57:『 3 』マキア、誰だって同じ事を繰り返したく無い。
カノン将軍は、私に「これでいいのか」と問いかけた。
その意味はまだ分からない。
だけど、改めて意識した現状の複雑性に、小さくくすぶった不安と言うのはあるものだ。
一度リリスの様子を窺いに、彼女の部屋を訪れた。
リリスはレピスとダリに見守られながら、眠っている。
私がお世話できない時、リリスはレピスに預けている事が多い。
レピスとダリは、何かを話していたようだった。
北に囚われているトワイライトの一族についてだろうか。
レピスにとっては、気になることが沢山あるのだろう。
「リリス……寝ちゃったの?」
「ええ、マキア様。夕食を食べ、すぐにうとうとし始めて、すっかり寝てしまいました。こうしていると……本当にただの子供のようですね。私には、リリスが巨兵だなんて……信じられないのです」
「でしょうね」
レピスはリリスの前髪を払う。
トワイライトの一族は皆似ている所があるため、こうしていると、本当の母子のように見えるわね……って言うのはレピスに失礼かしら。
私だって、リリスが大人しくしている今、この子が本当に巨兵であったのか、いまいち実感が無い。
それでも彼女の中にある私の血は、今か今かと、リリスの破壊を命じられないかと待ち伏せている。
「おおお……リリス。何とも安らかな寝顔だ。天使のようだな」
「ダリはあまりリリスに近寄らないでください。リリスが魘され始めました」
レピスは、同じトワイライトの者であったダリに、容赦なく毒舌を吐き、リリスに近寄ろうとするのを阻止。
とはいえ、レピスとダリは、まだレピスが連邦に捕われてた時から面識があったらしく、どこか馴れた雰囲気があると思った。
「トール〜……」
トールの仕事部屋の扉を開くと、部屋は暗く、トールは居ないようだった。
「……あれ」
どこに居るんだろうと思って、あちこち探した。
私はトールみたいに、誰がどこに居るかなんて把握できないから、トールを探すのも一苦労だ。
だけど、どこの部屋を探しても、魔族たちに尋ねても、トールがどこに居るのかが分からない。
私はとりとめもない不安に襲われた。
……もしかしてトール、一人で……
連邦の地に行ったんじゃ……
「……」
なぜ、それが不安なのか分からない。
“そう言う事”が、かつてあった気がして、私はどうしようもなく焦燥にかられた。
そんなはずは無いと分かっていても、足がすくむのだ。
「……トール……トール…………」
ぎゅっと胸元で手を握って、しばらくトールがどこに居るのかを考えてみた。
「あ」
ふと、トールの行きそうな場所を思いつく。
宮殿を出て、もう薄暗いレイラインの空を見上げた。
国づくりの作業を終えた魔族たちのずらずら連なる道を分け進みながら、私はごつごつした岩の階段を上って、岩の丘の上へ出る。
「……やっぱり」
トールは、そこにいた。明日から本格的に動き始める“グランタワー”を見上げている。
この場所は、前に私がトールに連れて来てもらった場所だ。
グランタワーが、まだ魔道要塞としての形しか出来ていなかった頃……
「……トール」
黒い、その髪が揺れ、身につけているマントが翻る。
彼の表情は見えないのに、なぜか想像できるのだ。
薄暗い中、同じ間隔で赤い光を点滅させるグランタワーが、空を切る長い剣の様で、少し切ない。
私は駆け寄り、背中から彼を抱きしめた。
「……うわっ……なんだ」
「……」
「マキアか」
トールは振り返ってから、私が腰にしがみついているのに気がつく。
「なにしてるのよ、こんな所で。……部屋に居ないから、びっくりしたじゃない」
「俺を探していたのか?」
「…………そうよっ」
投げ捨てるように言ってやった。
トールは「悪いな」と笑って、私の頭にポンポンと手を置くのだから、何だか憎い。
「カノン将軍にずけずけ言われて、しょげてた訳じゃないでしょうね?」
「は? あの程度でしょげるかよ。……まあ、色々と思い知らされる事は多いけどな……」
「まあ、珍しいわね……あんたが反省してるなんて」
「……反省ってほどじゃない。ただ、俺のやろうとしている事は、正しいのだろうか……。そう思えてしまうだけだ」
トールはそれだけ言って押し黙り、目の前のグランタワーを再び見上げる。
点滅するタワーの高い場所にある赤い光を。
私も彼の視線を追う。
砂の匂いが鼻をかすめる、この場所には不釣り合いにも思える近代的なタワー。
トールの設計したグランタワーは、地球での知識を経た彼だからこその、この世界ではあまり見ない未来的なフォルムと言える。
だからこそ、とても不思議な心地だ。
「カノン将軍に言われるたびに、考えるんだ。……俺は……何度過ちを繰り返して来たのだろうか……ってな」
