、成り立つ魔法のようだった。
私は今、17歳程の少年の姿を多いに活用しているのだった。
衣服も男のものを着用し、背丈は15センチ増し。
それでも男にしては小柄なのだけど、ごついのを嫌がった私の命令を的確に再現した形だ。
癖っけのある短髪の赤毛で、ブルーの美しい瞳を持つ猫目。我ながらなかなかな美少年。
打って変わって、トールはというと、女性の姿。
もともと身長が高かったものだから、15センチ減でも、やっと今の私より少し身長が低いくらい。
長い黒髪を三つ編みに結っていて、まるでレピスから気だるげな感じを抜いたら、こうなりました、と言うような見た目だ。
キリッとした、だけどどこか可憐さと色気のある美女よ、美女。
「あ〜トール子ちゃんやっぱり美しいわ〜」
トールへの愛情も相まって、女姿のトールがとっても綺麗で、可愛く思えてしまった。
部屋の中でも脱ごうとしないローブを脱がせて、私がチョイスして着せた町娘風の服装を、ニヤけながら確認する。
「あー可愛い!」
思わずぎゅーっと抱きしめた。
「やめろ! 男に抱きつかれても嬉しく無いんだよ」
「だって、トールが柔らかいなんて凄く新鮮なんだもの。あんたいっつも筋肉が硬いのよ」
「今のお前が硬いんだよ!」
可愛い私のトールが、青ざめてじたばたして逃げようとする。
いつもは私に抱きつかれると、こっそり嬉しく思っているくせに、男の姿だと全然嬉しがってくれない。
むしろ、何かの恐怖に駆られている感じがする。
そこがまた何か……良い!
トールは私を押しのけて、透き通る声で「全く」とぼやきながら、買ってきた食料をテーブルに並べていた。
元々世話焼きだったのだが、いよいよ献身的な女房っぷりが発揮される姿だ。
「お前な、その姿は、敵の目を欺く為に利用しているに過ぎないんだぞ。エルメデス連邦の革命が、一番の目的だ。楽しんでるんじゃねーよ」
「あら、嫌々やってられる姿じゃないわよ」
暖炉の前の椅子に座って、優雅にお茶を飲む。
きっと元々のトールより、ずっと気品溢れる美少年に違いない、と、自信に満ちた笑みを浮かべて。
トールには私の単純な考えはお見通しのようだ。
はいはい、と言わんばかりの、あきれ顔。
「さあ、一度もとの姿に戻るぞ。マメに交代しないと、化けの皮が剥がれやすくなる」
トールは私の所までやってきて、立ち上がれと言うように肩を叩いた。
「分かっているわよ。もう、トール子ちゃんはすぐに元に戻りたがる」
「お前程ノリノリでやってるわけじゃないからな。つーか、トール子ちゃんはやめろ! お前の事もマキオって呼ぶぞ」
「やめてよ! そんなダサい名前!!」
「じゃあマキ太郎だ」
「やだやだやだやだ」
全力で否定した。
声が男の声なのでトールが「気持ち悪い!」と言う。
でも、せっかく素敵な見た目をした男性姿なのに、マキオとかマキ太郎は無いわよ……
さて、私は渋々立ち上がり、トールと向き合って、お互い胸の前で両手の指を絡め合う。
こうする事で、お互いの体を繋ぐ術式が出来上がり、変化の魔法を可能にする。
お互いの瞳を見つめて、「解除」と唱えると、足下に魔法陣が展開され、私たちの姿は元に戻る。
私は長い赤毛の、本来のマキアの姿。
トールは凛々しい出で立ちの、本来のトール・サガラームの姿。
身長差のあまりない姿から、トールに見下ろされる姿となって、私はぶーと唇を尖らせる。
トールはどこか、得意げだった。
トールが買ってきた夕食は、固いパンと魚の缶詰、果物だ。
エルメデス連邦は物資が少なく、食料も高値で売られており、十分に資金を持って出てきた私たちも、うかうか贅沢は出来ないのだった。
また軍事費がかかるため税金も年々高くなっていて、庶民の生活は圧迫されている。
連邦の総帥閣下は絵に描いたような独裁的な暴君との事。
まあ、イスタルテのようなお姫様が生まれるくらいだから、想像できるけれど。
でも、元々は国民に慕われていた総帥だったらしい。
北と東の侵略戦争も絶え間なくあったものとは言え、現総帥がエルメデス連邦を統治してからは、より過激になった。
