66:声2
そこは、本当に暗い、ただの地底の国だった。
自分は一人、何者にも干渉されない世界を作り、この世の地獄を管理した。
魔族の根源はそこにあった。
アクロメイアが遊びながら作った、だけど要らなくなって捨てた命は、全部ここへやってくる。
禍々しく、可哀想なものたち。
外の世界は美しい。
なぜなら、醜いものは全部ここへやってくるから。
自分だってそうだ。
地上の神々は、誰もが優れた力を持っていて、美しく気高く、何より強く生きている。力の無い自分とは違う。
何も無く、知らない異世界に突然召喚されて、もう何百年と生きたって創造に飽きていないのだ。
作り出す欲望は増える一方で、世界がいっぱいになれば捨てる。
それを繰り返せるものだけが、神となれる。
そうでなければ、より良い世界は作れないからだ。
元の世界を思い出す事はあまり無い。
皆、元の世界に絶望して、ここへやってきた子供たちばかりだったからだ。
だからこそ、皆、良い世界を作ろうと励む。
故に、余る。
余ったものは、全部この地下の国へとやってくる。
自分はそれを、ただひたすら見守り、管理する。
なり損ないの生物も、弱く脆い魂も、放棄された文明の建造物も。
穢れだけがはびこる、地上の美しさとは裏腹の、醜い世界を。
だから、自分は嫌われている。
外に出る事を疎まれる。
でもそれで良い。
外は明るすぎる。自分には、誰も彼もがまぶし過ぎて、見ていられない。
それならばいっそ、この場所で、一人の死の王として君臨しよう。
誰にも見つけてもらわなくて良い。
理解されなくとも良い。
孤独のまま、この“メイデーア”がいつか消えてなくなるまで、一人下界で生きていく。
神々が世界を捨てるまで。
「また、こんな陰気な所で、一人で居るのね、あんた」
「……」
「引きこもってないで、上に来たらどうなのよ。みんな、心配しているのよ」
「みんなって誰だ」
「あら、みんなって…………そうね。私とか、クロンドールとか。あと、プシマも、どうしてるのかしらって言っていたわよ」
「……」
「たまには地上へ来なさいよ。そんな、真っ黒なザクロの木の下に居ないでさ」
「……」
「あんたはクールすぎるのよ。クロンドールだけじゃ、アクロメイアの暴走は止めらんないのよ。力を貸してあげてよ」
「断る。アクロメイアが暴走してくれていた方が、この地底の国は潤う」
「そんな事言って。今だって、いっぱいいっぱいでしょうに」
「……」
「ちゃんと食べてるの? 体動かしてる? 病気してない?」
「馬鹿か。俺たちはもう、死も無ければものを食べる必要も無い。病気なんて……」
「あら。でも食べる事の喜びを忘れてしまったら、もう何を楽しみにすれば良いのか、私には分からないわよ。あんたもさ、こんな所に居て何が楽しいの? 私に教えて頂戴よ」
「……」
「……ま、良いわ」
「……」
「捨てられた者たちを可愛がってくれるあんたが居るのは、このメイデーアの救いよ。それはみんな、分かっているのよ。……ごめんなさいね、何もかも、あんたに押し付けてしまって」
「……」
「これ、食べて頂戴。ちょっと多めに作りすぎちゃったの。私の、元の世界にあった料理で、おにぎりって、言うのよ。デメテリスが、プシマの国でお米を作ってくれたの。で、トリタニアの国の海辺で、勝手に海藻を取って海苔を作ってみたの。見た目は変かもしれないけど、なかなか好評なのよ」
「……」
「なによ、その嫌そうな顔。別に不味くは無いはずよ。クロンドールだって、美味しいって言ってくれたもの」
「…………」
「この前、クロンドールもここへ来たんでしょ? あんたたちって、何を話すの?」
「……別に、何も。あいつは、一人勝手に上の事を報告しにきた。それだけだ」
「ふーん」
「もう帰れ。ここに居続けると、穢れが取り付くぞ。それでなくとも、お前には群がりやすいんだ」
「そうなの?」
「穢れを持って帰ると、地上の疫病になる。田畑もやられるぞ。……お前の好きな、その穀物も、全部やられてしまう」
「それは……恐ろしいのね。…………あ、そうだ。知ってる? デメテリスとユティス、結婚するのよ! おめでたいと思わない? お祝いに、何を持っていこうかしらね……」
「……」
この地下の国へ、飽きもせず度々来る女が居た。
そいつは戦いの女神という割には、可憐な容貌で小柄で、明るく面倒見がよく、何よりよく食べる。
名を、マギリーヴァと言った。
何が面白いのか。
この女は、地上の誰もが嫌ったこの世界へとやってきて、自分に話しかけた。
時に、地上で作り出した食料や料理を持ってきては、試させる。
無視を続けても、何度もやってくる。
煩わしいと、邪魔だと暴言を吐いても、笑って受け流す。
どこに隠れていても、見つけられてしまう。
いつも、勝ち気だが柔らかみもある笑顔を浮かべていた。
華やかな赤い髪は、この地下の国には明るすぎる程だ。
表の世界から追放され、自分自身の存在に自信を無くしていた諸々の魂たちが、まるで灯りに群がる虫のように、彼女に惹かれていた。
自分も、そんな、世界から拒絶された虫の一匹に過ぎない。
強大な力をつけた表の神々より、劣った存在。
だからこそ、彼女のその華やかさや明るさに、徐々に惹かれていたのかもしれない。
救われていたのかもしれない。
だが、マギリーヴァには婚約者が居た。
地上の神の中でも、一際強力な力を持つ神、クロンドールだ。
奴は見目麗しく、何もかもを救う力も広い心もあり、誰からも尊敬される、言うまでもない存在だった。
クロンドールもまた、度々この地下へやってきては、自分の様子を窺い、地上の様々な報告をしていた。
奴が主神でない事が、メイデーアにとっては一つの不幸である。
クロンドールと競い合う程の力を持つ、アクロメイアという神が居た。
この神は、クロンドールには無い残虐性があり、増えすぎた世界の要素を見捨てる潔さがあった。
だがそれ故に、メイデーアはアクロメイアを主神としていたのだ。
“見捨てる事”が出来ないクロンドールに、主神は勤まらず、アクロメイアの暴走に目を光らせる第二の神という立場となる。
アクロメイアとクロンドールは、度々衝突していたのだ。
まあ、だがそんな地上の諍いは、地下の自分には関係のない話だ。
ここは静かだ。
時にやってくる、慌ただしい奴らを抜きにすればこそ。
クロンドールは、マギリーヴァに相応しい。
マギリーヴァもまた、クロンドールを心から愛している。
手に入らないから焦がれるのだ。
だが、何をしようとも思わない。
ただ、見守ろう。
あの二人が、やがて結ばれ、この地下の国を訪れなくなろうとも。
クロンドールが、せめてもとデメテリスに頼み込み、地下へ持ってきた大樹の枝は、やがて黒いザクロの樹に変わった。だが見た目とは裏腹に、浄化の力はあるようだ。
その根元で、じっと、ただじっと、死の無い時を耐えて、世界が終わるまで、見守り続ける。
神々がこのメイデーアを捨てるまで。
あの二人が結ばれると言う事は、自分にとっても、望んでいた事だったはずだ。
なのに、どうして、それだけの事が……
あんなに難しくなってしまったのか。




