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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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71:神話大系4〜クロンドールとマギリーヴァ〜

5話連続で更新しております。ご注意ください。(5話目)

投稿の初めは、『02:狩野圭介、地球にて』になります。







「おい、ハデフィス。これ見てくれよ」


決まりの当番に従い、クロンドールと共に森の奥までやってきた時の事だ。

ヴァベルの森はここ最近急激に広がりを見せ、多くの生命を生み出した。

住処の近場にも、気がつけば知らない樹があったり見知らぬ植物が生えていたりする。


今朝も、大樹の裏手側に大きな丘が出来ていてみんなで仰天した。

男たちは三チームに別れて、その丘を登って散策している。

俺とクロンドールは登りの途中、初めて出くわす泉があったのだ。

クロンドールはしゃがんで、水に手をつける。


「水は温かいんだな」


「……温泉か」


「温泉?」


クロンドールは温泉の存在を知らずに、きょとんとした表情をしていた。

俺の生まれ育った場所では、温泉はごく当たり前のようにあったからな……


しばらく森を進むと、そこはもう見た事の無い青と白の世界だった。

背の高い針葉樹が規則正しく並び、周囲は霧に包まれている。


「新しい森だな」


「前までは、俺たちが望んだ世界が出来ていたのに、なぜ最近は予期せぬものが生まれるんだろう……」


ぽつりと呟いた事に、クロンドールは「うむ」と唸って、自らの見解を述べる。


「おそらく、俺たちの表面的な望みはある程度達成されたんだろう。 そろそろ、人前では言えない内面的な望みがそれぞれに出てくるはずだ。それらが、知らないうちに世界に繁栄されたのだ。きっと、このメイデーアは俺たちの望みを全部叶える為の世界なんだろ……」


「望みを叶える……世界、か」


「ああ。この針葉樹だって、誰かの深層心理に眠る景色なのかもしれない。例えば、故郷、とかな」


「……故郷、か。帰りたいと思っているのかな」


「帰りたく無くても、懐かしいと思う事はあるさ。俺だって……俺はきっと、帰ってももう、世界が無いけどな」


クロンドールは少しばかり皮肉に笑って、空を見上げた。

ここは、不思議な森だ。どこからか、ガラスを叩くような高い音が響く。

確かクロンドールの元の世界は、災害続きで滅んだと聞いた事がある。


元の世界に帰りたい……そんな事は思った事が無いが、だからこの望みの叶う世界が幸福かと言われたら、今の俺には良くわからない。


最初は、未知の世界と、一から営みを作り出す楽しみと、生きていかなければならない焦りが相まって、皆必死だったが、ここ最近要領を得て、また何もかもに満たされてきたせいで、俺たちは少々時間を持て余しがちだ。

