60:『 2 』ユリシス、エスカとの密談。
先日のフレジールの一件で、深い傷を負ったエスカ義兄さんは、カメのカードに付け足すようにこう書いていた。
ps.精霊リエラコトンを利用し、伝心の魔法を試みよ。タワーを経由してはならない。
僕はエスカ義兄さんの言う通り、リエラコトンの糸をフェニキシスにくわえさせ、エスカ義兄さんの元へ急がせた。
リエラコトンの糸が僕らを繋ぎ、大陸を越えた長距離の伝心魔法を可能とする。
「お久しぶりです。珍しいですね……エスカ義兄さんが、僕を頼って伝書を送ってくれるなんて」
「適任がお前しか居なかったんだよ!」
伝心魔法が繋がったのかを確かめる為に、当たり障りの無い挨拶をしたつもりだったのに、エスカ義兄さんは、彼らしいぶっきらぼうな言葉で返してきた。
徐々に、彼の姿がぼんやりと浮かぶ。
伝心魔法とはいえ、実態ではなくとも相手の姿は見えてくるのだ。
「俺が魔王クラスで一番信用しているのは、回収者とシャトマ姫様だが……あの二人には言えないと判断したからな……」
「……」
少しの沈黙の後、僕はすぐに、本題に入った。
『 トワイライト は 敵 の 可能性 あり 』
そのメッセージの真意を聞く為に。
「エスカ義兄さん……これは、どういう事ですか?」
僕は、ぼんやりと浮かぶエスカ義兄さんのヴィジョンに問いかける。
「……その通りだ。だが、トワイライトの誰だと言うのは、俺にも分からない」
「本当に……トワイライト、なのですか?」
「おそらく、一人以上は居るだろう。その可能性を、俺たちはどれだけ信じていただろうか。いや……信じてはいけなかったんだ。その可能性を信じてしまえば、今までの計画は全て水の泡になりかねないからな」
「……」
聖域で目を閉じ、岩に腰掛け、神器を持ち、僕はエスカ義兄さんと心の中で会話した。
エスカ義兄さんは、トワイライトに敵が居る可能性を、かなりの高さで確信しているらしい。
しかし、誰が、何人が、と言うのだけは分からないようだった。
僕に分かる事と言えば、もし本当にトワイライトの一族に敵が居るならば、恐ろしい自体であると言う事だけ。
だって、魔導回路の開発にも、タワーの建設にも……それこそ“青の将軍”を捕らえ続けている“黒の幕”でさえ、トワイライトの一族が担っているからだ。
「俺は、青の将軍と言う奴の恐ろしさを知っているつもりだ。……フレジールで青の将軍と対面して、俺は青の将軍と言う奴がどんな男だったかをはっきりと思い出した。それを思い出す事で、今まで刷り込まれていた味方である“トワイライト”の存在を、疑う事が出来たんだ。青の将軍は、まさに、“最悪”のポジションに存在する“災い”である……とな」
エスカ義兄さんの言い回しに、僕は眉をひそめる。
「……トワイライトの一族が青の将軍に支配されているとしたら、何より最悪だ、と言う事ですか? だから、トワイライトが青の将軍であると?」
「それは最後に辿り着いた結論だ。俺が、トワイライトを疑った理由はいくつかある……まず青の将軍は、俺に対し『あなた方はすでに私の本体と出会っている』と言った。これで、随分としぼられる。しかし、この言葉すら、青の将軍が放つ、疑心への誘いだ。“本体”というのがキーワードだな」
「……どういう事ですか?」
「この言葉で、青の将軍が目論むのは、俺たちに本体探しをさせる事、だ。まんまと引っかかって身内で本体探しに躍起になると、周囲の誰もを信じられなくなり、計画は進まず、おそらく俺たちの負け……」
かつて、そんな事があったのだと言わんばかりに、エスカ義兄さんの声音は低かった。
僕は、海を越えた向こう側に存在する、エスカ義兄さんの考察を、理解しようとした。
エスカ義兄さんは、いったいなぜ、トワイライトの一族を怪しいと思ったのか。
「では、青の将軍の言う事は嘘で、僕たちと青の将軍の本体とは、まだ出会っていない、と言う事ですか?」
