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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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59:『 2 』ユリシス、問いかける。

僕の名前はユリシス。

かつて、白賢者と呼ばれていた男だ。





「……繋がったのか」


その瞬間は、良くわかった。

地下の聖域でペルセリスとともにいた時に、お互いが顔を上げたのだから。


「ユリシス……」


「大丈夫だよ。君は、君の出来る事をしてくれ」


「……分かったわ」


頼もしい様子で頷くペルセリス。

だけど、すぐに、彼女の渾身の力で僕を抱きしめる。


「ペルセリス」


「うん……分かっている。大丈夫よ」


「……そうだよ。今度はね、沢山の人たちが、僕らを助けてくれるから」


僕は可愛い妻を抱きしめ返した。

側にあるゆりかごで眠る、まだ赤ん坊の娘オペリアの顔を見つめながら、スズマが「またいちゃいちゃしてるねえ」と。

まるで頷くように、オペリアが「ア…」と声をあげた。


スズマはよくオペリアを見ている。

血のつながった妹ではなくても、大事にしてくれているのだった。


赤ん坊の妹や弟が出来ると、母親はそちらに手を焼き、兄や姉と言うのは少なからず嫉妬をするものだが、スズマはそんな事にはならなかった。

むしろ、率先してオペリアの面倒を見たり、ペルセリスの手伝いをしたり。

エスカ義兄さんの言う通り、魔法の勉強もさぼらない。

でも遊ぶ事も諦めない。


毎日毎日を、楽しんでいる。


彼がどのように育ってきたのか、僕は話に聞く以上の事を知らない。

両親は居らず、東の大陸のオアシスで育ったらしいけれど……



「じゃあ、行ってくるよ、マキちゃん」



僕は、聖域に並ぶ八つの棺の中で、赤毛の少女の眠る棺の前に立ち、言葉をかけた。

マキア・オディリールの墓だ。

彼女はこの国を守る為、紅魔女としての罪を清算するため、不可避の死を受け入れ、この棺に収められた。


「綺麗な人だね……このお姉ちゃんも、“マキ”って言うんだね」


「……」


「僕の知っているマキお姉ちゃんは、どこにいるのかな……」


これはスズマの口癖だ。

スズマは東の大陸のオアシスで、マキと言う不思議な力をもった少女と出会ったらしい。

その少女は長い槍を持っていて、長い黒髪をなびかせ、不思議な服を纏った綺麗な人だったとか。


シャンバルラ王国を乗っ取った連邦の陰謀により、スズマは人さらいにあったが、そのマキと言う少女に救われたらしい。

マキと言う少女は、横暴かつ大食いで、不可能な事は何一つ無く、まるでむちゃくちゃな女神様のようだ、と、スズマは評していた。


その話を聞いて、僕はハッとした。

それは、驚く程静かな、悟りだったと言える。


なぜ、と言う疑問は、その時は無かった。

おそらくそれは、きっと、僕の知っているマキちゃんに違いないと言う思いしかなかった。


違う。マキアではないマキちゃんだ。

そう信じたかっただけなのかもしれないけれど、転生の経験がある僕だからこそ、彼女の存在を信じられる。


おそらく、マキちゃんがスズマを見つけ、助けてくれ、そして、僕の元へ帰してくれたのだ……


「スズマ、お母さんの側にいるんだ。今日は、外に出ちゃ駄目だよ」


「海で遊んじゃ駄目なの?」


「……今日はね、海が少し……荒れると思うんだ」


僕はスズマの頭にポンと手を置いて、その髪を撫でる。

スズマは「分かったよ」と、頼もしく頷いた。


そして僕は聖域を出て行った。



例の、スズマを助けてくれたマキという少女について、分からない事は沢山あるとも。

なぜ。彼女がこの世界に再び現れたと言うのなら、なぜ僕の前に姿を現してくれないのか。


僕は、内密に僕に伝書を届けたエスカ義兄さんと、様々な確認の為、一度精霊魔法を駆使した長距離伝心魔法を試みた事がある。

これは、共に魔王クラスの精霊使いだからこそ出来る術だと言える。


その時、尋ねた。彼女は、マキちゃんは、もしかしてこのメイデーアに、再び現れたのか……と。


エスカ義兄さんは嘘をつけない体質だから、ゲッと表情を歪め、しまいに暴露した。

彼女は、西の大陸で、トール君の元にいる、と。


「……」


そうか。

よかった。


この時、思ったのはそれだけ。本当に、心から嬉しかったとも。


彼女が僕の前に姿を表さない理由は、おそらくあまり無い。

だけど、それは決して、僕らルスキアに残された者たちを、大事に思っていない訳ではない。

単純に、今では無い、というだけの話。

きっと今は、西の大陸で国づくりに勤しんでいるトール君の側で、トール君を支えているんだろう。


知っているよ。

マキちゃんは、僕やトール君との関係を、何より大事にしていた。

今だってそうだ。


だけど、僕が今世、最も大切なものをペルセリスやスズマ、オペリアとしたのと同じ。

マキちゃんは、再びこの世に現れた彼女は、今世、最も大事な存在にトール君を選んだ。

それは、彼女にとって変わる事の無い、選択だったのかもしれない。


ただ今世、違う事があるとすれば、おそらくトール君も彼女を選んだのでは、という事だ。


今、二人が二人でいる事が、僕にそう思わせた。


かつて、三人で、友達以上でありながら、ただの気楽な関係を作っていた時代を思い出す。

地球にいた時の事だ。

その頃を懐かしく思うからこそ、それは少なからず寂しさを帯びた郷愁であったけれど、それ以上の喜びはあったとも。


今、トール君とマキちゃんは二人でいるのだ。


愛する者に、最後までその弱さを見せなかった“マキア”を知っている。

