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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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75:神話大系8〜イチジクの色〜

リセットを繰り返した、あの悪夢を脱してから、いったいどれほどの時間が経ったのだろう。


分からない。

ここに居たら、分からなくなる。


地下世界の死の国には、大勢の亡者が転生の時を待っている。

ただアクロメイアが次々に命を生み出しては、意味も無く消したりするから、そいつらは増えるばかりで、転生の順番も回ってこずに、ただこの暗い世界を彷徨っていた。







「あ、いたいた。おい、ハデフィス」


この暗い地下世界に、ある男の声が響いた。クロンドールだった。

黒服を身につけたその黒髪の男は、暗い地下世界に紛れやすく見えにくい。

ただ、彼は手に、淡く光る木の枝を持っていた。


「……なんだ」


「お前、いつまでここで引きこもっているつもりだよ。たまには地上に出てこいよ」


「……面倒くさい」


「相変わらずだな、お前」


完全に引きこもり体質になっていた俺は、クロンドールの誘いにもノリの悪い答え方をして、訝しげに彼がやってきた意図を探ろうとしていた。


「なんだ、その枝は」


「これ、ヴァベルの大樹の枝だよ。デメテリスに貰ってきたんだ。地下の世界は穢れが充満しやすい。お前が地上に出てこないのは、そのせいだろう?」


「……」


何もかも分かっているんだぞと言うように、クロンドールは眉を寄せた。


「本当に、嫌な役を任せっきりにして悪い。変われるものなら変わりたいが……」


「馬鹿を言うな。これは俺にしか出来ない事だ。それに、マギリーヴァが前に怒った様子で言っていたぞ。アクロメイアが地上で暴走している、とな」


「ああ……アクロメイアは変わってしまったよ。最初は、俺たちを引っ張ってくれた頼りがいのある奴だったのにな……」


クロンドールは、キョロキョロと辺りを見回して、その枝を植える場所を探しているようだった。

地下世界の亡者たちはクロンドールを遠くから、興味深げに見ていたが、彼が近寄るとサッと逃げる。

特に女の霊たちはそんな感じだ。


「ああ、ここが良いんじゃないかな」


クロンドールは地下世界をずっと進んだ先にある、縦長い空洞の空間を見つけて、その大地を掘って枝を植え始めた。

地上では分からなかったが、大樹の枝と言うだけあって、淡い白緑の、光の胞子が舞っている。


「そんな枝、どうすれば良いんだ」


「大樹の枝だぞ。聖域から出た俺でも、時々あのヴァベルへ行く事がある。大樹は俺たちの母のようなもんだ」


「母の枝を折ってどうする」


「お前が寂しかろうと思って持ってきてやったのに、ひねくれた言い方しやがって」


「……」


「これはだな、少しでも穢れを浄化してくれるのではと思った俺の画期的なアイディアな訳だが」


クロンドールは賢い方だが、まれに意味不明な事をするよな……

俺の心の呟きを察したのか、クロンドールがゴホンと咳払いをした。


「まあ良いだろう? 明るいし綺麗じゃないか」


「……」


「ほら、亡者たちも気にしている。シンボルだシンボル」


「まだこんなに小さな枝なのに、シンボル、か」


「そのうち大きくなるさ」


フワフワと、胞子が立ち上っていた。

クロンド―ルは、その後も地下世界の空間のメンテナンスを行いながら、地上の話をしていた。

特にアクロメイアとマギリーヴァの話がよく出てくる。


「マギリーヴァの国には食べ物と食べ物屋ばかりだ。まあ穏やかな国ではあるけれど」


「あいつらしいな……」


「ただアクロメイアが隣り合っているマギリーヴァの土地を、密かに狙っているんだ。アクロメイアの土地は大きかったが、人民が増えすぎて、土地も食料も足りてないらしい。それに比べて、マギリーヴァの国の土地は広くて肥沃だからな」