「違う。間違いなく、出会っているのだろう。奴はなんだかんだと言って、嘘はあまりつかない。……しかし、奴は自らの魂を七つに分け、呪いをかけた他人の肉体を乗っ取る事が出来る。言ってしまえば、存在自体が偽りだ……」
エスカ義兄さんは、続けた。
「“黒い幕”に捕らえている青の将軍は、三人だ。残りは、本体を含め四人。その時点で、本体のみを捜すと言う事にとらわれると、間違いなく別の奴に足元を掬われる」
「……確かに、それはその通りですね」
「俺は、四人の青の将軍が、どこに居るのかを考えてみた。予想できる場所と言えば、おそらく、一体はエルメデス連邦……と思いたい所だが、ここでまた、疑問が出た訳だ」
「……?」
「青の将軍は、本当に……連邦サイドの人間なのか?」
「え」
そう、信じて疑わなかった僕からしたら、その疑問は、驚かされるものだった。
しかし、確かに、彼が連邦サイドの人間である確たる証拠は無い。
「千年前の青の将軍は、確かに北の大陸のガイリア帝国の将軍だった。奴はガイリア帝国の王に仕え、西の大陸へ魔族討伐に赴き、巨兵のオリジナルを発見した……。しかし……そうだ……ここは盲点だった訳だが、ガイリア帝国はエルメデス連邦に滅ぼされ、吸収されたかつての帝国。青の将軍が、連邦に居る意味なんか……“巨兵”くらいしか……」
「……」
「そこでまた思ったんだ。今の時代、巨兵は、誰が作ったんだっけな、と」
「銀の王と…………トワイライト、ですか」
「凄い事だろう。トワイライトは、連邦サイドでも、こちらサイドでも、“巨兵”や“魔導回路”といった、戦争のキーワードを担っている」
僕はゴクリと、息を呑んだ。
確かに、そうだ。トワイライトは、この戦争をどちらからも左右できる存在。
「青の将軍は、今は銀の王に仕えているものだと思っていた。おそらく、誰もがそう思っていただろう。しかし、本当にそうなのだろうか……。例え、銀の王に仕えていたとして、青の将軍と言う男が、銀の王に全てをさらし、委ね、心から信頼を向けて仕えているのだろうか? 俺は……青の将軍と言う男が、誰かに全てを晒すって事自体、無いものだと考えている」
「銀の王と青の将軍は、仲間ではない、と?」
「いや……おそらく、銀の王と青の将軍は、一部の誓約のもと協力関係にはある。この二人をつなぐものこそが、“巨兵”なんじゃないだろうか。……だからこそ、銀の王は青の将軍の本体すら知らない。これは、確認済みだ。銀の王は、俺にそう言いやがったからな」
「……」
それは、青の将軍と言う人物像を考えれば考える程、訳が分からなくなる話だった。
千年前の聖灰の大司教と回収者が戦った相手は、こんな奴だったのかと思えばこそ、恐ろしくなる。
青の将軍に関し、エスカ義兄さんは、疑っても疑っても、きりが無いと言う事を知っているのだろう。
何が敵で、何が味方なのか。
シンプルな答えなど、出てきやしない。
「ならば……ならばその、青の将軍の目的とは、何なのでしょうか」
疑問は、これだ。
これが最大の。
「……それは俺にも分からない。ただ、奴は俺に“しばらく”黒の幕の中に居る、と言った。これこそが、俺に疑問を持たせる一言だった訳だが……奴は、黒の幕から出る方法を知っているのだ」
「それは……」
「いくつか、その方法を考えてみた。黒の幕の構築者であるソロモン・トワイライトを殺す事。三つのタワーを破壊する事……。しかし、ここまで考えた時、ふと、思ったんだ。そもそも、魔導回路のシステムタワーを、自在に操る者に、青の将軍が潜んでいたら? そもそも、黒の幕を管理するソロモン・トワイライトや、同じく同期し展開できるレピス・トワイライトが“青の将軍”に乗っ取られていたなら……」
「……」
「そうだ。“最悪”は、全部トワイライトに繋がって行く……だからこそ、ここに青の将軍が居るのでは、と考えた。あいつはいつも、災いの中心に居る。最悪の、ど真ん中に存在するのだから」