「……過ちって何よ。あんたのやって来た事が、過ちだった事なんてあるの?」
「あるじゃないか。何だってそうだ」
「……」
「そりゃあ、物事には正解と不正解の両方がつきものだ。俺のやって来た事で、救われた者たちだって居ただろう。ただ、俺は、出来るだけ多くの者を助けられる道を選ぶような奴だから、一番大事なものを、最終的に守れずにいたんじゃないだろうか。………カノン将軍は……勇者は、“回収者”は、ずっとそれを見てきたんじゃないだろうか。あいつは俺とは違う。何を犠牲にしてでも、一番大事な事だけを覚えている。それだけの為に、行動できる」
「どっちが正解かなんて分からないじゃないの……」
「そうさ。だから、苦しいんだ」
トールの呟く言葉は、今、この場所に居る私にだけ聞こえる、彼の葛藤だ。
いつもいつも、そうやって悩む。苦しむ。そして、彼は失うのだ……
「あんたは……根っからの王様なのよ。自分の事だけを考えられない」
だからこそ、私は、きっとそんなあんたが好きなのね。
ずっと昔から。
トールは同じ事を繰り返し、私はそんなトールをずっと追いかけた。
それだけは、私もトールも、何となくわかっている。
「だけど……また繰り返す訳にはいかない。俺は、俺の運命から脱したい。誰だってそうだ。俺や、お前、ユリシスやペルセリスも。シャトマ姫や、エスカだって……同じ事を繰り返すつもりは無いだろう」
「……カノン将軍が言っていたわ。現状は、神話時代と同じなのですって」
カノン将軍から聞いた話を、トールにも語る。
そして、彼についての、私の考えも。
「カノン将軍は、あいつは、この状況を整える為だけに、今までの膨大な時を費やして来たのだと思うの……神話の時代から、“今”をずっと待っていたのだと思うのよ。あえて同じ状況にして、“結果”というものを、変える為に」
「……結果」
「それがどういう事かなんて、私にも良くわからないわ。神話時代の事だって、何も思い出せない。だけど……時は刻々と迫っている」
目の前のグランタワーが、明日、ルスキア王国とフレジール王国にあるルーベルタワーと、レジスオーバーツリーを繋いでいく。
それをきっかけに、この魔族の為のレイライン連国は目に見える形として、世界に出現するのだ。
おそらく……それが、始まり。
レイラインのあのタワーの頂上にあるラクリマの光が、三つの大陸を繋いだ時から始まる、メイデーアの国々にとっての大きな戦い。
この時代の魔王たちが、それぞれの思惑を、各国の情勢に委ねた、最終決戦が始まる。
「怖いのか……マキア」
トールは、言い様の無い恐れを感じている私に気がついていた。
肩を抱き寄せてくれる。
「……あんたは怖く無いの? トール」
「怖いさ。どこでどう、転ぶか分からない。だけど……何がどうなっても、お前の事は守るよ、マキア」
「……」
思いがけない言葉に、ぎゅっとトールのマントを握る。
「……トールの事だって、私が守るわ。単純な力で言えば、私はもうあんたよりずっと強いのよ?」
「知 っ て る よ」
トールの、ムダに強調した言い草。
せっかく格好良く守ると言ったのにって、悔しく思っているのね。
「元々は俺の方が魔力数値が大きかったのに……くそ……」
「あははは。ふふふっ」
私はコロコロと笑う。
だけど、分かっている。
単純な、ただの一個人の力だけで世界を動かす事は出来ない。
戦いを始める事は出来ても、綺麗に終わらせる事など出来ない。
世界と言うのは本当に複雑で、だからこそ、かつての神々は大きな過ちを嘆いたのだから。
「トール、トール……もう、部屋に戻りましょうよ。肌寒くなって来たわ」
「……そうだな」
トールの手を引いて、タワーに背を向ける。
風が、西の大陸の匂いを運んだ。
翌日の朝は早く、誰もがそれを見守った。
三つのタワーの魔導回路が繋がった、その瞬間を。
魔王クラスの肉体には、膨大な魔力に直結する魔導回路がもともと存在する。
それは肉体や魂が異世界を経由する事で増える回路だと、以前カノン将軍が言っていた。
だからこそ、私の肉体には誰より多くの魔導回路が組み込まれている。
魔法の繋がる感覚と言うのは、嫌と言う程良くわかった。
三つのタワーが繋がり、三点がトライアングルを作った事によって出来上がった面がある。
その、陸、海、空こそが、我々レイライン、フレジール、ルスキアの三国の同盟国家が、主導権を握る範囲だと言って良い。
これで、連邦の侵攻を、より効果的に阻止できるのだ。
「グランタワー……稼働成功」
トールがそう宣言したことで、レイラインの魔族たちは皆、歓喜の声を上げた。
このタワーの稼働は、ただ単純に、このレイラインの象徴の誕生とも言えるのだから。
そう。
魔族の為のレイライン連国は、今こそ世界に姿を現したのだ。