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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
335/408

64:『 2 』ユリシス、トワイライトの拠り所。

5話連続で更新しております。(4話目)

ご注意ください。



二日ほど寝ていたノアが、ゆっくりと、その瞼を上げる。

僕は彼の眠るベッドの側の、椅子に座っていた。


「……起きたかい」


「……」


何度か瞬きをして、ノアは押し黙ったまま何かを悟った様だった。

唇を噛んで、涙を流す。


悔しいのか、悲しいのか……彼の感情を推し量る事は出来ない。僕にだって。


「……申し訳ありませんでした……ユリシス殿下」


最初に、ノアは僕に対し、懺悔の言葉を口にした。

そしてすぐに、尋ねる。


「キキルナ姉さんは……どうなったんですか?」


「……安心して。キキルナは、死んではいないよ。ただ、眠らせて、誰にも分からない所に居てもらっている。だけど、その場所はノア君にも、教える事は出来ない」


僕の語りを、ただ聞いている。

ノアの表情は虚ろだ。


「君は、いつからキキルナの事を?」


「……」


「キキルナの事は、他のトワイライトの者たちは……そうだね、ソロモンさんやレピスさんは知っていたのかな」


「……いいえ。キキルナ姉さんの事を知っていたのは、僕だけだったと思います」


はっきりした口調で、ノア君は教えてくれた。


キキルナは、マキちゃんが死んだすぐ後の、誰もが失意の念を抱き暗く落ち込んでいた時期に、その呪いの種を芽吹かせた。

そのせいで体調を壊しがちだったキキルナだが、元々体が弱く、空間魔法のリスクも他の者たちより割高だったこともあり、それが青の将軍の呪いによるものだとは誰も考えなかった。

いつも側で、キキルナの体調を気にしていたノアが、最初に彼女の中の“青の将軍”に気がついた。


「ただ、青の将軍は、言ったんです。最後には、キキルナ姉さんを解放してやる……と。だから、誰にも言わずに、今まで通りでいろ、と。もし、誰かにこの事を告げ口したら、すぐにキキルナ姉さんを殺す、と……」


「……」


「僕は、恐ろしかった。これ以上、家族を失う事が。だって、キキルナ姉さんはあれでも、僕の事をずっと面倒見てくれた人なんです。歳も近くて、僕は、姉さんの明るさに……いつも……っ」


「分かっているよ」


キキルナの明るさは、トワイライトの中でも一際目立っていた。

それは、青の将軍に意識を乗っ取られる前から、変わらない事だ。


それに、トワイライトの者たちが、同じ一族の者たちをどれほど大事に思っているかは知っている。

ずっと、助け合って生きてきた。生き抜いてきた。


僕はそう信じてきたし、今もそうだと思っている。


ノア君は横になったまま、僕に顔を向けた。


「ユリシス殿下……あなたは、トワイライトを疑っているのですか?」


不安そうな面持ちで尋ねる。

僕は優しく微笑んだ。出来るだけ、今の彼の心が落ち着くように。


「可能性をね……計ろうと思っていただけなんだ。みんなを疑っている訳じゃない」


「ですが、あなたは、トワイライトに、まだ“青の将軍”が居るのかと尋ねていた。僕は……そんな事になっているのだったら、僕は……」


「君は、どう思っているの?」


「僕は……否定が出来ません。姉さんだって……いつの間にか、奴に乗っ取られていたんです。それって、“信用できる”人間に、呪いをかけられた事になりますから。僕らが心から信用している者なんて、本当に、一族だけなのに……っ」


ノア君は、また悔しそうにして、唇を噛んだ。

僕以上に、自らの一族を疑う事は、彼にとって酷く心が痛む事だろう。


下唇を噛みすぎて、血を滲ませている。


ノアはゆっくりと起き上がる。


「何なんですか? 僕らは……いったい……っ」


そして、彼は項垂れた様子で言う。


「……ノア……君?」


「奴らに、どれだけ奪われれば良いんだ。まるで、使い捨ての消費物かのように。利用するだけ利用して、要らなくなったら容赦なく捨てる……いつも、いつも……いつも」


「……」


「身内にまで敵が居たなら、もう、僕はどこを拠り所にして、何を信じて生きていけば良いんですか……っ。教えてください、“白賢者”様……僕は……」


「……ノア君」


僕のローブを握って縋る様子の彼は、本当にもう、どこにも拠り所の無い迷い子のようだ。

果てしない孤独を感じ取る事が出来る。


「あなた方にまで疑われて、トワイライトは……どこへ行けば良いんだ……っ。今までだって、フレジールやルスキアの為だけに、どれだけ身を粉にしてきたか分からない。なのに……最後に斬り捨てられる……疑われる。僕らは……っ。こんなの、連邦と変わらないじゃないか。どこへ……僕らはどこへ行けば……っ」