“マキア”を失い、記憶まで封じられたトール君の、あの生きているのか死んでいるのか分からない時代を知っている。


邪魔させない。

邪魔させやしない。


僕は、出来る事をしよう。

そして、マキちゃんが僕に会いにきてくれるのを待つのではなく、僕が、彼女に会いに行く。

トール君を助けに行く。


僕の推察が正しく、本当に二人に会えたなら、僕は心から、二人の幸せを願うだろう。







地下庭園を出た外は、驚くくらい静かだった。

教国は今日も、とても清らかな空気に包まれている。

多くの人が大聖堂に集まっているし、司教やシスターたちは皆、いつものように落ち着いた佇まいだ。


魔導研究機関への海岸線を歩き、海を確かめてみても、海の波は穏やかで、風もほとんど吹いていない。

空は透き通る程の青さで、雲もない。


今日、この日、三つのタワーが繋がった事で、中央海の半分以上が、僕たち三国同盟の管轄下になったと言える。


「……緑の幕はあの辺りかな……」


水平線の彼方を見つめながら、ぽつりと呟いた。

それがどの辺りか、なんて目印も無いのだから、はっきりとした事は分からないのだけれど。


以前、目に見えていた“島”というのがある。

今はもう見えないけれど、あの幻想の島は、また現れるだろうか。


「……?」


あまりに意識して、海の向こう側を見ていたからだろうか。

ぼんやりと、何かが見える気がした。


だけどそれは、ふっと消えたり、また現れたり。


目を凝らしても、変わらない。

三つの魔導回路システムが繋がった事で、ここら辺の残留魔導空間に影響が出てきているのだろうか。


いつか……再びあの島を、はっきりと見る事が出来るだろうか。


「……もう一度見たいな」


何故か僕は、あの島をもう一度拝みたいと思った。


それは何故か。

あの島を思うだけで、とても懐かしい気持ちだったからだ。









「やあ……ノア、キキルナ」


「お待ちしておりました、ユリシス殿下」


トワイライトの一族である、ノアとキキルナが、ルーベルタワーのシステム管理室で、僕を待っていた。

僕は二人に微笑みかける。


「しかし、凄いよね……三つのタワーが繋がっただけで、トール君が居なくともそれぞれのタワーを行き来する転移魔法が可能だなんて……」


「ええ。転移するには、転移魔法を可能とするグランタワーの許可が必要ですけれどね。トール様の魔道要塞が組み込まれたグランタワーがあるからこそ、と言えますが。レジス・オーバーツリーはヴァルキュリア艦隊を有し、ルーベルタワーは多くの魔法陣のストックと魔力を保持し、グランタワーは黒魔王様の魔道要塞を管理している……三つのタワーが揃えば、怖い者なしですよ」


「……そっか。それは凄いな。連邦はきっと、この三つのタワーを脅威に感じているだろうね」


「ええ。これがあれば、連邦など一網打尽に出来ます……」


「……」


このルーベルタワーの管理を、現在任されているのはノアだった。

ノアは、始めて見た時よりずっと大人びて、背も高くなったし顔つきも幼い少年のときのものとは違う。

レピスさんやマキちゃんにちょこちょこくっついていた、あの黒いローブの少年と言うよりは、トール君に似た頼りがいのある存在だ。


「きゃはははっ、でもいーなーいーなー。ユリシス殿下、トール様の所に行くんでしょう? 私だって会いたいなあ。ずっと会ってないんだよ?」


「駄目だよキキルナ姉さん。僕たちは、ここでルーベルタワーを管理しなくちゃ。それに、トール様の国は魔族の国だ。キキルナ姉さんは、魔族が嫌いじゃないか」


「わーかってるわよぅ。魔族なんて見たくも無いわ。……それが、このタワーが連邦を討つために必要な事だって事も分かってる。トワイライトのみんなを、助け出さなきゃ……」


「……」


ノアと、キキルナは、子供らしい無邪気な一面を見せつつも、やはり、内に秘める連邦や魔族への憎しみを忘れてはいない。ひしひしと感じる。


「ふふ、でも、僕は今日旅立つ訳じゃない。下見をしにきただけさ。どれだけのものを持って行けるのかなって」


「何か運びたい物資があるのですか?」


「うん。ほら、レイラインは今物資不足らしいし、三つのタワーが繋がったら、ルスキア王国も色々と提供すべきものがあるかなって。それ以外にも……そうだなあ。僕は、甘いお菓子でも持って行きたいね。……レモンケーキとか」


「……?」


ノアとキキルナは顔を見合わせる。


「トール様は甘いもの、そんなに好きでしたっけ?」


「うーん、トール君はそこまででもないと思うけどね……」


「??」


僕は、不思議がっているノアとキキルナに、目を向けた。


僕は……


「ねえ、一つ質問しても良いかい?」


「え? ええ、何でもどうぞ」


「そうかい……」


少しだけ間を置いて、僕は目の前の二人に向かって、いつもの変わらない調子で尋ねた。



「二人はさ……どっちが……“青の将軍”なのかな……」



「……」


「……」


「それとも、二人ともそうなのかな……」


沈黙は、低く唸るようなルーベルタワーの起動の音を、より強調させる。

驚きを飛び越えた、ノアとキキルナの、強ばった表情も。




『 トワイライト は 敵 の 可能性 あり 』



あのカメのカードに書かれていた、文字列を思い浮かべる。


信じたく無いさ。こんな事。

だって、もし本当にそうだったなら、マキちゃんはどれだけ悲しむだろう。


もし本当にそうだったなら、何もかも、今までの何もかもが、一体なんだったと言うのかと言う程の“崩壊”に繋がる。


惑わしこそが、“青の将軍”の最大の力なのだから。



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