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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
334/408

63:『 2 』ユリシス、解放も災いも行き着く先は同じ。

5話連続で更新しております。(3話目)

ご注意ください。







「ここから先は、俺の、ただの推察だ。推察っていうか、想像の域を出る事は無い。だから……そのつもりで聞けよ」





エスカ義兄さんは、リエラコトンの糸による伝心魔法の中で、念を押すようにして僕にそう言っていた。

戸惑いと躊躇いの、少し後の事だ。


「分かってます。元よりあまり信じていませんし……」


「てめえ……」


長く息を吐いて、彼らしく無い戸惑いを含む声で、続けた。


「青の将軍が、何の神であったか、お前は覚えているか、白賢者」


「……確か、“災い”の神……パラ・エリス」


「そうだ。俺たちは、あまりに長い時間を、魔王として、人の中で生きてきたせいで、最初の姿を忘れている。最初の姿……神話時代の象徴こそが、最もシンプルに、本人を示すキーワードであるのに」


「……神話の……姿」


キーワード。


「お前は、神話時代の事って、覚えているか?」


エスカ義兄さんの言葉に、僕は首を振る。


「いいえ。正直な所、まったく覚えていないのです。ただ、教国を出た所の沿岸部を歩いていると、ふと何かを思い出しそうになる……と言う事はありますが」


「俺もだ……」


珍しく僕の意見に頷くエスカ義兄さん。

彼にしては、ぼんやりとした口調だ。


「俺も全然、思い出せねーんだよ。ただ……なぜ、パラ・エリスが“災い”の象徴となっているのか……それは何となく分かる。きっと、こいつが、メイデーア自体にとって、容赦ない災厄だからだ」


「……容赦ない災厄」


「連邦が勝とうが、フレジールやルスキアが勝とうが、おそらくメイデーアという世界にとって、災いではない。歴史のただの一部だ。……二千年前の紅魔女の自爆レベルじゃないと、世界にとっての災いにはなり得ないだろ」


「……だから青の将軍は、マキちゃんの力を欲しがったのかな」


思い出す。

紅魔女の肉体を乗っ取ろうし、彼女を死に追いやった青の将軍の事を。

あれから二年近く経とうとしているのか。


「俺は考えた。魔王クラスが全員集まるこの時代……メイデーアにとっての“最大の災い”とは何だろうか。おそらくそこに、巨兵も、この四つの大陸の国を巻き込んだ戦争も、トワイライトの連中も、三つのシステムタワーも、全部が絡んでくる。青の将軍の目的がある」


「それは……巨人族との戦いギガント・マギリーヴァでは無いのですか?」


「俺もそうだと思った。ただ、それならばタワーは必要ない。巨兵だけがあれば良い」


「確かにそうですね」


「神話的に、ギガント・マギリーヴァの立ち位置を考えると、それは結局引き金でしかない。神話の最終章……そう、本当の災いとは、その後の事だ。要するに、連邦VS同盟三国ギガント・マギリーヴァの後……」


「後……に、何かがあるのでしょうか?」


続けるようにして言った。


「そうだと思う。おそらく、何かがあるんだ。青の将軍的には。ただ、タワーの建設や運営はトワイライトが関わっているとは言え、魔導回路自体は回収者であるカノンやシャトマ姫様が発明したものだ。……もしかしたら、“戦争の後に何かがある”事をカノンの奴も分かっているのかもしれない……」


エスカ義兄さんは、またその後の言葉を躊躇った。


そういえば……かつて、聖域でカノン将軍に聞かされた話がある。


神々は、その力をもって世界を一度滅ぼした。

それを悔やんで、その後、自らの遺体を、緑の幕を展開する燃料として聖域に捧げ続けるシステムを含む、“世界の法則”を作り出し、世界をもう一度、再構築したのだ……



「もしかして……カノン将軍の目指す場所と、青の将軍の目指す場所は、同じなのかもしれないな」


「……え?」


躊躇いの後に出た、エスカ義兄さんの言葉は、僕にとっては予想外なものだった。


「そんな……まさか、二人が協力者と言う事ですか?」


「いや、それは無いだろう。ただ、それぞれが別の意思を持ちながら、同じ場所を目指しているのかもしれないと言うだけの話だ。カノン将軍にとってそれは“ただ一つの目的”であり、青の将軍にとって、それは“メイデーアにとっての災い”という解釈なだけで」


「……」


「そこに辿り着くには、結局、全てを神話時代と同じに整える必要があったのだろう。その為に、戦争も、巨兵も、タワーも必要だった。……俺たち魔王クラスは動かされた」


エスカ義兄さんの口調は落ち着き払っていたが、僕の動悸はおさまらない。


……どうして。

そんな事を、エスカ義兄さんは気がついてしまったのだろう。


僕は、知ってしまったんだろう。


「そんな事……知ってしまって、どうすれば良いんです……僕らは」


「……だから言っただろ。これは俺の推察。その域を脱しない。だからこそ、お前にしか教えていないんだ。シャトマ姫様にも伝えていない。こんな事を伝えた所で、あの姫様は……カノンへの信頼と協力を揺るがせる事は無いだろうしな。俺だって……」