「……」


「マギリーヴァでは軍事力のあるアクロメイアの国には敵わないだろう。どうにかしないとな……」


クロンドールは、マギリーヴァの土地がアクロメイアに侵略されないか心配しているようだ。

確かにそれは少し気になる。


その後、クロンドールはこの地下世界の空間を隅々までチェックして、地上へと戻っていった。


彼が持ってきた大樹の枝葉は俺の膝丈程しか無かった。

地下の穢れに当てられ枯れたらどうしようかと気になって仕方が無く、俺は毎日この樹を世話していた。

水をやったり肥料を探してみたり。


この樹の世話が、暇すぎる死の国での日課になったのは、自分でも認めたく無い事実だ。

幸いにも、大樹はこの地下の穢れを吸ってすくすくと育った。






「なんだ、この実」


しばらくして、大樹の枝は小さな樹となり、やがて実をつけた。

実のなる樹ではなかった大樹との、大きな違いでもある。


手にはじょうろを持って、地下世界の黒い小川から汲んだ水をちょろちょろ樹にかけていた時に気がついた。


「ハデフィスー」


それをまじまじと見ていた時、マギリーヴァが赤い頭巾をかぶった、いつもながらに全身真っ赤な様子でやってきた。

最初に会った頃より少し成長した17歳程の姿だが、正直あまり変わらないような気もする。


そもそもここへ来るのはクロンドールとマギリーヴァくらいなものだ。

彼女は手にバスケットを持っていて、鼻歌まじりのご機嫌な様子。

おそらく、何か美味しいものが出来たのだ。


「ブドウのタルトよ!」


彼女はバスケットの中身を俺に見せつけながら、どうだと言わんばかりの顔。

つやつやしたブドウの実が綺麗に表面を覆ったタルトだ。

だが俺は無表情。


「カシスの甘酸っぱいクリームを挟んでいるの。美味しいのよ!!」


「……で」


「何よその可愛く無い態度。この私が持ってきてあげたのに!! この根暗野郎!!」


しらーと見ている俺と、やたらテンションの高いマギリーヴァ。

根暗野郎は酷い言い草だが、合ってない事も無い。


「いい出来だったからあんたにあげようと思ったのよ」


「……クロンドールにやれば良いだろ」


マギリーヴァがクロンドールの事を好きなのは、俺もよく知る所だ。

だからそう言った。好きな奴にやれよ、と。


「ふん。あんな奴、一欠片だってあげないわ」


だがマギリーヴァは何だかご立腹。

何が腹立たしいのかぷりぷり怒って、膨れっ面のまま付近の石を蹴ったりしていた。


俺は変わらず、そんな様子をしらっと観察している。


「……何があったんだ。お前たちは仲が良かっただろう」


「私、クロンドールに婚約を申し込まれたのよ」


「…………ほお」


少しだけ目を見開く。


「良かったじゃないか」


鼻で笑いながら言った。

遠かれ少なかれ、そう言う事になるだろうとは思っていた。


だけど、なぜマギリーヴァは怒っているんだろう。


「クロンドールの奴、私に婚約を申し込んだ理由が何だか分かる? アクロメイアが私の国を狙っているから、同盟を組む為なのよ。私の国を守ってやるーですって。別に私の事が好きだとか、そう言う話じゃないんだわ」


「ああ……なるほどな」


そう言えば、クロンドールがそんな事を言っていたな。

どうにかしなければと考えた末の、同盟前提での婚約か。


クロンドールらしいと言えばらしいが、マギリーヴァが怒るのは無理も無い。


「しかしそんな痴話げんかを俺にされても困る。俺に地上のいざこざは関係ない」


「ふん。ただの独り言ですから、お気になさらず。あんたはただの壁よ。聞いていれば良いのだから」


「相変わらず横暴だな」


マギリーヴァの言う事は割とむちゃくちゃな所がある。

最初はもっと普通の女の子だったと思うんだがな……やはり王になると違う。

とは言え、彼女のむちゃくちゃな言い草はまだ可愛げがある。

アクロメイアのむちゃくちゃは洒落にならないらしいからな……


「あら、それがクロンドールの持ってきた大樹の枝? もう立派な樹ね」


「……ちゃんと育てているからな」


「あんたが? あ、ほんとだ。じょうろ持ってる。……ふふっ、あはははははっ! あんたがじょうろだなんて、おかしくて仕方が無いわね」


「……」


マギリーヴァは笑い転げてしまった。

こちらとしては普通にじょうろで樹に水をやっていただけなのに……


マギリーヴァの笑顔はこの地下の世界では眩しすぎるし、その声は華やかすぎる。


「面白いわ。面白すぎるわ。良いわね、おかげで気分がスカッとしたわよ」


「……そりゃあ良かったな」


「面白かったから、次も何か持ってきてあげるわ。何が良い?」


「……別に………何でも良い」


「もう……あんたっていつもそうよね。……あ、この樹、実がなっているわ」


「俺が育てた」


そこだけはキリッとして言う。

そして俺は無条件でピリピリし始める。この実をマギリーヴァに食われてしまわないかと。


「あ、これイチジクよ。真っ黒なイチジクね。大樹ってイチジクの樹だったのかしら……」


「いや、それは違うだろうが……」


「地下だから? 不思議な話ね」


んーと何やら考え込んだ後、「まあ、まだ熟れてないから良いわ」と。

何が良いのか?


