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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
345/408

74:神話大系7〜死の概念〜

4話連続で更新しております。ご注意ください。(3話目)


「なあ、他の人間を作ろう」


そう提案したのは、タイミング的に、大樹の付近を“ヴァベル”と、マギリーヴァが命名した後だった。

誰もが俺の、唐突なこの提案に表情を強ばらせた。


何週目の話だっただろう。

俺はもうリセットを繰り返すつもりは無く、その為の方法も分かっている。


それは、“死の概念”を生み出す事だった。

前の週では“死の概念”を提案するのが遅すぎて、これを作ることのできるアクロメイアが酷く渋った。

そのうちに、機織り小屋の火事は起きて、やはり最後はどこへ逃げたとしても、影の化け物によりリセットを余儀なくされた。


俺は前の週の過ちをどう克服すべきかを考え、まず、俺たち以外の“人間”を生み出してみようと思い至る。

アクロメイアはちょうど地図にヴァベルと名を搔き込んだ後、俺を見上げて不思議そうにしていた。


「何を言っているんだい、ハデフィス」


「動物や植物だけじゃなくて、人を作ろうと言っているんだ。ずっと俺たち九人だけで生きていくつもりじゃないだろう?」


「……」


俺たち以外の人を作る、という発想は、今までの過程では無かったものだった。

九人で居る事の楽しさや、居心地の良さが、一番大きく感じられた時期。

この頃に変化を望まなかった事が、第一の間違いだったと俺は考えたのだった。


「人が増えれば、食料も家ももっと作らなければなりませんね。争いが生まれかねない」


エリスが相変わらず丁寧な困り口調。

俺は頷いた。


「確かにそうだ。だが、人手が多い方が、何かと役立つ。ここをヴァベルと言う国にして、この周囲を今後調査して行くのなら、人は増えた方が良いだろう」


「……確かにな。俺たちだけでは、限界があるのかもしれない」


俺の言う事に、最初に賛同したのは、クロンドールだった。

クロンドールが認めると、他の者も真面目に考え始めた。


少なからず、ここに居る者たちは皆、大衆と言うものに良い思いが無いようだ。

人の群れ、他人、強者に虐げられ、苦しめられた事がある。

そう言った者たちばかり。


だからこそ、神妙な面持ちで、不安そうにしているのだ。

デメテリスに至っては泣きそうだった。


「大丈夫かい? デメテリス」


「ねえユティス、人が増えちゃうの? 私たちだけではダメなの? 私、きっと虐められちゃうよ」


「そんな事は無い。僕が守ってあげるよ」


まるで幼子をあやすように、デメテリスを慰めるユティス。

そんなユティスを見ながら、トリタニアが「人の妹に良い顔するな」と、憤りを見せている。

真面目な話をしている俺からしたら、聞けよ、と言いたい所だ。


そもそも、なぜ俺が人間を生み出すべきだと提案したのかと言うと、“死の概念”を作ってくれと提案した所で、おそらく誰もがそれを拒否すると思ったからだ。

ただし、今までの経験上、この九人の中の過半数が、実質死に相当する状況に直面すると、自動的に《リセット》となってしまう。

そして、今までそれは、必ずと言って良い程一日の間に決着がついた。

影の化け物に襲われたら、どうする事も無く一日の間に、ゲームオーバーとなり、はじまりは繰り返される。


それでは誰も、死の概念が無い事を実感できず、回避する時間もない。

俺が今までの事を話し、納得してもらおうと試みた周もあったが、あれは疑念を生んだだけで、結局“機織り小屋の火事”は起きて、影の化け物は現れ俺たちを飲み込んだ。


そう。

機織り小屋の事件は、いつもターニングポイントであった。

この事件を起こさなければ良いのだと思って奮闘した事もあったが、それはどのような形でも、必ず、起こるべくして起こったし、それをきっかけに、マギリーヴァはクロンドールに恋をした。

