56:『 3 』マキア、カノン将軍に確認する。
フレジールの小型戦艦“フリスト”の大モニターに映される、その映像を、私もトールも食い入るように見ていた。
ドーム型の巨兵が、今まさにフレジールの王都を襲い、ヴァルキュリア艦が苦戦を強いられている様を。
シャトマ姫が参戦したけれど、彼女は途中、ふっと映像内から消えた。
その後、ヴァルキュリア艦によってドーム型の巨兵は破壊されたが、結界を張っていた王都ですら、被害は甚大なものとなっているようだった。
「……これは……いつの事だ……?」
「三日前の映像だ。既に事は終わっている。フレジールは甚大な被害を受けたが、巨兵は破壊され、シャトマ姫もエスカも、重体とは言え無事が確認されている」
トールの問いに、カノン将軍は淡々と告げる。
「シャトマ姫とエスカはナタン・トワイライトの魔道要塞に招かれ、オリジナルの“巨兵”を連れた銀の王と対峙した。二人では敵わない程の力だったと報告がある」
「な、なぜ……なぜもっと早く教えてくれなかったんだ。俺たちはここに戻って来ていたのに……!」
トールの疑問は最もだった。
三日も前の映像と言う事であれば、カノン将軍は既にこうなっていた事を知っていたのではないか。
だけど、彼は私たちには何も言わず、ただただ、このレイラインの国でグランタワーの稼働の為に動いていた。
全てが終わった今、報告をしてきたのだ。
「言った所で、何も出来ない。シャトマ姫は、お前たちには言うなと言っておられた。……第一に進めるべきは、グランタワーのシステムを稼働する事だ。フレジールの問題はフレジールの問題。フレジールに居る者たちで何とかする。お前たちは……レイラインの王なのだから」
「……」
ここに居る間も、フレジールの軍服を脱がないカノン将軍だ。
フレジールの事を思っていないはずは無い。
だけど、カノン将軍もシャトマ姫も、私たちに力を借りようとはしなかった。もっと先にある、大きな計画の支障にならないように……
「ただ、問題が何も無い訳ではない。…………レナが連れて行かれた。おそらく、連邦の銀の王の目的は、これであったと言えるだろう」
「……銀の王が? レナを?」
私は問い返す。
確かレナ……そう、ヘレネイアは、銀の王に作られた存在だと聞いた事がある。
銀の王は自分の元へ取り戻したいと考えたのだろうか。
「レナは自らの、魔王への殺意を押さえきれる事が出来なかった。シャトマ姫と、エスカを、その短剣で刺したと報告がある。二人の重体の理由は、ここにある」
「……え」
私もトールも、言葉を失った。いったい、フレジールで何があったと言うのか。
カノン将軍は少しだけ視線を落とす。
「かつて……銀の王……いや、パラ・アクロメイアは、その創造魔法をもってしてパラ・α・へレネイアを生み出した。魔王殺しの力を持っている彼女を、奴が手元に取り戻したくなるのは、予想できなかった事ではない」
「じゃあ、なぜ……あなたはレナをフレジールに返したの?」
私は問いかけた。
それが想像できなかった訳ではないのなら、レナを返すべきではなかったのではないかと、思ったからだ。
「レナをここに置いておけば、銀の王は彼女を取り戻す為に、この場所を探り出した可能性がある。黒魔王の魔道要塞に隠されているが、それでも……グランタワーを完成させるまで、この国は不安定だ。あの娘を、出来るだけここから遠ざける必要はあった」
「……お前」
トールはカノン将軍のその話を聞いて、ぐっと表情に力を入れた。
何か言いたい事があったようだけど、それを我慢している。
「要するに……レナを……おとりにした訳だ」
トールは憤りを、その言葉にとどめた。
前のトールだったら絶対、カノン将軍に掴み掛かっている所だわね……
「結果、そうなったと言うだけの話だ。確かにあの娘は捕われたが、レイラインでのグランタワーの稼働は、予定通り明日、開始される。三つのタワーが繋がる事が最優先だった。……この条件が揃って初めて、我々は連邦に対し、最後の計画を開始する事となる。……今まで緻密に積み上げて来た、トワイライトの奪還と…………革命の為の」