「熟れてたってお前にはやらないぞ」


「……沢山なったら一つくらい良いじゃないのよ」


「……」


「まあ、頻繁に確認しにくるわ。いつかちょうだい」


「……いつか、な」


「忘れちゃダメよ」


あっけらかんとした様子で、マギリーヴァはまんまとそう言って、この日の所はブドウのタルトを置いて帰って行った。

しかし、その後も言葉通り、頻繁に地下に現れては、様々な料理を置いて、イチジクの実りを確認する。


鬱陶しいと思いながらも、俺は真面目にイチジクを育てていたのだった。

これが枯れたり、ダメになったら、マギリーヴァは悲しむだろうか。


もうここへ来なくなってしまうのではないだろうか。

いつかこのイチジクを、マギリーヴァが食べるだろうか……


そんな事を考えながら。





大事に育てた大樹の枝は、イチジクのたわわに実る立派な樹となった。

最初こそ、食べても味の無いイチジクであったが、肥料を変えたり何かと手間をくわえていくうちに、味のあるイチジクになっていった。


「……甘い」


かじって確認した。

このような場所で育ったにしては十分だ。

努力はした。様々な肥料を作った。地下の亡霊たちも手伝ってくれた。

この甘いイチジクであれば、マギリーヴァにあげても文句は言わないだろう。


真っ黒な実であったが、割ると赤く熟れた実が出てくる。

その赤はマギリーヴァの鮮やかな赤髪よりずっと微妙な色をしていたが、それでもをイチジクとしては立派な熟れ具合だ。


一際立派なイチジクがあって、俺はそれを、次にマギリーヴァが来た時にあげても良いかなと思っていた。

すっかりイチジクについて詳しくなっていた俺は、これならば甘いだろうというのが分かっていたし、一つくらいなら、いつも何かと料理を持ってくるマギリーヴァに礼もかねて差し出そう。