俺はその瞬間を、いつも確認する。


まあ、そんな事はどうでも良いのだ。





ヴァベル命名の時の、俺の提案がきっかけとなったのか。

そのうちに、アクロメイアが土を素材に、人っぽいものを作り始めた。

食料となる動植物は、難無く生み出したアクロメイアだったが、人を作るのは難しいようで、試作はただのうねうねと動く土人形だったと言える。

そこに、クロンドールが記憶を留める空間的な要素を取り入れ、思考する生命体を追求する。

その他の者たちも、それぞれの魔法を駆使し、“人形”を生み出す事に熱中するようになる。


これこそがゴーレムの、原点だ。

ゴーレムが枝分かれして、巨兵か人間かになっていった、それだけ。


ゴーレムは俺たちに従順で、働き者で力持ち。

日々の作業は、ゴーレムのおかげでずっと楽になったし、ゴーレム制作のおかげでそれぞれの魔法が進歩した。



やがて、アクロメイアは完璧な人間を生み出す事に成功する。


最初の人間は少女の姿であった。

ただ、言葉、知能はあったものの、どうしても感情を抱かせる事が出来なかった。

マギリーヴァがこの最初の少女を“ネイア”と名付ける。


誰もがネイアを、我が子のように可愛がった。

特に、生みの親であるアクロメイアの溺愛っぷりは凄いものがあった。


その後も、アクロメイアは多くの人間を生み出す事になる。

人間を作る研究に没頭するアクロメイアは、それまでのアクロメイアとはどこか違い、本当に、“巨兵”や“人類”という生命創造に全てを捧げる研究者の様で、これもまた、第一周と別の運命を切り開く為の要素だったのかもしれない。