「革命?」
それは、カノン将軍からは初めて聞いた単語だった。
「エルメデス連邦はもともと、様々な国家が侵略され、吸収され、出来上がった大連邦だ。吸収されたかつての北の大国家ガイリア帝国の王家の生き残りが、フレジール王国と繋がっている……連邦内部でも、革命の狼煙は静かに上がっているのだ」
「……あの国を、ひっくり返す気か」
「その手伝いをフレジールがしている……と言うだけの話だ。反乱や革命の為の騒動は、我々の動きを隠す役割をしてくれるだろう……」
相変わらず、カノン将軍の言い方は淡々としすぎていて、それがどれほど重要な事であるのか分かりづらいが、フレジールが内々に進めていた計画を、今私たちに話した事が、その計画の下準備が整った事を意味するのだろう。
「レナは……どうするの?」
私自身が一番気になっているのは、レナがどうなるのか、という事だった。
「カノン将軍……三つのタワーが揃えば、あの子を元の世界に返す事が出来るのでしょう? だったら、早くレナを助けて、帰してあげなきゃ。あの子は自分の母親に会いたがっているわ。銀の王の元だなんて……何があるか……」
「……」
だけど、カノン将軍は何も答えない。
ただただ、軍帽の下から私を見下ろしている。その視線は、私に何かを訴え、問いかけているかの様で、私は不穏に思った。
「まさか……レナを、見捨てるって訳じゃないわよね……?」
カノン将軍の答えを試すように。
そんなはずは無いと、思っていながらも。
将軍は小さく息をついて、答える。
「……いざとなれば、それも選択肢の一つだ。確かにヘレネイアの魔王殺しの力は脅威だが、本人自体は、ただの娘。警戒さえしていれば、取るに足らない存在だ……」
「……あんた……まさか、わざとこうなるように事を運んでたんじゃないでしょうね……」
「……」
今まで、フレジールはレナを必死に守っていたように思っていた。
だけど、このタイミングでレナが連邦の元へ行くように、カノン将軍は謀っていたのではないだろうか……
「言うならば……レナは銀の王の唯一の弱点ともなりうる。レナは銀の王には、絶対に悪いようには扱われない。それだけは分かっている。……銀の王は、ヘレネイアを本当の娘のように溺愛していたからな」
「……」
「いざとなれば、レナが……あの娘が我々の“盾”だ。銀の王の盾にも、匹敵するだろう……」
将軍は、どこまでも淡々と答えた。
どこまでもどこまでも、ただただ最終目的のため。
今までもそうだと分かっていたけれど、だからこそ、フレジールがここまで大国として連邦の脅威と対峙できていたのだと分かるけれど……
やはり、少し恐ろしく感じる。
これが……私たちがかつて戦っていた勇者なのだ、と。
「そんな……っ、それじゃあ、レナが本当にただの使い捨ての駒じゃないか! 俺たちは、あの子をもとの世界に帰す義務がある!!」
やはり、トールにはこれ以上、この件に関して我慢する事が出来なかったみたい。
そりゃあそうでしょうけれど。
カノン将軍はトールに対して、これ以上無く皮肉な様子で鼻で笑い、言う。
「……なぜだ? かつて……黒魔王の愛した女だからか?」
「違う。そんな事は関係ない……っ!!」
「ちょ、ちょっとあんたたち……」
びりっと、お互いの魔力が緊張感を帯び、私は焦った。
まるで、かつての勇者と黒魔王みたいに、睨み合ってるんだもの。
最近、この二人がぶつかる事が多いわね……
「分かっている。将軍……お前は俺を、とことん甘い男だと思っているんだろう。確かに俺は、お前みたいに、ただ一つの事の為に、それ以外を切り捨てる事が出来ない。分かっている……だが……俺はお前とは違う。俺は、レナを救う道を探すだろう……っ」
「……トール」
トールの答えは、私には良くわかっている。
そうなる事は、なぜかとても。そうでなければトールではない。
私だってレナの事は助けたいし、心配だもの。