言葉を詰まらせるノアの姿に、ずきん、と、胸が疼いた。

トワイライトの者たちの、自らの肉体を利用して使う魔道要塞を知っている。

黒いローブの下に隠した、酷く残酷な鉄の塊を。

それはきっと、僕らの国を守る為に、犠牲にしたものの対価でもあるだろう。


「連邦に捕らえられている……仲間たちはどうなるんですか……?」


「……」


最も不安な事がある、という様子で、彼は尋ねた。


「もしかしても、もう、助けてはくれないのですか……?」


ぐっと、彼は白い掛け布団を握って、体を震わせている。


「そんなの、そんなのって無いじゃないですか!! あなたたちは知らない!! 僕らが、どんなに酷い目にあってきたのか!!」


「……」


「仲間を助け出したいから……みんなを、あんな場所から助けたいから、僕らはずっと頑張ってきたのに!!」


彼の言葉は痛い。

だが、この切実な言葉を発するノアすら、疑わなければならない自分が酷く嫌になる。


「ごめん」


「……」


「本当に、僕らはどうしようもない」


ノア君は、僕の言葉に、ピクリと肩を動かした。

怯えと、諦めの色が、彼の瞳を一瞬曇らせる。


「……だけど僕は、キキルナの事は、教国の中で保護する事にして、誰にも言うつもりは無いんだ。フレジールにも」


「……え?」


指をパチンと鳴らして、僕は二枚の魔法陣を展開する。


「第二戒召喚……精霊ミラーシード。キキルナに変化して」


ボフッと音を立て、僕の側に降り立ったのは、そのつり目をニッとさせ無邪気に微笑むキキルナの姿の、精霊。


精霊は少なからず人の姿になる第二召喚が備わっており、変化も得意とする所であるが、ミラーシードの凄い所は、対象に触れた事があることを前提条件に、変化の完成度が高く、ある程度の人格や能力すらコピーしてしまう所である。


流石にこれは、魔王クラスに対しては使えないコピー能力だけど、キキルナだったら、ギリギリ可能であった。


「きゃはははっ、どう? すごいでしょう!」


ローブの袖を振りながら、彼女はきゃっきゃと笑う。

ノアはきょとんとしている。


「どういうことだって、思うかもしれないね。これで安心してくれ、って言うのも変な話なんだけどね……本当のキキルナは、もうずっと前から眠り姫なわけだから」


「……」


「この子に、しばらくキキルナの影武者をしてもらう。そんなに長い事にはならないから……大丈夫だと思いたいけどね」


「どうして……」


「これから革命の為の戦争が、北の大陸で起こるよ。もし“青の将軍”と出会い、それが乗っ取られているトワイライトの者ならば、容赦なんて出来ないけれど……でも、僕は君たち全員を疑っている訳じゃないし、今後の、トワイライトの奪還計画も変更などしない。僕は、君たちを信じる事を前提に、疑っている」


困ったようにして小さく微笑み、側の窓辺にとまる小鳥を見つめる。

ノアは、そんな僕を見ていた。


「でも……例え、君たちに対する疑念をフレジールのシャトマ姫に言ったとして、彼女はきっと“そんな事は元々疑いの範疇だ”と、言うかもしれないね。それでいて、君たちを救い出す事を諦めないだろう」


「……」


「僕は、“北の大陸”へ行こうと思うんだ。ここに居なければと自分に言い聞かせてきたけれど、そろそろ、舞台に上がらなければ。トール君とマキちゃんを……少しでも助けてあげる事が出来ると良いな」


「……そうだ。マキア様は……マキア様は、生きているのですか?」


思い出したように、ノアが身を乗り出して聞いた。

僕は「おそらく」とだけ。


「生きていると言うよりは、僕らの転生の仕組みを知り尽くしていた、“誰か”が、元々手を打っていたって事だろうね。あちらの体を、とっておいたんだ」


「……あちら?」


「…………異世界さ」


立ち上がって、僕は側のミラーシード……キキルナに命じた。


「これから、ノアの側で、キキルナとして過ごすんだ。いいね」


「はあーい!」


“キキルナ”は手を挙げて、陽気に返事をする。


「ノア君、君には、これからもここでルーベルタワーの管理を頼みたい。このミラーシードなキキルナを置いとくから、色々と教えて上げてくれ。うーん、呼びかたが面倒だな。よし、ミラルナと呼ぶ事にしよう」


「……」


場の空気を和らげようとする僕の軽い冗談すら、今のノア君には通じないようで、まるで真剣な面持ち。


「えと……多分、色々な事が、キキルナとは少ーしズレてると思うけど、このミラルナは。でも、悪い子じゃないし、ただちょっと甘えん坊だけど……面倒を見て上げてくれ。助けには、なると思うからさ」


ノアは、キキルナに瓜二つのミラーシードを、最初こそ胡散臭そうに見ていた。

だけど、ミラーシードなキキルナ……ことミラルナは、ノアを見てまたニッと笑うと、彼の手を取った。


「ノア!」


「……」


「あなたが、ノア、ね。キキルナは、ノアが、とっても好きみたいよ!」


そして、告げる。コピーした人格の中にある、確かな思いを。

それを聞いたノアは少しの間言葉を失って、じわじわと瞳を潤ませる。


失った何かが、ふと思い出されるように。

ノアは少しだけ、ミラルナの手を握り返した。


「だから、私も、ノアが、好きよ! きゃははっ」


まだ馴染んでいない口調に、僕は少しだけため息をついた。

だけど、完璧にキキルナを演じていた“青の将軍”よりは、よほどキキルナに近い存在かもしれない。


「その子をよろしくね…………ノア」


僕はノアにそう頼んでから、静かに、その部屋から出て行った。






教国の長い廊下を歩きながら、考える。

ミラーシードは確かにキキルナの影武者でもあるけれど、実際は、ノアの監視という役割も持っていた。


僕もつくづく、魔王である。




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