67:狩野圭介、地球にて。
5話連続で更新しております。ご注意ください。(1話目)
世界の境界線を越え、何度この地球とメイデーアを行き来しただろうか。
あと何度行き来するだろうか。
永遠にも思えたそれは、長い年月と転生を繰り返し。
ただ、後はもう、数えきれる程になったと言っても良い。
この地球と言う世界は、マキア・オディリールが死んで、織田真紀子として蘇り、再びメイデーアに戻って行った日から、ほんの二週間程しか経っていない。
奥多摩の、人の居る場所から離れた山の中に、俺の一つの居場所がある。
外から見れば、ただの家だ。だが地下には膨大なメイデーアの記録、また“俺自身の記録”が残されている。肉体のストックも豊富に保管されている。
地球での俺は、狩野圭介と呼ばれている。
異世界メイデーアでは、回収者と呼ばれたり、金の王と呼ばれたりするが、基本的にはフレジール王国のカノン・イスケイルを名乗り、将軍の座に居る。
俺は定期的に地球へ戻ってきては、メイデーアの事を記録する。
一日二日程度であれば、メイデーアと地球の時間差を縮める裏技があるため、それを利用し、出来るだけメイデーアへの干渉に影響が出ないようにするのだ。
だが基本的には、この地球での時間の流れはメイデーアの時間の流れより遅い。
そのため千年周期で生まれ変わる魔王クラスの、その時代になるまでは、この地球を拠点として過ごし、次の時代の為に策を練り、舞台を整える為に時々メイデーアに赴いた。
地球にいた間の過ごし方は、時代時代により様々だ。
あまりに長い時間があるから、この地球での“怪奇な現象”を研究したり、“地球で言う魔法”があるのかを知ろうとしたり、またメイデーア以外の異世界を訪ねたりしてみた。
故に、俺は時代時代の様々な歴史、言い伝えに登場したりする。
全く別の異世界の物語にも登場する事がある。
面白い事に、地球に居た頃の斉賀透、織田真紀子、由利静は遭遇する事の無かったようだが、この世界にも魔法は存在し、それは“異能”とも呼ばれる。
また、この世界独特の“妖”や“幽霊”と呼ばれる存在もあり、またそれが見える者たちも居る。
あの三人は、メイデーアでは凶悪な魔王だったかもしれないが、こちらでは本当にただの子供だった。
そういった、地球特有の、また日本という国特有の異端には気がつかなかったのだから。
ああ、いや違うな。由利静は気がついていたのかもしれない。
俺にも見えていたのだが、この世界に居た人ならざるものの存在に。
俺は、あの三大魔王にとっては、地球で言う“狩野圭介”という役割を演じた存在に過ぎなかったが、あの三人の前に現れる以前は、別の学校で教師をしていた。
その学校には“日本特有の異端”な力を持つ少年少女がおり、この世界特有の神や妖に干渉する力を持っていた。
彼らを付け回し観察し、その事象に介入する事で、俺はメイデーアで言う魔法と、この日本で言う異能の違い、妖の存在意義、神話のルーツなどを調べていた。そこでの俺は「なんでお前ストーキングしてくるんだよ」と言われる物好きな教師だったに違いない。
だがこれはまた、別の物語。
それ以外にも、俺はメイデーアではない異世界にトリップする方法、転生する方法などを調べていた。
肉体のストックの一つを利用し、全く別の異世界転生を試みた事もある。
トリップ先でまた勇者をやらされたこともあるし、女に転生して一生をやり直す事もあった。
メイデーアとは違う中華系の異世界や、妖たちの住む和風の異世界に訪れた事もある。
別世界の知識を持ち込み産業革命を起こした事もあれば、冷徹に一つの異世界を滅ぼしてみた事もある。
全ては必要なデータの為だ。
世界の境界線とは、あらゆる異世界に繋がる為の場所であったのだと知った。
別の次元の世界、物語への干渉は、いつの世もどの世界も、この“世界の境界線”を経由するのである。
これを管理している存在とは何なのだろう。
それは最後まで分からなかったが、分からなくても良いのかもしれない。俺は何度も利用させてもらった。
しかしこれらもまた別の物語だ。
全てはメイデーアでの“約束”を果たす為に、やってきた事。
振り返るべきは、メイデーアでの最初の記録だ。
俺の魔法は、何よりその“記憶能力”にある。
転生を繰り返しても忘れる事も無く、何もかもを覚え続ける。
記憶を司るがばかりに、他人の記憶すら、時に拾い上げてしまうのだから。
だが、記憶は強い思念を含んでいる。それらを忘れる事の出来ない人間など、そのうちに気が狂ってしまう事も分かっていた。
だから、俺は必要最低限の記憶以外は、この地球に保管する事にして、出来るだけ忘れるようにしている。
だが、今こそ思い出すべきだ。
曖昧な記憶を、鮮明な文字と映像で。
地下の研究所の、多くの肉体のストックが集められる部屋を抜け、奥の隠し扉を開けた。