だからこそ、ふと思い出すのだろうか。

元の世界は、どうなったんだろうか、と。


「そう言えば、エリスはまだ帰ってこないな……」


クロンドールが、少し盛り上がった岩場を登る際俺に手を差し出しながら、ふと思い出したように。


「エリス? あいつ、この前居たぞ。俺はてっきり、自分の家には帰っているもんだと思っていた」


俺はこの前、機織り小屋の側でエリスを見た事を知らせた。

しかし、クロンドールはこの事に酷く不可解な表情をした。


「……そうなのか? いや、そんな感じではないが……。俺の作った居住区に人が居るかどうかは、何となく分かるんだ。だが、エリスはずっと留守だぞ」


「……?」


一瞬、とても冷たい空気が、横から流れてきた。

静寂が少しばかり重い気がする。どこからか、誰かが俺たちを見ているような、そんな視線を感じる気がしていた。


「!?」


こんな時に、登った岩場の側からガサガサと音がして、俺もクロンドールも思わず肩を上げる。

見下ろすと、黒くのそっとした何かが草むらを横切ったのが分かった。

お互い少しの沈黙の後、視線を交わした。


「何だろう。野うさぎかな」


「野うさぎがあんなに大きかったら、しばらくの食料に困らないな」


「なら、何だろう。あんなに大きな獣、ここで見た事無いぞ」


「……獰猛な獣はまだ発見したためしが無いが、いつの間にか生まれていてもおかしく無い」


「だよな。……だけど、それは大変な事だ。危険が生まれたってことだから」


小高い場所へ登りながら、俺たちは先ほどの黒い影が何だったのかを考えていた。

しかし、想像もできない。

ただ俺たちを襲うようなものなら、対策を考えないと、大変な事になるかもしれないな……


そうこう考え、岩場を登るうちに、青と白の針葉樹林は終わり、今度はオレンジ色の何かに包まれる。


「あ!! 頂上だ」


先に登っていたクロンドールが声を上げた。

頂上についたからだろうか。


「おいおい、こっちだ。早く来い」


「……?」


「ほら、早く!」


俺の手を引いて岩場を登らせ、クロンドールは子供みたいにはしゃいでから、崖の上の、更にその向こう側に見える景色を指差した。


「……」


それは、俺には初めて見えた光景だ。

高い場所から大樹の周囲を見る事など無かった。


夕日が、どこまでもまっすぐ続くメイデーアの地平線に落ちて行く。

森がオレンジ色に照らされ、美しく輝いていた。

その色は懐かしい何かを思い出させ、少しばかり胸を締め付けられる。


「見ろよ、森の外側に、不思議な岩石地帯が出来ている。あれも増えた要素だな。誰かが望んだのかな」


クロンドールが崖の上に座り込んで、ぽつりと呟いた。

懐から小袋を取り出して、中から乾燥させた果実を摘む。


「ほら、お前も食っとけよ」


「どうしたんだ、それ」


「マギリーヴァが持たせてくれたんだ。休憩の時にでも、二人で食べろって」


「……マギリーヴァか。あいつは口うるさいし、世話焼きだ。おまけに食い意地が張っている」


「ははは。違いないな。でも、可愛い所もあるんだぞ。この前、俺がドジして肩を怪我した事があっただろ。あいつ、泣きそうな程心配して、手当てしてくれたからな。いや、もうなんか泣いてたな……。あいつ、気が強そうに見えるけど、案外臆病な所があるよ」


「……」


「ただ、あいつ、体に傷が多いよな。きっと前の世界で大変な目にあってきたんだろう」


「気になるのか?」


「そりゃあな。みんな気になってるだろ」


「……」


俺はクロンドールの差し出す乾燥果実の小袋から、ベリーのをいくつか摘んで食った。

甘酸っぱくて、少しだけ苦い。だが、それが少しクセになりそうな味だ。


「ハデフィス。お前は、誰か気になってる奴、居ないのかよ」


「……は?」


「女子だよ。お前、気がついていないかもしれないけど、いつか誰かが、誰かと結ばれ結婚しなきゃならないんだぞ。いつまでも俺たち九人って訳にはいかないからな」


「……?」


何の事だ、と思った。

いや、結婚の概念も夫婦の概念も、男女の営みについても、前の世界にはあったのだから知っている。


だが自分には全く関係のない世界の話のように思っていたため、誰が気になるとか、そんな事一度も考えた事無かったな。

女の子は変わった生き物だな、と思っていたくらいで。


「だけど、女子は三人だ。誰かが余る」


「……そうだな。そこが、かなり厄介な所だと俺は思っているよ」


「俺は余りで良いよ」


「まーたハデフィスはそんな悟った事を。お前本当に欲が無いよな。悟り世代出身か? あ、悟り世代ってのは俺の元の世界にあった、衰退時代が故にモノを欲しがらない悟った若者たちの世代の事なんだけど……」