「……」
僕は、何も言えずに、ただ考える。
確かに、トワイライトの者たちの誰かに、一人でも青の将軍が居たならば、それは災いの引き金になる。
トワイライト自体が青の将軍に乗っ取られていたならば……三つのタワー自体、僕らを助ける産物になるのだろうか。
なぜ今まで、彼らを、微塵も疑う事が無かったんだろう。
おそらく、トワイライトの悲劇的な境遇と、何と言っても、トール君の……黒魔王の子孫であるという事実が、フィルターをかけていたからだ。
「し、しかし……ならばなぜ、青の将軍はトワイライトを経由し、僕らに三つのタワーを建てさせたのでしょう。カノン将軍が、あの勇者が、奴の思惑を見逃したと? だって……ただ単純に、連邦に勝利を導きたいだけなら……僕らの国を、ルスキアやフレジールを支配したいだけならば、タワーなんて厄介なものを作らせないで、巨兵の力のままに、侵略戦争をしていれば良かっただけの事。まるで……タワーを造らせる事に、意味があったような……」
「……それは、俺も考えた。だが…………文字通りその通りなのかもしれない。今まで、巨兵が何度かタワーを狙ったように見えたが、それでも……タワーはいまだ、一度も傷を負っていない」
「……」
「それに、トワイライトが居なければ、タワーが無ければ、どのみちフレジールやルスキアに連邦と戦える力は得られなかった……だから……」
「……エスカ義兄さん……」
「チッ……分かんねーな。こんなの、妄想の域だ……だが…………っ」
エスカ義兄さんは、そこから先の言葉を、酷く躊躇った。
おそらく、彼にも確信できずに居る。
予感だけは、どうしてもあるのに。
彼はその後、自らの推察を、僕にだけ伝えてくれた。
それは、僕が“王”では無いからだ。
この後の行動を、止め様の無い戦争を、迷うべき人間では無いから。
結局の所、何を知ったとしても、僕やエスカ義兄さんに出来る事と言えば“確かめる事”だけなのだと思い知る。
結末など、変え様が無い程に、この世界は神話時代に作られた多くの“世界の法則”に支配されているのだから。
「……どっちが、“青の将軍”なのかな……」
「……」
「……」
ルーベルタワーのシステム管理室で、問いかけた。
ノアとキキルナは、酷く驚いた表情をして、瞬きすらしないで僕を見ていた。
「え……な、何を……っ、殿下」
キキルナは動揺して、声を震わせる。
ただノアは押し黙って、俯いている。
「……」
僕は二人の表情を、反応を、じっと見ていた。
もし違っていたら、酷く残酷な疑いをかけてしまう事になるけれど。
僕は冷静だった。冷徹になれた。
冷ややかな疑いの視線を、やめる事は無い。
「…………魔道要塞…………“ノアの箱船”…………」
その魔道要塞の名を唱えたのは、ノアだ。
ノアは、言い訳もごまかしもしないで、ただ僕を睨み上げて、“この場”で魔道要塞を展開する。
光と、魔導波が、彼を中心に駆け巡り、構築の為のマギ粒子が舞う。
緻密な船の構築と、その才能を、かつてトール君から賞賛されていた……
「ノア君…………か」
僕もまた、精霊クルル・チャクタに保管してもらっていた神器“精霊王の錫”を手に持つ。
景色は一気に変わった。
そこは幻想空間でありながら、確かな密度のある戦艦を有する、幻想50%、物理50%の空間らしい。
濁った色の、荒廃とした世界に存在する箱船は、まさにその名の通り。
一つ確信した事がある。
「……あくまで、タワーを壊さずという事か」
巨大戦艦が、僕を見下ろしている。
「……」
もしも、だよ。
もしも、青の将軍の本体が、トワイライトにいたら、それはとても厄介な事だと思わないかい。
だって、トール君みたいなのが、もう一人居る事になる。
【お知らせ】
メイデーア魔王転生記・第二巻が明日発売になります。
特典情報などは活動報告に書いておりますので、ご興味ありましたら、覗いてみてください。