そこには、多くの書物が、こちらに背表紙を向けて本棚にきちんと並べられていた。
これらはただの本ではない。
中を開いてみた所で、真っ白なだけの記録帳だ。
「……創世の書、解読……」
俺がそう唱える事で、本棚からずらずらと俺の前に飛び出してきた書こそ、記憶の記録。
創世の書は数が多い。
一つ一つ、覗いていかなければ。
まずルールを確認してから、覗く。
必要な事だ。
*元々メイデーアにあったのは、天と地、愛と混沌のみとされ、それらを繋ぐものが大地よりのびる大樹であったとされている。
*そこにメイデーアという世界があったのか、子供たちが来た事で生まれたのかは不明。
*大樹の根元には石碑があり、石碑は九人の子供の名を刻んでいた。石碑の文字は予言書としての役割を果たしており、九人の子供たちがメイデーアで生きていく為の助言を更新していた。
*暦の概念は一日のサイクルが整った後、子供たちの常識をまとめあげ、一年を365日としている。暦が出来る前を“創世前”として、暦確立後を“創世暦”“神話歴”“再歴”とし、時代を三つに分ける事にする。
【創世前】
00:9人の子供たちが、メイデーアに召喚される。
00:大樹を発見する。
00:大樹の下で暮らし始める。
00:魔法を発見する。
00:他生命(主に食料になる)を生み出し、住処を作り、営みが整う。
00:デメテリスとトリタニアが兄妹であったと判明。
00:大樹付近を、異世界の“バベルの塔”の逸話をモチーフに“ヴァベル”と名付ける。
00:それまで不規則だった朝と夜のサイクルが整う。
00:暦を生む。メイデーアに召喚され、およそ半年後とされているが、確かな事は不明。
【創世歴】
01:ヴァベル以外の外部調査を開始する。
01:機織り小屋の火事
01:“影の化け物”出現
01:エリス事件
《《リセット》》
00:創世前のやり直し
01:ゴーレムの出現(一周目と違う所)
01:人類の誕生(一周目と違う所)
01:死の概念と冥界の誕生(一周目と違う所。以降、別の歴史)
20:国家形成、文明の発達
50:ユティス、デメテリス結婚
……
……
【神話歴】
……
……
???:『ログ・ヴェーダ戦争』*神話的事件。増えすぎた生命を減らす為にアクロメイアが起こした戦争。
???:アクロメイア、“愛”の概念と出会う(もっと前かもしれない)
???:『黄金の林檎の誕生』*神話的事件。第十の女神、“愛のパラ・アルファ・へレネイア”誕生。
???:『神々の宴』*神話的事件。この宴に参加していたのは九柱の中で、ユティスとデメテリス、ハデフィス以外の者。黄金の林檎が投げ込まれる。
???:『クウィンリードの密談』*神話的事件。三女神が黄金の林檎の木の下で会議する絵が有名。
???:『エリスの審判』*神話的事件。詳細不明だが、単語だけ残っている。
???:『ギガント・マギリーヴァ』*神話的事件。前回のログ・ヴェーダ戦争より大きな争いが勃発。
???:『ギガスの終焉』*神話的事件。戦争の終わりを意味する。
???:世界の境界線を開き、ヘレネイアを追放。
???:『世界再生』*神話的最終事件。メイデーアの再構築(実は再々構築)。棺システムの開始
***:『神々の帰還』*神話的未来論。九人の神々が再び揃う時、世界はまた滅び、生まれ変わると言われている。
【再歴】
……
……
「……っ」
俺は頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。
額に筋が走り、血が流れている。
これ以上の鮮明な記憶を体が拒否しているのだ。俺がこの肉体で抱え込めるのは、今の所ここまでという事か……
まあ良い。再暦以降は、ある程度記憶にある。
三千年前の金の王と銀の王の争い以降は特に。
必要なのは、創世暦と、神話歴。いわゆる、この世界の創世の時代と神話の時代の事実だ。
真の理を思い出しておかなければ。
この記憶を抱き、現代のメイデーアの、ギガント・マギリーヴァに挑まなければならない。
「……もうすぐだ…………マギリーヴァ」
俺は、暗い地下の書庫の、ただの天井の一点を見上げて呟いた。
死を前にしたマギリーヴァとの約束を、忘れる事など出来ない。
まず、瞳の奥に思い出されるのは、暗い場所で、開けてくれと岩戸を叩く少年の姿だ。
熱い。死んでしまう。
苦しい。
いっその事殺してくれ。
そんな絶望の後の、あの清々しい程の開放感と、自由への歓喜を覚えている。
手を差し伸べてくれた赤毛の少女の、泣きそうな顔も。
大樹だ。
最初に見たあの大樹の根元で、子供たちが集い、笑う。声が聞こえる。
万華鏡みたいな、大樹の木の葉から漏れる木漏れ日の、キラキラした光を浴びながら。
泣きたくなるほど愛おしいメイデーア。
だが、俺たちの創った理想郷を、手放す時代がやってきたのだ。