53:『 3 』トール、マキアの真骨頂。
3話連続で更新しております(3話目)
ご注意ください。
俺はトール。
レイラインでの仕事を一通り終えて、夕食をとってマキアと寝室に戻った。
「あーもう満腹ー。お肉も魚も貝もーお野菜も沢山沢山食べたわ」
ふかふかのベッドにダイブして、満腹の後の眠気に身を任せるマキア。
今日もマキアはよく食った。
「俺の作った“大温室”のおかげで、なんとかかんとか食料がまわりだしたからと言って、お前は食い過ぎだマキア」
「だって、食べられる時に食べとかないと」
マキアに反省の色は無い。
ただ幸せそうにゴロゴロしている。
さて、“大温室”とは、空間魔法で作ったビニールハウスで本物の野菜を育てているこのレイラインの農園施設の事だ。
雨風に強い空間魔法によるビニールハウスは、太陽光を集めやすい仕様で、それほどの構築素材を必要としない優れもの。
グランタワーが出来上がったら、そのタワー経由で展開可能になる予定だ。
おそらくレイライン独自の農業風景が出来上がるだろう。
「おいマキア……寝るなら着替えろ。ドレスで寝る奴があるか」
「ん〜……じゃあトール着替えさせて」
「アホか。お前、俺を何だと思っている」
「昔は着替えさせてくれたのに……」
それっていつの話だよ。
俺がまだ、使用人だった頃の話じゃないか。
そもそもこいつは、いつまでも俺を人畜無害のヘタレだと思ってやがる。
こうなったら俺の中の黒魔王を覚醒させて、マキアのドレスをひんむいてですね……
「トール、早く」
「あ、はい」
べたぁっとベッドにくっついて離れないマキアのドレスの、背中のボタンを外して行く。
露になった白い肌と薄手のインナーワンピースに、微妙な顔で下唇を噛む結果となったが、まあ無言でドレスをむしりとる。
マキアはマネキン。
マキアはマネキン。
しかしやはり、その美しい腰のラインや強調される胸元には目を奪われるばかりで。
ただ、まだ今日の怪我が治りきっていないため、あちこちに赤い傷跡があった。
思わず、背中の傷に触れる。
「……ひっ」
マキアがぴくりと反応して、体を震わせる。
「あ、すまない。痛かったか?」
「な……なによっ、いきなり変な手つきで触っちゃって」
「変な手つきって……服を脱がされてるときは余裕こいてたくせに」
「適当に触ってくるのと、なんか意味有りげなのは違うわよ!」
「……」
良くわからないな。
こいつは適当に扱われた方が良かったと言っているんだろうか。
マキアは少しばかり顔を背けて「もう寝る」と、一人いそいそとベッドに潜り込んだ。
最初こそ篭城スタイルだったが、そのうちに布団からひょっこりと顔を出して、
「トールー、早く寝ようよお」
と、甘えた声を出す。
天の邪鬼め。
俺も着替えて、ベッドに入る。
マキアに背を向けて落ち着くと、彼女は人の背中に指を這わせて、何やらやっていた。
「おい、何してるんだ。すっげーこそばゆいんだけど」
「あら、文字を書いてるのよ。ちゃんと読んでよ」
「……」
か、かったりい。
マキアは俺の内心をおかまい無しで、人の背中に再び文字を這わせた。
ただ最初、俺は何の文字かピンとこなかった訳だが、よくよく意識するとどうやら日本語のひらがなのようだ。
も う ね る の ?
最初はそんな言葉。
「今日は色々あって眠いからな」
そっけなく返す。
するとマキアは、また背中に指を這わせた。
も う ね ちゃ う の ?
言い方を変えただけじゃないか。
「お前だって腹一杯で眠そうにしてたじゃないか」
また素っ気なく返す。
少しだけ間があいたが、再びマキアが俺の背中に指を這わせた。
ね む く な い
気分屋め。
ならばさっき、自分でドレスを脱げよと言いたい。
バ カ ト ー ル
俺が何も答えなかったら、これだ。
ア ホ
ロ リ コ ン
ヘ タ レ
なんかもう好き勝手に言ってくれてる。
もう寝てやろうかなと思ったが、彼女の細い指が背中を這うのは微妙に気になり、眠れない。
しばらくマキアは意味の無いグルグルを背中に描いてから、沈黙した。
やがてピトッと背中に体をくっつけてから、また文字を書く。
こ っ ち む い て よ
うーん、このやり手。
これだからマキアさんは。
マキアの真骨頂は理不尽な暴言からの唐突なデレ。
とはいえ、マキアの思うがままに事が運ぶのも癪なので、少しだけ無視した。
も う ね た の ?
また文字が伝わる。しかし軽く寝息を立ててみたり。
しばらくマキアは人の背中にくっついて大人しくしていたが、俺が寝てしまったのかと思ったのか「つまんないわね」と小さく呟いてから、人の襟元に顔を埋めてしまった。
そして、最後にこそこそ、こう文字を書き連ねるのだ。
ト ー ル だ い す き
お や す み
………神よ。
俺は試されているのでしょうか?
いや、メイデーアの神々はろくでなしばかりだから、ありうるな。
ほんとろくでもない奴らばかりだから。
「……マキア」
唐突にマキアの方に向き直り、彼女に覆い被さるようにして、顔を見つめた。
マキアは当然、俺が寝ていたと思っていたから、驚いた様子で目をぱちくりとさせている。
そのうちに、ボボボボッと頬を赤らめ、顔を手で覆う。
何かがとても恥ずかしかったんだろうな……
「お……おおお、起きてたのトール」
「まあな」
「卑怯だわ! わっ、私を無視したくせに!!」
「悪いな」
「……うっ」
俺が淡々と見下ろすから、マキアは怯んで、いよいよ目を逸らした。
顔を覆う彼女の手を払うと、悔しそうな、でも少しばかり何かを期待しているような乙女チックな表情だ。
そっと顎を持ち上げて、優しく口づけた。
マキアはぎゅっと目をつむっていたが、その手は頼り無さげに俺の袖を掴んでいる。
「……」
「……」
顔を離し、少しばかり見つめ合う。
やがてマキアは我慢できないと言う様子で、俺の背中にガシッと手を回して、引き寄せる。
「うおっ」
マキアの上から少し浮いた状態だったのに、思い切り乗ってしまった。
胸が、胸がアアアアアッ
「お、おい……重いだろ、離せよ」
「やーよ。やっとトールが優しくしてくれたのに」
「……何だよ。いつも優しいだろ、俺は」
飯の準備をしてやったり、寝床を作ってやったり、着替えさせてやったり。
マキアの圧倒的破壊力を吸収してやったり。
「それとこれとは違うわよ。トールってば元黒魔王のくせに、人が甘えてもはいはいって感じだもの。ほんと、格好付けよね」
「……」
「ふふっ、トールー」
頬に頬をくっつけて、何やら喜んでいるマキア。
とはいえ、重いだろうから、俺は横に向き直り、マキアに向かって胸を明け渡した。
マキアはそのまま俺の胸に飛び込み、ごろごろと甘える。
可愛い奴め……
どうしてこんなにマキアが可愛く見えるようになっちゃったかな。
何もかもが不穏の中にあり、今のメイデーアは不安定で無秩序であるのに、マキアの丸い頭を撫でると、そんな事はどこか別の世界の話のように思えてくる。
今のマキアといる時の安心感は、それらへの不安を全て越えて行くのだ。
それがマキアの一番凄い所だな。