「ハデフィス〜!」


いつものマギリーヴァの声が聞こえた。

ぎょっとしたのは、彼女の来ている方向から妙に酸っぱい匂いが漂ってきたからだ。

地下世界の住人たちでさえぎょっとしている。


しかもマギリーヴァ、なんか凄いのを背負っているぞ。


「……今日は一体何を持ってきたんだ」


「酢ダコとスルメ」


「……」


い、いらない……


正直な言葉は飲み込んだ。

マギリーヴァはでかいイカの干物を背中からおろして、バスケットから酢ダコの入った壷を取り出した。


「トリタニアの国の海で密猟したの。でかいイカの干物が沢山出来たから、一枚おすそわけよ。感謝なさい」


「……偉そうに言っているけど、それはトリタニアにお礼を言うべきな気がする」


マギリーヴァはその場に座り込んで、それ以外にも貝の煮付けやわかめの干物もどんどん取り出した。

彼女のバスケットは四次元バスケットだ。


「あと、酢ダコも。体に良いのよ。あんた不摂生そうだから、ちゃんと酢の物食べるのよ」


「……」


すでに食べる事をしなくとも、栄養は魔力で補う力を持った俺たちだったが、マギリーヴァはそう言う。


「そう言う事はクロンドールに言ってやれ。仮にも婚約を申し込まれた相手だろ」


「……そっ、それはそうだけど」


マギリーヴァは突然、乙女チックに赤面してから、どもった。

そして、指をちょんちょんとつつく。


「私……クロンドールとの婚約の話、受ける事にしたわ。あいつ、もう一回、ちゃんと申し込んでくれたの。ずっと守ってくれるって……」


「……」


「ずっと大切にしてくれるって、楽しい事も美味しいものも沢山くれるって。赤い、綺麗な花を贈ってくれたの」


もじもじとしつつも、思わずニコリと笑って、またすぐに恥ずかしくなって俯く。

マギリーヴァはとてもとても、嬉しそうだった。


「……」


俺はと言うと、少しだけ驚いたものの、マギリーヴァの嬉しそうな様子には安心する。

いつかやってくると分かっていた瞬間だ。

マギリーヴァの意地で、婚約の話が無くなったりすると可哀想だと思っていたから、良かった。


「……綺麗な赤い……花、か」


俺は側にあるイチジクの樹から、黒い大きな実をもいだ。

これも実は赤い果実ではあるが……クロンドールには敵わないな。


「これ、やるよ」


「……え? イチジク、くれるの? いつもくれなかったのに」


「いや、良かったな、と思って……おめでとう、マギリーヴァ」


マギリーヴァに差し出したイチジクの実を、彼女はわっと輝かしい笑顔になって受け取った。

その場で割って、皮をむいてかじりつく豪快っぷり。


「あまい!!」


「……」


「美味しい!!」


「……そうか」


驚きつつも、喜んで食べているマギリーヴァを見ていたら、まあ頑張って育てたかいもある。

俺はいくつかイチジクをもいで、彼女の籠に入れた。


「持って帰って、クロンドールにも分けてやれ。この樹は、あいつがここに持ってきた訳だから」


「分かったわ。でもあいつにあげるのは八つ中一つだけよ。あとの七つは私が食べる」


「好きにしろよ」


籠のイチジクをじっと眺めて、何度か数を数えたあと、レースの手ぬぐいをかけてから、るんるんとした足取りで立ち去ろうとする。


「ありがとう、ハデフィス! また良いものが出来たらお裾分けを持ってくるわ!」


マギリーヴァは少し遠くから大きな声で宣言し、また早足で帰って行った。


地下世界は、また静かになる。

騒々しいと思っていたのに、それが無くなると、酷く寂しいと思う。

マギリーヴァが居なくなっただけで、暗がりはより暗く思えた。


「……」


ただ、佇んでいた。

育てたイチジクも、もうあげてしまった。


俺が彼女を特別喜ばせてあげられるものは、もうここには無いのだろう。

それが少しだけ、悲しいと思った。なぜかは分からない。







その後もマギリーヴァは頻繁に来たし、クロンドールもちょくちょく地下世界のチェックに来た。

アクロメイアの暴走の話もちらほら聞いたが、この頃はまだ、それでも地上の秩序と言うものは保たれていた。


マギリーヴァとクロンドールは上手く行っているようだった。

この二人をならってか、エリスとプシマも婚約して、国を共有するようだった。


野心も国の問題も関係なく、一番平和な場所で静かに愛を育んでいたユティスとデメテリスは、近々結婚するとマギリーヴァから聞いた。

トリタニアは今でもマギリーヴァにあれこれ密猟されている。それ以外こいつに変わりは無いようだ。


俺も、変わらず地下に引きこもっていた。

イチジクはやがてザクロの実となった。

赤い実を望んだからだろうか。イチジクよりは赤い実だった。

真っ黒な木の中で、その実は美しく輝きを得る。

マギリーヴァはそれがとても綺麗だと言った。


俺はその樹の根元に座って、ひっそりと過ごす。

日々、地下を彷徨う亡霊を管理し、また増えて行く魂に居場所を与えた。




そのうちに、マギリーヴァもクロンドールも、長く来ない時期があった。

そしてその頃、地下世界にも魂がどっと押し寄せていた。

俺は忙しくしていたせいもあり、二人が来なくなった事をそれほど深く考えようとはしなかった。


しかし、どうやら俺は知らないだけだったようだ。神話的にも重要な大戦争が起こっていた事を。

ただ、地下を出て確認する事も出来なかった。

その戦争の間こそ、魂の入れ替わりが激しく、とても忙しかったから。



後から知った事だが、この戦争はアクロメイアが意図的に起こしたものであり、増えすぎた人間を減らす調整のための戦争だったらしい。

争いに巻き込まれた隣国には、マギリーヴァの国もあり、それにクロンドールの国が加勢して、一気に大きな戦争になってしまったのだとか。


この戦争は、後に“ログ・ヴェーダ”戦争と呼ばれるようになる。

この戦争のせいで、様々な兵器や産業は一気に発展し、地上の文明は加速したようだ。


アクロメイアはそこまで見込んでいたのだろうか。

そう言う意味では、やはり、奴は神である。


だがそれ以外の神々は、すでにアクロメイアへの不信感でいっぱいだったに違いない。

アクロメイアを頼ったり、彼を愛した者など一人も居ない。



アクロメイアは、結果的に孤立した。

それが、後のメイデーアの運命を大きく左右する事になる。





(創世前〜創世歴まで。ログ・ヴェーダ戦争以降、神話歴)



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