「……好きにすれば良い。……どのみち、その機会は何度かあるだろうからな。ただ、それがチャンスであるのか、危機であるのかは分からないがな」
「カノン将軍……」
カノン将軍は、トールのこういう所に、嫌に感情的な気がする。
軍帽を摘んで、将軍はそのまま部屋を出て行った。これ以上、この件に関して語る事は無いらしい。
私たちが選ぶ道を、彼は絶対に拒もうとはしないけれど、そのせいで起きた計画への支障は、尻拭いは、自分自身がどうにかしようとしている……
そう思えて、私は思わずカノン将軍を追いかけた。
「ちょっと、将軍!!」
「……」
戦艦フリストの、ただただ白い通路を、彼はその濃紺の軍服を翻しながら歩いていた。
私に呼びかけられ、立ち止まり振り返る。
「あんた、いったい何をしようとしているの……?」
「……何を言っている」
「ごまかさないで。あんた……そりゃあ、あんたには色々と長い目で見た計画ってものがあるんでしょうけれど……でも、あんただって別に、本気でレナを見捨てようとしている訳じゃないんでしょう? わざとああいう言い方をして、トールを煽っているだけでしょう」
「……」
カノン将軍は、ぴくりと眉を動かした。
確かにカノン将軍は、現実的で、とことん冷静だけど、私はまだ分かっている。
この人は決して無慈悲ではない。
いつだって、最良を求めていて、それでも成せなかった事があるだけで。
「あんた、本当に誤解されやすい性格をしていると思うわよ。わざとなのかもしれないけれど……よくそれで疲れないわね」
「無駄話をしている暇はない」
「嘘を言わないで。シャトマ姫とは無駄話を沢山して上げてるんでしょう」
「……」
「少しだけ聞かせてよ……。あんた、トールの事、すこぶる嫌いよね」
「……」
「まあ、あの男の事が嫌な理由も分からなくも無いのよ。私だって、何度憎たらしいと思った事か……」
「……」
カノン将軍は何も答えない。
こいつは、いつもこうだ。二千年前の、勇者の時代から。
ずっとずっと、言葉を殺す。言いたい事もあるはずなのに、何も言わないで、ただ行動するだけ……
「私はね、これでもあんたには、感謝しているのよ。そりゃあ、トールの言い分も分からなくも無いし、私だってレナを助けたいけれど……あんたのやろうとしている事だって、きっととても大切な事なんでしょうから……全面的に信用する事にしているわ」
「……」
私の言葉は、間違っていないだろうか。
それがとても怖いと思ったりする。
彼の生きて来た時は、抱える記憶は、私たちの比では無い。
彼は神話時代の事も、私たちの“最初の関係”から、何もかもを覚えている。
それを意識すると、何も言えなくなるから。
「私の言葉は、あんたを傷つけちゃいないわよね……」
思わず、考えていた事が言葉に出た。
確認したかった。私は、私たちはあんたを、今までどれだけ傷つけてきたのか……
それを考える事から、私たち魔王クラスは、ずっと逃げて来たのだから。
カノン将軍は、流石に少し反応して、私の事を遠い場所から見つめた。
「マギリーヴァ。……お前には一つだけ……教えておこう」
「……え?」
「この状況は、“神話の再来”と思って良い。神々が揃い、黄金の林檎がアクロメイアの元にある……クロンドールが率先して、黄金の林檎を救おうとした戦いこそ、“巨人族の戦い(ギガント・マギリーヴァ)”……」
「……なんですって?」
カノン将軍は通路の、白い天井を仰いだ。
そして、ただ一言、私に問いかける。
「お前は……これで良いのか…………マギリーヴァ」
「……」
その問いに、すぐに答えられるはずも無い。
カノン将軍は、私の答えを待たずに、そのまま進行方向へと向き直り、立ち去った。
お前はこれで良いのか。
マギリーヴァ。
「……何、言ってんのかしら……あいつ」
今の私には、そうとしか呟けなかった。
だけど、カノン将軍は私の事を、もう“紅魔女”とは呼ばず、“マギリーヴァ”と呼んだ事が……
二千年前よりずっとずっと昔の、神話の“何か”を予感させる。