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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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68:神話大系1〜何も無い世界〜

5話連続で更新しております。ご注意ください。(2話目)


遥か遥か昔の事なのに、鮮明に思い出せるのは、この世界を初めて見た時の事。

初めて、この大地に触れた時の事だ。




目が覚めた時、俺はすでに、そこにいた。


「……」


雪でも降ったのか、と思わされる程、真っ白な世界に。


いや、違う。

真っ黒なのかもしれない。


良くわからない。

一言で言うのなら、そこは混沌だった。


「おい、誰か、居るのか?」


そんな声が、側から聞こえた。

手探りで声の主を捜すと、自分以外の誰かにぶつかる。


「だ、だれ……」


「お前誰だ、人か?」


「俺は……」


俺は、いったい誰だっけ。

ふと、自分が誰であったのかを思い出そうとした。だが、名前が全然出てこない。


「ねえ、誰かそこに居るの?」


「ここ……どこ……?」


「おい、何なんだよこれ!」


あちこちから声がして、ここには複数人の人間が居るのだと分かった。


何がきっかけだったのか。

目の前が一気に開け、その場の光景と、人の姿を目がとらえる。


「……え」


濁った、茶色い不気味な空と、枯れた大地が、そこにはあった。


大地に伏せる人の数は、9人。

見た所、皆ちゃんと人であるが、自分も含め12から17歳程の子供だと思った。


「あ……」


全員が顔を上げ、その何も無い世界を見渡す。

そこには確かに、空と大地しか見当たらない。建造物は何一つ無く、山も無く、ずっとずっと奥まで平たい大地だ。


自分たちがどこに居るのかも分からないのに、心に迫るこの絶望感は何だろう。

凄まじい孤独を感じた。


「ここ、どこ……? 私、怖い……」


緑色の髪を肩で切り揃えた、見たところ最も幼く思える少女が、めそめそと泣き出した。

その少女の側に居た白髪の少年が、慌てて「大丈夫?」と声をかけている。


何だ。何が何だか分からない。

この世界は、いったい何だ。俺たちは、どこからやってきたんだ。

混乱している頭を抑え、俺はただ乾いた大地の砂を意味も無く見つめた。


しばらく、誰もがこの状況を飲み込めずに、見知らぬ世界を眺めていたが、ある銀髪の少年が立ち上がる。


「9人、か。この中に、この状況を説明できる者は居るのか!」


銀髪の少年は凛とした態度で問いかけ、誰もが顔を上げる。

この少年はこの場に居る人物の中では、一際頼りがいがあるように思えた。

格好が高貴で、どこぞの王族のようだとも思ったが、見慣れない風貌ではある。


誰もが、この銀髪の少年の言う事に首を振った。


「俺たち、きっと別の世界に来てしまったんだ」


俺の一番側に居た黒髪の少年も立ち上がり、意見を述べる。さっき俺がぶつかったのはこいつだと思った。

その黒髪の少年を越えた場所に居た赤毛の少女が、縋るように問いかける。


「どういう事? 私たち、知らない世界へ連れてこられたの? いったい誰に? 意味が分からないわ」


「お、俺だって分からない。だけど、どう見たってこれは……知らない世界だろ」


黒髪の少年の視線を追いながら、俺は再び世界を拝んだ。


ああ、そうか。全然知らない世界へ来てしまったのか。

不可解な状況だったが、それだけは理解できた。砂埃の匂いだけが風にあおられ、向かい側から襲い来る。


だけど、それだけ。

本当にそれだけの、世界だった。それが、俺たちが召喚された世界の基盤だった。


「ねえ……」


藤色の長い髪の少女が、ふいに皆を見て尋ねる。


「みんな、名前はなんて言うの? 私、さっきから自分の名前を全然思い出せないのだけど……」


「……」


「……え」


それは、やっと気がついた、誰もが思い知った一つの事実だった。

名前があった事も、覚えている。どこか別の世界からやってきた事も、薄々記憶にあるようで、徐々に思い出される。


だけど、名前を思い出す事が出来ない。

しばらくの沈黙が出来てしまった。


「ふざけんなよ……なんで僕がこんな……誰のせいだよ……っ」


青い髪の、痩せた少年が、親指の爪を噛みながらぼそぼそと呟いていたのが聞こえた。

えらが張っていて目の下の隈が濃く、顔色の悪い少年だ。

厄介そうな奴だな、とこの時の俺は思っていた。



「なあ……あっち、見てみろよ」


9人居る中で、最も背が高くがたいの良い灰色の短髪の少年が、立ち上がって俺たちが見ていない別方向の、遥か向こう側を指差す。

今まで淀んだ空気が流れていたため気がつかなかったが、徐々に視界が鮮明になり、灰色の髪の少年が指差した方角に緑色の一角があることに気がつく。

縦長い何か、があるのだ。


「樹だ……」


「……ほんとだ」


ぼそぼそと、それぞれが呟く。

何も、無い世界のはずだった。

だが、目を凝らせば見えるそれを、誰もが緑の葉の茂る大樹だと理解した。


「ねえ……あの樹へ行ってみようよ」


落ち着いた雰囲気のある白髪の少年が、めそめそ泣く緑髪の少女の肩を支えながら、提案した。


「確かに。こんな所にいたってらちがあかない。樹があるのなら、水も食料もあるかもしれない」