「……」


俺は多分真顔。

クロンドールは何やら意味不明な事を説明していたが、自らも恥ずかしくなったのか、誤摩化すように続けた。


「つ、つーかお前、男だろ。好きな女子は誰にも渡さない、くらいの気概を見せろよ!」


「そんな奴はあの中には居ない」


「……あ、そう」


俺が珍しくきっぱり答えたから、クロンドールは苦笑い。

俺は少しだけ考えてから、自然と出た疑問を呟く。


「……と言うか、自分が好きになれば、相手は好きになってくれるのか?」


「はは、そんな訳があるか。叶わない恋もある。……だから、思いは募るんだ」


「……」


クロンドールは、小さくため息をついて、どこかを思い出すような、少し寂しげな表情をしていた。

小さく微笑まれた整った顔立ちは憂いを帯びており、彼にも、かつてそんな人が居たかのようだ。


そんな時、ふっと、俺の脳裏によぎった、薄い金髪の美しい少女のヴィジョンがあった。

クロンドールと並んで歩いて、時にコロコロと笑う。可憐で、どこか頼りない。

ああ……この人、かつてクロンドールが母国で守っていたお姫様、ってやつか。

最後に守りきれなかった人。


説明されなくとも、何故か理解できた。

頭を抑えて、そのヴィジョンがおさまるのを待つ。


「ハデフィス?」


「……いや」


なぜ、クロンドールの記憶が俺の頭に流れ込んできたのかは分からない。

だが、これこそが、俺の魔法の一つであったのだと、後から俺は思い知る事になる。


死と魂と記憶のハデフィス。

後に、そんなものを司る神とされるのだから。



「!?」


ふと、風に乗って、異様な匂いがした。

したと思ったら、クロンドールが勢いよく立ち上がり、ハッとした表情でいる。


「どうした?」


「機織り小屋が……妙だ。俺は、自分が建てた建物がどうなっているのか、何となく分かる。……これは……なんだ? 火事?」


「え?」


クロンドールが感じ取った、機織り小屋の異変に、俺たちは少しゾッとした。

急いで丘を降りて、森を走って抜けて行く。

一番の近道を選んで、まっすぐに戻る。


お互いに心配だったのは、機織り小屋の中にいつも居る三人の女の子たちの事だ。

今朝は新しく出来た要素が多すぎて、男たちは三手に別れて活動していた。

機織り小屋の異変に気がつける者など、クロンドールが最初に違いない。


「火がのぼっている!!」


「火事だ」


機織り小屋は森の端の広場にある。

俺もクロンドールも、そこから立ち上る炎を見て青ざめた。


その小屋の前に二人の人影がしゃがみ込み、苦しそうにしているのを見つけ、駆け寄る。


「プシマ!! デメテリス!!」


「……クロンドール……ハデフィス……」


プシマが泣きながら、俺たちの名を呼んだ。

デメテリスは苦しそうに倒れている。二人とも衣服が所々こげていて、体も煤だらけだ。


「た、助けて。マギリーヴァが、まだ中に居るの!」


「何だって?」


なぜ、マギリーヴァは逃げ後れたのか。

俺が一瞬、そんな事を考えてしまった間に、クロンドールは迷う事も無く火の燃え盛る機織り小屋の中に飛び込んだ。


俺も後に続こうとしたが、プシマが「デメテリスが苦しそうなの」と泣きじゃくるので、デメテリスの様子を確認した。

これは、一酸化炭素中毒だ。

俺がかつて働いていた鉱山でも、続出した症状だ。


「もっと新鮮な空気の吸える場所に移動させて、保温を心がけるんだ。……ユティスが居れば……いや、言っても仕方が無い」


デメテリスを担ぎ、急いで火の側から離れた。

俺の袖を掴み、デメテリスや、火の中に居るマギリーヴァやクロンドールを心配するプシマの表情は青い。


「いきなり……小屋に何かが投げ込まれたの。爆発して、一瞬で火が回ったわ……マギリーヴァが、一番奥に居たから……機織り機が邪魔になって……それで……」


「……」


「マギリーヴァが、私たちに先に逃げろって……っ」


プシマが、小さな言葉で、俺に状況を教えてくれた。

少し進んだ場所にある小さな泉の側が、一番空気が澄んでいるような気がしていた。その側に寝かせ、俺が着ていた上着をデメテリスにかける。


「俺は戻って、マギリーヴァとクロンドールを助ける。お前たちはここにいろ!」


そう言って、泉の側にあった桶に水を入れ抱えて、小屋に戻る。


あの二人に何かあったら、どうしよう。がらにも無く、そう考えていた。

二人とも、無事で居てくれ。あの火の中から、生きて出てきてくれ。

そう考えながら森を抜けた時、目に飛び込んできたのは、マギリーヴァを抱えて火の中から出てくるクロンドールのシルエットだ。

マギリーヴァは口元を押さえて、ゴホゴホと咳き込んでいる。

生きている証拠だ。


「あ……」


良かった。

心の底から、安堵した。

そんな風に、他人に対して思えたのは、いつぶりだろうか。


俺が追いつくより手前で、クロンドールの足が崩れて、二人は草の上に倒れ込んだ。


「おい、大丈夫か。水だ」


俺は桶を二人の側に持って行った。

クロンドールはその水を両手のひらで掬って、マギリーヴァの口元に「ほら」と持って行くが、マギリーヴァは力なくぐったりとしていた。


仕方が無いと思ったのか、クロンドールは手のひらの水を一度捨て、桶から直接水を飲み、また口に含むと、膝の上でくたっとしていたマギリーヴァを抱き上げ、自らの唇を彼女の唇に重ねて、水を口に流し込んだ。


「……」


ツーと、マギリーヴァの口の端から水が流れ、また彼女の喉が動く様子を見て、マギリーヴァが水を飲んだ事が分かる。

だが俺にとってこの光景は、その場で突っ立って固まってしまうほど、静かな衝撃だった。


「……クロンドール……」


「マギリーヴァ。大丈夫か?」


「………うっ……クロンドールゥ……」


マギリーヴァは、いつもの強気な彼女とは裏腹に、体を震わせて泣いた。

泣きそうなマギリーヴァは見た事があったが、ここまで泣きじゃくる彼女を見たのは初めてだった。

その身をクロンドールに預け、縋って、何もかもをさらけ出すように。

恐れと安堵、その両方を感じられる。


クロンドールは、自らもそれなりに疲労しているであろうのに、マギリーヴァの頭を撫でて、彼女を抱きしめ、慰める。安心を与えようとしている。


「ほらほら、もう大丈夫だって。ここまで火は回らない。助かったんだ……泣かないでくれよ」


「……うっ……うう……っ」


「泣かないでくれよ、マギリーヴァ」


その様子を、俺はただ見つめながら、ふと思い至った予感がある。


この二人はそのうちに結ばれるんじゃないだろうか……きっと……きっと……


そんな、とりとめも無い予感。



だがこの時の俺は、その予感に僅かな心のくすぶりを感じた以外に、納得が強くあり、思いのほぼを占めていた。

この二人は、そうであって欲しいとも感じた。


そりゃあ、マギリーヴァだってクロンドールに惹かれる。

クロンドールはいつも格好良い。頼りになって、必ず助けてくれる。


こんな風に助けられたら……そりゃあ……




俺には、そんな感情がまだ理解できなかったけれど、初めて意識し、そう言う思いがあるのだと理解したのがこの事件だったと言って良い。


だが俺はまだ、自分自身の恋を知らない。



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