「……しかし」


「お前は王じゃない。だから伝えた。俺たちは、それを知っているだけで良い。おそらく、俺たちがどう動こうが、どの国が戦争に勝とうが、行き着く場所は変わらない。だが、エルメデス連邦に勝たねばならない事に変わりはないだろ……」


エスカ義兄さんは続けた。


「大事なのは、確かめる事だ。本当に……トワイライトが敵なのか。トワイライトに青の将軍が居る、と仮定しても、いったい誰が青の将軍か、で話は随分と変わってくるだろう。もしかしたら、一族ぐるみで俺たちを欺いている可能性もある。そうなったなら……」


「……」


僕ももう、エスカ義兄さんが何を懸念しているのか分かっている。

言葉を繋ぐようにして言った。


「……そもそも、“連邦に捕われているというトワイライト”が、本当に居るのかどうか……という話になってくるんですね」


「そう言う事だな………………チッ」


「……」


とんでもない話だ。

もし、エスカ義兄さんの推察が正しければ、僕らがこれから成そうとする計画自体、まったく意味のないものとなる。

いや、意味が変わってくる、と言った方が良いのかもしれない。


しかし、だからといって、トワイライトは敵で連邦に捕われている者など居ないのだと決めつけ、計画を無かった事にしたら、もし、本当にトワイライトの者たちが苦しめられていた場合……

そもそも、トワイライトに青の将軍が居たとして、全員が裏切り者とは限らない……


駄目だ。何をどう考えても、答えは出てこない。

それこそが、青の将軍の何より恐ろしい魔法であると言うのに。


「おい」


エスカ義兄さんの、どすの聞いた声が、僕の意識を引き戻した。


「お前、ドつぼにはまっているだろう。答えの出ない事をぐるぐると考えさせる事こそ、青の将軍の手口だぞ……」


「で、ですが、エスカ義兄さんが僕に伝えたんですよ」


「だーかーら! これは俺の推察だっつってんだろ。信じろとは、一言も言ってない。根拠もあまりない。むしろ、俺の妄想だとか考えていれば良いんだ」


自分の意見を、こうも簡単に“妄想”と言い張る事は、この人にしては珍しいなとは思いながらも……

僕は、いつもの自信満々なエスカ義兄さんの言い分は適当に聞いているものの、彼が躊躇しながらも言ったその推察には、納得できる部分も多々ある気がしていた。


「義兄さんの見解は、実際に筋が通っている……僕は、どうして良いか……」


「どうして良いかだって? 今まで通りだ。青の将軍が見つかれば捕らえ、連邦との戦争に勝てば良い。全ての計画は、予定通りだ。タワーも絶対に必要。その稼働を止めようとは思わない」


「……今まで通り、ですか」


「必要なのは、この可能性を、脳内にとどめておく事だ。最後の最後に、“知っている”と言う事が、行動を決めてくれる。足を動かしてくれるだろ」


「……」


エスカ義兄さんはそう言って、この情報を“教国”の者たちだけに留めると決めた。

誰にも言わない。僕ら教国組だけで内々に調べる。



最後の最後に、“知っている”と言う事が、行動を決めてくれる。



そう。

何を知った所で、僕らは結局、このシナリオを変える事も、降りる事も出来ないのだ。

ただ、僕が知ってさえ居れば、最後の最後の、確信の時に、いち早く行動は出来るかもしれない。

トール君やマキちゃんの背を押す事は出来るのかもしれない。








ぼんやりと、教国の奥の間の、質素な部屋で、ノアが目を覚ますのを待ちながら、僕は以前の、エスカ義兄さんとの会話を思い出していた。


「……メイデーアにとっての、容赦ない災厄って何だろうか……」


そんな事を、ひたすら考えながら。


「……」


チラリと、まだ深い眠りの中にいるノアの様子を窺う。

ノアとの戦いと、キキルナの口から発せられた青の将軍の言葉を思い出す。


ノアか、キキルナか……で、確信できずに居たのだ、数時間前までの僕は。

ルスキア王国に、一人は青の将軍が居るだろうと思って、トワイライトの一族を疑った辺り、一番怪しいと思ったのがこの二人だった。この二人以外にも、トワイライトは居るが……


ルーベルタワーの管理システムを担っているのがノアだったのに対し、キキルナは魔導回路の最高エンジニアだった。

だから、二人に対して「どちらが“青の将軍”なのか」と問いかけた。


「……」


違っていれば良かった。

例え、この先、どんなに憎まれようと嫌われようと、違っていた方がずっと良かった。




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