「ああ、そうだな。移動しよう」


銀髪の少年と黒髪の少年が、お互い目配せして頷き合い、俺たちを誘導するため先頭に立った。

二人は腰に剣をさしており、どちらも高貴な身なりだ。きっと前の世界では、それなりの身分だったのだろう。

二人だけは気をしっかり持ち、今後の事を語り合っていたようだ。

何も分からない中で選択をし、俺たちを率いる存在になるのはこの二人であると、この時誰もが思っただろう。



「……大丈夫?」



俺はと言うと、一番最後まで大地に座り込んでいたようだ。

誰もが立ち上がり、二人の少年についていこうとしているのに。


そんな俺に手を伸ばしたのは、赤毛の少女だ。

不安そうな面持ちは変わらないが、泣きそうな顔をして、それでも俺に手を伸ばしてくれた。


疑問はあれど別の世界へ来てしまった事へ、どこか安心も覚えていた俺だが、無表情でその赤毛の少女を見上げた。

無意識に手を伸ばし、その赤毛の少女に手を引いてもらって立ち上がる。

なんでこんな、自分より年下で小さな女の子に手を引いてもらっているんだろう……何だか情けないな……

意味も無くそんな事を考えながら。


「あんた……えっと、名前は……いや、違うわ。名前、分かんないんだもんね」


「……」


「私もね、思い出せないの」


「……」


「あんた、いくつ?」


「15」


「そう。私は14よ」


「……」


とぼとぼと、遠くに見える大きな樹だけを目指しながら、並んで会話する。

変な感じだ。あまり同じ年頃の女の子と話した事が無かったからか、どう接すれば良いのか分からないと言うのもあった。

よくよく見ると、彼女はとても美しい顔立ちをしている。長いまつげに縁取られた瞳は大きく、唇は小さく、肌の色は白い。

だが、その少女は、自分の赤毛を俺が気にしているのだと思ったらしい。


「ああ、この赤毛? 嫌な色でしょう、血の色みたいで……凄く、嫌われてたのよ」


「……」


「私、元々は黒髪ばかりの国に居たの。だから、こんな色……化け物だって」


「化け物……?」


「あんたは、綺麗な金の髪をしているのね。どんな世界からやってきたの?」


少女は、きっと会話が途切れるのを恐れていたのだろう。沈黙は、あらゆる事を思いめぐらせるから。

何かと俺に問いかけていた。


前にも後ろにも、列をなすように、9人の子供たちが歩いている。

何も無い荒野を、ただ、幻影にも思える縦長い大樹を目指して。

俺たちを導くように先頭を歩いていたのは、勇敢な銀髪と黒髪の少年と言うだけ。


「俺は……暗い町に居た。穴を掘って、働いていた」


「へえ、働いていたの? ご両親は?」


「……居なかったな」


「そう。私もよ。小さな頃に、母様も父様も死んじゃった」


「……」


赤毛の少女は、寂しそうな目をしていたが、ふっと肩を上げて笑った。


「あんた、顔が少し汚れているわよ。黒い煤でもつけたみたい。それも、穴を掘っていたっていうお仕事のせい?」


「……」


そう言われて、自らの頬に触れ、手についた黒い粉を見つめながら、俺も、自分の事を詳しく思い出してみる。


生まれたのは、エネルギーになる鉱物を掘る為の鉱山に隣接した、工場の連なる空気の汚い町。


物心ついたときから、ここで働かされていたっけ。

子供にしか入れない暗い穴の中を進まされ、ひたすらに鉱物を掘り出していた。


その時、だ。やたら調子良く掘り進むと思ったんだ。

今日はノルマがすぐに達成できるとか、監督の男に鞭打ちされずにすむとか、そんな事を考えていた。

だが、直後に嫌な音がして、落石により後方を塞がれた。

俺は穴の中に生き埋めにされたんだ。


出してくれと叫んでも、誰も出してはくれない。

恐れと、絶望だけがこの時の俺を襲っていた。徐々に息苦しくなり、穴の中は熱くなり、死を覚悟した。


こんな所でじわじわと殺されるのなら、いっそ一瞬で死なせてくれれば良かったのに、と神を呪った。

なんて不幸な人生だったのか、と。

意識が朦朧して、目を閉じた。



……気がつけば、俺はここに来ていた。



この、寒くも暑くも無い、何も無い世界に。

何も無いが開放感だけは身にしみて分かる、この世界に。




「すごい……」




遠くから見えていた大樹の周辺は小さな範囲だが樹林となっていて、そこを抜けた場所に、神聖な空気を感じずにはいられない特別な空間があった。

大樹の根元にやってくると、それがどれほど立派な樹であったか分かる。


ちっぽけな9人の子供は、皆、母とも思える偉大な存在に見下ろされ、あっけにとられる。


さわさわと、擦れる木の葉の音だけが、俺たちに囁きかける。

ここには、俺たちだけしか、“人”が存在しない。

邪魔するものなど何も無い。好きに生きれば良い、と。



この時の絶望と歓喜を、9人の子供たちはお互いに知っていただろう。

それだけは、なぜか分かっていた。何も聞かなくとも。


だって、みんなが泣いていた。

名前を失い、元の世界を捨ててきた、ただの子供たち。本当に、ただの子供だった。


俺たちはみんな、それぞれ残酷な何かから逃げたくて、死にたく無くて、生に執着して、強く強く願ったんだ。



こんな場所は嫌だ。幸せになりたい。

自分の存在を受け入れてくれる居場所が欲しい。

力が欲しい。


限りなく優しい、世界へ行きたい、と。




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