アクロメイアは、少しずつ、少しずつ変わっていった。

生命を作ると言う事、その運命を自分が掴んでいるのだと言う事、そういった危うさに魅了されていった。

むしろ、誰よりも早く、人から神となったと言って良いかもしれない。






ある日、大事な“ネイア”が、死んだ。

と言うより、死に値する状況に襲われた。


崖から落ちたのである。普通の人間なら死んでもおかしく無い状況だ。

実のところ、崖へ誘導したのは俺であったが、それを知る者は居ない。


誰もがこれを悲しんだ。

特にアクロメイアの嘆き悲しむ姿は、見ていられないものがあった。

彼らはネイアは死んだのだと思い込んで、彼女を丁寧に埋葬した。



しかし、ネイアは数日後に、俺たちの元へ帰ってきた。

肉体と声を失った、輪郭のある黒ずんだ影の姿で。


誰もが、この姿のネイアに驚いた。

それは恐ろしく、ひどくぼんやりとした存在だったが、ただぽつんと側に立ちすくみ、害をくわえる事は無い。

だが俺たちの仲間にも入れず、感情の無いネイアでも、悲しんでいるように見えた。

彼女は作られた命だったが、そこに魂は確かにあり、死後の行き場が無いようだった。


これが、きっかけで、俺は皆に“死の概念”がこの世界に無いのだと言う事を知らしめる事が出来たのだった。

この瞬間を待っていたと言うように、俺はアクロメイアに言う。


「“死の概念”を作ろう、アクロメイア」


「……」


「死んだ生物の魂の行き場が無いから、ネイアがこんな姿になっている。これは“影の化け物”だ。他にも沢山、居るに違いない」


ネイアが戻ってきた事を喜んでいたアクロメイアが、俺を酷く胡散臭がるようにして、俺を睨んだ。


「何を言っているんだ、ハデフィス。僕らは死にたく無いと思ったから、ここへ来たんだろう。それに、ネイアの肉体は僕がもう一度作ってみせる」


「だが、待ってくれ。死が無いと言う事程恐ろしいものは無い。死があるから、生がより確立される。これはネイアだけの問題じゃないんだ」


「……」


俺の言う事を、この時理解したのは、ハッとした表情のクロンドールと、ユティスくらいのものだろう。

二人は顎に手を当てて、目の前ネイアの現象と、死の概念について考えているのだった。


「……ど、どうしちゃったの、ハデフィス。なんでいきなりそんな事を……」


マギリーヴァが不安そうに尋ねた。

彼女はまだ、この状況がどのようなものなのか、理解していない様だった。


確かにいきなり死を作れと言って、動揺しない者は居ない。

誰もが死を恐れていた。それは当たり前の事だ。


だが、死を避けるには、死を作る他無いのだと、俺は考えた。

“死の概念”を作る事が出来るのは、この中でアクロメイアだけだったから、俺は必死に彼に訴えた。


「じきに、死ねない生物が“影の化け物”となって俺たちを襲う。その前に、死の概念を作って、死んだ生物の行き場を作らなければ、俺たちは同じ事を繰り返すだけだ」


「……?」


「地下、だ。地下に、死者の世界を作ろう。それが出来るのはクロンドール、君の空間能力だ。そして、死の概念を作る事が出来るのは、アクロメイア……君だけだ」


何もかも分かったような口調の俺に、アクロメイアは目を細めた。


「……お前、いったいなぜそんな事を知っている?」


「……それは」


「まあ、その考えは分からなくも無い。だが、地下に死者の世界を作ったなら、誰かが管理しなければならないだろう。それはどうするんだ……」


「……」


少しだけ押し黙る。


囁くような、大樹の枝葉の揺れる音が届いた気がした。

それで良い、それで良いと囁いているかのようだ。

いつもそう。俺たちはあの大樹に、導かれ、そそのかされる。


俺は小さく頷いた。


「死者の世界は、俺が管理しよう。それで文句は無いはずだ」







これが、決定打であった。

新たなルートを見つけ、進む為の。



その後、アクロメイアは死の概念を生み出し、クロンドールは死者の国を作る。

俺は死者の国とヴァベルを行き来しながら、管理する。

地下世界には、死んだ生命体の魂が無条件で集い始めた。

その中にはネイアも居た。なぜなら、アクロメイアがどんな手を使っても、ネイアは元通りにはならなかったからだ。



さて、死の概念を生み出した、その後の展開はこうである。

今まで通り“機織り小屋の火事”は起こるべくして起こったが、これは最初の“エリスのせい”から、機織りを手伝っていた“暴走したゴーレム”のせいに切り替わった。

これは事故として処理され、女子たちは大変な目には合ったが、第一周目ほどの騒動ではなかった。


更に、死者の国を作った事で、リセットを仕向ける“影の化け物”は現れなかった。

俺はついに、ここを突破したのである。



これから俺たちが歩む、メイデーアという世界の運命。

そんなものがあるのなら、ずっと打ち当たっていた行き止まりの道。その分厚い岩戸が開いたかのようだった。


その後、俺たちは今まで進めなかった、新時代に移行する。

ゴーレムをより開発し、人間を増やし、また大樹付近だけでなく、ヴァベルを出た場所を大勢で開拓して行く。

メイデーアは発展し、まさに一つの世界を構築していく。



ある時から、俺たちの年齢的な成長は止まった。



俺たちは長い時を、変わらぬ姿で生きながらえ、飽きもせずに世界を潤沢に作り変えた。

そのうちに、世界を9つに分割し、それぞれの土地を有する事となる。

大会議にて、ヴァベルは大樹の申し子であるデメテリスのものとなった。

これが聖地ヴァビロフォスの発祥であり、緑の巫女のルーツである。


俺には死者の国があるからと、地上には土地を貰えなかったし、俺も必要ないと言った。

故に、その他の7人は開拓地を七等分に分けて、理想の国づくりを押し進める。


最初は、それこそそれぞれ協力していたのかもしれない。

だが、やはり国を持てばそれぞれは王となり、王となれば生まれる感情もある。


あいつの国より豊かにしてやろう。

あいつの国より、ずっと大きくしてやろう。

力のある国にしよう。軍事力をつけよう。

あの国が欲しい。

そうだ。あの国と同盟を結ぼう……その為に契約をしよう。


芽吹いた野心は誰にも止められないものだ。

独立して国を持った九人は、各国の王であり、当初の仲の良い家族のような関係では無くなった。

故に、対抗心が生まれてしまったのだ。


特にアクロメイアがクロンドールに対し、ライバル意識を燃やしていたのは、俺もよく知っている。

クロンドールもまた、アクロメイアには負けたく無いと思っていただろう。

そう言った対抗意識は、しばしば、争いを生んだ。


あんなに、誰もが平和を望んでいたのに……




それに比べて、死者の魂の集まる地下世界は、静かだった。

暗くじめっとしていたが、とにかく落ち着いていた。

リセット現象から脱する事に躍起になっていた事の反動だろう。

地上の面倒な奴らとも関わらなくて良いし、面倒くさい競い合いもごめんだ。何もしたく無い。


俺はやがて、地上へ出向く事もほぼ皆無になり、地下に引きこもり過ごすことになる。




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