いったい何がきっかけで、総帥はこのような暴君になってしまったのだろう。
逆らう者は容赦なく捕らえられ、必要以上に重い罰を受ける。
そうしなければ成り立たない程の大きな国と言う背景もあるが、中流階級から庶民、貧民にかけては、不満がたまっている状態である。
独裁政治が続くため反対勢力が生まれ、彼らはエルメデス連邦が取り込んだ亡国“ガイリア帝国”の王家の生き残りとコンタクトを取り、革命を企てている。
フレジール王国のシャトマ姫やカノン将軍もそこに目を付け、革命家たちと連携して、連邦の内側からの転覆を狙っているのだった。
私は目の前の質素な食事に文句を言う。
「ちぇー、今日もパンと魚の缶詰? トールの秘密の貯蔵空間から食料を持ってきてよ。私がこれだけで足りると思っているの?」
「ここに居る間は、出来るだけここの生活に順応しろ。グランタワーが出来上がったのもあって、三つのタワーが連携してここまでギリギリ魔導波が届くとは言え、頻繁に魔導波を飛ばしていたら銀の王に気がつかれる。それに、持ってきた食料は、生活の圧迫している庶民たちに分け与える為のものだ。その為に、“赤毛の怪人”が居るんだろう」
「……うーん」
しぶしぶ頷く。
トールの言う赤毛の怪人とは、最近キルトレーデンの外区を騒がせる謎の男だ。
外区には貧民が多く、食料を手に入れる事の出来ない飢えた者たちが大勢居るのだが、最近サンタクロースもびっくりな、全身真っ赤な赤毛の怪人という謎の貴族風美少年が、フラッと現れては貧しいものたちに食料を分け与えるという珍事件が頻発している。
時に見回りの兵士に不審者として捕らえられるのだが、その度に逃げ出しては、また現れる。
まさに神出鬼没な怪人なのだが、これが庶民には大人気!
……まあ、私の事なんですけどね。
すっかり中央政府に目を付けられている。
「さ、また赤毛の怪人になるわよ!」
私は食事を終えて、立ち上がる。
「ノリノリだな」
「お仕事だもの。赤毛の怪人がこの国を変えるのよ!」
ニヤリと、私は意味深な笑みを浮かべた。
トールもそれを分かっているので、変化を躊躇う事は無い。
「転換」
私たちは部屋の広いスペースで、両手を繋いで、瞳を見つめ合って唱えた。
足下には魔法陣が展開され、バリバリと妙な音を立てながら、私たちはお互いの姿を変えて行く。
私は赤毛の男。
トールは黒髪の、謎の美女。
私たちは、どちらかだけが変化する、という事が出来ないので、必然的に、お互いが変化する事になるのだった。
故に、どちらかの化けの皮が剥がれれば、もう片方も本来の姿に戻ってしまう。
一番厄介なこの魔法の弱点は、トールのリミットがやってくる事だ。
トールは定期的に私の血を飲まなければ、変化を持続出来ない。
男姿の私は、自分の指先をピッとナイフで切ってから、鮮血を小さなグラスに注いだ。
小さじ一杯、くらいの量だ。
「うう……マキアの血……恐ろしい……」
女姿のトールは、まるで日々薬を飲まなければ生きていられない薄幸の美少女のような表情で、小さなグラスに注がれた私の血をぐっと飲む。
実に奇妙な光景だ。
「ねえ知ってる? 今、私が命じたら、あんた爆発するのよ」
「知ってるよ! 真顔で言うな、恐ろしい」
瞬きもせずに真顔で、ただの事実を述べただけなのに、怒られた。
まあ、少女姿の美しくも可愛らしいトールなので、許せる。
鏡の前で、貴族風のスカーフと、少し癖のある髪を整えた。
「さ、行くわよ!」
トールの用意した、食料の入った白い袋を担いで、私はトールの前で、“彼女”に背を向ける。
「人前では、ちゃんと男のように振る舞えよ。わたし〜とか、だわ〜とか言うんじゃないぞ」
「分かってるわよ、うるさいわね〜」
「ほら、もう……」
心配性なトール。
だがトールは私の背中に手を当てて、転移魔法を発動した。
「キルトレーデン外区中央広場へ」
トールがこのキルトレーデンの地図を半透明のモニターに開きなら、そう唱えた瞬間、私はパッと、隠れ家からキルトレーデン外区中央広場へと飛ばされた。
これこそが、神出鬼没と言われる所以。
赤毛の怪人は、本当に突然、現れるのだった。




